艤装開発遊撃隊-備忘録-   作:朽木翠

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第二章 後編

―先輩と後輩―

「ふぁい!」

 こんこんこん、と部屋の扉が三回打つまでに、飛び起きた私は間の抜けた返事を上げた。何時だろうと思ってぼんやりと見回すけれど、この部屋にはそもそも時計がない。

「入るぞ」

 扉越しに聞こえる声は篠宮提督のそれだった。そうなら、もう少しまともな返事をしたかったけれど、後の後悔何とやらってやつだ。

 部屋に入ってきた提督はきっちりと昨日のままの居姿で、それに対して私はグシャグシャの髪にはだけたパジャマ、それに掛布団を握りしめていた。

「よく寝られたかな……、と聞くまでもないか」

「あはは。ご想像にお任せします」

 そう言って私は布団を持つ手を上げて、やんわりと顔を隠す。提督はそんな私の頭を軽く手で撫でると、改めて軍帽を被り直した。

「さて、と。時間はもうすぐ八時になるかというところだ。今から着替えて準備をして、となると満足に朝食も取れないだろう。だから、ここに運ぶように頼んでおいた。届くまでにはそれなりの格好にしておきなさい」

「お手数をおかけしてしまってすいません。今度からはもっと早く起きるように頑張ります……」

 申し訳なくて居た堪れない気持ちでいると、提督は苦笑をこぼした。

「そんな気張らなくても良いと昨日も言ったろう。それに今日はまだ二日目だし、夕張もまだまだこれからだ」

「で、でもですねぇ……」

 甘やかされてるのが癪に障るというか、やっぱり情けないので変なところでムキになってしまう。こうしている間にも時間は粛々と過ぎて行っているっていうのに。

「なら、今日の練習航海で精一杯尽くすことだ。まずは開始の時刻に遅れないこと。私の予備の時計を夕張に渡しておくから使ってくれ」

 提督は胸ポケットに手を入れると、銀色に煌めく懐中時計を取り出して机の上に置く。時計は言う通りの八時を示そうかとしていた。それから間もなく提督自身も「では後ほど」と言って部屋を後にして、残されたのは私一人になった。

「いっけない。早く着替えないといけないよ、着替え!」

 慌てて制服を着直して準備を整えていると、こんこんと扉を叩く音がして、女の人の声がした。

「篠宮提督からご注文いただいた朝食を持ってきましたぁ」

「はーい。受け取るにはもうちょっとかかりそうです」

 声を掛けられた時には髪の毛の跳ねっ返りを直す最中でまだ時間がかかりそうだった。

「ではでは、ワゴンを廊下に置いておくので、食べ終わったらまた元の場所に戻しておいてください」

「はいはいー」

 生返事をしてからさらに十分ほどかけてようやく身だしなみは納得できる程度にはなった。表に出ると、ワゴンの上には三角に丸められたご飯の……、そう、おにぎりが二つに水筒が置かれていた。

 時計を見るともう三十分になろうとしている。持ち運べる朝食だし、歩きながら食べたほうがよさそうだ。

 普段歩くよりも急いだけれど、結局は予定の時間ギリギリになって第八ドックの近くにまでやってきた。というのも、ドック付近にあった見慣れない艦を眺めるために時間を割いてしまったからだ。もしかしたら、今日ご一緒するとかいう艦娘の物かもしれない。

 ドック入り口に着くと、提督がこれまた見慣れない影と談笑をしていた。つまりは彼女が……。などと考えていると、ちらりと身体が振れた提督が私の姿を認めた。

「やぁ、夕張。きっちり時間前に来れてるじゃないか」

 物凄く初歩の部分で評価されてるらしく、何とも微妙な気分が込み上げてくる。

「そりゃ、こんな物も頂きましたし……。遅れられるはずもないですよ。それで、そちらの方が今日の?」

 懐中時計を胸元の前で揺らしてから、提督の横に佇んでこちらに視線を送る彼女について尋ねる。さらりと流れた黒髪は膝下にまで及び、どこか凛とした雰囲気を支える端正な顔つきから放たれる鋭い目が、心の弱い部分を見透かすような感覚を覚える。

