雷神   作:rockon

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閑話 爆発

 

 透明感のある青さをそなえた高い空、太陽が眩しく、このままだと狂ってしまいそうだ。

 殺人的な猛暑である。今年は平年よりも温度が高いだけにとどまらず、過去最高を更新した。

 そして、人間が起こした地球温暖化を非難するかのように、蝉がより激しく鳴き続ける。自身の人生をかけ死に物狂いで鳴き続け、まるで自分達の何倍もの寿命を持つ人間に対する呪詛のように思えてならない。

 今日は夏休み最終日、去年までであれば蝉の声に耳を傾けながらゆったりと一日を過ごしていたはずなのだが………。

 そんなどうでもいい事を考えながら外を見ていた少年は絶望していた。

 しかし、彼の目の前に広がるのは漆黒の闇ではなく真っ白な世界であった。

 一ヶ月以上の大型連休というものは人を怠惰にする。その変化を少しでも食い止めようと夏休みには宿題という存在がある。ここで一つ疑問を挙げるのならば、この宿題は本当に生徒のためにあるのだろうか。

 出す側も理解しているだろうが、生徒が宿題をやる場合はいくつかのパターンがある。休みの初盤に片付けるか、スケジュールどおり進めるか、一人で頑張るか、仲間同士で教えあうかなどだ。

 こういう人種に共通していることは宿題をやらされているという感情を持っていることだろう。

 なぜなら自分に必要と感じることなら、例え宿題が有ろうと無かろうと自主的に勉強をやるものだ。ましてや大学受験を来年に控えた高校三年生ならなおさらだ。………いや、受験生ということを考慮するならば宿題は無くてもいいのかもしれない。

 なら、出される側のことを考慮しない宿題は生徒のためにあるのではない。学んだことを忘れないようにというのは正しい言い分だが、所詮は建前である。

 では本音が何処にあるのかというと―――学校、教師側にある。

 教師が新学期に同じことを教える手間を省くために、教師が生徒を評価する基準のひとつにするために―――休みであろうと生徒のために暇を返上しなければならない教師が少しでも楽をするためだ。

 だからこそ、宿題を忘れた生徒をネチネチと責めるかのように叱責するのだ。最後に苦労するのは生徒なのだから、その生徒自身が責任を負えばいいとはならない。

 結局、教師が面倒事を背負いたくないだけだ。宿題というのは教師のために存在するのだ。

 まあ、何が言いたいのかというと―――

(宿題………どうしよう………)

 ドンッと目の前に存在する手付かずの宿題の山をどうにかしなければ、ということだ。出された宿題は約半分が残ったまま放置されている。

 別に渡の成績が悪かったり、勉強を苦手にしているわけではない。むしろ逆であり、渡が通う進学校の中間、期末テストでも上位に位置するほどの秀才である。

 ただ、一つの物事に集中してしまうと、他をおろそかにしてしまう性格なのだ。夏休みのイタリア旅行でサラと出会い、共に行動したことが運の尽きであった。

 そして、もう一つの問題が―――

「なあ母さん。そろそろ放してくれてもいいんじゃないか」

 母親である!

 母を無視してイタリアに旅行に行ったために、母親は渡エネルギーが不足していると駄々をこね始めて家事を放棄していたらしい。ちなみに補足しておくと、母が家事をボイコットしていた間、姉が母親に代わって家のことを仕切っていたため家庭崩壊は免れたようだ。

 そのため渡は家に帰ってくるなり母親に捕まり、母親のエネルギー充電という重要な役割を担っていた。

 そもそも、息子から補給するエネルギーとは何なのだろうか?

 むしろ、養分やら生気を吸われているのではないのだろうか疑ってしまうほどだ。渡としても帰宅したときの母親が灰色になっていた様子を思い出してみると、自分も少しは悪かったと反省しているので、母に文句をつける気は無いのだ。

 だが、母は家事を再開した今になっても渡を傍から離そうとしない。それだけではない、息子を風呂や布団のなかにまで連れ込もうとするのはいかがなものだろうか。エネルギー不足が解消されていないためか、未だに解放の目処が立っていないのだ。

 それ故、宿題が捗らない。いや、ほとんど進まないのだ!

「いやよ! 渡ちゃんと離れたくないの!」

 そして、目に涙を浮かべながら、

「そ、それとも、お母さんのこと目障りに………グスッ、嫌いになっちゃった?」

「うっ………」

 母親が泣き落としをしてくるのもどうかと思うのだが、自分が勝手に旅行にいった負い目があるために強くは言えない。

 一郎は仕事に、皐月は大学のサークル活動にと忙しく、今家にいるのは渡と澪、八尋の三人である。そのため、唯一味方になりえる祖父に向かって助けてのサインを送っているのだが、無視されている。

 それでも、じっと静かに見続けていると、

「澪もそれぐらいにしないと、渡が宿題できなくなってしまうよ………未だに手付かずの科目があるのだから」

 視線の圧に押されたのか、溜め息をつきながらも八尋から救いの手が差し伸べられた。

「お父さんは黙っていて! これは私と渡ちゃんの問題なの!」

 まるで駄々をこねる少女のように叫び返した。

 昨日までも夫から、娘からの言葉ですら聞き入れなかったのだから、今更のことではあった。だが、諦めるわけには、

「でも、明日には学校に行かなくちゃ行けないんだから………」

「そ、それは………その時よ」

 お、何か弱くなっている。この線で押していけば解放されるかも。

 ………………………結果は惨敗であった。

 明日ですら学校についてこようとした澪をどうにか押さえ込んだ代償として、今日一日腕を組んだままでいることになった。

 流石に片手で宿題やりきるにはこれ以上は無理であるし、姉を頼りきるのも問題である。

 やはり、明日覚悟して学校へ登校するしかないようだ。

 ハァ、溜め息と一緒に疲労や苦労が抜けたらいいのにな………そう考えずに入られなかった。

 


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