雷神   作:rockon

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三話 開戦

 

 渡にとって術者としての仕事よりかは『まつろわぬ神』と戦うほうが楽である。

 

 神々との闘いは常に命がけであるが、一つだけ間違えようの無い事実がそこにはあるからだ。

 

 脳が焼ききれるほどの限界ギリギリまで回転させて互いの正体・権能を看破しあい、駆け引きをする。自らの生命を奪う攻撃を見るたびに、全身を感じたことの無い衝撃が駆け巡る。

 

 己の全てをフルスロットで駆動させながら勝利を目指していく、まさに天上の存在にのみ許させた至高の闘いなのだ。相手が強敵であればあるほど、その闘いは史上最高のモノになっていくのだ。

 

 その素晴らしさを一端でも味わってしまったならば、そこから抜け出すことが出来ない甘美な行いへと変貌する。

 

(まぁ、普通の人には理解できない、理解したくも無い思考回路だろうけどね)

 

 これまで闘ってきた神々を、数ヶ月前に激闘を繰り広げた雷神を思い出し、これから先の未来で出会うだろう多くの神々を想像して声を出さずに笑ってしまった。

 

 想像しただけでも武者震いがとまらない。

 

 ましてや、今現在自分の目の前にいるのだ。人を超越した存在が、自分の想像すら凌駕するかもしれない存在が―――敵として自分の眼前にいるのだ!

 

 渡は戦闘狂ではないが、神々との闘いに喜びを見出す側面も確かに存在すると理解していた。

 

 今までも、これからも自分は己の欲望に正直に、まっすぐに生きていくのだ。

 

 そして、カンピオーネとはそういう生物だと思っていた。他者などは気にもかけずに、自分自身が信じたほうに足を進めるだけの生き物。無邪気な子供のように人生を楽しむだけなのだと。

 

 例えるなら、磨きたての鏡、汚れも傷も曇りも無い透明な鏡のような意志を持った存在。

 

 だからこそ、今の自分がなすべきことは闘うことだけだ。

 

 それだけ理解していればいいのだ。

 

 

          ○     ○     ○     ○     ○

 

 

 渡が疾走する、体を前方に傾けた体勢で疾走する。

 

 雨でぬれた足場の上を、吹き荒ぶ豪雨の中を、見惚れるほどの速さで駆け抜けていく。敵との距離はおよそ十メートル、カンピオーネの肉体を全力で駆使すれば接触するのには一秒かかるぐらいだろう。

 

 しかし、渡が相手までたどり着くよりも早く、三柱が行動を開始する。それはコンマ数秒の違いであった。

 

 まず最初に左右にいた二柱が楯と剣を呼び出して構えると、最後に真ん中にいた一柱が大槌を天に掲げ、唱えしは『鋼』を生みし聖句。

 

「我が手によって生まれし鋼よ。我が声に従え、我らの行く手を阻むものに報いを与えよ!」

 

 召喚した大槌を一振りし地面を叩いたとたん、三柱の周囲の地面から四、五十本以上もの剣が創り出される。

 

 大きさや形は全て違っているものの、飾り気が無くシンプルな造形と一本一本に宿っている呪力は桁違いに大きいという共通点がある。

 

 創り出された剣は地面から離れて浮遊して地から生えている剣と共に強固な剣の城壁となり、それらが散弾を思わせるかのように渡めがけて隙間なく襲ってきた。

 

「おおっと」

 

 地面スレスレから飛来してくる数が多いだけでなく空中からも剣が襲ってくるため、渡は大きく弧を描いて迂回しながら回避と接近を試みる。

 

 様々な方向から飛んでくる刃を見ながらも、眼前の敵から注意を逸らさずに観察し続ける。彼が剣を避けながら接近し続けている間も、三柱は様々な『鋼の武器』を創り続けていた。

 

「「我らに従いし眷属よ、創造主たる我らを守護する守り手よ。戦場を駆け抜ける騎兵の如く一陣の風となり、怨敵を刺し貫け!」」

 

 左右にいた二柱が持っていた武具を地面に突き刺すと、地面から生えていた武器のそばに数十体におよぶ白銀色の騎兵と歩兵が現れた。

 

