雁夜おじさんの命は今夜まで。
そうアーカードから告げられた私の顔はさぞや絶望に染まっていることでしょう。
身体をボロボロにされ、心も踏みにじられたおじさんは生きる希望すら残っていないのです。
もう目覚めることはないでしょう。
雁夜おじさんは頑張りすぎたんです。
休ませてあげるのも優しさなのかもしれません。
ですが、私は優しくはありません。
私は私のためにおじさんを苦しめます。
ライダーの事が嫌いだと言っていた私がこんな事を考えるだなんて思いもしませんでした。
人は変われる、変わってしまう。
些細なきっかけで変わってしまうのです。
雁夜おじさん。
目覚めた貴方は私を恨むかもしれません。
それでも私はやります。
おじさんに生きていてほしいからーー。
「間桐桜が令呪をもって命じます。おじさんを吸血鬼にしなさい」
「yes,my master」
ベッドに横になっているおじさんの首筋にアーカードの鋭い歯が食い込みました。
童貞であればドラキュラに、非童貞であればグールになる賭けですがどのみちおじさんを死なせないためにはこれしかありません。
アーカードがおじさんから離れたのでおじさんの顔色を良く見てみます。
暗がりで分かりづらいですがきっと生きてくれるはずです。
なら私は残りの戦いを終わらせるだけです。
「行きましょうアーカード。聖杯戦争を終わらせます」
床に血まみれで倒れているお義父様を尻目に私は赤と碧の光の元へと向かいました。
婦警さんには先行してもらいました。
本人もやる気だったのでサーヴァント相手でも少しは頑張れるはずです。
「ここに来るのはあの金ピカだと思ったのだがなぁ。まさか貴様たちとは・・・」
丁度赤い橋を渡り切ろうとしている時でした。
橋の反対側から声が聞こえました。
あの野太い声はライダーですね。
馬に跨がりこちらの様子を見ています。
「ほう、未だ生き残っていたとはな」
「何故か戦の機会がなかったもんでな。だが、ようやく戦ができる・・・そうだろう、吸血鬼(ドラキュラ)ーーいやヴラド三世よ!!」
「それは私であって私ではない。だが何処でその名を知った?」
「そこのお嬢さんがアーカードと呼んでいたのを思い出してな。試しに逆から読んでみたら驚いたことにドラキュラになった。かの串刺公がこのような戦に現れるとは思いもしなんだが・・・是非征服してみたくなった」
「私を征服すると言うのかイスカンダル?」
「無論だ!!」
アーカードは嬉しそうに嗤う。
「集え我が同胞よ!!今宵我らはかの伝説のドラキュラに勇姿を示す!!」
ライダーを中心に光が展開されました。
それは私達をも飲み込んでいきます。
気づけば私達は果てしない砂漠にいました。
砂塵が舞い、現れるのはイスカンダルの臣下達。
槍を誇り高く天に向け、王の言葉を待っているようです。
アーカードはその光景を羨望の目で見つめています。
「敵は悪逆非道の串刺公。相手にとって不足なし!!いざ益荒男(ますらお)たちよ伝説の怪物に我らの覇道を示そうぞ!!」
剣を掲げるライダーに答える臣下達。
その声は大地を震わせました。
「アーラララララライィィ!!!!」
剣を振り下ろすと同時にイスカンダルの軍勢が進軍を始めました。
圧倒的な数。
あの物量で押し切られれば私達など一溜りもないでしょう。
ならばその物量すら超える力を使わせてもらいます。
「拘束術式零号を開放してください・・・歌いなさいアーカード」
「・・・認識した」
アーカードがふぅっと息を吐きました。
始まります。
全てを崩壊させる歌が。
「私はーーヘルメスの鳥」
アーカードの前に現れる棺。
その蓋が徐々に開いていきます。
「私は自ら羽根を喰らい。・・・飼い、ならされる」
来ます。
河が来ます。
死の川が。
死人が舞い。
ーー地獄が歌う!!
