ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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別に話は進まない。

あ、若干シモいです。


その2

「最近サイトが変なのよ」

「え?」

「え?」

「……ま、アンタ達には分からなかったんでしょうけど。わたしは使い魔と主の絆ってやつで――」

 

 違う、そうじゃない。と二人は思い切り叫びたかったが既のところで飲み込んだ。自分達が驚いたのはそこじゃないと声高に主張したかった。

 今更何言ってんだこいつは。そういう意味での「え?」であった。

 

「る、ルイズ?」

「何よ」

「それで、どんな風に変なのかしらぁ?」

「どんな風って……そうね、いつも以上に抜けてて、わたしとの訓練もどこか上の空で。なーんかギクシャクしてるのよね」

 

 うん、知ってる。そう言いたいのをキュルケとタバサは必死で我慢した。

 コホン、と咳払いをしたキュルケに続くように一瞬視線を逸らしたタバサが、今度はルイズに問い掛ける。それで、心当たりは何かあるのか、と。

 

「それが分からないのよ。一体アイツ何があったのかしら」

「何でよ!?」

「うわ、びっくりした。何いきなり叫んでるのよ」

「……あ、うん。ごめんなさい。あたしがバカだったわぁ……」

「キュルケ……」

「うん、タバサ。大丈夫、大丈夫よ」

 

 二人で何か見えない絆を確かめ合っているのを眺めながら、ルイズは何やってんだあいつらと首を傾げる。いきなり叫ぶし、いきなり落ち込むし。何か悩み事でもあるのだろうか。そんなことまで考えた。

 原因は自分であるということを全く理解していないのであった。才人が現在挙動不審であることも、その理由も。この二人は分かり切っているということを、彼女はとんと存ぜぬのであった。

 

「ね、ねえルイズ」

「何よ」

「あなたこの間、サイトとデート、したわよね?」

「ええ、そうね。……そういやアンタは罰受けてないじゃない」

「あなたが見てないところでちゃんと受けたから安心なさい。それよりも」

 

 そのデートはどうだったのだ。キュルケはとりあえずそう尋ねた。この答え如何で直球でツッコミを入れるか、色々諦めるかを決めるためだ。

 さて、それを問われたルイズ嬢であるが。別段何か考えることもなく、あっけらかんと答えを述べた。楽しかったわよ、とあっさり言い放った。

 

「そうよね!? 楽しかったわよね!?」

「な、何食い気味に念押ししてるのよ……」

「いいから! それでその時、サイトはどうだったの?」

「どう、って……。何が?」

「あーもうダメだこの脳筋娘!」

「救いようがない」

「何なのよいきなり!?」

 

 突然ガシガシと頭を掻きむしり始めた悪友に、ルイズは思わず引く。が、そんなことお構いなしとばかりに彼女の肩を掴んだキュルケは、目をクワッと見開き穴が空くほどルイズを睨んだ。

 隣のタバサは、正直そんなキュルケを怖いと思った。つい先程まで同意していたにも拘らず、である。

 

「男として! 彼を、見て、どうだったのかと聞いてるのよぉ!」

「……は?」

「キュルケ、どうどう」

「冷静でいられるかぁ!」

 

 これを見ろこれを、とキュルケは質問の意図を汲み取れず首を傾げるルイズを指差す。何でデートしてあれだけいい雰囲気になったのに三日も経たないうちにこうなるのだ。あくまで野次馬の一人でしかなかったタバサに向かい、彼女はそんなことを熱弁した。

 

「でも、ルイズにはワルド子爵がいるし」

「婚約者がいるのに別の男に惹かれてしまう、それがいいんじゃないのよぉ!」

「……あ、うん」

 

 どうやらこっちはこっちで駄目だったようだ。キュルケのその言葉を聞いて少しだけ距離を取ったタバサは、何かを諦めたように溜息を吐いた。これは多分ルイズの方がまだマシだ。何故かそんな結論まで出してしまった。

 視線を暴走し始めた親友から悪友に戻す。ルイズ、とその悪友の名前を呼び、こちらに向くのを確認してから言葉を紡いだ。

 

「それで、今サイトは何を?」

「さあ?」

「……様子が気になるのに、何も把握していないの?」

「……そういやそうね」

 

 やっぱりどっちも駄目かもしれない。タバサはそう結論付けた。

 

 

 

 

 

 

 じゃあ、出かけてきます。そう言って学院を出て行く才人を、ルイズは目で追いながら背後にいる二人に合図を送った。コクリ、と頷いたキュルケとタバサはそんな彼女の横につき、それでどうするのかと問い掛ける。

 

「尾行しましょう」

「今更感あるけど」

「わたしは使い魔の自主性を重んじるご主人様なの」

 