 兵たちは傍にあった剣を手にとって直線的な動きで接近し、手に持っている武器をふるってくる。銀兵を統率することに呪力を奪われているのか、向かってくる武器には最初に創られたときに宿っていた力ほど大きい力は感じない。

 

 しかし、二柱が全ての兵を操作しているかのように洗練された動きであるため油断することは出来ない。

 

「大地よ、我らと共に在りしものよ。鎖となり我らが宿敵を拘束しろ! 刃となり刺し貫け!」

 

 長髭が言霊を口にしながら再度大槌を地面にたたきつける。すると、渡の周囲の土が盛り上がり、何本もの意志を持った鎖が渡を捕らえようと動き出した。

 

 多くの兵士たちや鎖が渡に襲い掛かり、行く手を阻んでいる。三柱が放ってくるモノを見ながら、渡は口を開き―――

 

「我、稲妻を従えし王、右手に宿りしものと共に世界を渡りゆく。数多の戦場を勝ち進むもの!」

 

 その言葉を口にした瞬間、渡の右手に雷が絡みつき―――赤い筋の入った籠手の形となった。右手の甲から肘までの全体をすっぽりと覆う装甲であり、右腕が一回り近く太くなったようである。

 

 それが出現したと同時に、籠手から流れてくる力が渡の全身を満たしていくのが感じられる。それは体中に存在する細胞一つ一つにまで行き渡り、細胞が激しく鼓動したのが感じられるほどだ。渡は力を纏ったまま駆ける進路を三柱に変更した。

 

「むっ」

 

 渡の身に変化が起こったことを察したのだろうが、今回は渡のほうが早かった。

 

 だん!と力強く地面を踏み、土や泥を巻き上げながら走り出す。自身に付与された能力を全開にして三柱に向かって地面を蹴ると、その衝撃で地面が抉れる。

 

 渡は囲もうとしてくる騎兵たちの間を縫うように疾走すると、数メートルの間合いを詰めて側面から拳を突き出す。対する相手の反応も早く、彼らは見えない糸に繋がれているかのように一斉に横に動くことで避ける。

 

 その後も渡は断続的に鋭い拳撃を仕掛けるが、三柱は避けきれない攻撃を楯で防ぎ、時には反撃をしてくる。このままでは時間の無駄だと感じ、拳を開いて凝縮するように集めた呪力を楯に叩きつけた。

 

 今までと同じように楯で防げるのだと思っていたのだろうが、掌底の勢いが予想以上に強烈だったため一柱は体勢を崩す。

 

「ぬっ!」

 

「神殺しめ、下がるがよい!」

 

 すぐさま追撃をかけようとした渡に対して、残りの二柱が槌で殴りかかり、剣を突き出すことで牽制してくる。

 

 眼前に迫る武器を身を翻して少しだけ後ろに下がることでかわすと、周辺にいた銀兵が飛び掛り、また前方からは隙間のない壁のような刺突が迫っていた。距離をとるために一旦後退をして戦場全体見回してみると、兵の数が増大していて今立っている場所が銀色一色で埋め尽くされたといえる。その数は数百体にのぼるだろう。

 

 鋼の兵たちに包囲された状況だと理解したところで、渡は先程までの自分を殴り飛ばしたくなった。

 

 鍛冶を司る彼らにとって創造などは呼吸すると同時にできることである。当然のことだが自分が攻撃を仕掛けていた間も銀兵は量産されていたのだ。時間が経てばたつほど増えていたのは当たり前なのだ。しかも、三柱から離れてしまったのだから、これからも量産され続けることだろう。

 

 これ以上敵の数が増えてしまっては後々の戦闘に支障をきたすかもしれないため、破壊していくしかない。

 

 多数を相手にするときは機先を制するのは戦場においての鉄則であるため、渡は決断した瞬間に行動を開始した。

 

 渡がすれ違いざまに右拳で殴ると白銀の兵はあっけなく壊れていく。しかし、数の利は向こうにあるため、一体を殴り壊したとしても次の銀兵がすぐに向かってくる。

 

