雷神   作:rockon

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二話 選択

「………何年もの間消えることの無かった炎と燃え尽きることの無い鉄よ」

 

「………………………?」

 

 長い、とても長い沈黙が続く。

 

 炎と鉄がどうしたのだろうか。両方に共通しているのは、無くなることが無いということ。きっと『まつろわぬ神』に関するものと思われるが―――

 

「えーと……………それで………」

 

「それでって………はぁ………」

 

 まるで運悪くダメな生徒を受け持ち、投げ出したいのを我慢している教師のように説明を続ける。

 

「………それは鍛冶をつかさどる存在が遺したものと霊視した人がいるわ。二年前に偶然見つけ、この地下空洞に隠していたののだけど、去年の末ごろから呪力を蓄え始めたの。最初はそれほど強くは無かったので、隠しておけたのだけど―――」

 

「最近は隠しきれないほど呪力が強くなってしまった、と。一年以上も隠し通せたほうが凄いと思うけどな」

 

「もともと貴方の祖父が関わっているのよ………でも、このままだと『まつろわぬ神』を呼び寄せる可能性が大きいから、どうにかして欲しい。具体的にいえば封印を施してほしいの」

 

 イタリアに来る前、日本を出発する前に聞いた内容とは違っていたため少し戸惑いは感じた。

 

 確かに封印の仕事と言っていたのだが、ここまで問題が大きいとも言っていなかった。このままでは自分の正体が露見することは避けられないのだろう。

 

「………爺ちゃんに話が来たということは、それを封印して欲しいということか」

 

「手段は問わないわ。私たちはローマに災厄を持ち込みたくは無いの」

 

 すがりつくような目を向けてくるサラ。期待していないと言ったものの、頼れる人がいない今の現状では目の前の少年に頼るしかないのだ。

 

 しかし、自分は彼女の思いを裏切ることになる。

 

「爺ちゃんに話が来た理由がよく分かったよ―――でも、俺は封印や隠蔽は苦手分野なんだけどな」

 

 渡の祖父は戦闘能力は低いものの、神話に関する知識や封印に関する術の腕は日本では並ぶ者がいないほどであり、世界でもトップレベルに入るほどだ。そのため基本的に封印の仕事を請けることが多い。

 

 一方で、渡は封印などの細かい制御は苦手であり、闘うことを主としている。

 

 数年前から祖父の仕事の手伝いを何回かしたことはあるが失敗してばかりで成功したことが少ない。封印を強化する仕事では呪力を入れすぎて、逆に封印を破ってしまったこともある。膨大の呪力を蓄えているためか、簡単な術でさえ上手に制御できないのだ。今現在は昔に比べると上手にはなったが、神具に干渉できるほどではない。

 

 だからこそ、祖父が渡に期待していることは、封印の作業ではなくもう一つ別の方法だろう。

 

(はぁ、爺ちゃんもまわりくどい事しないで、本当の理由を話してくれればいいのによ)

 

 昔から言葉少なく、自分で苦労を乗り越えて学んでいけという性格だから、今回もわざとだろう。

 

(まあいいか、自分がやることは理解できたしさ。封印なんてまどろっこしい手段よりか、断然わかりやすいよ)

 

 このとき渡は瞳を好戦的に輝かせ、体が熱くなっていくのを感じた。

 

 まるで、この先に待ち構えている何かを待ち望んでいるかのように微かに笑ったのだ………。

 

 

          ○     ○     ○     ○     ○

 

 

(封印が苦手分野ですって………だったら、ヤヒロは役立たずを送ってきたというの!)

 

 サラは渡を先導している最中、必死に彼が来た理由を考えていた。

 

 彼の祖父のことは父からよく聞かされていたが、彼自身はそこまでの力はないと自分の事を語った。なら、何故彼を、渡をイタリアに来させたのだろう。

 

(父は大切なお客様だと言っていた。それに父の兄弟子に当たる渡の祖父、世界で十指に入る封印術士が大丈夫と断言しているのよ………封印の術が苦手ということは、それ以外で何とかできるの。彼には特別な力、まつろわぬ神に匹敵する力があるのかしら………)

 

 降臨術師という可能性があるにはあるが、例えそうであっても『まつろわぬ神』には敵わない。ほんの一時の間抵抗できればいいほうである。

 

(………彼は何故逃げないの。まつろわぬ神が顕現したとして、何とかできるというの………そんなこと………)

 

 そんなことはありえないと理解していても、考えれば考えるほどわからない。

 

 『まつろわぬ神』という存在は神話から抜け出して、地上を勝手気ままに歩き出す人間を超越した存在である。

 