 ふん、と鼻を鳴らすルイズを見ていると、ああもう本当に『使い魔』として大事にしているんだなと思ってしまう。果たして本当にそうなのかは別として。この三人の中で現状一番まともな思考をしていると自負しているタバサはそんなことを考えつつ、とりあえず追い掛けるためにシルフィードを呼び寄せた。

 

「サイトを追って」

 

 きゅい、とひと鳴きしたシルフィードは三人を乗せて飛び上がる。馬と竜では明らかにスピードが違うために彼女にとってはほぼ滞空しているも同然であったが、そこに別段文句を言わない。言っても無駄だからだ。

 そして何より。

 

「お姉さまもやっぱりサイトが気になるの?」

「……いや、わたしは別に――」

「え!? 何!? タバサもサイトを!? 複雑に絡み合っちゃうのぉ!?」

 

 余計な奴に火が点いた。げんなりした表情でキュルケを一瞥したタバサは、違うと一言述べシルフィードの頭をぶん殴る。全力のその一撃で墜落しかけるシルフィードであったが、高度の関係で何とか持ち直し尾行対象にも気付かれずに済んだ。

 

「危ないのね!」

「誰のせいだと」

「シルフィのせいじゃないのは確かなのね。そこの色ボケが悪いわ、きゅい」

「何だか最近口悪くなったわねぇ……」

「主人の影響ね」

 

 キュルケとルイズのその言葉でジロリと二人を睨んだタバサであったが、不満そうに顔を顰めると何も言うことなく持ってきていた本を開く。今こうやって気付かれずに尾行出来ているのは誰のおかげだと思っているんだこのノータリン二人。そんな言葉が出掛かり、二人の言っていることを証明してしまうのを避けたのだ。

 全部とジョゼフとシャルルとその他諸々のガリアの連中が悪い。そう結論付け、ガリアへと戻っていった伯父と父親は今度殴ろうと心に誓った。

 そんなハプニングはあったものの、才人を追跡する一行は特に問題なく王都へと到着し。人型になったシルフィードと共に今度は徒歩で彼の後を追うこととなったわけだが。

 

「……チクトンネ街ね」

「そうね」

「そういうお店がある場所」

「そうね」

「サイト、発情してるの?」

「……そうね」

 

 なんとも言えない表情でそう返したルイズは、『天使の方舟』亭に入っていく才人をジッと眺めていた。あの場所は昔酔っ払った父親やその親友である三馬鹿の一人から聞いたことがある。紛れも無く『そういうこと』をするための宿屋だ。

 そこに彼が入っていった。となれば、何をしているのかなど悩むまでもない。

 

「ひょっとして、最近ずっと通い詰めなのかしら」

「……」

 

 何かを想像したのか、キュルケの言葉にタバサは顔を赤くして彼女の頭をポカポカと叩く。別にいいじゃないの、あの年齢なら普通よ。そう言いながらタバサを宥めたキュルケは、それでどうするとルイズに問うた。このまま彼が出てくるのを待つか、それとも。

 

「ま、でも。サイトの様子がおかしい理由はこれで分かったんじゃない?」

「え?」

 

 肩を竦めるキュルケの方へと振り向く。何でこれで分かるのか。そう言わんばかりの表情で振り返った彼女に向かい、キュルケはだってそうでしょうと指を突き付けた。

 

「溜まってたのよ」

「た、たたた、たま、たまぁ!?」

「直球」

 

 クスクスとキュルケは笑う。ほら考えてもごらんなさい、と生徒に講義をする教師のごとく、彼女は向こうの入り口を差し、そしてルイズに再度指を突き付けた。

 女の子と一緒に生活している以上、そういうことをどうにかするための手段はどうしても必要。だが、その当てがない。となれば、溜まっていくのも当然だ。

 

「い、いい今までそういう素振りなんか全然」

「彼はああ見えて紳士だし、見せないようにしてたんじゃないかしらぁ」

「……」

「と、いうことは今は」

「限界だったんでしょうねぇ。ルイズがやらせてあげないから」

「な、ななな何てことを口走ってんのよ!」

「……」

「あらぁ? 使い魔のケアはご主人様の役目でしょぉう?」

「どこの世界に使い魔のケアで純血散らすメイジがいるのよ!」

「別にそれ以外でもあるでしょう? ほら、手とか、口とか、後……口とか」

「今露骨に胸から視線逸しやがったなこんちくしょう」

「……」

 

 駄目だこいつら。タバサはそう結論付けた。

 とはいえ、確かにキュルケの言っていることも一理ある。今まで子供のように楽しんでいたとはいえ、やはり彼は年頃の男。この間のデートでそのことを思い出してしまったとしてもおかしくはない。

 その結果として娼館通いになるのはちょっとどうかと思わないでもなかったが、まあ所構わず女性に手を出してお縄に付くよりはよっぽどいいだろう。うんうんと頷くと、ついていけないといった表情を浮かべていたシルフィードと共に再度視線を『天使の方舟』亭の入り口に向けた。