 武器を繰り出してくる兵たちを見ながら、渡は手甲に溜め込んでいた呪力を変換する。それは雷となり全身に纏わりつくと同時に、敵の攻撃をはじく強固な楯ともなった。

 

 そして勢いよく解放された雷は雷鳴を轟かせ、急激な変化が周囲の空気を膨張させ、渡を中心として衝撃波が生まれる。近くにいた銀兵は雷で溶けて、後方にあった剣や兵士は周辺のモノを巻き込み、破壊しながら弾き飛ばされる。

 

 一体ずつ倒していくならば途方もない時間が必要であるため、衝撃波を放ち数十体を同時に破壊しようとするのは仕方のないことかもしれない。

 

 しかし、実行に移したとき、

 

「我らの手で創られし不朽不滅なる鋼よ。欠片となりても我らの意志を忘れるなかれ!」

 

 そんな声が聞こえてきた途端、衝撃によって砕かれたかのように思えたそれらは夥しい破片となったまま再び襲い掛かってくる。

 

 一つ一つはたいした大きさではないが、それは呪力を蓄えている『鋼』であるのだ。確かに纏っている籠手や雷は装甲と呼ぶに相応しい堅固さを兼ね備えているが、全てを防ぐには心もとないのも事実である。

 

 渡は破壊したときと同じように雷を呼び込んみ、全方位に向けての衝撃波を放つことで相殺する。このまま衝撃波を用いて銀兵の破壊を試みてもいいが、

 

(それは問題だな………)

 

 この手甲には日常的に呪力を溜め込むことができ、また呪力を流し込むことで雷に変換して使用もしくは貯蔵することが可能である。戦闘で勝利を奪い取るためには時間をかけて雷を溜め込むことが必須の条件といえるが、そこには様々な条件が存在する。

 

 そこまで考えて、一回で大量破壊するのではなく雷を纏ったまま攻撃を仕掛けることにした。

 

 序盤は手甲から微弱な電気を体に流して反射神経を底上げすることで闘っていたが、一度召喚した雷を使い切るまでは纏う事で得られる加護でもって敵と対する。

 

 雷速の状態にいる渡にとっては一瞬でも道ができれば駆け抜ければいいのだが、そのためには兵士を倒して道を創らなければならない。溜めた分との兼ね合いを踏まえて、雷速打撃と衝撃波でもって破壊していく数を調整していくのが最良なのだ。

 

(気が長い話だなー………おっと!)

 

 唯一よかったと言える点は、先程とは違って銀兵たちは統率された動きを見せないため、破壊していくのは容易いことだけだろう。

 

 

 

 白銀の兵たちを壊しながら三柱に接近を試みること数回、渡は違和感を感じていた。

 

「ああ、何なんだよこれは! きりがない!」

 

 銀兵の剣や槍を避け、何十、何百体もの銀兵を壊したとしても、その後方から屍を踏みつけて騎兵たちが迫ってくるのだ。そのため三柱に近づくことは出来ないのだから、不思議に思うのも当たり前である。

 

(どうなってんだ。倒し損ねたなんてことはないぞ)

 

 倒しても倒しても減ることなく増え続ける銀兵が壁となって前方を塞いでいるため、じっくりと三柱を観察することは出来なかったがカラクリは理解できた。

 

 理由は単純であり、渡が破壊する早さに比べて鋼が創りだされる方が早いのだ。

 

 腕が二本しかないため渡が一回で壊せるのは二体、衝撃波を用いたとしても数十体。

 

 それに比べて敵は兵たちを操るのも止めて創生に力を注ぎ、一柱と二柱の二組が一回数十体もの銀兵を創生し続けているのだから、数が膨れ上がるのも当たり前のことである。特に長い髭面による一振りは五十を超える兵たちを生み出すために、破壊と創出のバランスが取れず、創出のほうに大きく傾いているのだ。

 

(このままだと埒が明かないな。俺の権能のなかで広範囲に攻撃できるのは………アレか。周囲への被害が大きいんだよな、どうしよう、か!)

