雷神   作:rockon

12 / 16
十話 終結

 

 この十数分で急転直下の展開を見せた。

 

 互いに新たな権能を発現することによって、決闘は終わりへと向かった。圧倒的なまでの攻撃力と防御力を保持するサルバトーレ・ドニに対し、渡が相手に楔を打つことによって対処した結果として優勢となる。

 

 だが、そこに一柱の神が乱入してきたのだ。

 

「ほう、篠宮渡と戦っていたのは見知らぬ神殺しであったか………これは上々、おまえ達は妾の手で打ち倒してみせよう」

 

 渡にとっては懐かしいといえる神、オリンピア遺跡付近で偶然であった神、女神アテナ。その神が渡の正体を看破すると、すぐさま命をかけた勝負へと発展した。

 

 梟と蛇を呼び、石化の邪眼を駆使し、最後には冥府の女王に相応しいといえる鎌を持ち出してた。強力ではなかったが多勢に無勢、当時の渡は一対一で使える権能にしか目覚めていなかった。

 

 そんな時に把握した『雨』の権能、戦況に変化をもたらすために使用したのは言うまでもないことだ。その力の一端は地面を陥没させるだけに留まらず、遺跡にも多くの被害をもたらすものだったが………。

 

 渡に不利となっていた状況は一転し、二人の戦いは均衡し始めた。その後は互いに強力な一撃を受けたところで痛み分けの結果となる。

 

 知恵と闘争を司りし女神、渡が戦ったなかでも強力な一柱が再び現れた。

 

 渡はドニとアテナを同時に視界に収めるように位置を変えると、心の奥底で絶叫した。

 

(しまった! さっき一度切り替えたんだ!)

 

 アテナが現れた原因をはっきりと理解している。

 

 ロキの権能を使用する対象は生物だけに限らない。基本的には生物が中心となるのだが、その対象は自分自身、電子機器や『世界』という情報体も含まれる。

 

 世界という情報体にアクセスすることにより、自身を存在しない人間として透過させる事ができる。だが、操作する対象・情報を一時的に切り替えることで渡がカンピオーネが持つ膨大な呪力を隠せなくなる。アテナはその一瞬を捉えて、この場に足を向けたようだ。

 

 混沌となりつつある状況に溜め息を漏らしそうになり、自重する。

 

「は、ははっ………アテナ、僕でも知ってるビックネームじゃないか。今日は僕にとっての運命の日………その予感は正しかったようだ。同類である渡、闇の大神アテナ………これほどまでに身が震え、胸が躍ることなんて、この先どれほど味わえるだろうか」

 

 立つだけでも精一杯といった感じだったが、

 

「さあ、女神様が来たところで三つ巴の戦いといこうじゃないか………!!!」

 

 宿敵と邂逅したことで、体に力が漲り、ドニは剣を片手に叫ぶ。

 

 その様子を見ると、アテナは雄雄しく笑う。

 

「満身創痍でありながらも戦意を失わず戦場を欲す、か………その粋や良し。妾の相手に相応しいと認め、あなた達を今ここで討ち果たそう」

 

 彼女は愛用の大鎌を持ち出し、石造の大蛇と漆黒の九頭蛇を従える。

 

「我等神と神殺しは出会えば互いに滅ぼし合う仇敵、争う事こそ我等が逆縁。これより先に言葉は不要! 己が武で語り合おうではないか!」

 

 蛇は細い目を二人の神殺しに向けながら警戒してくる。

 

 肌が粟立つ殺気を感じると、蛇が牙を剥いてきた。大蛇が桁違いの重量でもって押し潰そうとすると、その隙を埋めるかのように九蛇が動く。

 

 渡は左右にステップを刻んで後退していくと、微かに空気を切り裂く音を耳にする。

 

 それは歓喜に震える細胞全てを動員して襲い掛かっていくドニの方から聞こえてくる音で、彼は剣と肉体、二つの鋼を駆使して強引に押し進んでいく。蛇が通じないと見ると否や、アテナは真正面から大鎌で剣を叩き上げて斬り下げる。

 

 攻撃は最大の防御、誰が最初に言った言葉かは分からないが、その言葉を体現するかのように両者は激しく斬りあう。一方が少しでも勢いを緩めてしまえば、喉もとを噛み千切られるだろう。

 

 甲高い響きが何度も鳴るなかで渡は傍観者に徹していたわけではなく、体の芯から呪力を練り上げて天から破壊の化身を呼び込む。

 

 そして渡は少しだけ後退して距離が十分開いたのを確認すると、干渉して落下速度を上げてていく。

 