 嵐を司る神が顕現したのなら、嵐が発生し、暴風と雷が襲うだろう。火を司るならその場所は火の海になり、海を司るなら津波が押し寄せてくる。

 

 そんな自然災害に対抗できる人間はいない、対抗できる生物のことを人間とは言わないのである。

 

 そんな超越者である神々を殺し、同じレベルの存在となった人間を『カンピオーネ』という。彼らは神々がふるう至高の力を奪い、己の権能として使用して神々に対する最後の防波堤となるのだ。

 

 カンピオーネは現在のところ五人確認されている。

 

 現在いるカンピオーネのなかで最も古くから存在している老人、狼と死者の軍勢を引き連れ、嵐を呼ぶ存在。世界で最も恐れられている魔王、バルカン半島の『暴君』サーシャ・デヤンスタール・ヴォパン公爵。

 

 ヴォパン公爵と犬猿の仲といわれ、極めし武術と方術でもって神々と渡り合う。武林と魔教の頂点に立ち、めったに人前に姿を現すことがない魔王、中国の羅濠教主。

 

 長きに渡って隠棲しているため、アレクサンドリアに屋敷を構えていること以外ほとんで知られていない存在、カンピオーネのなかで最も情報が少ないといわれる魔王、エジプトの『洞窟の女王』アイーシャ夫人。

 

 ロサンゼルスの町を庇護している仮面の守護聖人、多彩な変身能力の代償として守護する町に暗雲をもたらすという相反する性質を持つ黒衣の妖人、アメリカの闇に君臨する『冥王』ジョン・プルートー・スミス。

 

 結社≪王立工廠≫の総帥であり、近年における魔術界の騒動の多くを引き起こした怪盗王子。野獣と称される神殺しでありながら聖杯の叡智を追い続ける異端の魔王、イギリスの『電光石火の貴公子』アレクサンドル・ガスコイン。

 

 百年以上も生き続けている古き魔王三人、ここ十年程で生まれた新世代の魔王ともいわれる二人の魔王。

 

 新たなカンピオーネが誕生したという情報は何処にもない。

 

(もしかして………いえ、それはないわ。彼が………)

 

 頭を左右に振り、非常識な考えを追い出す。

 

 確かに、新たな王だと仮定すれば彼の態度には納得いく。

 

 しかし、現在の人口から考えて五人しかいない事実から分かるように、カンピオーネはそう簡単に誕生するものではない。

 

 そして、新たに誕生したのなら話題になってもおかしくはない。

 

 『まつろわぬ神』に関わるものと聞かされながら平然としている渡がわからない。

 

(彼は………一体何者なの………)

 

 答えが出ることのない疑問が頭のなかを飛び交っていた。

 

 

          ○     ○     ○     ○     ○

 

 

 階段を下りはじめてから十数分、ようやく底についた。

 

 螺旋階段を下りていたため方角は分からないが端のほうに一つだけ通路があり、そこから光がもれ出ているのだ。その通路を歩いていくと、頂点の高さが二十メートルほどのドーム状の空間があった。その中央には祭壇と思しきモノがあり、その祭壇の上に燃え盛る炎と炎のなか溶けることなく立っている鉄柱が存在していた。

 

 祭壇を上る階段の前には二人の男女がいる。まだ少し距離があるためはっきりしないが、スポーツマンのように体格が引き締まっている男性と派手さは無いが清楚な感じを醸し出している女性だ。

 

 女性のほうは渡を見るなり男性に文句を言っているようで喧嘩になっている。二人の近くまで歩いていくと、女性を無視した男性がこちらに顔を向けてきた。

 

「君が篠宮渡君だね、谷尋さんとよく似ているね。初めまして、私は〈漆黒の猫〉総帥のバーツ・アルベールだ」

 

 そう自己紹介をしながら手を差し出してきた。渡は興味津々といった感じでサラの父親を見ながら握手する。

 

 スポーツマンどころではなかった。近くで見てみると身長は二メートルを超えていて、服の上からでも分かるほど鍛え抜かれた体躯と鋭すぎる目、筋骨隆々の筋肉のお化けと表現できる存在だ。そう思わせるだけの迫力が彼からは出ているのだ。

 

「………………………私はキャロル・アルベールよ」

 

 バーツに目で催促されて、嫌々ながら自己紹介をする。

 

 比べる相手が悪いのかもしれないが、バーツと並んで立っていると随分と線が細く、触れただけで折れてしまいそうな女性である。彼女が〈雌狼〉の総帥の孫なのだろう、普段はザ・お嬢様という印象を見るものに与えることだろう。

 