「そうだ。彼女が本日の練習航海に付き合ってもらう重巡洋艦 那智だ。君よりも数年の経験があるので、多くを学ぶように」

 紹介を受けて軽い会釈を返していると、提督の横にいる女性。那智さんが口を開いた。

「ご紹介預かったように、私が重巡洋艦の那智だ。本日はよろしく頼む」

「私は軽巡洋艦の夕張です。こちらこそ、よろしくお願いします。ホントに基本的な部分から教えてもらうことになりますから、ご迷惑をかけると思いますけど……」

 不安げに答えると、ふっと息を吐き出すように那智さんは口を開いた。

「私も若輩者の頃には諸先輩方に教えを乞うたものだ。気にすることはない。しかし……。すまない。篠宮提督、込み入った話を聞きたいので、貴官には聞こえない程度の声で話しても良いだろうか」

 さっきまでハキハキとした態度で話していた彼女は、若干声を落として提督を伺う。

「ああ。構わないよ。二人で話したいことがあるなら済ませてくれ」

「感謝する」

 謝辞を提督に述べると、ずいっと彼女の顔が近づいて、吐息が分かるほどの距離で見つめ合う。深く黒みを帯びた瞳が私を見つめてきて、心が吸い込まれていきそうに感じてしまう。

「して、夕張。お前は昨日、ここ、呉に着任したということで相違ないな」

 物凄い迫力の顔からか細い声で、そんな当たり前のことを聞かれて、私は何だか拍子抜けをしてしまった。

「そうですよ。だから、私は知識もすっからかんの新人ですよ」

「そうか……。では、お前は私の後輩艦。その扱いで問題ないな?」

 一瞬考え込んだ後、彼女はそんな問いを私に投げ掛ける。

「……? 勿論ですよ。那智さんはもう数年は私より早くこの世界で艦娘としてそうじゃないですか」

「……本当に、良いんだな?」

「えっ、はい。大丈夫ですけど……」

 そう答えると、彼女は深く頷いて距離を取った。そして、改めてこちらに向き直って言い放った。

「相分かった。夕張よ、今日は厳しく行くから覚悟しておけ!」

 何に納得がいったというんだろう……。ただただよくわからない私にとって、彼女の言葉に気持ちの良い返事をする他なかった。

 

―艦と私と海―

 そんな朝のあれこれを終えたのが遠い昔に思えるのが、九時三十分現在、今甲板の上でガチガチになっている私だったりする。眼前に広がる瀬戸内の景色は私の心境とは真逆に晴れ晴れとしており、秋の装いを華々しく着飾っている。

「夕張。まずはドックからの始動からだ。那智さん。何か言ってあげることはあるかな」

 私の右斜め後ろの方に和やかな表情の提督と笑顔の消えた那智さんが立ち、妙にそわそわとして落ち着かない。始動はこう……、足元を意識して……。教本を思い出しながら、海上に浮かぶ船体の感覚を意識するけれど、なかなか上手くいくものじゃない。

「水面に浮く板の上にいると思って、まず姿勢の軸を一本イメージするんだ。そして、それから主機を司る式神に指示するんだ。最初はゆっくり動かすんだぞ」

 主機を動かす度胸もつかず悪戦苦闘していると、那智さんからそれらしいアドバイスが飛んでくる。確かに、言われた通りに自分の中で軸を作ってみると、かなり海面のイメージが掴みやすくなった。波が打ちよせてもふらつく心配もない……気がする。

 そして、いざ動かすと艦としての私はゆっくりと歩き出すような感覚があって、その上に人としての私がいるという現実が何とも奇妙に思える。

 でも、そんな違和感も次の瞬間には過去の物になってしまった。というのも、いつか感じた海原を切り裂く艦首の重々しさにかつての感覚が思い起こされ、加えて爽やかな海風を感じる甲板の新鮮さに心躍ったからだ。

 今までとまた違った味わいと一緒に航海できそう、なんて気持ちを抱いて、瀬戸内海の情景に身を浸そうかと思った時だった。

「夕張! 主機に意識を向けすぎだ。それに取り舵を早くしろ。私から離れてどうする」

「は、はい!」

 思いっきり軸を中心に身体を転換するイメージでドックから左、東の方向に向かって舵を切る。今朝寄り道して眺めた艦、那智さんの重巡洋艦としての姿が、ドックに隣接する停泊所に置かれているのが海上からでもすぐに分かった。

 しばらく後ろの二人から何も文句を言われない操船を行っていると、徐々に彼女の艦へと距離が縮まり、レーダーなどから予測して大よそ一km圏内となった。そういえば、このまま那智さんも向こうの甲板に行くなら、もっと繊細に動かさないといけないんだろうか……。とか考え込んでいると、静かだった後方から大きな声が飛んだ。

