雷神   作:rockon

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九話 混沌

 

 自分の勝利で終わると思っていた。

 

 赤雷へと変化させた一撃は帯電した雷と共鳴して、ドニを内外から破壊していくのだと………だが、拳が当たったとき、失敗に終わったのだと確信した。

 

 剣を振りぬいた体勢である相手には何もできなかったはずだが、触れた場所が異様なまでに固かった―――それは人間を殴った感触ではない。

 

 ドニの周囲にはいつのまにか文字が浮かび、幾重にも取り囲んでいる。この文字が原因だと気がつくと同時に彼の右腕が霞み、渡は胸に一筋の線を刻まれることになった。

 

 自らの幻像を映していたおかげで、深くは斬られなかった。だが、見た目ほど深い傷ではないのに関わらず、血が止めどなく流れていく。直るどころか悪化しそうなほどだ。

 

(………魔剣の権能………そして、あの楔形文字、いやルーン文字か。もしかして………)

 

 一つに特化した権能というのは強力であり、範囲内であるならば様々な応用を利かせられるのだ。今回受けた『不治』の能力もその一つだろう。一撃必殺の魔剣、その名に相応しい能力を備えているようだ。

 

 そして彼を取り巻くルーン文字、あれがジークフリートの権能で間違いないだろう。帯電していた雷を無効化したことからも、ドニに不死身の肉体を付与するものだと推測できる。

 

 全てを貫く魔剣と全てをはじく肉体―――イタリアに生まれし新たな王は、その身に矛盾を宿したカンピオーネであった。

 

 神殺しになって日は浅く、権能の掌握もできていないのだろう、ふらつく足取りで立ち上がる。

 

 だが『武』という側面から見てみると、自分を遥かに凌駕している怪物だ。なによりドニは自分の速度についてき始めているのに対して、こちらの攻撃手段は少ない。

 

 そんな強敵に勝つ方法を思案していると、

 

「………さっきから君の虚像を何回も斬ったけど、それも君の権能なのかい」

 

「さあな、お前に教えてやる義理は無いさ」

 

 そう、雷神トールを倒し、そのすぐ後に戦うことになったトリックスターから簒奪した権能だ。

 

 人間とは生きる精密機械である。

 

 人が行動を起こすメカニズムとは、脳が物事を知覚して、判断を下してから、電気信号によって全身に命令が送られることで行動するというものだ。どんな存在であっても、この段階を省くことはできない。

 

 そして精密機械であるがゆえに、一つでも歯車が狂ってしまえば役に立たなくなる。渡が簒奪した二番目の権能は歯車を狂わす能力―――嘘をつき、騙し、欺く能力、言い換えれば『五感操作』ともいえる力だ。

 

 渡を知覚しようとする他者にたいして干渉し、情報を任意で改竄(かいざん)する。一人の人間から得られる情報は仕草、位置、表情など膨大であるため、全てを操作することは難しい。しかし戦闘において重要なピースである位置情報一つだけ操作できれば、相手の攻撃は勝手に外れることになるのだ。

 

 空中に3D映像を投影するようなものだが、本体と映像が離れすぎている場合は効果が薄いなど使用するには制約もある。何より呪力に耐性があるカンピオーネにかけるとなると、情報を数cmの違いしかずらすことはできない。

 

 また、マジシャンが同じショーを何度も連続して行えば観客は見慣れていき最後には見飽きてしまうのと同様に、戦闘中何度も行使すれば警戒をされて使いづらくなるが、基本的に一度の戦闘において多用するわけではないため相手は罠にかかってしまう。時間をかければ耐性も抜けてはいくが、戦闘中であることを考えると要所要所で使用していくのが効果的である。ましてや勘の鋭いカンピオーネが相手となれば尚更だ。

 

 何より良かったことは、この権能のおかげで渡が現在まで隠れ続けてこれたことだ。普段は神殺しという情報に触れようとする者に対して、戦闘を行った場合は戦闘場所に対して権能を使用したため気付かれることは無かった。

 

 これこそが北欧神話の神・ロキから簒奪した二番目の権能である。

 

「そうだね、確かにその通りだよ………僕は君の権能に興味があるわけじゃない。ただ君と決闘が出来ればいいんだからねっ」

 

 そして力強く宣誓する。

 

「それに何が来ようとも関係はない! 剣を持って全てを斬るだけだっ!」

 

 それと同時に踏み込んできた。

 

 渡は襲い掛かる剣戟を最小限の動きで避け続ける。傷が痛むが、このことは渡にとって悪いことだけではない。彼のなかで一つの変化が起きたのだ。

 