 

「ねえお姉さま」

「何?」

「こんな場所に行かなくても、案外サイトが頼めば大丈夫な人いる気がするのね」

「……男のプライドは、意外と大事」

 

 後多分そういう人達は都合のいい女にはなりたくないと思う。そう続けつつ、何言ってるんだ自分はと思わず頭を抱える。後ろの二人の空気に自分も若干当てられたらしい。タバサはそう思い込むことにした。

 と、その時である。入り口の扉が開き、一組の男女が外に出てきた。女性は少しだけくすんでいるような銀髪と悪い目付きが特徴の少女。そして男性は。

 

「さて、と。じゃあ今日はどこ行こうかな」

「別にどこでも構いません」

「あー、まあ、そりゃそうか」

 

 ポリポリと頭を掻きながら黒髪の少年は少女を伴い歩みを進める。どうやら大通りへと向かうようで、その姿は言うならば。

 ちょっとあれ、とキュルケが先に気付いた。才人が娼婦らしき少女と共に街へ繰り出すのを視界に入れ、ルイズルイズと彼女の頭をペシペシ叩く。何するのよ、と眉を顰めたルイズも、キュルケの指し示す方を見て思わず目を見開いた。

 

「お持ち帰りってやつか? 小僧も隅に置けねぇな」

 

 ルイズの背中で大剣の鍔がカタカタと鳴る。その柄を思い切り握り締め鞘に押し込むことで強制的に黙らせると、彼女はゆっくりと足を踏み出した。

 追うわよ。短くそう言うと、残りの面々の答えを待たずにどんどん先へと進んでいく。

 

「あ、ちょっとルイズ」

「……ふぅ」

「お姉さまも大変なのね」

 

 そうは言っても、どことなく楽しそうなのでシルフィードは笑みを消さずにタバサの横へと並び、そしてそのままルイズの後を追った。

 

 

 

 

 

 

 自分でも何をやっているのだろうと思う。きっかけは『地下水』に似ているからというだけで指名して、そして肝心なところで尻込みしてそこに至ることなくデートの真似事をするに留まった。それで終わりにしておけばよかったのに、何故か再びここに訪れ、そして同じようなことを繰り返している。今日でもう一週間、いい加減エスメラルダも慣れたのか、今日も外に出るのかいと笑いかけてくる始末だ。

 

「どうしました?」

「あ、いや、何でもない」

「……つまらないのならば、無理に時間を使わずとも」

「そんなことはないって。俺、こうやって君と過ごすの結構楽しんでるんだぜ」

 

 笑みを見せる。そんな才人の様子を見た少女は、そうですかと短く返すと視線を彼から外した。一見すると素っ気ない態度だが、一週間も過ごせば何となく彼も分かる。向こうも案外楽しんでいるのだと。

 だから才人は笑みを消さない。今日は何処に行こうかと彼女の手を取って大通りをのんびりと歩いて行く。

 現在もまだ結婚祭は続いている。流石に国の要人の大半は婚儀を機に帰ったが、一部の大使は最後までこの祭に参加するので規模は保たれたままだ。だから街の大半は未だ様々なもので溢れている。人も、物も、何もかも。

 

「何故」

「ん?」

 

 そんな町並みを少女と並んで歩いていた才人は、彼女の声を聞いてそちらに振り向いた。珍しく、彼をじっと見詰めて、どうしてこんなことをするのだと問い掛けてくる。

 こんなこと、というのが何を指すのかなどと聞くまでもない。才人もそれを分かっているから、問い返すことなどせずに、しかし少しだけ迷うように頭を掻いて言葉を紡いだ。

 分からない、と。

 

「なんだろうな。最初は、そりの合わない知り合いと似てたからって理由だったけど。そんなことはもうとっくにどうでもよくなって」

「……」

「次に思ったのは、何だかつまらさなそうだなって。楽しくなさそうだなって。だからちょっとでも楽しんで貰えればいいかなって思って。で、まあそれは達成出来そうでよかったんだけど」

 

 後は、そうだな。そんなことを言いながら頬を掻き、そして思わず視線を背けた。今一体何を言おうとしていたんだ俺は。思い留まり、しかし向こうはそれでは納得しそうにない表情を浮かべていて。

 ええい、もうどうにでもなれ。そんな結論を出した才人は、こうなりゃヤケだと彼女を見詰める。見詰めて、そして、言い放つ。

 

「笑ったら、きっと可愛いんじゃないかなって、思ったんだ」

 

 いつになくビックリしたような表情を浮かべた少女を見て、ああやっちまったと彼は後悔したとか何とか。

 




ルイズ「主人の目の前で使い魔が娼婦を口説き始めた」

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