深い、深い闇の中。
私という個が失われ溶けていく。
抜け出すことなどできるはずもありません。
だってお祖父様の許しがないもの。
心臓を鷲掴みにされているような感触を感じて私は目を覚ました。
最悪の目覚め。
起きていても寝ていてもお祖父様に支配される。
人形の私にはそれがお似合いということだろう。
「お目覚めかなお嬢さん」
不意に壁から声が聞こえました。
見渡してみても誰もいません。
私はやっぱり完全に壊れているようです。
「目が覚めたのなら食堂まで来い。お前のおじさんはそこにいる」
「ーーっ!?」
幻聴かと思ったそれはやはり誰かの声で私に食堂までこいと言う。
お祖父様以外に魔術師はおじさんしかいないはず。
一体どうなっているんだろう。
ふらつく身体を奮い立たせて食堂に向かいます。
なんでこんなに身体が重いんだろう。
お祖父様に初めて蟲蔵に入れられた時と同じくらい苦しい。
食堂に入るとおじさんがいました。
相変わらずの服装で私にに微笑みかけます。
この人はなんで笑っているんでしょうか。
今日もまたお祖父様に教育されるというのに。
「おはよう桜ちゃん。昨夜は良く寝むれたかい?」
「・・・」
いつもよりもテンションが高い雁夜おじさん。
私と同じく狂ってしまったのでしょうか。
「でももう大丈夫だよ。俺のバーサーカーがあの臓硯をやっつけてくれたからね。だからもう怯える事はないんだ」
「えっ?」
ナニヲイッテルノ?
オジイサマガシンダ?
「気が早過ぎるのではないかマスター?あの怪物はまだ生きている」
「なっ!!それはどういうことだバーサーカー!!終わったとさっき言ってたばかりじゃないか!!」
「ーーっ!!」
食堂の壁から帽子が生えています。
壁と同化していたそれは、徐々に壁から抜け出て、手足が現れそして全体が浮かび上がってきます。
私はこれを見たことがある。
そう、昨日確かに見た。
彼はバーサーカー。
お祖父様を殺したサーヴァント。
「言葉通りだ。昨夜確かに全て終わった。だがあの怪物はあくまで虚像。仮の姿にすぎない。本体はお嬢さんの心臓と同化してしまって取り出す事はほぼ出来ない」
「なんだって・・・・。ちくしょう!!どこまで桜ちゃんを苦しめれば気が済むんだ!!」
「そうでなければあの臆病者が私とやり合おうなどとは思わんさ。私がお嬢さんの中にあった蟲を取り除いたことで焦りを感じ、襲いかかって来たのだろうな」
「けど奴が生きてるなら蟲を殺したって意味ないじゃないか!!何が全て終わっただ!!」
雁夜おじさんが怒っています。
他のだれでもない私の為に。
最初は唯の馬鹿だと思った。
でも今は違う。
私の家族。
たった一人の家族なんです。
だからそんなに怒らないでください。
「慌てるなマスター。取り除く事はできないが私の力で活動出来ないようにしてやった。だからこそ終わったと言った。この子が処女であればドラキュリーナにしてやっても良かったのだが非処女ではグールにしかならん。それはマスターの望むところではないだろう」
「それじゃあ桜ちゃんは大丈夫なんだな?」
「少なくとも私が残っている限りは大丈夫だ。だが戦争が終わり私が消えれば再び力を取り戻すだろう」
「それじゃあ解決になってないじゃないか!!」
聖杯戦争の期間は分かりませんがおじさんの焦り方からそんなに長くはないんだと思います。
やっぱりお祖父様を殺すことなんて出来ないんです。
「そうだな。だが方法はある」
「どんな方法なんだそれは」
「簡単なことだ。マスターの権利をお嬢さんに渡せば良い。幸い私自身の魔力貯蔵量は他のサーヴァントとは比較できないほどある。お嬢さんの魔力をほとんど使わなくてもこの戦争は乗りきれるだろう」
「それだったら俺でも良いんじゃないか?」