「もうここまでで良い。この距離なら呼び戻せる」

「呼び戻すって……。こんなに離れているのに操作できるんですか」

 振り向いて同じくらいの声で聞き返すと、那智さんは頷きながら右手を上げ、握り拳を作ったかと思うと、艦首の方から新しい駆動音が聞こえた。彼女の艦に火が入ったからだった。

「特別驚くことじゃないが、教本をそこまで読み込んでいなかったか。斉射などをするならともかく、何でもない操船をする程度なら多少の距離ではどうということはない。これも慣れの問題だ」

「はい。努力ですね。努力」

 そう言うと那智さんは満足げな表情をした。あまり無理だとかそういうことは好きじゃないようだから、先んじて姿勢だけでも良くしておかないといけない。それにしても、そんな域に達するにはあとどれくらい艦と一緒にいれば掴めるんだろう。

 やがて、那智さんの艦が傍に着くと、彼女は簡易式の連絡橋をかけてさっさと向こうの甲板に乗り移った。

「目的地までの先導ついでに基礎訓練をする。動きは私に合わせて色々してみるんだ。間違っていたら、その場で指導しよう」

 さっきより結構な距離が離れているというのに、それほど力んでいない那智さんの声は不思議と頭に鮮明に響いた。これも、巫女の力というのが関係していたりするんだろうか。

「あれ、提督は今の那智さんの声聞こえてました? あんなに離れてるんですけど」

 遠く離れる那智さんの方を指しながら一般人と言える提督に尋ねると、胸ポケットから和紙で包まれたものを取り出した。通信木と書かれた内に薄らと朱色の文字が見える。

「これがあるからね。それぞれの艦娘が実体化することになった社の木で作られたものだ。この包みの中には那智さんの血で名が記されている。これがあるから彼女のさっきの言葉は私にも聞こえたし、私の声も向こうに届いているよ」

 提督がまた新しいことをつらつらと述べる。私もそのうち近いうちに作ることになりそうだ。

「篠宮提督が仰られた通りだ。通信機でも良いんだが、私たち自身を媒介としているこちらの方を常用しているわけだ。あと、察してはいるだろうが、夕張とはそういった類を介さなくても話せるのは、私たちが巫女を依代としていることも大いに関係がある」

 聞けば聞くほどに私たちの身体の元となった存在の力は大きいと感じる。

「兎にも角にも、だ。貴重な時間を無駄にはしていられない。少し急いで訓練海域に向かうが、遅れるなよ」

 そう言い切ると、那智さんの艦は轟音を上げて、徐々に速度を上げて離れていく。

「ボサっとしているなよ。これぐらいの航行は序の口だ」

 またぼんやりと見ていたのを見透かされて、頭に響く声で鋭く指摘される。

「は、はいっ」

 必死に喰らいつきながら操船すること数時間。次第に怒られる数も減ると、訓練海域らしき場所には艦影が見え、時折、炸薬の音が鮮明に響くようになった。やり方はある程度読み込んできたけど、実際に何をさせられるのやら……。

 

―訓練海域にて―

 海域に着くと、先客が演習を行っている様子が耳に入ってきた。

「索敵機から攻撃対象を一つ…二つ…三つ確認。攻撃機九つの発艦準備完了。攻撃隊、発艦!」

凛とした声と共に放たれた弓が空に舞い、次の瞬間に攻撃機が飛び出す。けれど遠目でも飛翔する機種が違うのが分かった。

「あああ、艦爆の矢打っちゃった。また怒られる……」

全域に聞こえるように言葉を浮かべてるのか、射手であろう艦娘からそんな声が聞こえてくる。ちょっと失礼だけど、ミスをしてる姿を見ていると少し気が楽になった気がする。

「先客も新人らしいな。しかし、夕張はあそこまでは悪くないんだろう?」

 意地悪な笑みを浮かべて、前方に対面して位置する那智さんが片手を上げる。それに連動するように、重巡洋艦の砲塔が動作し、砲弾を発射した。すると、私の海域認識の中に、仮想敵というマーカーが二つ現れた。

「深海棲艦の駆逐艦級を模したデコイを二つ放ったのが分かるだろう。今日の砲撃対象はアレだ。使用する兵装は標準装備の14㎝単装砲二門だが、準備は出来ているか」

 慌てて兵装の同期確認を取ると、右へ回頭するという意思が艤装を介して前面砲塔がデコイの片方に照準を定める。

「何とかいけそうです。自信はないですけれど」

「最初から上手くやってくれるとこちらも期待しているわけではない。試しに一門放ってみるんだ」

「はい。装填確認、標的デコイに放ちます!」

 口上と同じくして明確に発射の意思を固めるや否や、私の艦の砲塔がけたたましく吠える。身を揺らすその雄叫びは、どこか遠い昔を追憶させて、感極まらせるものがあった。しかし、そういった雰囲気は立派な一方で、肝心の目標というものには今一歩な結果が広がっていた。