 

 避けると同時に一体破壊するが、無意味な行為であった。

 

 そして、その無限ループな様な状況に変化が訪れる。銀兵の数が千にのぼったとき、戦場に一つの言霊が響きわたる。

 

「兵士たちよ、暴虐の王に抗うために協力せよ! 力強く、雄大な姿となり、今こそ汝の存在を世に知らしめろ!」

 

 銀兵たちが互いに手を取り合い、周囲にいる多くの兵士を巻き込みながら巨大化していく。

 

 次に中央の一柱が所持していた槌を上空に放り投げ、両手の平を上空に掲げるように突き出した。槌は変形して巨大な球体になる。

 

「我の勅命である! 汝らに相応しき武器を持ち、命省みずに突き進め! さすれば再び鋼としての生を与えよう!」

 

 そして十数メートルの巨兵が三体出来上がり、そいつらは新たに生み出された球状の物体に手を伸ばす。それは棘がいくつも付随し、赤色に薄く輝く球体を先端にもつ棍棒である。その棍棒を見ていると、嫌な予感がする。

 

 一番前にいた巨人が地響きを立てながら突進して、棍棒を振り下ろす。巨体に似合わないスピードで繰り出す攻撃を受け止めることもできるが、様子見をかねて後方に跳ぶことにした。

 

 渡の予感は正しかった。

 

 赤い球体が地面に接触した瞬間、爆発し、炎上した。小兵にも構わない攻撃は土を打ち上げ、地面を陥没させる。その棍棒は膨大な質量からくる衝撃だけでなく、内蔵する炎で持って敵を寄せ付けないのだ。

 

(まあ、同士討ちしてくれて楽なんだが………?)

 

 だが、炎によって支配されている場所から兵士が出てくるのを確認し、怪訝な表情を浮かべる。よく見てみると爆炎に巻き込まれた小兵は新たな、傷一つない姿となって復活している。

 

 よく考えてみれば分かることではある。錬鉄する場合において重要なのは素材だけではない。鉄を溶かし、形成していくためには炎も必要であり、兵士にとって炎という存在は生まれ変わるための条件なのだ。

 

 粉々にしたところで炎があれば復活するのだから、銀兵を消滅させるか、もしくは大本を叩くしか方法がないというわけだ。銀兵を破壊しながら攻略法を考えていると、

 

「っ!」

 

 破壊した歩兵のすぐ後ろから、膨大な呪力がこもった一本の剣が迫っていた。銀兵たちに渡を倒す力がないため、効果的な一撃を当てるための目くらましに利用したようだ。

 

 咄嗟に半回転することで剣を避けることは出来たが、その場所が悪かった―――白銀の兵を倒しながら進んでいたため、銀兵たちの真ん中あたりで体勢を崩してしまったのだ。当然、このチャンスを逃すはずもなく、全方向からいっせいに剣が押し寄せてくる。

 

 危険を察知したとたんに、空気が弾け飛んだ。それは生存本能に任した強力な一撃であり、手甲に溜め込んだ呪力の多くを解放したため広範囲に破壊を撒き散らす。

 

 破壊された欠片が襲い掛かってくるが、その多くは衝撃波に抵抗することができずに吹き飛んでいく。

 

 襲撃の数が少ないという事は対応に割く力を少なくできるということであり、それは結果的に倒すべき敵に通ずる道を走れるということでもある―――

 

(ようやく見えたよ、お三方!)

 

 銀色の壁によって見えなかった三柱の姿を確認すると、残っていた銀兵を背後に置き去りにして、中央の一柱に向けて正面から拳撃を放つ。

 

「ふんっ! 嘗めるでない!」

 

「神殺しよ、二度も同じ手が通じると思うな!」

 

 流石『まつろわぬ神』というべきか、不意打ちのような一回目の攻防とは違った。

 

 楯を持つ一柱が前面に移動し、掌底を防ぐのではなく受け流す。その隙に残る二柱が左右から挟撃するコンビネーションをみせようとするが―――渡の手と敵の楯が接触したとき、雷鳴と共に空気中を振動が走り抜ける。

 

「ぐうぅぅぅっ!」

 

「ぬあっ!」

 

