ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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ほぼオープニングのジングル。


MASCORRIDA!
その1


「スレイプニィルの舞踏会?」

「そ。新学期だから、新入生の歓迎をするのよ」

 

 へー、と才人はルイズの説明を聞きながら紅茶を飲む。そろそろ春になろうかというトリステインは、テラスでティータイムと洒落込む程度には暖かくなっていた。

 新入生か、と才人は天を仰ぐ。そういえばもうここに来てから一年になるのだということを実感し、案外あっという間だなと一人呟いた。呟いて、そして目の前の彼女を見る。

 ん? と可愛らしく首を傾げる主人を見て、何でもないと微笑んだ。まあやっぱり自分の居場所はここだよなぁ、と心の中で一人納得した。

 

「んで、それがどうしたんだよ」

「サイトはどうするのかな、って」

「へ? 出ていいの?」

「出ちゃいけない理由がないと思うわよ」

 

 舞踏会にはウェールズ陛下とアンリエッタ王妃も出席する。という旨を述べ、もし才人の出席を拒むような者がいればどうなるかとルイズは彼に問い掛けた。

 答えるまでもなかった。

 

「……それむしろ俺が出たくないって言ったら」

「三日は獄中生活じゃないかしらね」

「強制参加って言うんだよそれは!」

 

 三日というのは、ウェールズがアンリエッタを説き伏せるまでの時間である。自分の状況を程よく理解した才人は、まあ別にいいけどさと項垂れた。元々出られるのならば出ようと思っていたのだ。別段問題はない。

 

「まあ、多分向こうにも誘われるだろうし」

「でしょうね」

 

 クックベリーパイを頬張りながらルイズは頷く。今年の新入生、その中の一番の注目株の顔を思い出し、物好きよねと呟いた。

 なにせ、わざわざアルビオンからここに留学してくるのだから。

 

「ま、そらしょうがないんじゃね? こっちにゃウェールズ王子もいるし、姫さまもいる。マチルダさんだって喜ぶだろうし」

「確かに、ほとんど知り合いがいない向こうよりはいいでしょうね」

 

 そんなことを言いつつ、その人物を思い出す。幼さの残る顔立ちに似合わない巨大なバストを持つ、アンリエッタとウェールズの従妹を。

 もう王宮にいるんだっけ、と才人は問う。多分ね、とルイズは返した。タバサがいないのがその証拠だ。そう続け、そういやキュルケはどこ行ったんだろうと首を傾げた。

 

「しっかし。そう考えると凄いな」

「何が?」

「いや、だってあれだろ? トリステイン魔法学院なのに、ガリアとアルビオンのトップクラスが生徒なんだから」

「そう言われれば、そうね」

 

 ガリアの双王の愛娘であるシャルロットだけでも結構なものなのに、アルビオンの聖女が入学してくるという前代未聞のこの状態は確かに凄いと言えるであろう。むしろ、そんな一言で片付けてはいけないのではと思うほどだ。

 事実、オスマンは仕事が増え過ぎて大分投げやりになっている。

 

「マザリーニ枢機卿は大丈夫かしらね」

「何か最近開き直ったとか聞いた気がするけど、どうなんだろうな」

 

 ウェールズが即位したことで鶏の骨から多少人間に近付いた国一番の心配性を思い出し、二人はううむと溜息を吐いた。

 

 

 

 

「んで、その舞踏会ってどんなんなんだ?」

「どんなのって?」

「いや、わざわざ話題に出すってことは何かあんのかなって」

 

 ああそういうことか。納得したように頷いたルイズは、確かにちょっと変わっているわと微笑んだ。指を一本立て、一番の特徴とやらを語り出す。

 

「仮面舞踏会よ」

「へー」

 

 仮面、という単語で思い出す一人の女性。仮面を被ってカジノで暴れたり、仮面を被って乱闘のジャッジを始めたり。あれがこの国のトップなんだよなぁ、と異世界出身の才人はこの国の未来を憂いた。繁栄とか衰退とかではなく、中身的な意味で。

 