 それは生物にとって死角となりえる頭上から落下する雹であり、『意識』の外から地上の一点に合わせる作業は今までとは桁違いに難易度が跳ね上がる。それを克服するために、雨というよりかは滝と表現すべきほどの多量な雹群を造り出した。

 

「ははっ、それは!」

 

 ドニは自分めがけて凄まじい速度で落ちてくる雹石を見ると、喜悦に満ちた声を上げる。

 

 両者の距離は十分あり、これだけ離れているならば巻き添えはくらわずに済ませる方法がある。命中するしないに関わらずダメージを与える可能性があり、場合によっては巻き上がる土煙がまた相手の視界を奪うことにもなるのだから一石二鳥である。

 

 アテナが闇を広げるだけでなく、掲げて盾のように構える。雹群に耐えるだけの力があるとは考えにくいのだが、迫りくる雹弾にたいして無駄な時間をかけることはしないだろう。

 

 そう考えていたら、雹群はとんでもない方法で破られることとなった。

 

 迫り来る物体に目をとめると、ドニは即座に右手に持った剣を強く握り締める。呪力が高まり、銀の腕に、剣に集まっていく。そして氷石が直撃するというタイミングで右手を振るい―――斬り裂いた。

 

 剣先が土を噛み、斬撃の余波で地面に剣線が走る。それは渡のすぐ横を通り抜け、長い爪跡を残した。

 

 地面に直撃する寸前に雷速で戦場から離れる予定だったのだが、その直前、背筋が凍るような感覚が身体を貫いたため横にずれて正解であった。

 

「………はぁ」

 

 呆れを通り越し、もはや何の感情がこもっているかも定かではない溜め息をつく。

 

 カンピオーネである限り対応すると思っていたし、剣で斬り裂くのも一応は想像の範疇であった………あまり実現してほしくはない想像ではあったが………。しかし、雹石だけにとどまらず数キロ先にまで届くというのは流石に予想していなかった。

 

 ドズンッ!という巨大な物体が衝突した音が聞こえ、冷や汗をかきながらも前方に視線を向ける。

 

 そこには腕を振り上げた体勢のまま立っている凄腕の剣士、背後には土煙が天高く昇っている。その光景はまるで―――

 

(おいおい、お前はどこぞの特撮映像のヒーローかよ………)

 

 決闘の最中だというのに、しょうもないことを考えてしまうほどだ。

 

 だが目的の一つは達せられた、そう考えて土煙が充満する戦場を走破しようとし―――横合いから土煙を掻き分けるようにして刃先が迫りくる。

 

 煙にまぎれて向かってきたアテナの一閃で頭を下げると、その隙に相手の細足が蹴り上がった。左手で押さえ込むと鎌の刃が届かないほど密着しようと足を出し、それと同時に放った掌底は柄で防がれた。

 

 そのまま押し込もうとするも、アテナは力で対抗することはせず受け流すかのように柄を傾ける。

 

 一瞬虚を突かれたときには腹に足が突きこまれていた。

 

「っく!」

 

 大きくよろける渡に首を切り落とそうと鎌が迫るが、両者の間に走った剣線が邪魔をした。

 

「全く、僕をのけ者にして二人だけで楽しまないでくれるかい………」

 

 雹によって受けた外傷が全くないドニは狂気を纏った笑顔を浮かべている。

 

 その姿からはルーン文字が失われているが、その分銀に輝く右腕は眩しいほどの光を放っていた。呪力の目減りが激しくなっているようで、ここからは全てを剣につぎ込んで勝負を決めるつもりなのだろう。

 

 そのことを確認してからアテナの方を見ると、彼女は無傷のまま鎌を構えている。どのような手段を用いたのかは知らないが、一度戦った相手だからこそ雹に対して策を採っていたようだ。

 

 両者とも武で自分を上回る強者であり、全てを両断する意志と実力でもって攻勢に出るであろう。

 

 受けに回ってしまえば勝てる勝負も勝てない。

 

 上半身を軽く前傾させることで重心の位置を変え、両腕の力を抜く姿勢、まるで見えない何かに軽く腰をかけているかのようである。全身をリラックスさせながらも僅かな、そして適度な緊張感を漲らせている。

 

 感覚がひどく研ぎ澄まされているのが分かる。

 

 目線は合っているのに、焦点は合っていないというべきか………渡は自分を中心に景色全体を見ているようを感じた。

 

 三者三様に覚悟を決めた後、勝負は膠着(こうちゃく)状態に陥ることになる。誰か一人が動けば、その対象となっていない三人目が利を得るのだと理解しているから。

 

