正義の味方
冬木の大火災が人々の記憶から少しずつ忘れられていく頃。
衛宮切嗣と養子の衛宮士郎は縁側で満月の空を見上げていた。
二人は一人分ほどの距離を空けて座っている。
虫の鳴き声がやけに大きく感じられ、士郎は養父である切嗣に話しかけた。
「おい・・・おい、じいさん」
「ん?」
士郎の声に遅れるように相槌を返す切嗣。
士郎はいつも疲れたような顔をしている切嗣をじいさんと呼んでいた。
年齢には似合わない呼び方だが切嗣はそれを正そうとはしなかった。
本人もその呼び方を気に入っていたのである。
「寝るならちゃんと布団に行けよ、じいさん」
時々外国に行っては辛そうな顔で帰ってくる養父が最近になってそれを止め一日中家にいるようになった。
病気かと思ったがそうでもないらしい。
士郎が聞いても「これは僕に与えられた罰なんだ」と言って話してくれない。
納得はできなかったが深く聞くのも躊躇われた。
それだけ切嗣の顔は疲れきっていたのだから。
「ああ・・・いや大丈夫だよ」
いつも同じ答えが返ってくる養父。
士郎は月に照らされた養父の顔を覗き込んだ。
「子供の頃・・・僕は正義の味方に憧れていた」
「・・・何だよそれ。憧れてたって・・・諦めたのかよ?」
士郎は切嗣に憧れていた。
何しろあの大火災から自分を救ってくれたのだ。
養子にまでしてくれたこの人が弱気を吐くところなど見たくはなかった。
「うん・・・残念ながらね。ヒーローは期間限定で、大人になると名乗るのが難しくなるんだ。そんなこと・・・もっと早くに気づけばよかった」
後悔を口にする切嗣。
士郎は幼いながらこの男の道が険しく辛いものだったことを感じた。
「そっか・・・それじゃあしょうがないな」
「そうだね・・・本当にしょうがない」
気まずくなってしまった空気を紛らわせるために切嗣は大きく息を吐いた。
「ああ・・・本当に良い月だ」
「うん、しょうがないから俺が代わりになってやるよ」
士郎は自分を救ってくれた切嗣を心だけでも救ってやりたいと思った。
これで救われるなら良いと。
「ん?」
「じいさんは大人だからもう無理だけど俺なら大丈夫だろ。任せろって。じいさんの夢は俺が叶えてやるよ」
切嗣の体から力が抜けていく。
最後に思い残したことをこの少年はやってくれる。
それだけで彼をこの世界に留めていたものは清清しいほどに綺麗に消えた。
「ああ・・・安心した」
切嗣の瞳はゆっくりと閉じられていく。
これでやっと終われると。
微動だにしない切嗣を不審に思い士郎は養父に話しかけた。
「おい、じいさん?」
返事はない。
目を閉じたまま全く動かない。
そんな二人の間に一人の女性が割って入る。
「士郎・・・切嗣はとても傷ついて、とても苦しんだの。だから休ませてあげて」
「義母さん」
二人を抱きしめる優しく細い腕。
その瞳からは涙が流れていた。
いつもクールな義母が泣いている。
士郎は困惑していた。
「よかったね切嗣。やっとあの人の元に行けるね。・・・行ってらっしゃい。士郎は私に任せて」
眠ってしまった義父の顔は子供のように安らかな笑顔だったーー。
生まれ変わった二人、始める二人
間桐桜の朝は早い。
午前5時に起床。
おきて直ぐに少し茶色の入った黒髪にブラシを通し、髪をセット。
リボンをつけてキッチンへと向かう。
指先にナイフをあて血を絞り出す。
最初は大変だったが今では慣れたものだ。
指を消毒して絆創膏を巻くと二人分の朝食に取り掛かる。
おじさんである雁夜は血をあまり必要としなかった。
だが抑えすぎると大変なので毎日朝食時に少しだけ混ぜていた。
雁夜も気づいてはいるのだが言っても聞かないので諦めている。
特に今日は多めに入っている。
なぜならば昨日雁夜と初めての交換ができたのだ。
本来であれば桜は初めてではないが『青』の魔法によって体が遠坂の頃まで遡っているため膜は残っていた。
そのため今日の桜のテンションは恐ろしいほどに高い。
「おはよう桜ちゃん。朝から凄い豪勢な食事だけどどうしたの?」
「おはようございます雁夜さん。今日は私と雁夜さんが契りを結んでから始めての食事ですからこのくらい当然です。私の愛(血液)もたっぷり入ってますから味わって食べてくださいね」
