fate/zero~ノーライフキング~   作:おかえり伯爵

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人形、愛、依存

未だ目を覚まさない黒髪の女性。

昨夜から12時間ほど経っているのですが目覚める気配がありません。

暗殺者のような全体的に黒っぽい色をしていて腰にナイフと銃が隠されていましたので没収しました。

昨夜婦警さんが片手でラクラクと運んだのには度肝を抜かれました。

婦警さんも吸血鬼みたいですがアーカードと違って目は赤くありません。

禍々しさではなく優しさの方が優っているのは彼女の美点ですね。

更に目を引くのが存在感の塊。

ありえない大きさの胸。

何を食べたら・・・。

私は平らな自分の胸を触ってしまいました。

 

加えて今日はとても暇です。

雁夜おじさんは日中だというのに情報収集の為に出かけてしまいましたし、アーカードは地下の蟲蔵の蟲を全て排除したあと眠ると言って消えてしまいました。

暗い所が好きとは吸血鬼らしいですね。

対して婦警さんは珍しそうに間桐邸を見て回っています。

色々と案内をしてあげたのですがどうしてあんなにおっかなびっくりなんでしょうか。

お祖父様もいませんので安全なはずなのですが。

キョロキョロと落ち着いてくれません。

案内が終わると婦警さんは街に行くと言って出て行った後、帰ってきてケーキだけ置いてまた出て行きました。

お客様用との事ですが、状況が分かっているのでしょうか。

私もこの女性を家に入れている時点で人のことは言えませんので本人には言わず胸の内に仕舞っています。

結果私だけ家でやることもなく、なんとなくこの女性と一緒にいます。

肩に届かないくらいのショートヘアで前髪は分けています。

細いまつ毛に無駄のない体つきなので羨ましいです。

私の身体が成長したらこんなスレンダーな身体になるでしょうか。

 

雁夜おじさんは遠坂葵の事が好きみたいです。

目標はあんなおっとりお嬢様でしょうか。

ですがあの人の替わりにはなりたくありませんから私なりの可愛さや美しさを追求していきたいですね。

 

この部屋は私の部屋なのですが本当に何もありません。

テレビはありませんし、服も最低限しかありません。

本は教科書だけで後はベットが置かれているだけです。

 

当然ですね。

私はつい最近まで人形だったのですから。

娯楽に興味などもてるはずもありませんでした。

何をするにもお祖父様の許可が必要でしたのでどのみちどうにもなりませんでしたけど。

 

不思議なことに今の私は心を持っているように思います。

こんなに何かを考えることなんてしませんでした。

これも全て雁夜おじさんのお陰ですね。

昨夜は一緒に寝て貰えませんでしたので帰ってきたら思いっきり抱きしめてもらいますからね。

 

ちょっとした好奇心から指でこの女性の頬を突いてみます。

フニフニとしていて癖になりそうです。

なら胸はどうなんでしょうか?

・・・やめておきましょう。

いけない道に迷いこんでしまいそうですから。

ぼぉっと眺めては頬を突いてみます。

僅かに反応がありますのでそろそろ起きても良いんですけど。

 

それにしても私も眠くなってしまいました。

どうせ起きないんですから私も寝てしまいましょう。

女性の腕に入り込むように身体を丸めると私は目を閉じました。

 

ーーーはっ!!

 

目を開けて最初に見えたのは傷を負って寝ていたはずの女性でした。

じっと私を無表情に見つめています。

私は手を伸ばして女性の頬を触るとすべすべな肌がとても気持ち良いです。

 

「貴方は確かバーサーカーのマスターでしたね」

 

「はい、そうです」

 

「何故助けたのですか。私がいても邪魔なだけでしょう?」

 

私に聞かれても困ってしまいます。

自分自身でさえ理解していないのですから。

 

「理由なんてありません。ただ放っておけなかっただけです」

 

「・・・そうですか」

 

女性は私に覆いかぶさると私の背中に手を回してぎゅっと抱きしめました。

なんだか凄く温かいです。

 

「貴方の目・・・見ていられませんね。まるで切嗣に会う前の私のようです」

 

「切嗣?」

 

「あ・・・。私は頭でも打ってどうにかなってしまったみたいですね。今の言葉は忘れてください」

 

「じゃぁ貴方のお名前は?」

 

「・・・ありません」

 

「じゃあいつもは何て呼ばれているんですか?」

 

「久宇 舞弥・・・。大切な人がくれた名前です」

 

遠い目をしています。

よほど大事な人なんですね。

私にとっての雁夜おじさんみたいに。

 

「それにしても、貴方は子どもにしては丁寧な言葉づかいなのですね」

 

「そうでしょうか?」

 

思いの外私と舞弥さんの会話は弾みました。

家族の事、バーサーカーの事など色々なお話をしました。

舞弥さんは見た目ほど冷徹で怖い人ではないかもしれません。

けれどバーサーカーの宝具や真名、スキルなどは伏せました。

聖杯戦争なのですから仕方ないです。

しかし弾んでいた会話もお互いに同じような過去を持っていることを知ると途端に話しにくくなってしまいました。

 

「そう、貴方も大変だったのですね」

 

「・・・」

 

「良く頑張りました」

 

抱きしめられる私。

本当は私じゃなくて舞弥さんが抱きしめられるべきなのに・・・。

そう思って私も抱き返しました。

人とくっつくのがこんなにも心地よいものだったなんて知りませんでした。

私の視界が歪んでいってしまいます。

泣きたくないのに・・・・。

もう止まりません。

 

「大丈夫。大丈夫」

 