 だが、そんな状況であっても動かざるえない理由をもつ存在がいた。

 

 ドニが渡に向かって動き出す。呪力を束縛されているため長期戦が難しく、付与された鎖をはずすべく剣を向ける。

 

 無駄な力が抜けた一振りは空気を切り裂く音もなく迫るが、渡は体をひねることによって避ける。そしてひねりを利用した雷速打撃は鎌とかち合うことになる。

 

 防ぐことをやめた決戦は恐ろしいほど美しかった。

 

 渡が鋭い踏み込みでもって懐に入り込むと、ドニが一撃必殺の一振りで応戦し、アテナは己の名に相応しい戦果を挙げるべく大鎌を振るう。

 

 人類最高峰の人間と闘争の女神はそれぞれの武器を構え、流れるような動作で打ち合う。全てを最小限の動きによって構成されていて、まるで流麗な演舞を舞っているかのようである。

 

 だが、そんな静謐(せいひつ)な時間に終わりが告げられたのは突然のことだった。

 

 不治の傷から流れ出ていく血、それを浴びたアテナが動き鈍らせたのだ。一つ一つの拘束力はたいしたことはないが、何度も浴びたことによって力が強化されていた。

 

 ドヴェルグの権能に反応できなかった女神はドニの魔剣に身を晒すことになる。

 

「う、あ、あがああああああっ!」

 

 ドニが持つのは『鋼』の魔剣であり、『蛇』の属性をもつアテナとは相性が悪いようだ。苦悶の声を上げる彼女から警戒心が失せ、それが決定的な隙となる。

 

 渡がまるで地面をすべるかのような移動する。上半身が全くぶれることなくステップを踏むでもない。それはサルバトーレ・ドニの歩法に近いものであった。

 

 そして最大限に呪力を高めると、それに呼応するように雲一つなかった星空が陰り、重低音を響かせ始める。

 

「地に降り立ち、立ちふさがりし諸々の神を平伏せよ」

 

 唱えるは新たな雷を呼びし言霊。

 

「今こそ振るいしは天より下りて地を平定せしもの、そは稲妻となって駆けし刃なり!」

 

 漆黒の空に刻まれる一筋の雷光。

 

 爆ぜる火花と耳をつんざく轟音を撒き散らし、その膨大なエネルギーが落ちていった。

 

 

          ○     ○     ○     ○     ○

 

 

 アテナが参戦して数分後、現地へと到着したサラたち三人は空を切り裂く閃光を見た。

 

 目がくらむ一撃が直撃すると、彼女の身体から一つの黒き光が天高くへ飛んでいく。

 

「これは、篠宮の権能かい………」

 

「ええ、ドヴェルグ戦では見なかったですが………赤雷とは違う青き稲妻」

 

「先日まで隠れていた経緯からも、篠宮王は何個か権能を所持していると見ていいでしょう。しかし、弑し奉った神は何処の神なのでしょうか」

 

 その黒光はアテナの神格の一つだったのだろう、呪力が減り、弱体化していくのが分かる。

 

 聖ラファエロは今まで神に関わってきた経験から女神に起こった現象を見て、

 

「そうだね、神格を切り裂く雷、神々を倒す『まつろわす神』か………欧州だと雷神ゼウス、トールが有名どころか、他にはインドラも考えられるな」

 

「天空神も含んで考えると幅が広くなりますね」

 

「渡は日本人ですし、日本由来の神とは考えられないでしょうか」

 

「確かに可能性はあるが………」

 

 聖ラファエロとアンドレアは互いに頷くと、

 

「日本神話に連なる神となると全く知りませんし。まあ、日本の組織に連絡を入れれば、現地で顕現した神の情報は入るでしょうが………」

 

 現在戦闘中の渡を見て言葉を濁す。

 

 サラは目線を追って、理解した。日本の組織に探りを入れてしまうと、渡の存在が知られる可能性があるのだ。今回のために交わした契約があるのだから、あまり良い手とはいえない。

 

「雷を司る神様は多いからな、理解するには情報が少なすぎる………いっそのこと、無理は承知で本人に聞いてみるかい」

 

「サルバトーレ卿のことを話していたときも、自身の権能については言いよどんでいたのですから無駄だと思いますよ」

 

 そこで一息間をおくと、

 

「それに賢人議会に提出するわけでもないですし、無理をする必要はありません」

 

 今回の女神に関しても、基本的にはイタリアに新たに誕生した王が対処したことにするつもりだ。

 