 自分の奥に感じていた鼓動が確かな感触に変わり、彼の身体の中を駆け巡る。傷を負ったことで、新たな権能が目覚め始める。簒奪しながらも不明だった権能をついに理解にしたのだ。

 

 そして呪力を使い、新たな形として現実に姿を現す。

 

 その瞬間、変化があった。何か見えない力によって束縛されているかのように、ドニが近づいて来るにつれ動きが鈍くなっていく。

 

 袈裟切りの一太刀、そして前傾姿勢を保ったまま軸足を切り替えての横薙ぎの二太刀………先程までと比べると動きがよく見える。手首を切り替えしたのを見ると、三の太刀が迫る前に距離をとる。

 

 自分の身体に起きた変化を確かめるように、その場で素振りそしている。だが、今までどおりに振れる事を確かめると、首を傾げる。

 

(これがドヴェルグの権能か………条件付で相手を拘束するだけじゃなさそうだな………)

 

 ドニには見えていないのかもしれないが、渡には見えている。糸のように細い『鎖』が大地から伸びて剣先に纏わりつき、そこを中心として右腕全体を取り巻いているのだ。その『鎖』が剣を振る動作の邪魔となっている。

 

 そんな剣士にとって不利な状況であっても、ドニはいとも容易く剣の間合いに侵入してくる。

 

(そういうことかよ!)

 

 ようやくドニの動きの正体が理解する。動きを制限している状況だからこそ、その違和感に気がつけた。

 

 目の前にいる剣士は有限では足らず、無限を欲すがゆえに構えを捨てたのだ。腕を下ろした体勢を含め、水が流れるが如く、考えることをせずに一瞬一瞬に反応する体に全てを託しているのだ。

 

 そして、もう一つ彼の特殊ともいえるのが体術だ。

 

 人間が生物である限り、目にしたもの全てを認識して行動しているわけではない。人間の脳というのは曖昧なのだ。光景を見たり、音を聞いたりし、覚えていたとしても意識が認識しない。これは脳が焼ききれないように、リミッターが備わっているせいであり生物である限り仕方がない。

 

 そのリミッターが原因で認識していない事柄が『自然である』ということだ。向かいから歩いてくる人がいる場合、動きに変だと思える部分があるならば歩行者を認識するだろうが、動きに違和感がなければ見てはいても意識しないだろう。正確にいえば気に止めもしないのだ。

 

 そしてもう一つ、右手のなかにある剣が問題である。剣を持つ人など普通では考えられない不自然なポイントであるが、その要素が逆に目線を剣に固定してしまうのだ。

 

 本人は意識しているわけではないだろうが、剣に焦点を集めさせながらも、ドニは親友の家に上がりこむかのような『自然な動き』でもって相手に違和感を抱かせずに潜り込んでくる。

 

 彼の動きが分からないはずである。

 

 渡の瞳に浮かぶのは歓喜よりも感嘆の色合いが強い。

 

(いるところにはいるものだな………)

 

 彼が持つのは尊敬にも似た念である。

 

 同じ『武』を修めようとする者として、彼の凄さがよく分かるのだ。一握りの天才が狂気すら帯びながらも己を鍛えた末に到達した神域。天賦(てんぷ)の才能、並々ならぬ強い意志と尋常外の鍛錬、そして費やしてきた年月―――どれか一つでも欠けたとしたら、サルバトーレ・ドニという剣士は生まれなかっただろう。

 

 しかし、その感情の裏に隠された苛立ちが顔をみせ始めた。

 

 渡が使用する権能と同じようなことを、純粋な体術だけで成し遂げているのだ。精密機械というのは誰にでも当てはまることで、それは渡だって例外ではない。渡が権能によって操っていることを、サルバトーレは単純な歩法で行っているという事実は厄介極まりない。

 

 その事実は素晴らしいことで、武術家として尊敬に値することだ。

 

 が、戦闘において『認識』というものに干渉してきた立場からすると自分のアイデンティティーに無断で足を踏み込まれた気がしたのだ。

 

 しかし、原因が理解できたところで対処は難しい。

 

 今はドニに『鎖』が付与され何とか動きを読めているため、早めに決着をつけるのが良策。

 

 そして、次の一手へと移る。

 

 

          ○     ○     ○     ○     ○

 

 

 その頃、胸騒ぎがしたサラは渡が部屋にいないのを確認すると、聖ラファエロとアンドレア・リベラたちと合流していた。

 