「素っ頓狂な場所に放るかと思ったが、なかなか悪くない位置に落とすじゃないか。ところで、ちゃんと測量結果を当てにしていたのか?」

「測量結果っていうのは何でしょう……。ホントに思い付くままに撃ってみただけなんですけど」

 那智さんからの予想外の評価もそうだけれど、ちゃんとした撃ち方は初耳で実践しているわけがなかった。

「背中の奥の方へ意識をやるんだ。そうしたら対象との距離がより具体的にならないか。誰であれ、簡易的な測量能力を持っているはずだ」

 いきなり背中と言われても……。目を閉じて考えてみるけれど、普通に背中までしか意識が及ばない。目を開いてみても、やっぱりさっきと変わらずに私の砲撃が外れたデコイの姿しか見えない。

 ってそうだ。艦橋部を艤装として備えてるんだから、それに繋がるように意識したらいいかな。

「那智さん。何とも言い難いんですけど、さっきより距離が掴めてるというか。分かるようになった気がします」

 対象像がはっきりしているようになったって言った方が良いかもしれない。さっきよりも上手く当てられる。とにかくそんな気がする。

「まぁ、備え付けではそこまでの性能は発揮できないし、そういった感覚を持てたならあながち間違いではない。それに実際の海戦になれば、随伴艦の測量結果を得て、より繊細な射撃をすることも出来る。言うより実感する方が良いだろう。繋ぐぞ」

 そう言うと、ややあって身体にピリッとした感覚が伝わり、目標デコイまでの距離などの数値がより精密なものとして認識出来るようになった。

「どうだ。大分変わっただろう。」

「全然違いますね。二艦でこれなんですから、編隊を組んだらより効果が増すんでしょうか」

「当然、そういうことに繋がるだろう。空母がいれば、また違ったデータを共有することもできる」

 那智さんが言い終えると、またぼんやりとした標的の認識に戻ってしまった。ぽかーんとしていると、続けて彼女が口角を緩めながら口を開いた。

「今は単艦での練度を上げてもらう。この程度は一人でさっさとこなせるようになってもらわねばならないのでな」

 それから一時間毎に五分の休憩を挟んでの砲撃演習は三セットこなすことになり、甲板から眺める景色はすっかりと紅で染めたものになっていた。

 訓練後に少し休憩を挟んで、今は呉への帰り道。操船のコツはかなり掴めたおかげで、艦首に腰掛けてゆっくりと景色を楽しむ余裕が作れるようになった。

『内容として上出来とは言い難いが、もう一日やれば及第点にはなるだろう。そこで、篠宮提督と相談した結果だが、明後日にもう一度ここで演習をすることに決めた。明日は鎮守府の業務をこなしながら、今日のことを復習しておくことだ』

 訓練海域を出る時に那智さんに言われたことが、ふと頭の中で繰り返される。早いこと終わらないと、いつまで経っても外洋に出ることはないし、まともな兵装開発も出来ないんだろう。

 ため息をついていると、瀬戸内海の景色に見惚れてるんだか、よく分からないものになった気がする。とりあえず、今は今日の分の反省と帰ってから休むことだけを考えなくちゃ。

 俯く頭にそっと手が置かれてようやく後ろに誰かがいることに気付いて振り向くと、海風に髪を揺らす篠宮提督が立っていた。

「予想通り、特等席で海を楽しんでいた……という面構えでもないな」

「あはは。分かっちゃいますかね。ちょっと色々考え中です」

「……ふむ。隣に座っても良いか」

「あ、はい。どうぞ」

 ちょっと身を右舷に寄せて、提督の場所を作る。二人で座るっていうのはやっぱり一人とは違う。一人でいるなら黙っていても問題ないけど、何か話さないといけない気にさせられる。

『景色が綺麗ですよね』、『そろそろ寒くなってきましたね』……、とかそんな世間話みたいなのは違うような。

「丸一日教えられてばかりというのは、なかなか疲れるものだろう」

 クスリとした笑みを浮かべて、提督はそんなことを言う。

「確かに結構きつかったりします。でも、これぐらいでへこたれちゃいられませんし、今度の砲練で練習航海は最後にしてみせます。早く、開発とかの現場に携わりたいですしね」

