艤装開発遊撃隊-備忘録-   作:朽木翠

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プロローグ&第一章

―プロローグ―

 洋上を駆ける際に、時折飛沫を上げながら艦首が海原を切り裂いていくことは、何とも気持ちが良いと思ったものだった。海面に自分の軌跡が残ることも、それに等しいほどに気持ちがいい。

 しかし、沈んだ時と言ったら何て形容したらいいだろう。徐々に多くの手が絡みついてきて、段々と眩い海面が遠のき、仄暗く待ち構える深淵へと引きずり込まれていく。

 浮力を失った身体は次第に軋み始め、落ち着いたと思うとそれは深い底に着いた時だった。沈んでしまった私のせいでほとんどの人が命を落とさなかったのは不幸中の幸いだ。酷い場合だと、乗員の全てが艦と共に命を落としたという話を聞いたことがある。

 しかし、それでも少なからず多くの人が私に関わって命を落としたのだから、次があるならば、より多くの人を助けられる。そんな役目を果たしたいと思う。

 どこか靄がかかった中で意識がはっきりし始めると、艦橋の部分が鋭い痛みを発しているのに気付く。無意識にそこへ注意が行くと、ようやく奇妙なことに気付いた。それに向かって伸びかけた右舷の方を見ると細い人間の腕の先に五本の指がある。それに、足元は膝を外に崩して座っていて、木目の床がひんやりと当たっていた。

 ひらひらとした下半身を覆うものと、上着として羽織っているのはセーラー服とかいう物だ。けれど、私にそんな物を着た覚えは全くない。そもそもの問題として、私は鋼鉄の艦だったはず。多くの人の手によって操られて、戦い、沈んだ……そう、夕張という艦船。

 なのに、今の私の姿は何だろう。澄んだ白い肌は煤ですぐに汚れてしまうに違いない。それに、どうして私は敬愛した提督たちのような肉体を持ったのか。

 ぼんやりと左手を向くとガラス戸があり、社のように作られた空間に磨き抜かれた鋼材のような銀髪を携えた少女が見えた。豊かではない肉付きの、折れてしまいそうな細身の身体が、今の私なんだと思うと何だか力が抜ける思いがした。一体全体、どうしてこうなってしまったのか。

 そうして考えを巡らせている間に、正面に二人の男性が立っていた。左手の人が着ているのは白衣だろうか。手元に何やらファイルらしきものを片手にこちらを見下ろしている。そして右手の人は見覚えのある白装束を身に纏い、どこか威厳というものを感じとれる。

「君は夕張で違いないね」

 左手に立った白衣の人が書類と私を交互に見つめ、確認するように尋ねる。

「私は夕……ぃっつ。夕張です」

「なるほど。ありがとう。しかし、『典型的な初期症状が見られる』と」

 書類に何やらメモ書きされるのを横目に、違和感を覚えながらも、自然と動く右手で頭部を手で擦る。正直なところ、割れるような痛みではっきりと前を向いているのも難しい。

「篠宮提督。安定まで少し時間がかかるかも知れませんが、問題はなさそうです。拒否反応もないようだし、一度工廠まで連れて行かれてはいかかです」

「専門の見立てとしては、問題がないと」

 白衣と向き合っていた彼は、ゆっくりとこちらへ向き、私の顔の高さまで腰を屈める。近くでまじまじと見つめると、まだ若さが抜けきらない面持ちでありながら、鋭い眼光を放つ、深く黒い瞳がこちらに向いていた。

「だそうだ、夕張。立てるか」

「え、ええ。とっとと」

 ふらつく足下でバランスを崩して床にぶつかってしまうかというところで、彼の大きな腕に支えられる。彼に不自然な姿勢を支えられたまま、徐々に身体が熱を帯びるのが分かった。初対面の相手の前でふらついた情けなさと、今の自分の有り方に何とも言えない気持ちが余計に私の口を閉ざした。