 しかし、今の彼女はその印象全てを吹き飛ばす強烈な目で渡を見ているのだ。

 

 彼女の視線の鋭さがすさまじく、洒落にならないレベルである。比喩ではなく、この鋭い視線にさらされ続けると、体中に穴が開いてしまいそうだ。

 

 そんな妻を横目で見ながら、バーツは神具を指差しながら話しかけてきた。

 

「時間があまりないため、早速だけど本題に入らせてもらうよ。谷尋さんが来られないため君が来たようだけど、これをどうにかできるのかい」

 

 上にいた人たちと違って、期待に満ちた目で渡を見ている。祖父の実力を知り信用しているからこそ、そこまで悲観的になってはいないのだろう。

 

 そんな父親に悪い報告をしなければならないサラが重苦しく口を挟んだ。

 

「父さ………いえ、総帥。篠宮渡には篠宮谷尋ほどの封印、隠蔽の術が使えないそうです。先程、本人自らが告げました」

 

「えっ………」

 

 彼の顔色の変化は伝えたほうが気の毒になるぐらい劇的であった。期待に満ちていた目が一転して、不幸のどん底に落ちたかのような悲しい目に変わったのだ。

 

 そして、その悲しみを宿した目が自分に向いたところで口を開くが、

 

「まぁ、事実だからな………ただ、、封印が―――」

 

 渡が何かを言おうとしたとき、突然足音が響く。上に残っていたはずの魔女と騎士がこちらに向かってきたのだ。

 

「はぁはぁ………総帥、大変です! 先程〈雌狼〉の総帥が幹部の騎士たち数人を伴って、強引に進入してきました」

 

 その言葉が聞こえたのか、三人の騎士と思しき男たちが堂々と入ってくる。

 

 その中の一人が他の二人とは明らかに違う気配を放っている。少々白髪の混じった初老といえる男性ではあるが、鋭い目つきと歩みを見ていると凄腕の戦士であることは分かる。

 

 その老人はバーツを侮蔑的に見てから、嫌悪感を隠そうともせずに告げた。

 

「この地下から強大な呪力を感知し、この場所に向かってきている存在の報告を受けたため来てみたのだが………お前たちが何かやらかしたのではないだろうな」

 

 自分以外の全てを見下している傲慢不遜の老人のようだ。

 

 魔術師の多くは災難から一般人を守っていて、その魔術師の大結社で総帥をやっている自分は偉い、老人の思考回路としてはこんな感じだろう。

 

 こんな性格だからこそ、孫娘を奪った男と自分の思い通りにならなかった孫娘が創設した〈漆黒の猫〉を許すことが出来ないのだろうか。

 

「ふん、大方神を招来してローマを沈める気だったのだろう。所詮は邪悪なものの血を宿した男だ」

 

 この言い分に我慢できなかったのだろう、キャロルが怒鳴り返す。

 

「ふざけないで! 何を勝手なことを言っているのよ!」

 

「勝手なことも何も無いだろう、これほどの神具を隠していたのは事実なのだから。意地を張らずに早く報告していれば、今よりも楽に対処できたものを」

 

「それが勝手なことなんでしょう。お爺様が近隣の結社に圧力をかけたのは知っているわよ。そのせいで何を言っても無視されてきたのよ! 自分のせいでもあるのだから、原因の全てがこっちにあるような言い分は止めて!」

 

 〈雌狼〉の総帥が孫娘と話しているときは、雰囲気が幾分か和らいだ気がする。

 

 そのことに気が付いたとき、キャロルの祖父は孫娘を取り返したいのではないかと思った。

 

 〈漆黒の猫〉が頼らざるえない状況をつくることで窮地に追い込み、自分たちを頼ってきた〈漆黒の猫〉の弱みにつけ込んで吸収して、孫娘を自分の下に置くつもりだったのではないだろうか。

 

 また、カンピオーネの血族が魔術界で大きな影響力を持つように、魔術と血の関係は切り離すことが出来ない。〈雌狼〉の総帥は魔術師として血を絶やすわけにはいかないため、孫娘に政略結婚を押し付けようとして逃げ出されたのかもしれない。

 

 この二人の間には様々なことがあったであろうが、この老人がキャロルに愛情を抱いていないわけではない。むしろ、孫娘を思うからこそ、邪術の出身であるバーツとの結婚を認めなかったのだろう。

 

(親の心子知らずとは、上手く言ったものだなー)

 

 まぁ、結局のところ最後は本人同士の問題ではないのだろうか。

 

 そんなことを考えていた渡は微笑ましく二人の会話を聞き続ける。

 