「・・・グスッ・・・ズズッ」

 

「怖い夢は終わったんでしょう?なら前を向きなさい。後ろは見ちゃダメ。貴方は耐え切った。だからそれを誇りなさい。

 

汚れていても必要としてくれる人のために頑張りなさい」

 

「・・・はいっ」

 

「ふふ、よく出来ました」

 

恥ずかしいくらいに取り乱してしまいました。

心から泣いたのは久しぶりのような気がします。

 

「なんだか慣れているように感じます。お母さんなんですか?」

 

「・・・昔こどもを産んだこともありました。直ぐに分かればなれになりましたけど」

 

「・・・そうなんですか」

 

「子どもに聞かせる話ではありませんでしたね」

 

「えっと・・・そ、そうでした。リビングに婦警さんが買ってきてくれたケーキがありますから一緒に食べませんか?」

 

「け、ケーキですかっ!!・・・こほん、頂きます」

 

妙に嬉しそうですが良かったです。

このまま話していても暗い話になってしまいそうですから。

 

リビングに場所を移して、テーブルを挟んで座り、ケーキの箱を開けました。

中にはショートケーキ、チョコレートケーキ、モンブランケーキなど様々なケーキが入っていました。

舞弥さんは食い入るように見ています。

どうやらよほどケーキがお好きなようです。

 

「お好きなモノをどうぞ」

 

「い、いえ。家主より先に決めるのはいけません」

 

「お気になさらず。私はどれも好きですから」

 

「で、でしたらそのチョコレートケーキを頂きます」

 

「どうぞ」

 

さっきまで切れ目でカッコイイ人だと思っていましたが今は普通の女性に見えます。

甘いものが好きなんて意外すぎて可愛いです。

 

「これは・・・駅前の有名店のものではないですか」

 

「そうみたいです。お好きなんですか?」

 

「ええ、あそこのケーキは絶品です」

 

舞弥さんはどこのお店が美味しい、あそこはコスパが悪いなどと力説しています。

触れてはいけないスイッチに触ってしまったようです。

 

「はっ、すみません。取り乱しました」

 

「い、いえ」

 

フォークを置くと舞弥さんの瞳が先ほどとは違う人形のような瞳に変わりました。

 

「一つだけお聞きしたい。貴方が聖杯に願うものはなんですか?」

 

「私は・・・雁夜おじさんの身体を元に戻してあげたいんです。もう一ヶ月も持たないみたいですから」

 

「・・・そう、ですか。わかりました。でしたら私と貴方はやはり敵ですね。ケーキありがとうございました。次にあった時は・・・殺します」

 

舞弥さんの瞳には何も写っていません。

行ってしまうんですね。

名残惜しいですが引き止めることなど出来ません。

それをしてしまったら私は私でなくなってしまいます。

大切な人の為に戦う私が消えてなくなってしまいます。

決してそれは許されません。

 

「それで良い。私と貴方は敵。今日は何かの間違いだったんです。それでは・・・」

 

舞弥さんは振り向くこともなく間桐邸から出て行きました。

床に落ちた水はきっと気のせいなんでしょう。

 

暇だった一日は満たされてまたこぼれました。

それで良いんです。

元々私はそういう存在なのですから。

 

外を見ると日が沈みかけていました。

視線を下ろすと丁度雁夜おじさんが帰って来たようです。

玄関で待っててあげましょう。

 

「ただいま、桜ちゃん」

 

「おかえりなさい雁夜おじさん」

 

「さっきあの女性とすれ違ったんだけどよかったのかい?」

 

「はい、もうお話は終わりましたから」

 

「そっか、なら今からご飯を作るから待っててね」

 

雁夜おじさんは若干足を引きずってキッチンに向かいました。

私もそれに付いていきます。

 

「おや、おかえりのようだ」

 

「バーサーカーか。なんだか最近蟲達が大人しくてな。魔力を使ってないからかな」

 

「何を言っている?お前の中の蟲は既に取り除いた」

 

「・・・えっ。いつのまに!!」

 

「お前が私を召喚して倒れるのを支えた時だ。でなければあの化物に殺されていただろう」

 

雁夜おじさんがメデューサの目を見たみたいに固まってます。

でも良かった。

蟲さえいなければおじさんが苦しむ事がなくなります。

寿命は・・・変わらないかもしれませんが少しは変化すると思います。

それまでにおじさんを何とかしないと。

 

「バーサーカーには世話になりっぱなしだな。ありがとう」

 

「お前正気か?フフフフハハハ!!吸血鬼にありがとうだと!?やはりお前は人間らしい」

 

吸血鬼に感謝すると面白いのでしょうか。

・・・珍しいことは確かですが。

 

雁夜おじさんが夕食を作り終え、いつもの様に二人で食事を済ませました。

そしておじさんにごねてごねてようやく抱きしめてもらいました。

おじさんに抱きしめられると身体が疼いてきます。

 

「さ、桜ちゃん?」

 

「このままでいてください」

 

「今日はやけに甘えん坊だね。・・・やっぱり葵さんや凛ちゃんと会いたいよね」

 

雁夜おじさんは勘違いをしています。

私は甘える対象がいないからおじさんに甘えているわけじゃないです。

おじさんだからこそ甘えているんです。

これを口にできたらどんなに良いんでしょう。

私の臆病な心ではとても伝えられません。

屈んでくれたおじさんの胸に顔を埋めます。

雁夜おじさんの腕の隙間から見える窓の外。

夜の世界が冬木を覆い尽くしています。

私はこの温もりの為に戦います。

おじさんを愛するが故にーー。

 

 


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