「慣れるにはまだまだ時間がかかりそうだな」

 そう言って、くだけた笑みを浮かべる彼に釣られて、小さく頷くと彼は続けてぼそりと呟いた。

「自分もまた、そうだが」

 宵闇が明けるかという頃、私は彼に連れられて呉の特別工廠と言う場所へ赴くことになった。道中でしばらく話す中でようやく知ったけれど、篠宮提督は私を旗艦として混成遊撃隊を新設する最中なのだという。だから、まだ私以外に誰も同僚というか、似た境遇の者はいないらしい。

 それには大いに不安を覚えたものだけれど、試作兵装など新規設計の物を取り扱う隊ということだから、何やら心躍る感覚が湧いた。これはきっと、以前の記憶が残っているからなのだろう。丁度、提督との話が盛り上がって道のりの半ばも過ぎた頃、辺りが明るむのに気付いて振り向くと、暁の水平線が浮かび上がり始めていた。

 

 

―初めての工廠、呉の夜明け―

「ふわぁ……。これが工廠ですか」

 瀬戸内海に面した沿岸部に巨大なドーム状施設が等間隔に八つ並んでいる。ちなみに、私と篠宮提督がやってきたのはその中で八つ目の施設だった。他の棟には既に建造中という旨が書かれていて、使えるわけではないらしい。そのせいで一番遠くにあるところまで歩くことになった。

 正面のシャッター部まで来ると、その大きさに圧倒される。私が何人積み重なったら一番上まで届くんだろう。

そんなことを考えていると、提督は建物の角を折れた先にある関係者用の入り口に案内する。セキュリティゲートを提督に連なって抜けて、そのままエレベーターに乗り込むと、距離の近さを否が応でも実感してしまう。

「中に入るまでは割と面倒なんですね」

 黙ってばかりなのも何となく気まずく、様子を伺うように話を振ると、提督は困ったように溜め息を吐いた。

「まぁそれは仕方ない。元々、利便性を重視しているわけじゃない。それに、君たちのために様々な検討がなされた上で設計されているからね」

 私たちのため、と言われても一体全体この大きな施設で何をするのか。今ひとつ全容というものが見えてこない。

「手間入りなのは何となく分かりました。でも、話を聞いててますます気になるんですけれど、私ってこちらでどういうものなんでしょう。私のこの境遇について具体的に聞きたいです」

 服を摘んで右隣をちらりと伺ってみると、少し考え込んでいるようで、聞くのはまずかったのかと思ってしまう。やがて提督はぼんやりと見つめていた私に気付き、申し訳なさそうに答える。

「いや、すまない。そういう説明の義務は確かに私の役目なわけだが。君と私がどうして組むのか。君たち艦娘がどういう存在なのか。どう説明したら一番良いのかを考え込んでしまってね」

 提督が話し込んでいると、エレベーターがBを示す位置で止まる。

「続きはまた後で話そう。取り急ぎで悪いが、取り掛かってもらいたいことがある。それが片付く頃には、それなりに納得の行く答えを返せるように準備しておくよ」

 エレベーターを降りると、長い廊下の先に扉が見える。どうやらあそこまでいかなければいけないらしい。それなりの距離を歩いて扉の前に立つと、提督が何やらIDカードらしきものをかざして施錠が外れる音がした。

 扉が開かれると、背の高い工廠内のほぼ真ん中辺りの高さに自分がいるようだとわかる。船があれば、艦橋が位置する辺りに設けられた全面ガラス張りの部屋だ。部屋の真ん中には、ぼんやりと目が覚めた時に見覚えのある祭壇らしいものに飾られた木目の椅子が置かれている。