「あ、ああ」
雁夜は若干引いていた。
昔から可愛いと思っていたし、葵との事を忘れさせてくれたのは他でもない桜だ。
可愛いとも思うし大事にしたいとも思っている。
いつかは結婚をしても良いとすら思っている。
だが昨日のことを思い出すと雁夜の体は震える。
吸血鬼の体になってしまった雁夜だが生活リズムは人間と変わらない。
したがって昨夜部屋で横になっていた。
意識が薄れようやく眠りにつけると思った矢先事件は起きた。
そう、部屋に桜が入ってきたのだ。
学生らしく瑞々しくも張りのある肌を惜しげもなくさらす桜。
胸は昔とは比べ物にならないほど成長した。
雁夜が異変に気づいたのは桜の中に入った時だ。
目覚めると同時に果ててしまったのは内緒だがそのときに目覚めたのだ。
妖しく光る妖艶な瞳に飲み込まれてしまった雁夜は為すすべもなく何度も果てた。
気が付けば朝。
やってしまったという後悔の念が彼を攻め立てた。
おじと姪。
血の繋がりはないがこれはまずい。
雁夜はなかったことにしてやり過ごそうと思っていたが桜はこんなにも喜んでいた。
思わず雁夜は頭を抱えた。
「雁夜さん?顔色がよくありませんけど・・・」
そしてこの呼び方だ。
昨日までは雁夜おじさんだったはずだ。
それが今日になって突然雁夜さんに変わった。
もちろんあちらからとは言え雁夜も責任はとるつもりだ。
しかし昨日まで童貞だった雁夜にとってこの急激な変化は負担になっていた。
鼻歌まで歌う彼女を誰が止められようか。
結果雁夜は並べられた食事に集中するしかなかった。
「ふふふ、そんなに急いで食べなくても大丈夫ですよ。あ、それとこれ渡しておきますね。必要なことは全部書いてありますから後は雁夜さんの名前だけですよ」
「・・・えっ?」
雁夜の前には一枚の紙。
名前の欄には『間桐桜』の文字。
もう一方は空欄になっておりそれ以外の場所は既に埋められていた。
左上にはこう書かれている。
「・・・婚姻届?」
「はい、そうですよ。・・・まさか書かないなんて言いませんよね?」
全身から溢れる汗。
これに記入すれば間違いなく今日桜は提出するだろう。
雁夜の手に持った箸はプルプルと震える。
対する桜は笑顔。
それも今までで一番の笑顔。
雁夜の脳裏にある言葉が聞こえた。
『男は諦めが肝心』
「あ、忘れていました。はい、ボールペンです」
「あ、ああ・・・」
渡されるボールペン。
雁夜の手は依然として震えたままだ。
汗が顎から落ちてテーブルに落ちる。
「酷い汗ですね・・・どうしたんですか?」
雁夜は顔を上げることができないでいた。
きっと今の桜の顔を見てしまえば終わってしまうと。
叔父と姪という関係が本当に終わってしまうと。
「・・・やっぱり、だめですよね・・・私なんて」
「そんなことはない!!」
雁夜は顔を上げる。
泣いている。
桜が泣いている。
自分のせいで泣いている。
雁夜は苦悶を浮かべる。
そして立ち上がり桜を抱きしめた。
「ごめんよ桜ちゃんーーいや、桜。結婚しよう。俺、意気地なしだからさ・・・迷惑かけてばっかりだけど。絶対に幸せにするから!!」
「ーーはいっ!!」
抱き合う二人。
そこには誰にも介入できない絶対的な愛があったーー。
忘れていた二人の絆
彼、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトは聖杯戦争を生き抜いた。
まずはそれについて語りたい。
片腕を無くしたランサーと魔術を二度と行使できない体になったケイネス。
ソラウはどうしてもランサーとの繋がりが欲しかった。
故にケイネスを脅そうと彼の所へと向かったソラウ。
しかしケイネスには先約がいた。
そう片腕を無くしたランサー。
彼は片腕になったせいで主を護れなかったと悔やんでいた。
実際は両腕でも関係はなかったのだが彼はそう思い込んでいたのだ。
ソラウは仕方なく話が終わるまで待つことにした。
「主よ、具合は如何ですか?」