「何想像してるのか知らないけど、普通の仮面じゃないわよ」

「へ? 違うの? マスク・ド・クイーンとかじゃねぇの?」

「違うに決まってんでしょ。あれはどうでもいいの」

 

 自国の君主をあれ呼ばわりである。ともあれ、ルイズは立てていた指を才人に突き付けると、ここは魔法学院なんだからと口角を上げた。仮装するにも、魔法を使うのだ。そう続け、その指をくるくると回した。

 

「『真実の鏡』っていうマジックアイテムを使って、その人の理想に変化するの。結構楽しいわよ」

「へー」

 

 理想の自分、と言われてもイマイチピンと来なかった才人は、そんな適当な返事をした。試しに想像してみたが、薄ぼんやりとしたイメージしか沸かなかったのだ。しいて言うなら、目の前のご主人と肩を並べる存在になる、であろうか。

 

「微妙そうね」

「いや、よく分かんねぇし。ルイズはどうだったんだ? 今までもあったんだよな?」

「わたし? 母さまとちいねえさまになったわね」

「……あー、はいはい。そういうことね」

 

 自分の憧れとか、目標とか。そういう人物になりきれるということなのか。やっと理解した才人は喉に引っかかっていたものが取れたような顔で頷く。それはそれで、自分はどうなるのだろうかとちょっとワクワクして思わず笑みが浮かんだ。

 

 

 

 

 

 

 そんな呑気な二人とは裏腹に、王宮はてんやわんやであった。正確には、ようやく騒動が収まりかけていた。

 理由は至極簡単で、ティファニアのトリステイン魔法学院留学についてである。やれ聖女をお迎えするのに他の生徒と同じ寮の一室でいいのかとか、講義は果たして今まで通り行っていいのかとか、食事の支度はどうするのかとか。まあ凡そ漠然とした杞憂である。

 なにせ、当の本人はその騒ぎを聞いて大慌てで皆に謝りに向かったのだから。

 

「……扱いの違いに、ちょっと凹む」

「あはは……」

 

 そんなわけで極普通の留学生として入学を決めたティファニア・モードは、明日まで王宮で過ごし、明後日からは寮生活ということに決まった。そんな彼女を補佐するために、現在タバサも同じように王宮で過ごしているのだが。

 何の問題もなく極々普通に入学した挙句いきなり停学食らったガリアの姫は、何だかちょっとこれどうなんだと思わないでもなかった。返す言葉が見当たらなかったのか、ティファニアも苦笑しつつそっと視線を逸らしている。

 あ、でも。と彼女は口を開く。そうやって特別扱いされない方が、自分としては羨ましい。そう言って向き直り、微笑んだ。

 

「それは、ちょっと難しい」

「あはは、そうよね……」

 

 しゅん、と肩を落とす。それに合わせるように、エルフ特有の長い耳もしょぼんと垂れた。

 彼女が特別扱いされてしまう理由のもう一つはそれだ。ハーフエルフ、エルフの血が混ざっていることを証明するかのようなその耳は、もしバレてしまえば大騒ぎになるであろう。

 とはいえ、その辺りは既に以前学院で数日過ごしているのである程度勝手は分かっている。まあちょっと緊張するな、程度だ。周囲の心配と比べて、本人は割とその部分は楽観的であった。

 共に数日学院で過ごした友人、オールエルフであるルクシャナが堂々とし過ぎていたのも拍車を掛ける。

 

「とりあえず、お友達を作らなきゃ」

「それがいい」

 

 年齢はともかく、自分達は学年が違うため常に一緒というのは難しい。充実した学院生活を送るには、やはり同学年の友人が必要なのだ。うんうんと頷きながら、タバサは目の前の紅茶を口にする。

 そうやって前に進む一歩が、更なる成長の糧となるのだ。柄になくそんなことを考えたりもした。

 

「ならばわたくしが入学するという――」

「はいはいアンリエッタ。仕事をしよう」

 

 勢い良く扉を開けて宣言しかけたアンリエッタは、即座に現れたウェールズによってお姫様抱っこで運ばれていった。ぱちくり、と目を瞬かせていたティファニアは、さっきのは一体何だったのかと首を傾げる。

