雷神   作:rockon

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十一話 結末

 

 五月蝿い。

 

 まず思ったことはそれだけだった。

 

 一人の馬鹿が騒ぎを起こしているようで、周囲の人間が止めようと躍起になっている。おちおち寝てもいられない。

 

 背中に当たる柔らかく落ち着く感触を味わいながら目を開けると、見知らぬ天井が見えてきた。窓から差し込んでくる光が暖かくて気持ちがよく、周囲に漂う消毒液の匂いが今いる場所を教えてくれる。病院だ。

 

 ドニと手を合わせ、アテナの参戦で混沌となった決闘から数時間といったところだろう。身体のだるさは治まらないが、呪力はある程度戻っているため日常生活には支障はないだろう。

 

 そう考えて身を起こすと、

 

「あっ、起きて大丈夫なの?」

 

 看病してくれていたのだろう、ベット脇の椅子に座っていたサラが声をかけてきた。

 

 寝起きにメガネ美人が声をかけてくる、しかも果物を剥いているおまけつき!―――なんとも最高なシチュエーションに、渡は「イヤッホー!」と小躍りして抱きつきかねないほどの興奮状態に陥った。

 

 だが、実際に手を回すことはなく自重したつもりだろうが、

 

「おお! サラの顔を見たら、今すぐ神様とだって戦えるぐらいに絶好調になったよ!」

 

 そう直球を投げつけたのである。そして彼女が顔を赤くして黙り込んだ隙に、

 

「あ、それなら今からまた決闘しようよ!」

 

 渡の言葉に反応する人物が、至福の一時を邪魔する無粋な乱入者が現れた。廊下が騒がしかった原因であるサルバトーレ・ドニだ。

 

 全身の火傷は見る影もなく無くなっていて、首を縦に振ろうものなら即座に襲い掛かってくるだろう。

 

「はっ、嫌に決まってんだろ。寝言は寝てから言え」

 

「えー、そんなつれない態度をとらないでよ」

 

「………お前と決闘なんて面倒くさいんだよ」

 

「そうかな、君ならもう一度決闘してもいいと思ったんじゃないかな」

 

 馬鹿なこといっていると心底思ったのだが、ある一面だけは正しくもある。

 

 確かに、今回の決闘では自身の高まりを感じた。自分が一段上に行ったとも思うし、気分も高揚した。だからこそ、もう一回ぐらいならと思いもしたのだが顔には出さない。

 

 なにより、そんな事より気になることができた。

 

 相手の声からは何か滾るような思いが伝わってくる。それは乙女が綴る恋文のような、愛を語る男女のような熱っぽい思いのような………。

 

 その思考を全力で追い出そうと頭を激しく振るが、何故か額から流れる冷や汗が止まらない。

 

 だが、物事というのは嫌な予感ほどよく当たるものである。

 

「月明かりの下、僕らが全てを懸けてぶつかり合った夜のこと………あのとき世界は僕らだけで満たされ、目の前の相手の事だけを考え、血肉を沸かせて昂りあった。熱くなった一夜をけして忘れずに、僕は君と再び求め合う運命だということを悟ったよ………」

 

 恍惚とした表情となって語る言葉は、愛する者への想いを詩的に表現したかのようだった。

 

「そんな思いを友なら共有できたはずだよ」

 

「きょ、共有したくはないな………って、ちょっと待て。誰が友だ!」

 

「もちろん君のことだよ渡。よく考えてみなよ。僕たちは互いに己を語り合い、近づきあった仲だよ。そして命すらかけた仲を友人と呼ばずして何と呼べというんだい?」

 

「そう言うのは友とは違うだろ。好敵手というべきだ」

 

「日本人なのにモノを知らないなー、君は。日本では親友がライバルであり、好敵手というのはよくあることだろう」

 

「漫画の中でならいくらでもあるが、実際にはそんな事はない! というか、無駄に日本のこと詳しいな!」

 

「強敵と書いて友と読む、この言葉は正しいんだよ。その意味も含めた上での『友』さ!」

 