 馬鹿の宣伝にもなるだろうし、日本の王の存在の隠れ蓑にもなる………無茶なことをして王の逆鱗に触れるリスクは犯すべきではない。

 

「あっ!」

 

 そのときサラが唐突に叫んだため、目線をやると決戦は終わりへと向かっていた。

 

 

          ○     ○     ○     ○     ○

 

 

 渡はその変化をすぐ傍で見ていた。

 

 女神の体が裂けたように感じた瞬間、アテナの身体から光球が弾けた。その光のなかには一つのメダルが内包されており、失せると身体に変化がおこった―――絶世の美貌を誇る太母神から幼き容姿の女神へ。

 

「っぐ、ぅうっ………」

 

 彼女の額からは大粒の汗が流れている。

 

 不治の傷を受け、さらには身を斬られ神格の一部も失ったのだから、想像を絶する痛みが彼女のなかに駆け巡っているのだろう。

 

 そのような状況であっても闘神としての勘が告げ、痛みに耐えながらも彼女は行動を開始する。追い討ちをかける二人の猛攻、戦場を闇で包み込み感覚を狂わせることによって戦線を離れていった。

 

 梟の羽が舞い落ちるなか、その場に残された二人は右手を振るう。

 

 青い雷によって多くの呪力を消費した渡、鎖の束縛から逃れるために常時呪力を垂れ流しているドニ。残された力は互いに少ないため、残りを全て使用して攻勢へとでる。

 

 空気を切り裂くエネルギーのロスすらも失くした一閃は拳を押し込むような状態で押し合う。

 

 少し体勢を崩すことになった渡だが、残る呪力を籠手に注いで魔剣を砕こうとする。魔剣にだけ呪力を回しているためか、先程のように剣を砕くことができない。

 

 打ち合っているのは時間の無駄であると悟り、ロキの権能を利用してさらに深く入り込む。が、見られていると感じたときには再び鋼と鋼を合わせることになった。

 

 幻像を多用したことによって、ドニに耐性ができはじめていたのだ。

 

(それなら、このまま押し切る!)

 

 ルーン文字を展開していないのであれば赤雷で十分だろうが、一撃を当てる瞬間に発動される可能性もある。幻像、雨の権能も意味を成さないのであれば、アテナに振るった一撃を再び呼び込むしかない。

 

 幸いにも雷雲はまだ上空に存在する。

 

 最後の力を振り絞って呪力を流し込むと、雷雲から大きな音が轟き始める。

 

 膨大な呪力を元にする雷は一日に放てる回数は少ないものの、そこには身体だけでなく神格も含めた全てを斬り裂く効果が宿る。

 

 そして、上段から下ろす手刀とともに両者が打ち合う場所へ最後の一閃が放たれた。

 

 天から落ちてくる青き閃光は渡を、ドニを飲み込んでいく。暴君が進軍するかのように圧倒的な破壊力で周囲を蹂躙していき、最後には収斂されたエネルギーが爆発した。

 

 地面を揺るがす大きな震動が起こり、戦場に残るのは大きな穴、そして周囲一帯に飛び散った木々は雷の余波によって火が回っている。

 

 その場に立っているのは渡だけであり、ドニは袈裟に大きな切り傷を負って倒れ伏している。服が破れ、全身が焼け爛れているクロコゲ状態であり、普通の人間であるならば生きているのが疑わしいぐらいである。

 

 雷神トールの所持品のなかにタングリスニとタングニョーストという二頭のヤギがある。彼らが戦車を牽くさいの轟音は雷鳴とされており、骨さえ無事ならミョルニルを振るって蘇らせるといわれている。

 

 この現象を渡の籠手は『雷のリサイクル』という形で受け継いでいるのだ。内部に溜めるには籠手から発生するものだけでなく、外部から受ける雷をも蓄積することができるのだ。

 

 この効果によって渡にダメージを与えるはずだった青雷は蓄積され、籠手に罅が入る程度の結果になったのだ。

 

 アテナが参戦する直前を再現したかのような状況ではあるが、相手はピクリとも動かない。

 

(終わったか………)

 

 その様子を見て渡が勝利を確信すると、自分の視界が急に狭まり、地面が自分に向かって近づいて行っていると気づく。

 

 それは自分が倒れているのだと判断できたが、足を踏ん張らせるには消耗が激しすぎた。雷は溜め込んだものの、最後の一閃で呪力が枯渇しているのだ。

 

 小さな音を立てて地に倒れる。

 

 誰かが呼ぶ声がしたような気がするが、何も考えられない。

 

 自分の意識が沈んでいくように眠りに落ちていく、それを実感したときには意識が離れていった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。