「残念だがマスターの寿命はそう長くはない。そしてお嬢さんから離れすぎると効果が薄れる。更にマスターの魔力では私を長く存命させることは出来ない。もっと言えば桜の魔力はマスターの倍を遥かに超える。どのみちやらなければいけないのであれば今やっておくべきだ」
「桜ちゃんを巻き添えにするって言うのか!!」
おじさんは私を守ると言ってくれる。
でも、おじさんはどんどん壊れていっちゃう。
苦しい。
「仕方あるまい。マスターが死んだ場合令呪は大聖杯に吸収される。そうなれば魔力の補給なしでの存命になる。いくら私でも1年程度しか持たない。つまりお嬢さんの平穏は1年だ」
「くっ、でも・・・」
「最悪人の血を啜れば存命期間は格段どころか100年は持つ。ただし他の人間は残らない」
私のせいで他の誰かが死ぬ。
それは・・・できません。
「・・・桜ちゃんはどうしたい?」
「・・・私は」
出来るのであれば生きていたい。
でもそのために誰かが死ぬなんて・・・。
無意識だったのだろう。
気づけば私はリボンを触っていた。
「私は・・・私が戦います。おじさんの代わりに戦ってみせます」
「さ、桜ちゃん」
意を決した私に驚く雁夜おじさん。
頑張ります。
だから少しでも長く生きてください。
「ごめんよ桜ちゃん・・・俺は君を守れない・・・」
「大丈夫です雁夜おじさん。私は負けません。それに聖杯を手に入れれば願い事が叶うんですよね。だったら私は雁夜おじさんが長く生きられるようにお願いします。だから心配しないでください」
そんな悲しそうな顔をしないでおじさん。
大丈夫だから。
私は大丈夫だから。
「絶対に・・・死なないでくれ。桜ちゃんが死んだら葵さんや凛ちゃんに顔向けできない」
「・・・」
私がかつて居た場所。
楽しかった場所。
おじさんはあそこに返すと言っていたけど、私は帰りたくない。
私はおじさんと一緒にここで暮らしたい。
だからおじさん死んじゃダメだよ。
「それじゃあ令呪を移すね」
私の左手の甲に刻まれる令呪。
痛いのは嫌なはずなのに今はどこか心地良い。
次に襲ってきたのは私の中の魔力が流れていく感覚。
はっきりと分かる。
そこに存在する者と繋がっている。
「これでおしまい。秘密裏に令呪について調べておいてよかった」
「ありがとう雁夜おじさん」
「俺はありがとうなんて言われる資格はないよ・・・無力で馬鹿な男なんだから」
「ううん。おじさんは私のために傷ついてくれた。私のたった一人の家族になってくれた。だから今度は私がおじさんに返す番。待ってて。必ず聖杯を手に入れてくるから」
私は笑う。
おじさんが安心出来るように。
今はまだ醜い笑みかもしれないけど。
おじさんと一緒にいれば必ず心から笑えると思う。
だから今は今できる最高の笑顔をおじさんにあげたい。
「うん、待ってるよ。だから辛くなったら俺に相談してくれ。必ず桜ちゃんの役に立ってみせるから」
そう言っておじさんも微笑む。
私は汚くて醜いけどそれでも良い。
だっておじさんはそんな私にも微笑んでくれるから。
「何をニヤニヤしているんですか。やっぱりこうなる事も予想済で昨夜全て終わったと言ったんですね」
「そのとおりだ新たなマスター」
「食えない人ですね・・・人で合っていますか?」
私の問に一層笑みを深めるバーサーカー。
やはり私は貴方が苦手です。
「私は人間ではない化物だ。簡単に言えば吸血鬼だ」
「そういえばさっきドラキュリーナとか言ってたな・・・まさかお前の真名って・・・」
「そのとおりだ人間」
バーサーカーが窓の外に手を伸ばす。
すると遠くから何かが地面に落ちる音がした。
「使い魔・・・ではないな単純な機械のようだ。どうやら魔術師以外の人間も混じっているらしい」
「やはり他のマスター達も早速動き出してるな。間桐、遠坂、アインツベルンは御三家だから居場所なんて既にバレてるだろうし、ここも危ないかな」