 こちらの言い分をきっぱりと無視して、一人で結論付ける。

 

 これはマズい。このまま放置しておくと、とんでもない方向に進んでいくのが手に取るように分かる。何とかして、この馬鹿を制御しなくては………。

 

「それに友を、仲良くなるということをメリットで考えるものじゃないよ」

 

 そして意外なことに、本当に意外なことではあるが、普通でない魔王が正論を言ってきたため渡は黙り込む。

 

 人間関係には確かにメリットもあるが、たいていは損得を超えたところで築かれるものだ。仕事上の付き合いだけではなく、馬鹿騒ぎをするという今の関係は友人といっても問題は無いのかもしれない―――唯一つ命をかける必要がなかったらだが。

 

 この男は自分の命などあってないようなもの。自らの剣を高めるために懸けるピースの一つとしてしか認識していないだろう。価値観が違う相容れない者同士であるため、論破することはできないだろう。

 

 それならば、

 

「………分かってないのはお前のほうだよ。例えそんな関係であっても、いや俺を『友』だと言い切るのならば、お前だけが満足していたらいけないんだよ」

 

 ドニの言い分を踏まえたうえで、自分の有利な方向に持っていくのが一番であろう。

 

「いいか、カンピオーネとして新生したばかりの奴が相手では面白くはなかった。相手も満足できるぐらいにまで腕を上げたのならば、今一度かかってくればいい」

 

 その言葉にドニは雷に打たれたかのように体を震わせた。目を見開く彼は相手を楽しませられなかった事実に驚愕したのだろうか。

 

 そして、悲愴な表情を浮かべながら、

 

「そうなのか、僕は君を満足させられなかったか………分かったよ。僕は神様たちと戦い続け、必ず君も満足できる力をつけて見せるさ」

 

「それがいい。2、3年は顔も見たくも無いしな」

 

「ん、そうなのかい。それじゃあ、その間に実力を上げて、4年後に決闘を申し込むよ」

 

 そう言い残して立ち去っていく『剣の王』サルバトーレ・ドニ。

 

 素直といえば聞こえはいいのだろうが、皮肉としていった本人は口を大きく開け呆然としていた。

 

 去っていく姿を見ながら呟く。

 

「………俺らの闘いはオリンピックなのかよ」

 

 その言葉に同情を禁じえない周囲の魔術師は、勘弁してくれという思いものせて深く頷いたのであった。サルバトーレ・ドニ被害者の会でも設立すれば相当儲かるんじゃないか、渡は真剣に考えてしまったほどである。

 

 ちなみに追記しておくと、この後サルバトーレ・ドニは日本文化をさらに学びツンデレという言葉を覚える事となるのであった。

 

 

          ○     ○     ○     ○     ○

 

 

 数日後。

 

 驚異的な回復力をみせて全快となった渡は魔術結社〈漆黒の猫(ブラック・キャット)〉のもとで食事を取っていた。ここは結社が持つカフェの一つであり、貸切にしたのではないため一般人も混じっている。

 

 しかし重たい空気が店内を支配し、聞こえるのは食器が触れ合う音、渡が食事している音だけがよく響く。

 

 同じテーブルについているのはサラと彼女の両親だけで、他のテーブルは一般人や結社の人で埋まっているため、自分たちのテーブルの近くには人がいない事が際立っている。

 

(まぁ、この人はアッチの人に見えるよなー)

 

 目の前で向かい合っているサラの父親に目をやる。

 

 二メートルを越す身長と筋肉質の身体、サングラスをつけていても他者を威圧する鋭い目、隠し切れない目元の傷。善良な市民からするとマフィアのボスと思っても仕方ないだろう。実際、店に入ってくる客の多くはバーツを見ると黙り込み、刺激しないように店から出ずに席へと座る。今日一日で何度も見た光景だ。

 

 だが、自分にとっては些細なことである。今最も重要なことは目の前に並んでいるものである。

 