「ここに座ってみてくれるか」

 提督に促されるままに、恐る恐る座って前を向くと眼下に広がる工廠に艦影が浮かんで粒子が舞い始めた。

「提督……これは?」

「夕張、これからやってもらいたいこと、というのは以前の君の模造だ」

「微かに記憶の片隅には残っていますけど、あの艦船である私をここでってことですか。……って何です、コレ?」

 目の前に向き直すと、ガラス越しによく分からない二頭身の可愛い女の子がふわふわとしている。鉢巻を頭に巻いて、その眼はなかなか鋭いというか。

「あぁ、それか。何て説明したら良いのか、私も難しく思うが、君たちのパートナーみたいなものかな。君自身から生まれた式神と言うものだ。この話もあとでゆっくりしよう」

 提督の説明を受けると、目の前の三つ編みの式神さんは嬉しそうに頷く。生まれたって言われてもこれまた実感が……。喋れないのかな、この子。

「提督、ちなみにこの子って口が利けなかったりします?」

「自分自身から話すことはしないよ。だから、何を考えているかとかは私には分かったものじゃない。」

 しげしげと見つめていると、式神さんはそわそわとした様子で、するべきことを待ちあぐねているようだった。

「さて、実際に造船される場所を眺めたいところだけど、この際に人がいてはいけないから、私は少しの間失礼させてもらうよ。その場所は祠の分霊を持ってきているから体調は良くなるはずだけど、無理はしないようにしてくれ。何かあったら、備え付けの通信機が直通設定にしてあるから連絡してくれたらいい」

 頷くままに話を聞いていると、提督はさっさと部屋から出て行ってしまい、目の前の式神さんと私だけが広い工廠に残された。正直、話の半分も理解しているかと言えば怪しかったりする。とりあえずは式神さんにどうしてもらうかだけど……、と考えていた時だった。

『お離れになりましたので、そろそろお話しようかと思います。夕張様、どうぞどうぞお願いします』

 深々と式神さんが頭を下げて、はっきりとした言葉が頭に響く。

「あらら……これって、もしかして私に直接語りかけてるってやつ?」

『そうなるですね。そちらに掛けられて、工廠内に力が満ちていますので、お話できるというわけだったりします。夕張様の肉体は神気を持たれた巫女様が元になっているので、こうしたことができるのです』

 何となく分かってきたような、分からないような。とりあえず力が満ちてるっていうのは、このふわふわ飛んでる粒子みたいなやつかな。さっきから手で握ろうとしてみるけど、全く手に収まる感じがないから良く分からないけれど。

「そこのところは提督に追々きちんと説明してもらうとして、私が何をやったらいいのか教えてもらえるかな」

『そうですね。では、そこに深く座られて、肘掛にある二つの水晶を握って強く艦影をイメージしていただけますか?』

 言われるがままに座って意識すると、工廠の中に浮かんだ艦影はより濃い蒼い姿になったように思えた。

『なかなか良い状態ですです。では、そのまま起きられていると負担が大きいので、その姿勢のまま目を閉じてお眠りくださいまし。出来上がりましたら起こしますので、お休みください』

 寝てるだけで良いなんて都合のいい話、と思ったけど、起きているとなかなか気怠くなってくる。もしかしたら、座っているだけで結構な力を使ってるのかもしれない。止む無く従って目を閉じると、間もなく意識はすっかりと深いところまで行ってしまった。

 

『……ま。……さま。夕張様』

 揺すられるのを感じながら目覚めると、右手に鉢巻をした妖精さんが油にまみれた様子でふわふわとしていた。そして、目の前には重厚な輝きを放つ美しい艦船が出来上がっていた。あれが、私だったのだと思うとなかなか奇妙な感じを覚える。

「すごいね。どうやって作ってるのかしら」

『起きていられましたら、ご覧になれるですよ』

 少し前を振り返ると、あれを耐えるってのは難しそうだ。寝てたはずの今でさえ、身体が何となくぐったりとしていて重たいのを感じるのに起きていたらどうなるのか。苦笑いをしながら、内心無理だと思っていると、式神さんは話を続ける。