 楯で防いでいた一柱はその場で膝をつき、攻勢に出ようとして防ぐ手段がなかった二柱は離れた場所に飛ばされ転がっていく。

 

 元々、渡一人に対して三柱の闘いであったため、一対一に持ち込める絶好のチャンスを見逃すはずもない。

 

 その場で一回転、傍にいる敵を銀兵もろとも真後ろに蹴り飛ばす。苦痛にゆがんだ表情を見せながらも耐えようとしたが、片膝をついていた状態が悪かったのか堪えきれずに後方に吹き飛び、銀色の壁に埋もれていく。

 

 渡は回転の勢いを殺さずに、いまだに体勢を整えていない髭の長いリーダー格に向かって走り出す。

 

 籠手から放たれる稲光がよりいっそう激しくなり、次の瞬間相手の背後に出現すると雷速を解除、無防備な背中を殴りつける。

 

「雷よ、駆け抜けろ!」

 

 溜め込んだ残りの呪力を全てつぎ込んだ一撃は、小柄な体躯を押し潰すほどの威力が込められていた。

 

「がはっ!」

 

 『まつろわぬ神』を叩きつけると、ドスン!という重たい音と共に大地を抉ることになった。

 

「大兄!」

 

「これ以上の狼藉は許さぬぞ、神殺し!」

 

 離れた場所にいる二柱が向かってくるが、見た目どおり速度、敏捷性は低いようだ。また、剣を創って飛ばしてこないことから、武具を創り出すときは二柱が協力しなければならないのだろうか。

 

 味方がたどり着くまでの時間稼ぎだろう、地に伏していた一柱は地面に溶け込むように姿を消した。

 

 それを見た渡は強引に地面から引きずり出そうと、掘り起こすかのように拳を地面に打ち付け破壊していく。地面に隠れていた敵を発見すると、フェイントを織り交ぜることなく真正面から打拳を振るうが、

 

「神々の敵を拘束しろ!」

 

 しかし、このとき渡にも誤算があった。眼前にいるリーダー格の行動は離れた場所にいる弟達と合流するためだと考えたことだ。

 

 それは早合点であり、相手は逃げるために地中に身を潜めたのではなく、自らの姿を数秒でも隠すことにより雷速で動く渡を拘束する罠を張ることが目的だったのだ。そう、敵が選択した行動は防御ではなく―――反撃だった。

 

「ぐうっ………我が寵愛(ちょうあい)をうけし鋼よ! 宿敵の動きを封じ、逃がすことは許さぬ!」

 

 確かに渡の拳を相手に届きはしたが、同時に至近距離にあった岩盤から極太の鎖が一本だけ伸びて右腕に絡み付いてきた。そして周囲からは剣が鳥籠のように囲み、その中には膨大な呪力を蓄えた剣も数本見える。数が多すぎるため纏っている雷では防ぎきれないだろう。

 

 しかし、渡は全てを回避していたので、自分の手を束縛している鎖がどれほど強力であるかを知らなかった―――この敵が神話上でどのような道具を創り出したかを知らなかったのだ。

 

 鎖は一本だけだというのに、右腕を動かすことができない。

 

 移動することができない渡は切っ先を向けている剣群が到達する前に、雷を纏った打撃と衝撃波でもって鎖を破壊しようとするが、まったく効果が無い。傷一つつかない結果に終わる。

 

 一秒をあらそう状況で、己の生存本能に従って―――上空へと動いた。

 

 渡の第一の権能は、衣服を着るかのように雷を自身に纏わせることで雷速の加護を得たり、呪力から雷に変換されるときに起こる変化が衝撃波という結果を起こしている。

 

 今回は纏っていた力を脱ぎ捨てるかのように、脱皮するかのように、その場に置き去りにして脱出したのだ。この方法は最終手段としての脱出方法であり、纏っている雷が全て無駄になってしまうため渡にとってはあまり使用したくはなかったが仕方がない。

 

 しかし、それだけでは足りなかった。剣は上下左右から切っ先を向けていたのだから、飛び上がるだけでは避けたことにはならないのだ。

 

 こちらに剣が飛翔してくると感じた渡は、

 

「雷よあれ!」

 