 渡が注文したのはイタリアの朝に相応しいといえるコルネット、タルト、カプチーノの皿がテーブルに並んでいるのだ。

 

 普通であろう光景に唯一問題を挙げるのならば、運ばれてきた料理の量だろう。

 

 一つだけでは載りきれずに、二つ合わせた即席のテーブルを埋め尽くすように並べられている。人が一人で食べきれる量の数倍、大食いのチャンピオンであってもギブアップするかもしれないほどである。

 

 本人としては客が逃げていくのはバーツのせいであると思っているのだが、山のように詰まれた料理を片っ端から平らげていく姿は一種異様に映っていることだろう。

 

 数分間食器が触れ合う音だけが響いていくと、渡は食べ終えて一息つく。

 

 そして、唐突にサラを観察しはじめた。もっとも、渡からしてみると突然のことではない。もともとドニの邪魔が入らなければサラとの観光ができていたのだから、その分の埋め合わせをしているのだ。隠す様子もなく見られている立場からすると迷惑この上ないのだが………。

 

 それに、家から緊急連絡があり、今日帰国しなければならないのだから、この女神の如き女性を目に焼き付けておかねばならない。

 

(メガネ♪ メガネ♪♪ メガネ♪♪♪ ああ、やっぱりサラはいいな~)

 

 ホクホク顔で自分の思考に夢中になっている。

 

 そんなとき事件は起こった。

 

(ん、よくよく考えてみると………今の状況って)

 

 サラの隣に座っているだけでなく、目の前には彼女の両親が並んでいる。このシチュエーションはまるで『婚約者の両親への挨拶』では………、悶々と思考が少しずつ変化していくと―――

 

「娘さんを俺に下さい!」

 

「「ぶはっ!!!」」

 

 知らず知らずのうちに問題発言を口からぶちまけてしまった。

 

 サラの両親が飲んでいた水を勢いよく口から噴霧し、正面に座っていた渡に全て降りかかる。そして、カンピオーネに不敬を働いてしまったため、顔色が真っ青になっていく。

 

 サラ自身は顔を真っ赤に染め上げて、あらぬ方向に目をやっている。

 

 心の声を口に出していたとは露知らず、顎から水を滴らせ首を傾げる少年。

 

「「「………………………」」」

 

「???」

 

 無言、沈黙というものは凄く苦しいものであった。

 

 そして、その静けさのせいで原因に気がついた。

 

「………もしかして………口走ってた………」

 

「「「………」」」

 

「………」

 

「「「……………」」」

 

 あちゃー、そんな感じに赤くなりながらも頭を抱えるが、それも一瞬のこと。

 

「い、今のは無しで! ノーカウントです!」

 

 まるで幼児のように、顔の前で両手を交差させて主張する。

 

 それを見て、様々な感情が混じった溜め息をつく三人。

 

 そして、これでOKとばかりにサラを視姦、もといメガネ美人の観察を再開する。見つめ続ける渡を中心に空気がさらに重く圧し掛かっていく。空気が読めない人はなんとも厄介である。

 

 

          ○     ○     ○     ○     ○

 

 

 そんなこんなで時は過ぎていき、数時間後テルミニ駅に渡とサラはいた。

 

 見送りにきたのは彼女一人であり、もしや気を遣って二人にしてくれたのか。それならば、別れのキスでもあるのではないのか………お約束というものを夢想してしまうほどの場面である。

 

 一人で都合のいい想像をしている渡に向かって、

 

「ねえ、渡。朝見たときから思っていたのだけど―――」

 

「!!!」

 

 サラが少し戸惑いの表情をみせながらも声をかけてくる。

 

 渡は興奮しながら彼女の次の言葉を待つ。心臓が爆発しそうな勢いにまでヒートアップする。

 

 こ、こ、これはもしや―――

 

「あなたの髪、少しだけ赤くなってない………」

 

「………………………」

 

 見事に空振りした。

 

 一瞬のことではあったが、渡は愕然として立ち尽くすこととなる。

 

「んっ?」

 