「それに神具を求めてやってきている存在がいるのなら、もうどうしようも無いわ。それとも、お爺様がどうにかしてくれるのかしら」

 

 もう喧嘩をすることしかできない自分が悲しいのだろう、彼女の口から出てくる言葉には元気のカケラも無くなり投げやりになっている。

 

「我が〈雌狼〉には手段が残っている。これは確かなことだ………あの方とも連絡がついたのだしな」

 

「えっ、嘘でしょ………既に『まつろわぬ神』が近づいてきているんでしょ! どうにかできるわけが無いわ!」

 

 ヒステリックといえる叫びには答えずに、老人は冷たい目で渡に目を向ける。

 

「しかし、魔術の本場である欧州に極東の人間を頼ろうとする者がいようとは………呆れてものが言えんな。そやつが何もしないところを見ると、役立たずを呼び寄せたみたいだな。東洋人を頼ろうとしたこと自体が間違っていると気が付かないとは見下げた奴だ」

 

 格下のように言われた渡ではあったが、何も言い返さなかった。むしろ、興味深そうに〈雌狼〉の総帥を見続ける。

 

 『まつろわぬ神』がすぐ傍にまで迫っているというのに、この自信は何処からきているのか………。

 

 この総帥に何とかできる実力があるとは思えないし、老人の言葉から読み取ると他人任せなきがする。それでも、一般の術者であるならば天上の存在をどうにかする手段を持ち合わせているはずが無い。

 

 ヴォパン公爵に連絡を取ったとも考えられるが、イタリアの主要な都市での被害を考えると可能性は低いだろう。

 

 そうなると導き出される結論は―――

 

(イタリアに新たな王が誕生したのかな………そうだとすると、また一匹猛獣が世に放たれたか。このままイタリアに滞在すると面倒ごとに巻き込まれそうな気が、気のせいだと思いたいな………)

 

 新たな王に対してのアプローチを思案していると、

 

「お前たちが出来ることはこれ以上無いのだろう。今からでも素直になって我々を頼ればいいのだ―――我らの力を借りれば、まだ間に合うだろう。このままの状況が続けば、対抗策が到着する前に『まつろわぬ神』がここにたどり着くだろう」

 

「その通りです、総帥。上にいた〈漆黒の猫〉のメンバーの半数が〈雌狼〉に下ってしまいました。これ以上、意地を張っても惨めな思いをするだけです」

 

「……………っ」

 

 仲間と同じように軍門に下るだけでなく、まるで総帥を説得するような部下の言動。もしかすると彼らは〈雌狼〉の総帥と取引でもしたのだろうか………そう疑いたくなるほど違和感がある。

 

 その言葉にバーツは唇をかみ締め、出掛かっているものを強引に飲み込むかのようにギリッと歯軋りをする。

 

 時間が無いといいながらも言い争う〈漆黒の猫〉と〈雌狼〉の会話を聞いて、渡は内心あきれ返っていた。

 

(下らない大人の会話ほど聞くに堪えないものはないよな………)

 

 結局のところ、彼らの会話の根幹にあるのは責任の押し付け合いであり、無関係でいたいという自分勝手な気持ちである。

 

 日常であり、非常事態であっても冷静に正しい判断を下せる人間は少数である。

 

 人間の言動は人の心や価値観、その場の状況から様々な変化を受ける。それは時に正しく、時に間違った変化であるが、ほとんどの場合は変化に気がつかないまま終わる。だから正論が押し潰されることもあるのだ。

 

 バーツも邪術師として生まれ育ったため、正しさを示すためには論でなく結果を示さなければいけないのだと理解しているのだろう。

 

 だが、惨めな思いを自分のなかに押し殺してでも、泥水をすすってでもローマの町を救おうと努力している人はいるのだ。相手の不幸を利用とするのではなく、自分たちの力で乗り切ろうと必死になっている人を知っている。

 

 人は本質的には楽なほうに逃げてしまう生き物かもしれないが、絶望的状況であっても彼と家族は逃げなかった。彼らは負け犬かもしれないが、尻尾を振るだけの飼い犬ではない。何もせずに助けを求める赤ん坊のように他人を頼るだけの奴らとは違う。

 

 それは本来なら評価されるべき事だろう。

 

 しかし、相手はそれを認めなかった。

 

(………醜い大人たちだな)

 

 渡は自分の心の隅っこに、巨大な感情が渦巻いているのを感じた―――それが自分の感情を熱くしていくのも。

 

 その努力を誰も見てくれないのなら、自分が評価しよう。

 

 この状況下で誰も助けてくれないなら、自分が行動しよう。

 