棺の隙間から出現する無数の目。
「あ、なんだよあれ!!」
アーカードは形を無くし河となる。
大地を地で染め上げる河となります。
「全軍備えろ!!」
これが吸血鬼アーカード。
死とは魂の通貨、命の貨幣。
命の取引の媒介物に過ぎません。
血を吸うことは命の全存在を自らのものにすること。
死の河から次々と現れる亡者たち。
それは明確な形となって現界します。
「カザン・・・イェニチェリ軍団。貴様はそんなものまで喰らったと言うのか!!道理で死なんわけだ道理で殺せぬはずだ
!!貴様は一体どれだけの命を持っている!!どれほどの命を吸った!!」
「・・・ワラキア、公国軍!!お前は自分の兵、自分の家臣、自分の領民まで・・・なんてやつだ!!悪魔だ!!」
河の底から現れる黒い甲冑の騎士。
背中のマントはボロボロです。
それを堂々と靡かせるこの男こそ本当の伯爵ーーアーカード本体です。
両手を広げるとアーカードの背に数えきれないほどの騎兵が姿を表しました。
その手には槍を持っています。
馬が声をあげ、騎兵たちは怨嗟の声を上げイスカンダルの兵に向かっていきます。
「アァァララララライイイィィィ!!!」
交じり合う2つの軍団。
乱戦の中ライダーはまっすぐに亡者たちを切り裂き、踏み砕き、打ち破って猛進してきます。
ライダーの軍勢が半分ほどになった頃、ライダーは私達にたどり着きました。
「たどり着いたぞ吸血鬼!!」
「見事だ我が仇敵よ。ならばその剣を突き立ててみせよ!!奴らのようにーーこの私の夢の狭間を終わらせて見せろ!!」
ライダーの剣をアーカードの大剣が打ち払いました。
そしてアーカードは大剣で馬の足を切り落としてライダーとウェイバーさんを馬から降ろしました。
アーカードはその隙に私を抱えて距離を取りました。
「語るに及ばず!!貴様は国も領地も領民も愛するものさえ失った!!だが余には全てある!!だからこそ貴様を終わらせるのは余の責務でもある!!」
ライダーの世界が崩壊していきます。
私とアーカード、そして殺しきれなかった亡者たち。
それに対するはライダーとウェイバーさん。
「・・・ウェイバー・ベルベットよ。臣として余に使える気はあるか?」
「貴方こそ・・・貴方こそ僕の王だ。貴方に仕える。貴方に尽くす。どうか僕を導いて欲しい!!同じ夢を見させて欲しい!!」
「うむ、よかろう。夢を示すは王たるよの勤め。そして王の示した夢を見極め後世に語り継ぐのが臣たる貴様の勤めである!!」
ライダーはニカッっと笑います。
まるで最後を悟っているかのように。
「生きろウェイバー。全てを見届けそして生きながらえて語るのだ。貴様の王のあり方をーーこのイスカンダルの疾走を!!」
ウェイバーさんは顔を逸らして涙を流しています。
ライダーは頷いて剣を振りました。
現れる牛車。
それに乗ってライダーは手綱を引きました。
「アーラララララララララライイイイィィィィ!!!」
雷と共に亡者達を退け向かってきます。
牛は血に塗れながらも進み続けます。
正面から堂々と征服するライダー。
アーカードは懐から2丁の銃を取り出して連射します。
同時にアーカードの身体の一部が狗となり向かっていきました。
狗が牛の一頭に喰らいつき離しませんが勢いは衰えません。
もう一頭に向けて連射される弾丸は弾かれつつも何発かは牛の身体を捉えています。
吹き飛ばしつつも進むライダーを横から亡者騎士達が襲いかかりました。
河から絶え間なく出現する亡者たち。
2頭の牛は足を取られ動きが鈍りました。
剣を必死に振り亡者を倒していきますが速度の落ちた牛車に掴みかかる亡者たちによってライダーは牛車から引きずり降ろされました。
ライダーは牛に群がる亡者たちを無視してアーカードに向けて走りだしました。
斬りつけては前へ前へ前へ前へ前へ。
アーカードの容赦のない射撃がライダーの腕、足、脇腹に突き刺さります。
けれど止まりません。
ついにはアーカードにたどり着きました。
「うおおおぉぉぉぉ!!」
ライダーは剣を振り下ろしました。
アーカードの腕が切り裂かれ左腕が落とされました。
そして剣を正面に向けて突き出しました。
その先はアーカードの心臓です。
ですが・・・その剣はアーカードの残った腕に掴まれました。
「イスカンダル。お前に倒されても良かった。あの日ならーーあの日暮れの荒野なら。お前に心臓をくれてやっても良かった。でも、もはやダメだ。・・・お前に私は倒せない。化物を倒すのはいつだって人間だ。人間でなくてはいけないのだ!!」
アーカードの左腕が再生し、ライダーの心臓に突き刺さりました。
ライダーの口からは夥しい量の血が流れます。
アーカードの顔は悔しさに満ちています。
私にはその表情が死を求めて叫んでいるように見えました。
「全く貴様・・・次から次へと珍妙な事を」
「夢より覚めたか征服王?」
「そうさなぁ。此度の遠征もまた存分に・・・心踊ったのぉ」
「そうか・・・私も膨大な私の未来が終わり次第そちらへ向かう。また戦争をしようではないか征服王よ」
「そりゃぁ・・・いいな」
目を閉じてライダーは静かに粒子となって消えていきました。
アーカードは周りの亡者を全て吸収すると橋の向かい側に立っているウェイバーさんのところへ歩き出しました。
私もそれに付いていきます。
ウェイバーさんの顔は涙で濡れ、顔がクシャクシャになっています。
「小僧、お前は狗か化物か?」
「・・・違う、僕は人間であの人の臣下だ」
拳を握りしめるウェイバーさん。
「だが小僧、お前がライダーの臣下ならば亡き王の敵を討つべきだと思うが?」
「お前に挑めば僕は死ぬ・・・それは出来ない。・・・僕は生きろと命じられた!!」
「ふっ・・・やはり人間は素晴らしい。その心を忘れぬことだ人間」
アーカードは身体を翻しました。
その顔は喜びに満ちています。
聖杯戦争終了まで後少し。
私は決意を新たにして決戦場へと向かいましたーー。
解説
Q、ライダーの遙かなる蹂躙制覇(ヴィア・エクスプグナティオ)が途中で飲み込まれてしまったのは何故?
A、令呪3つで「必ず勝て」という命令をされていますが代わりに魔力を補給できません。さらに、最初に王の軍勢(アイオ
ニオン・ヘタイロイ)を使用しました。王の軍勢は起動に莫大な魔力を必要とします。一度展開すれば維持魔力は少なくて済
みますが、長時間戦っている為(軽く流しましたが)相当の魔力を消費しています。
また、その後に遙かなる蹂躙制覇を使用した為ランクA+からB程度に下がっている物と考えられます。
そこから更にアーカードの狗、弾丸を受けて弱った所に亡者達による攻撃があったため飲み込まれてしまいました。
Q、死の河を使ったのに腕が再生したのは何故?
A、吸血鬼が持つ能力だからです。命のストックとは関係がありません。