 彼女の言葉を脳が理解し、髪を見てみる。

 

 今朝鏡を見たときは気がつかなかったが、言われてみれば少しだけ赤みがかっているような………。

 

 自身の身に起きた変化に戸惑うが、この赤色から連想するのは雷神。ドニとアテナとの三つ巴の戦闘によって渡は戦神に近づいたのかもしれない。

 

 その証拠に、決闘の最終段階では雷を纏っている状態のとき、時間が飛ぶような感覚があり周囲がよく見えていた。それは単なる錯覚に過ぎないのだが、自分だけが違う時間軸にいるように、他の存在全てが鈍重に動いて見えるのは事実であり、これは神速の領域にいる時に見られる現象である。

 

 戦闘中におけるカンピオーネの集中力によるものかもしれないが、心眼に目覚めたのではないか。

 

 その髪をみて少し感傷に浸ってしまう。初めて会った神様と交わした言葉、ロキと出会う前に言われた言葉を思い出していた。それは今でも自分の中に息づいている。

 

『篠宮渡よ、汝がどのような道をたどろうとも、そこには必ずや戦場があるだろう。だが、恐れるなかれ! 汝のなかには鋼の意志があり、それを持ってすれば勝利を手にすることができるだろう! その勝利を糧に成すべき事を成し、その名を世界に示すがいい!』

 

 自分は戦場を楽しんでいるが、同じくらい日常を、家族を、親友を大事にしている。そう、彼の言うとおり自分が成すべきことは勝ち続ければいいだけだ。

 

 そして、チラリと横を見る。

 

 横目で見ると、睫毛が長いのがよくわかった。知的で清楚なたたずまいは、映画に出てくる役を演じている女優のようであるが、その目に宿る強い光はどんな障害であっても超えてゆこうとする闘争心を暗示しているかのようであった。ここ数日で彼女も成長したのではないだろうか。

 

 見飽きることのない彼女がいるが、見つめる目にはいつもと違う見定めるような雰囲気を宿していた。

 

 もし、家族とサラのどちらかを選ばなければならないなら―――自分はどのような選択をするのだろうか。

 

 自分は彼女のことを好ましく思っているが、自身をかけてまで守り通そうとするのだろうか。

 

 メガネは世界一素晴らしいが、自分の命と天秤にかける事はできないという結論になるかもしれない。

 

 確かに、フレーム、テンプル、モダン、ブリッジ、レンズから構成された完璧な一品には何人たりとも止めることが出来ない光を放つ。それこそ命懸けで行動する価値がある。

 

 しかし、メガネだけではいけない。それをかける人がいなければ正しくはない。サラのようにメガネが似合う人にジャストフィットし、顔と一体になったものこそが素晴らしいのだ。やはり、メガネをかけているところが彼女の一番のポイントということだ。

 

 ん………すこし話がずれてしまったようだが、結局のところ実際にその場面に出くわさなければ分からないものだろう。

 

 サラと目が合うと、

 

「………その、あなたのことを知らなかったとはいえ、最初は悪かったわ。あなたがいなければ、もっと大変なことになっていたでしょうし―――」

 

 彼女はゆっくりと顔を上げて、はっきりと感謝の言葉を口にした。

 

「―――ありがとう、渡」

 

 彼女はそう言いながら微笑んだ。

 

 その笑顔を見た瞬間、顔が一気に朱に染まるのを感じた

 

 知的な意思的な美貌は近寄りがたさも感じさせるが、それが一瞬にしてほぐれ、花が咲き乱れたような雰囲気となった。彼女の本当な魅力というのは内面から滲み出てくるかのような気がする。

 

 その笑顔に見とれてしまった渡は、電車のドアが閉まり発射するまで呆然と立ったままだった。

 

 

 

 翌日の新聞に『電車内で叫ぶ不審な少年』という小さな記事があった。

 

 内容は『電車のなかで「フラグが立ったー」と、歓喜に満ちた表情で叫ぶ少年がいた』とのことだ。

 


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