「問題ない。ここは既に私の領域だ。ミサイルが飛んでこようとも問題はない」
「・・・恐ろしいなお前」
「貴様のような半端者が呼んだのだから当然半端者の化物に決っているだろう」
やはり楽しそうだ。
彼はこの戦争を楽しんでいるように見える。
さすがは鬼と言ったところでしょうか。
「今更ですけど私は貴方を何と呼べば良いですか?」
「アーカード。アーカードとお呼びくださいマイマスター」
「それじゃアーカード。貴方は聖杯に何を望むの?」
「何も望まない。ただ、化物は人間によって倒されなければならない。だからこそ私は聖杯の呼びかけに応じた」
彼の言っていることの矛盾。
望まないのに倒されることを望む。
しかし倒されたからこそ彼はここにいるのではないのか。
過去に倒され死んだからこそ英霊になったのではないのか。
「不思議そうな顔をしているな。ならば答えよう。私は死んでなどいない。死ぬ前に聖杯によって呼び出されたからだ」
「そうですか。よく分かりませんがでも私がマスターである限りは負けは許しません。絶対にです」
「そのオーダーを認証した。全力で戦う事を約束しよう」
「なら良いです」
私がそういった時お腹からぐぅぅっと音がなった。
・・・そういえば昨日から何も食べていませんでした。
「ははは、それじゃご飯を作るから桜ちゃんは待っててね」
雁夜おじさんがキッチンへと歩いていきます。
顔が熱いです。
「あの・・・アーカードは食べないんですか?」
「私は後で食事をしに行く。マスターは今のうちに食事を済ませておけ」
「アーカードはどこかに出かけるんですか?まだ日が出ていますが・・・」
「私にとって日の光は大敵ではない大嫌いなだけだ」
アーカード
「そ、そうですか」
「もちろんマスターも一緒に行くのだから食事を済ませたら直ぐに支度をしてくれ」
「わかりました」
「出来たよ。さぁ食べよう」
丁度雁夜おじさんが朝食を作り終えたようです。
テーブルに並べられたパンと牛乳。
パンの上には目玉焼きが乗っています。
「ごめんよ、こんなものしかなかったんだ。せめてジャムだけでもあればよかったんだけど」
「いいえ、私はこれで十分です」
思っていたよりも静かに流れていく食事ですけどそれがたまらなく愛おしく感じます。
私はどうなってしまったのでしょうか。
たった一日でこんなにも心が揺れ動く。
捨てたはずのものが際限なく溢れてくる。
これが夢なら覚めないでください。
この中であれば私は頑張れるから。
朝の食卓は味気ないものでも良い。
私にとっては最高に幸せで狂おしいほどの日常がここにあるんですから。
name 間桐桜(まとうさくら)
マスター
元遠坂桜。
娘の幸せを願って父の遠坂時臣によって間桐に養子に出される。
だが実際は教育という虐待を受け続け、更に間桐の魔術に無理やり合わせた為髪の色が変わってしまった。
本来の属性は「架空元素・虚数」と呼ばれる属性で、魔術師による庇護がなければ引き寄せてしまう怪異によって桜と周囲に危害が及んでしまう。それ故養子に出された。
原作では常に日陰で虐げられている存在。
人気投票でもメインヒロインなのに他のキャラに負ける始末。
でも作者は好きです。
name 間桐雁夜
元マスター
間桐家の魔術を嫌って家を飛び出したが、想い人である禅城葵(遠坂葵)の娘である間桐桜が魔術訓練のため蟲による調教を受けてることを知り、11年の歳月を経て間桐家に戻ってきた。
しかし、臓硯に植えられた刻印蟲によって寿命は縮み、もって1ヶ月。バーサーカーとの契約で更に縮んだ模様。
原作ではキャスターに並ぶ最高の噛ませ犬。
負をまき散らすだけのダークヒーローになりきれなかった人。
だけど愛されてるおじさん。
name 監視ロボ?
機械
間桐邸に侵入して即撃退されたロボ。