『甲板の上に身に纏う艤装を置いてあるので、提督さんと一緒に確認してくださいまし』

 立ち上がって甲板をよく見ると、何やらそれなりに大きな白包みが置かれていた。艤装と言っても、船に付いてるのと何が違うのかしら。

 そんな疑問を抱えながら提督へ通信機から連絡を入れると、降りてすぐのメインゲートまで来るように言われたので、エレベーターを使って来た道を戻る。

 外に出るとすっかり日が上がっていて、かなりの時間が経っていたことが分かった。しかしまぁ、気持ちのいい晴れ模様の青空だ。新しい門出には最高の日かもしれない。

 流れる雲をじっと眺めていると、微かに呼び声が聞こえて来て、そちらに向くと提督らしき人影が手招きをしているのが映った。

「調子が万全じゃないだろうに、なかなか早く仕上げてくれたな」

「まぁそれなりに頑張りましたし」

 寝てたら出来上がったということは伏せつつ、少し胸を張って言ってみると、頭の上にぽんと手が置かれた。むず痒いようなそわそわとする気持ちがこみ上げる。

「さて、どういうものか見てみようか」

 外壁に備え付けられた操作盤を操作すると、重い仕切りがスライドして開く。中はさっきまでの青い粒子が漂っていてほんのり明るいが、それだけじゃ心もとなく、提督が照明灯のスイッチに手を掛ける。工廠内が照らしだされると、まず提督が感嘆の声を上げた。

「重巡洋艦の礎となったと聞いていたが、美しい船だな」

 かなり見惚れているけど、どうやら私の記憶より少し構成が変わっているようだった。完全に同じっていうわけではいかないんだろうか。

「そ、そうなんですかね。ああ、そうだ。提督。甲板の上に艤装を用意してあると言われたんです。身に付ける艤装っていうのはどういう意味でしょう?」

「装着艤装のことか。ああ、あそこにあるな。すぐ説明しよう」

 提督の後ろについて甲板までかけられた鉄橋を歩いていくと、大きな布包みの上で、鉢巻を巻いた式神さんがうとうととしていた。やがて、私たちに気付くとふわっと浮き上がって、腰かけていた白い包みを勢いよく剥がした。すると、人間大のサイズで作られた鈍く輝く砲門などのミニチュアが目の前に広がった。

「これ、どうするんです?」

 率直に疑問に思って尋ねると、式神さんと提督は顔を見合わせて、提督が答えた。

「それを身に纏うんだ。そのあとに集中して身体の一部となるイメージをする……で合っていたかな?」

 横に漂う式神さんに提督が聞くと、式神さんは頷きながら両手で丸を作った。それからは式神さんの指し示すままに艤装を身に付けて行く。傍から見ると重そうな代物だったけれど、重いなんて気はしなくて、身体の認識が広がっているという感覚だった。

 色々と長々しい説明を受けたけれど、要約すると足下にある大きな私自身という艦船を動かす憑代の一部という認識で良いらしい。そして、何より身体の一部という意識ができれば、この艤装を消すことができるのだとか。実際に操船する際に念じて艤装を身に付け、実際に各管制をスムーズに行うというわけらしい。なかなか便利だ。

 しかし、やっぱり新米鑑だと照準のブレや、反応速度の鈍さが如実に表れるらしく、装着艤装と艦船とのリンクの慣らしのための訓練が待っているらしい。そのためにも明日から提督を指令室に迎え、四国沖で演習を行うそう。支配下におかれた海域だから安心とのことだけど、大丈夫かなぁという心配が尽きない。

 けれど、そうした不安以上に新兵装の実戦配備への架け橋として、という意識が何だか私を奮い立たせる。そんな決意を抱えながら私の艦娘としての呉の一日は始まった。

そのためにも、もっとここのことを理解しなければいけない。今日はギリギリまで提督から話を聞きださなければ。

 




遅筆なので不定期更新になります。
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