 

「いつものこと」

「そっか。仲が良いのね」

 

 いやそれで納得するなよ。そう思ったが、訂正するのも何か違うような気がしたので、タバサは無言で頷くだけに留めた。

 そのまま暫し雑談をしていた二人だが、タバサがそういえばと声を上げた。どうしたの、と問うティファニアに、丁度ルイズが才人に説明したように新入生歓迎の舞踏会があるという話をする。魔道具で変装する特殊な舞踏会、そこで友達を作ればいいと彼女は述べた。

 

「え、でも変装しているんでしょ? 誰が誰だか分からないんじゃ」

「だからこそ。貴女の肩書とか、エルフだとか、そういうのを気にしない友達が出来るかもしれない」

「……そう、かな?」

「多分」

 

 そう言いながら、ちらりとタバサは視線を下げる。少なくとも、それに誘惑された唐変木共よりはきちんとした友人が出来るはずだ。そんなことを思いつつ、体を揺らしながら悩むティファニアに大丈夫だと言葉を続けた。

 彼女の弩級はゆっさゆっさと揺れていた。

 

 

 

 

 

 

 さて、そんな思い思いの日々を過ごした後は、新学期である。ルイズ達も三年生、来年はここを離れ何か別のことをやらなくてはいけない。三人揃ってバカをやるのは、今年が最後なのだ。

 などということは無いだろうな、と隣で紅茶を飲んでいるキュルケやタバサを見ながらルイズは思う。いっそどこかに屋敷でも構えて何でも屋でも開こうか、そんなことまで考えた。

 

「しかし、すげぇな」

「そうねぇ」

 

 ん、と才人とキュルケの言葉で我に返る。二人の視線の先には、前回より遠慮と自重のなくなった多数の男子生徒共に色々と世話をされオロオロしているティファニアがいた。大丈夫ですから、と言っても、その可愛らしい声色と表情、そして纏うオーラがそれを防いでしまう。なんといっても彼女はアルビオンの英雄、白の聖女なのだ。むしろそうするのが彼等にとっては当たり前だと思ってしまうほどで。

 

「涙目でこっちに助け求めてるんだけど」

「今からそんなじゃ潰れちゃうわ。今の内に慣れておかないと」

「そうそう。むしろ誇るべきね」

「……そもそも、アルビオンでも同じことをされているんじゃないの?」

 

 視線をティファニアに合わせながら、向こうに聞こえるようにタバサは述べる。それを聞いた彼女はひう、と体を震わせると、ふるふると首を横に振った。ああ成程、とそれで四人は大体察する。基本大人しめで引っ込み思案な性格上、いきなりだと駄目なんだな、と。

 ちなみにその動きに合わせて胸はばるんばるんと揺れていた。

 

「あ、もう一つ理由分かったぞ俺」

「わたしも分かった」

「あたしも」

「……男って、バカばっかよね」

 

 男子生徒の視線は彼女の胸部に注がれていた。まあ仕方ない、と思う才人と違い、女性陣はどちらかというと軽蔑の眼差しだ。ちなみに度合いの強さはキュルケがそこそこ、ルイズとタバサは大分、である。

 はいはいそこまで。そんな言葉が食堂に響いた。いつの間にかやってきたマチルダがひしめき合う男子生徒を掻き分けティファニアへと近付いていく。ついに現れた救世主に、彼女の顔はほころんだ。

 

「マチルダ姉さん!」

 

 うわーん、とティファニアはマチルダに抱きつく。よしよし、とマチルダはそんな彼女を優しく抱き締め、帽子越しにその頭を軽く撫でた。微笑ましい姉妹の姿であった。

 が、男子生徒はそんな二人を見てどう思ったか。それはここで語るまい。

 

「胸の大きな美女が二人抱き合う。素晴らしい芸術だ!」

「黙ってろよウスラバカ」

 

 思い切り語ってしまったフリルシャツの友人を見ながら、才人は思い切り溜息を吐いた。

 

 

 

 