「ふんっ、見て分からんのか?お前から見てさぞや無様な格好だろうな。恋人を奪われ魔術師としての生涯すら終わった。私に残されたのはこの令呪とくだらないプライドだけだ」
ケイネスは自暴自棄になっていた。
何でも持っていた自分が今や全てを失い、加えてウェイバーのことを馬鹿にしていた事もあって今の自分の惨めさを感じてしまっていたのだから当然かもしれない。
彼のプライドは粉々に砕け散っていた。
「ケイネス殿、自分を責めてはいけません。自分を責めたところで何も変わりはしないのですから」
「気休めを言うな!!・・・私が何故この聖杯戦争に参加したか分かるか?」
「ケイネス殿の権威をさらに高めるためでは?」
「それもある・・・だがそれだけではないのだ」
ランサーは立ち上がってケイネスの顔を見た。
そこには紛れもなくケイネスの全てがあった。
「私は・・・ソラウに認めて欲しかったのだ。時計塔で天才講師として崇められても彼女はあの冷たい表情を変えてはくれなかった。だからこそ私は武功を上げたかった。まだ見ぬソラウを見たかったのだ。実際私は見たこともないソラウを見つけた・・・ランサー、貴様のおかげでな」
ケイネスは皮肉を込めてそういった。
ランサーもうなだれた様子だ。
「だが、もう無理だ。愛を失い、職も無くし、私には何も残されていない。であればさっさと死ぬのが道理だ」
「聖杯を・・・諦めたのですか?」
「諦められるはずが無い・・・。だが仕方ないだろう!!私ではもう戦いぬけない。だからお前はソラウを護れ。令呪は全てソラウに渡す。だからお前はソラウだけ護りぬけ」
涙を流すケイネス。
ランサーの瞳にも涙が流れる。
「何故お前までなくのだランサー。ソラウはお前を愛している。私の事は良いからソラウを護ってやってくれ」
「それは・・・」
「できぬとは言わせぬ。お前の腕は一本だけだ。ならばその一本で彼女を護れ。私は・・・」
物陰に隠れていたソラウは息を呑んでいた。
いつもは気取って自慢話ばかりの彼が実は自分の事を第一に考えていたのだ。
いつの間にかソラウの意識はケイネスを追っていた。
「ケイネス殿。私はご存知の通り主君を裏切り最後には裏切られました。ですが今私は感動しております。私は初めて主君
から本当の信頼を頂けました。なればこそ私は貴方も護ります。このディルムッド、片腕であっても必ずやお二人をお護り
いたします」
ランサーの涙が廃墟の床に落ちる。
ケイネスの涙も留まることを知らない。
ランサーの右腕がケイネスの手を握る。
この方の命を必ず果たすと心に刻んで彼は外に歩き出した。
隠れるタイミングを逃したソラウはディルムッドに見つかってしまい顔を赤くした。
ディルムッドは微笑んで横を通り過ぎていった。
ソラウは何知らぬ顔でケイネスの元へ歩き出す。
ケイネスは泣いている顔を見られまいと顔を背けた。
その様子がソラウには妙に愛おしく思えた。
「酷い汗ねケイネス」
「わ、私はどうなったのだ?」
「魔術回路がぐちゃぐちゃになっているわ」
「・・・そうか。ソラウ話があるのだが」
「いいえ話なんてしなくて良いのよ。貴方の気持ちはもう十分すぎるくらい分かってるから」
ソラウの唇がケイネスの唇を奪う。
ケイネスの目が開かれる。
一瞬触れるだけのキスだったがケイネスには永遠に思えた。
「愛しているわケイネス。今はまだダメかもしれないけどいつかきっと貴方だけを愛します。だから・・・待っていてくれますか?」
「・・・ああ・・・ああ・・・もちろんだともっ!」
抱き合う二人をランサーはふっと満足げに微笑んだ。
これをきっかけにケイネスとランサーはお互いを信頼しあうようになる。
ランサーに思いを告げたソラウはすっきりした様子で楽しそうに笑いあう二人を眺めていた。
それはランサーがセイバーに倒されるまで続いた。
ケイネスの提案で切嗣の協力者のことを徹底的に調べ上げたのが良かったのかランサーとセイバーの戦いの前にギアススクロールを作成し、問題なく決闘が終わった。
ランサーの最後は穏やかなものだった。
ランサー死後もギアススクロールの呪いによって殺されることなく無事に国へ帰還を果たした二人は結ばれたそうだ。
でもそれはまた別のお話ーー。