「渡が部屋にいなくて、サルバトーレ卿のお姿も何処にも見られない、と………」

 

「一番最初に考えつくのは一つだけだな………」

 

 目的地まで車で向かっている最中ではあるが、車中の空気がとても重たくなっている。戦闘音は聞こえないものの、呪力の高まりはここからでも感じられるのだ。

 

「………まあ、確かに何時という指定はしていなかったから、こちらにも非があるといえば非はあるのですが―――」

 

 アンドレアが怒りを隠せずに、肩を大きく震わせる。ハンドルを握っている手までも震え始めているのを見ると、事故でも起きるのではないだろうか。

 

「―――いくらなんでも真夜中に決闘なんてやるか、常識で考えろや!」

 

「………あいつらの頭のなかに常識なんて一欠片もないよ。ドニを見るだけでよく分かるじゃないか」

 

「渡とは普通に交渉できたから、勘違いしても仕方がないのかもしれないでけど………」

 

「篠宮か、そう思うのも無理はないのかもしれないが………彼も所詮カンピオーネの一人だったということか………」

 

 一つ溜め息をつき、静かにカステッリ・ロマーニ地方を目指す。アンドレアがブツブツと「あの馬鹿どもは!」など呟いているが無視。何が起こっているかは彼でなくとも理解できていたため、その静寂は現実逃避のために必要な時間だったのかもしれない。

 

 そんな状況が数分続いたとき、聖ラファエロがいきなり後方に振り向いた。そして何かに気がつくと、

 

「―――ッ。おい、アンドレア! 今すぐ横にずれろ!」

 

「えっ?」

 

「いいから! 何かが来るぞ!」

 

 その言葉に従い車道から少し外れて走り始めると、凄まじい勢いで何かが通り過ぎていった。背中に漆黒の翼を生やした何かは呪力をばら撒き、それが通り抜けた場所には強烈な突風が吹き寄せる。

 

「きゃあ!」

「「っ!」」

 

 それは三人が乗る車にまで影響を及ぼす強風となり、押し寄せてくる。ほんの数秒で収まりはしたが、莫大な呪力の残滓が残っていた。

 

 姿が見えなくとも分かる。それは人が保有できる量を遥かに超えている。

 

「い、今のは………」

 

「………ああ、問題ごとが増えたようだな」

 

 渡たちの決闘に触発されて、新たな神が呼び込まれたようだ。

 

 

          ○     ○     ○     ○     ○

 

 

 渡は己のなかに一つの疑問を抱いている。

 

 『鎖』はただ相手を拘束するだけなのか………拘束するのは身体だけなのか………。

 

 確固たる証拠を得るためにドニの方へと足を進めていく。

 

 一種の結界といえるだろう、相手に『鎖』を付与するだけでなく、彼我の距離が縮まるにつれ太くなりドニをより強い力で束縛していく。

 

 放たれた振り下ろしは視認できるまで速度を落としている。上半身と下半身の動きの連動が上手に取れていない。右腕の動きが制限され、それが全体の動きのバランスにまで影響を与えているのだ。先程までの神がかった剣技は見る影もない。

 

 その一太刀をなんなく回避すると、一撃を入れる。

 

 ガキッ!

 

 人体ではなく、鋼を殴ったかのような音が響く。

 

 衝撃を受け流しきれずに足踏みをするドニに追撃をかける。押されているように見えるサルバトーレ・ドニだが、その顔に貼り付けた笑顔が消えない。

 

 その瞬間、

 

「―――!?」

 

 拳撃の隙間を縫って白銀の線が走ってくる。

 

 渡は咄嗟に出していた右腕を引き、籠手によって阻まれて耳障りな音を響かせる。受け流すことで紙一重で避けたが、剣を振った余波によって斬り傷が生まれた。そこから血液が地面を、そしてドニの剣や胸元に飛び散っていく。

 

 輝きが弱まった、そう感じたときには踏み込んで更なる一撃を繰り出す。

 

 そして、顔から笑顔が消えた。その一撃はドニの身体に食い込んだ。剣で、ルーン文字で阻むこともできずに、彼は後方へと転がっていく。

 

 そして、確信へと変わる。

 

 ドニの動きは鈍くなるだけでなく、剣と文字に宿る輝きが薄くなっているのを見たのだ。

 

 特に文字に関しては分かりやすかった。守護するかのようにドニを囲う文字列にまで『鎖』が出現し、押さえ込んでいくのだ。出現した『鎖』は身体だけではなく使用している呪力にまで反応して、権能の行使を阻害するようだ。

 