 徐々に近づきつつある呉の方へ眼差しを向けて、想いを馳せる。こんな初歩の段階で燻っていちゃならないのだ。

「そういう意気を持っていてくれるのは大いに頼もしいな。これから新しい仲間も増えるが、その心持があればきっと大丈夫だろう」

「新しい仲間、って初耳ですけど、どなたか私以外の艦娘が着任するってことですか」

「ああ。昨日付で要請を通しておいたんだ。おそらく……、そうだな。二日後の演習には彼女も合流して随伴出来るかと思う」

「そうですかぁ……。私以外の艦娘……」

 この場合は、同僚って言ったら良いのか。那智さんくらいならそうにもなりそうだけど、一緒で年端の行かない感じだったら、何となく友達になりそうな……。

 結局、その話を聞いてから変にそわそわしてしまって、落ち着かないまま帰路を終えることになった。もちろん、鎮守府に着いてからもその気持ちは消えないでいて、やけに時間が長く感じられた。

 

―艦隊の旗艦として―

「ふぁぁ……。っぶな」

 朝ご飯を食べてから小一時間。提督の執務室を整理している中でうず高く積まれた書類に左腕が引っ掛かり、崩れ行く塔を右手が何とか止めていた。結局、昨日に寝入ったのは少なくとも丑三つ時をとっくに過ぎていて、今日は本当に寝不足で判断が鈍い。

 それに加えて、昨日の訓練のせいか身体がすごく重たい。特に肉体労働をしたわけでもないのに全身が気怠いのは、艤装を使って船を動かしていたからかもしれない。やってれば慣れるのか、それとも基本的な体力を付けないとこの疲れからは解放されないのか……。今度、那智さんに聞いてみようかな。

 考え込んでいると、執務室をノックする音が響く。生憎のところ、提督は出払っている。となると、来客対応をきちんとしておかなければ、ひいては提督の面目にも繋がってしまう。

「どうぞ。お入りください」

 生唾を一度飲み込んで、精一杯落ち着いた声色で扉へ返すと、来客からの返答もなければ、扉が開くこともない。

 はて、と思って扉に近づいた時だった。勢いよく扉が廊下側に開かれ、目線より下の方に頭が見えた。

「ほ、本日付で佐世保鎮守府から呉鎮守府に着任し、司令官の艦隊に所属することになりましたっ。駆逐艦、雪風です。どうぞ、よろしくお願い致しますっ」

 深々と頭を下げられるとかなり小さい。話に聞く通り、艦種によって身体の大きさが違うということが実感できる。

 ぼんやりと眺めていると、雪風と名乗った彼女はそろりと首を上げて部屋を覗き込んだ。

「あれ、司令官はいらっしゃらないんですか?」

「そうだね。もう少ししたら戻るかも」

「ですかぁ……。あっ、もしかして夕張さんですか」

 手に持ったファイルを改めて抱え込んで答えると、彼女はくりくりとした瞳を私の方へ向けて見上げるようにして言った。

「あぁ、ごめんなさい。自己紹介が遅れたね。私は軽巡洋艦の夕張です。貴女が提督が言っていた新しい同僚……、でいいのかしら」

「そうですっ。発足間もないということですし、大きな戦力になれるよう、雪風、頑張ります!」

 背筋を正すと、胸を張るように彼女は健気な主張をした。小さいのに頼もしいなぁ……、と失礼かもしれないけど、私と比べてしまったりする。

「思っていたより早くお互いの顔合わせが済んだみたいだな」

「篠宮提督……。ついさっき出会ったばかりですよ」

「初めまして、司令官っ。私、雪風と申します!」

 ハキハキと喋る彼女の頭を軽く撫でると、提督が部屋に入るように促す。

「積もる話は中でしようじゃないか。明日の訓練のこともある」

 小走りに部屋に入る彼女を見送って扉を閉めると、それまでのわくわくとしたものからとは違う、責任からくる胸の高鳴りみたいなものが鼓動を早く打たせた。

 




前回から1か月をギリギリ経ることなく投稿できました。
書く気力とやらもそうですけど、色々忙しくてこれだけ間が空きました。

前回小説で演習場所を「愛媛県沖、佐多岬」にしてましたが、
距離的に豊後水道の方が良いかなぁと思って場所変更しました。

ビミョーにしか描写出来てない感が否めないですけど、
世界観を何となく感じていただけたらと思います。
今度は1~2週間ほどで続きを上げたいものです。
(資材備蓄をしながら)

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