 再び全身に纏うだけの時間が無いと判断すると、渡は籠手に送り込んだ呪力を一点に集中させて雷を発生させた。その時生じた衝撃波を自らの推進力として危機を脱することに成功する―――同時に背中から衝撃が走る。

 

 自分がいる場所と脱出した穴の中間ぐらいだろうか、巨兵が武器を振り下ろしていた。巨兵にとっては渡が小さすぎるため狙い打つことは出来なかったのだろうが、爆発の余波を受けてしまった。

 

「がっ………」

 

 そこから薙ぎ払いに移ったとき柄の部分を受けてしまったのだ。咄嗟に右腕を出すことで、衝撃を軽減したのだが数メートルの高さにまで打ち上げられた。

 

 地面に衝突しても勢いはおさまらず、横倒しになっていた木にぶつかった結果止まる。痛む体で立ち上がるころには、地中から一柱の姿が現れている。

 

 そして、しばし視線を交わした後、二人は同時に動き出す。

 

 兵たちに先陣をきらし、何百本もの剣を創生して剣の結界をつくることで牽制する敵に対し、雷速の加護を用いることで接近戦を試みる渡。

 

 今闘っている敵は一柱のみ、三柱のときとは違い相手に近づき拳を放つことは簡単ではあったが、先ほどの接触で警戒した敵は接触を最小限に止め、防御するのではなく攻撃を受け流している。敵の情報をつかもうとし、隙をみて闘うものの場は膠着状態に陥っていた。

 

 両者が交差すること数回、渡は違和感を感じている。

 

 鋼が壊れるときの甲高い音や地面が抉れて、木々が倒れる激しい音が鳴り響くなかで、先程から戦っているのは目の前にいる一柱だけである。残る二柱が参戦していないのだ。

 

 鍛冶を司っている兄弟で共に行動しているのだから、今までのように三柱が連携しながら戦うのが普通といえるだろう。

 

(ん、鍛冶を司る……………もしかして!)

 

 炎と鋼を追い求め、鋼を創り出すことから、鍛冶に関係しているのは疑いようも無い。そして、神話上で鍛冶に関わる存在は多くの武具を創造している。鋼を鍛える時間があるというのであれば、神々が使用した武器が創造される危険性があるのではないか。その考えにいたったとき、ゾクリと渡の背筋に悪寒が駆け巡る。

 

 自らの直感に従い、闘いながらも立ち位置を調整することで二柱を視界に入れて確認をする。

 

 吹き飛ばされたことにより先程から行動を別にしていた二柱が、いつのまにか合流していて、持っていた武器を重ね合い炎のなかに入れて槌で打っていた。

 

 その場所で呪力が爆発したかのように大きく高まったのを感じ警戒したとき―――炎のなかにあった鋼が質量保存則を無視して膨張し始めたのだ。

 

 頭のなかで危険信号が鳴り響くなか渡は目の前の敵を無視し、纏っていた雷全てを右手に収斂して突き出す。鋭い刃を思わせる『雷』は衝撃波を撒き散らしながら直進するが、敵に届くことはなかった。

 

 二柱が膨張した鋼を槌で打っていると、炎と鋼が融合するかのように一つになって、本来あるべき姿へと形を変化しようとする―――そして銀色の光が天高く伸び、全てを遮る壁となる。

 

 その光は徐々に銀色から金色へと変化していくと、光の柱のなかから黄金の毛をもつ巨大な猪が現したのだ。その猪は三柱を乗せても余りあるほど巨大であり、カンピオーネであろうとも簡単に刺し貫けると思えるほど牙は鋭く尖っている。

 

「「我らの言の葉に耳を傾け従え! 我らが創りしモノよ、強大にして強固なる城砦となり我らを守護しろ! 汝の牙が怨敵に届くもの、その鋭き牙をもって眼前の敵を討ち滅ぼせ!」」

 

 ルオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォンン!!!

 

 獰猛な雄たけびを上げて、巨大な猪が動き出した瞬間である。

 

 




 髪さっぱり………耳元でなる音が怖いと感じるのは自分だけなの………マジ怖い………

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