 そんな光景を面白く無さそうに眺めている女生徒が一人。金髪のツーテールを揺らしながら、しかしそれを口には出さずに仕舞い込んでいた。あれだけチヤホヤされていて何が不満なのだ。喉まで出かかったそれを飲み込み、彼女は代わりに溜息を吐いた。

 何だちくしょう、こっちだってれっきとした独立国だ。カップの紅茶をグルグルと混ぜながら彼女は独りごちる。立派な騎士団だって持ってるし、お金だって山ほどある。トリステイン王家と親類関係でもあるんだぞ。そんなことを考えながら、渦巻いている紅茶を飲み干した。

 

「……はぁ」

 

 分かっているのだ。それらは大抵あの聖女にとっても当てはまるということに。アルビオンの次期君主候補で、騎士団なんか当たり前のように持っていて、当然ながら資産持ちで、アンリエッタとウェールズの従妹。自分が彼女に威張り散らせる部分は一つもない。

 ならば、それ以外はどうだ。肩書ではない、自分自身。彼女は己の可愛らしさには自信があった。大公の愛娘として蝶よ花よと育てられ、容姿も恵まれた。地位もある、顔もある。パーフェクトだ。

 

「虚しい……」

 

 そんな自分のプライドを粉々に打ち砕くあの聖女である。何だよあれ、美人な上にあの胸。全然膨らまない自分のこと馬鹿にしてるのかこんちくしょう。口を開け叫びかけ、マズいと彼女は誤魔化すように息を吸った。

 盛大に吸い込んだ息を、溜息として吐き出す。自分はこんな思いをするために学院に来たわけじゃないのに。そんなことを考え、更に気分が落ち込んだ。ならそもそも何のために来たのかと言われれば、箔をつけて在学中好きなように威張り散らすためだという割とどうしようもない理由なのだが、その辺りのことは既に彼女は忘却の彼方である。

 ああもう帰ろうかな。そんなことを思いながら、彼女はメイドを呼び紅茶のおかわりを持ってくるよう告げた。かしこまりました、とティーポットを取りに向かう黒髪のメイドを視線で追いながら、彼女は頬杖をつき目を細める。

 そういえば、明後日は舞踏会があるらしい、ということを思い出した。仮装し、身分も何もかもを隠す舞踏会。普段ならば下らないと一笑に付すそれだが、今のような気分ではそれも悪く無いと思うようになっていた。

 

「舞踏会なら、わたしも、あの娘も」

 

 条件は同じだ。どんなものにも惑わされず、本当に素晴らしいのはどちらかが証明出来る。

 そう考えると俄然やる気が出てきた。確か自身の理想となる姿に変わるという話だが、ならばきっと自分はこのままか、あるいは少し成長した程度に違いない。そんなことを一人結論付け、沢山の男子生徒にチヤホヤされる自分を想像し思わず笑みをうかべた。

 これだ。これなのだ。そういう状況にならねば、嘘なのだ。

 

「そう、この、ベアトリス・イヴォンヌ・フォン・クルデンホルフこそ、皆の視線を一心に受けるに相応しいのよ!」

 

 拳を握り、一人気合を入れる。待ってろよ白の聖女、わたしが参ったと言わせてやるからな。そんなことをのたまいながら、彼女は勢い良く席を立った。

 そうと決まればまずは準備だ。何を準備するか分からないけど。

 

「おーっほっほっほ!」

 

 謎の高笑いを上げながら、ベアトリスは食堂を後にする。幸いなのは、そんな彼女の奇行を別段誰も見ていなかったことだろうか。あるいは不幸にも、そこまで気にされなかっただけなのかもしれない。

 

「どうやら今年も変人枠があったみたいですね、ルイズ様」

「何の話よ。ていうかシエスタ、アンタさりげなくわたしのこと変人枠扱いしたわよね」

「いえ、滅相もない。さりげなくではありません、思い切り堂々とです」

「尚悪いわ!」

 

 どちらにせよ、紅茶を運んでいた黒髪メイドの少女、まあつまりシエスタがそれを見てとても失礼な感想をルイズにのたまっている以上、彼女の前途は多難であろう。




もったいぶっといてベアトリスの出番は無いかもしれない。

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