 たとえ一時であろうとも自分に期待を寄せてくれた人のために、そして自分を送り込んだ祖父に恥じないためにも―――彼らを救おうじゃないか。

 

 イタリアの大結社〈雌狼〉であっても、それを邪魔立てするのは許さない。

 

「貴様は何を笑っているのだ。どのような状況か分かっているのだろうな」

 

 傲慢な老人に指摘されて初めて気がついた。自分の口元に触れてみると曲線に変わっている―――心のそこから愉しそうな笑みを形作っていたことに。

 

 その場にいる全員の視線が自分に集中するのを感じるが、まったく動じない。むしろ笑みをより深くし、声を出して笑う。

 

 そんな不気味な存在を目のあたりにし、皆一様に体を震わす。

 

「………『まつろわぬ神』の襲来を聞いて気でも振れたのか………やはり役立たずであったようだな」

 

 彼らにどんな風に思われても関係はない。

 

 もう決めたのだ。

 

 そして、手始めに矛先を〈雌狼〉の総帥に向けようとしたとき―――

 

「ああ、ここか、ここに我らが求めていたモノがある。ようやく見つけたぞ」

 

「人間どもが隠し続け、我らの邪魔をするとは嘆かわしいものだ」

 

「それに、これほど近くまで寄らなければ感じなかったが、忌まわしき神殺しの気配までもがあるぞ。我らが宿敵にまで頼ろうとするとはな」

 

 野太い声が聞こえたとき、地下空間が揺れはじめた。

 

 サラたちは固まったまま動けずにいる。全身が叫んでいるのだ。今すぐその場から逃げろ、逃げないのであれば平伏して嵐が通り過ぎるのを待てと、本能が叫んでいる。

 

 普通の人であるならば正しい反応である。

 

 しかし、この場には普通とはいえない人物がいた。

 

「しかも………その力は我らと因縁を感じさせるものだ。不遜にも我らに勝負を挑みながらも、姑息な手段を用いた奴の神性を!」

 

 そう怒気をはらんだ大声をあげると、よりいっそう激しい振動に襲われた。

 

 まもなくして地下空間が崩れはじめる。

 

 渡が何か言葉を呟いてから、この場にいた八人に接近し持ち上げる。八人全員を抱えている状態でありながらも、落ちてくる岩石を間を縫うように避けて外に出る。

 

 渡たちが出た場所は公園のようだ。雨のせいで地面がぬかるんでいるのが気になるが、無人の広い場所であるため闘う場所としては適している。

 

「えっ………いつの間、に………」

 

 自分たちが気が付かないうちに移動したのだから、当然の反応だろう。

 

 しかし、今の状況を考えてみると、そんな悠長なことを言っている場合ではない。

 

「巻き込まれたくなかったら、今すぐ離れた場所に移動しな。この場所は戦場になるぞ」

 

 誰かが「お、お前は………なん、なんだ」と喋った気がしたが、気にせず歩き始めた。サラたちが巻き込まれないように少し離れた場所に歩いていった直後、地面から三柱の姿が現れた。

 

「おお、この様な場所にいたのか、神殺しよ」

 

「我らを迎え討とうとする姿勢、まさしく愚者の申し子だけはあるな」

 

「だが、我らの邪魔をする宿敵であるのならば討ち倒すのみ」

 

 地下で三柱の声を聞いた瞬間から、渡は臨戦態勢に入っていた。

 

 闘争心が目の前に現れた敵を打ち倒せと熱く燃え上がり、体には力がみなぎってベストコンディションになっていた。この変化はまつろわぬ神と対峙したときに起こる現象だ。

 

 地面から姿を見せた三柱は三つ子の兄弟のように似通っていて、身長は100cmにみたず手足が短い小柄な体格ではあるが、樹齢百二十年の大木のように太く引き締まった強靭な肉体をしている。映画や小説などに出てくるドワーフそのものといっていい。

 

 唯一見分けがつけられるのは、左右にいる二柱よりも顔の下半分を覆う髭が長いのが特徴的な真ん中の一柱だけで、他は見分けられる特徴がまったくない。

 

 真ん中にいる一柱が無造作に髭を生やしてある顎に触りながら宿敵を見つめている。

 

 渡はようやくであった宿敵、自分を満たしてくれるであろう宿敵を前にして笑った―――狩りの獲物を目におさめ、獰猛な笑みを浮かべた。

 

 その笑みは誰にも気が付かれずに引っ込められ、これから起こる戦いに備えて表情を引き締めた。

 

 この場所は『まつろわぬ神』とカンピオーネが戦う戦場―――約八年前に誕生した日本初のカンピオーネ篠宮渡が闘う決闘場となる。

 




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