 そして傷を負うことは条件の一つであり、より強い『鎖』を引き出すのは血であった。正確にいえば血のなかにある鉄に反応しているのかもしれない。その証拠に最初につけられた『鎖』は剣先が中心となっていて、新たに生まれた『鎖』は上半身が中心となって強く絡み付いている。

 

 今のドニは動作と呪力を制限された状況である。拘束をもっと強固なものにするならば大量の呪力と血液が必要だろうが、魔剣と不死性を少し押さえるだけでも十分である。

 

 そのとき莫大な呪力の高まりを感じた。

 

 立ち上がるドニは身体から異常なまでの呪力を放ち、それが銀色に染まっているのだと可視できるほどだ。ドヴェルグの権能は拘束するだけであって、呪力を高めれば抵抗できるのだと気がついたようだ。

 

 だが、これだけの呪力を使用するならば長期戦は不利である。ドニはすぐさま仕掛けて勝負を決めるだろう。渡が簡単に勝利するには、ただ逃げ続ければいい―――だが、これほどまでの剣士を相手にして、逃げ勝つという結果は満足できるものではない。

 

 それなら、真正面から打ち砕く―――そう決意し、拳を固める。

 

 帯電分は無しだが、今なら赤雷の一撃が通じるのではないかという確信がある。そう、確信がだ!

 

 そして、走り出す。今現在の有利な点は速度だけでなく、相手の動きが遅いがゆえにタイミングがこちらに委ねられている点だろう。

 

 無念無想を真髄とする剣士は岩のように動かずに、こちらの出方を見ている。まだ雷速を目で追ってしまうドニ、その目線が左右を入れ替えようとしたときにできた隙をついて飛び込む。

 

 気合のこもった純粋な正拳突き、それに反応して籠手を擦り上げて相手の身を切り裂こうとする一振り。

 

 共に右手を振るい、ぶつかり合う鋼たち。

 

 己の全てを籠めて、今こそ全力で発した。

 

「集いし赤雷よ、その右腕(かいな)の一振りにより眼前に立ちふさがりし全てを砕け。我が右手に宿りしは勝利をつかむもの!」

 

「僕は僕に斬れぬ物の存在を許さない。この剣は全てを斬り裂く無敵の刃なり!」

 

 どれだけの時間(せめ)ぎ合っていたのか分からないが、その終わりは突然やってきた。

 

 一瞬の静寂、そして甲高い音があたりに響き渡る。

 

 剣はなかほどから折れ、そのまま拳が腹部を直撃している。その衝撃はドニの背中にまで貫きとおし、空気に球状の波紋が発生したように見えた。

 

 衝撃を余さず相手に打ち込まれ、ドニは膝から崩れ落ちる。だが倒れても尚、その目には強い戦意が残っている。

 

 実際、決闘の勝敗を分けたのはただの経験―――神殺しとして戦ってきた経験の差が勝敗を分けたのだ。

 

 神殺しとして新生したばかりの奴が権能を同時に二つも使用していたのなら、呪力を全力で発したとしても一つ一つの効果は落ちてしまう。もしドニが魔剣の権能のみに絞って振るってきたのなら、渡の被害もひどかっただろう。

 

 一方、渡は今の攻防で受けた傷はない。ドニが動けないのなら、渡の完勝といっていいだろう。

 

 だが、奴は満足してはくれない。

 

 目の前に落ちている半ばから折れた剣を摑み、足に力を入れていく。

 

「まだ、まだだよ」

 

 骨が折れているのだろう、彼の立ち上がりには不自然なところがある。

 

「たとえ………たとえ剣が砕け散ろうとも、決して滅びない。折れた刃をふたたび炉で溶かし、鍛え直せば、新たな剣として新生する!」

 

 砕かれた剣に白銀の液体が絡み付いていき、再び剣として構築された。そして苦痛に顔をゆがめながらも歩き出した瞬間のことだった。臍下丹田から力が湧き上がってくるのを感じる。同時に心も昂ぶる。

 

 そして、あたりに闇の帳が下りてきた。

 

 白銀の髪を流して現れるは一人の乙女。漆黒の翼を背負いて戦場へと降臨する。

 

「かつて交わした約定を果たしにきたぞ、篠宮渡よ。妾の名はアテナ、闇と天地、そして冥府の三界を統べた太母たる女王なり!」

 

 威厳に満ちた声が耳朶を打ったのである。

 

 波乱の一夜は終わりそうにないようだ。

 

 





 場面展開の下手っぷり、ボキャブラリー不足………恥ずかしいです。

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