ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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前回の話の相手が相手だったので、今回のルイズはほぼ無双状態。


その3

 騎士は目の前の平民を這い蹲らせようと呪文を放つ。が、それをステップで躱し、ゲンナリした表情を浮かべながらその平民は剣を振るった。相手の杖と彼の剣がぶつかり合うが、拮抗することなく杖が衝撃に負け砕け散る。返す刀で相手の意識も吹き飛んだ。

 どさりと倒れる相手を一瞥し、その平民、才人は大きく息を吐いた。何か前にもあったぞこの状況。そんなことを呟きながら、後ろで観客となっている少女二人をジロリと睨む。

 

「ん? 何よサイト、バテたの?」

「そりゃ何だかんだで腕自慢揃ってるからな。疲れるっての」

「だらしないわねぇ」

 

 お前が特別なんだよ、と言いたいをのグッと堪えながら、才人ははいはいすいませんでしたと肩を竦めた。そういうわけなんで、そろそろ交代してくれ。そう続け、ルイズと『地下水』を交互に見やる。

 まあいいか、とルイズは頷き一歩踏み出そうとして、彼の向こう側に視線を向けた。どうやらその前にまだ一戦お誘いがあったようだ。そう判断した彼女は、こちらを向いていた才人に振り向くよう促す。

 何だよ、と振り向いた才人は、苦笑しながらこちらに歩いてくる相手を見て目を見開いた。トリステインの紋章を付けたマントを纏う青年は、以前彼が見たことのある顔で。

 

「あ、お前はあの時の!」

「そうだよ、伝説の再来。……流石に名前は覚えていないか」

「お前だってその様子だと忘れてるだろ」

 

 そうだね、と金髪で小太りの若い騎士は笑った。でも、君の強さははっきり覚えている。そんなことを言いながら、しかし杖を抜くと真っ直ぐそれを突き付けた。

 

「お疲れのところ悪いけど、ぼくと一戦、やってもらうよ」

「……ああ、いいぜ。あの時は戦わなかったしな」

「しょうがないさ、あの時のぼくは吟遊詩人に転職を考えていたからね」

「……今は?」

「君と戦い箔を付け、騎士見習いを脱却する!」

 

 行くぞ、と彼は杖に精神力を込めた。来い、と才人は剣を持つ手に力を込めた。

 

「トリステイン竜騎士見習い、ルネ・フォンク。いざ!」

「才人。脳筋メイジの使い魔だ」

「おいこら使い魔」

 

 背後のルイズの声を右から左に聞き流し、才人は一気に間合いを詰めた。軽口を叩いたものの、疲労は馬鹿にならない程度には溜まっている。長引けば不利になりかねない。そう判断しての先手必勝。

 だが、ルネもそれは承知であったらしい。あの時の戦いと今の立ち回り、それらを総合し、真っ先に懐に飛び込むと予想を立てたのだ。唱えた呪文はエア・ハンマー、発射地点は自身の目の前。場合によっては自分だけが吹き飛んでしまう無謀ともいえるそれは、驚愕の表情で吹き飛んでいく才人を見て成功だと彼に確信させた。

 

「やったか!?」

 

 思わず破顔する。あの男に一撃を食らわせることが出来た、彼にとってはそれだけでも自身を褒めたくなる出来事なのだ。それに加え、まさかのクリーンヒット。疲労の蓄積しているところにあれを食らえば、流石の伝説といえども倒せるはず。

 その考えは即座に否定された。空中で体勢を立て直した才人が、着地と同時に再度突っ込んできたのだ。一瞬の勝利に浸っていたルネは、二撃目の呪文を唱えているはずもなく。

 

「俺の国のお約束ってやつでな」

 

 杖を切り飛ばし、柄を腹にねじ込んだ。かは、と息を吐き、最後の詰めをしくじったルネはゆっくりと倒れていく。そんな彼を見ながら、才人は自慢気に胸を張った。

 

「お前のセリフは、言ったやつが大抵負ける!」

 

 訳が分からない。そんなことを思いながら、彼の意識はゆっくりと遠のいていった。

 

 

 

 

 

 

 才人は膝から崩れ落ちた。溜まっていた疲労が限界を迎えた――わけではなく、よしじゃあ交代、と戻ってきたところをルイズに殴り飛ばされたためだ。理由は言うまでもない。

 暫くサイトは休んでいるみたいだから、とそんな倒れ伏し動かなくなった才人を見ながらルイズは述べる。『地下水』を見て、さてどうする、と彼女は笑みを浮かべた。

 

「ルール上、今現在の勝者はわたし達の陣営よ。で、これからは、もう一度会場を空白にするか、それともこの状態を継続させるか」

「別に貴女が行けばいいでしょうに」

「それでもいいけど、暴れ足りないんじゃない?」

「……ご心配なく」

 

 別にそこまで血に餓えた獣のような性根は持っていない。そんなことを思ったが、口には出さなかった。倒れているこの男と違い、自分はその辺は自重出来る。じゃあ行ってくる、と腕をぐるぐると回しているルイズを見送りながら、彼女は追加でそんなことも考えた。

 

「さて」

 

 流石にここで倒れたままというのは見栄えが悪いだろう。そう思った『地下水』は才人を持ち上げ、少女の座っている場所まで運んでいく。この辺でいいか、と彼を横たわらせると、さてどうしたものかと中央を見た。

 人が飛んでいた。相手の攻撃を大剣で受け止め、カウンターで弾き飛ばす。そんな攻撃の結果生まれた産物であった。相手の呪文を防いでもビクともしないその武器は、彼女の動きも相まってまるで御伽噺の聖剣のようで。

 

「とりあえず、武器の評価は問題なさそうですね」

 

 あれなら実際竜も倒せそうだ。と『地下水』は肩を竦めた。騎士の放った火球を剣の一振りで掻き消し、武器を掲げて笑う様は正に。

 豪傑、という言葉が一瞬浮かび、違う違うと頭を振った。先程からどうも彼女の評価が物騒だ、と『地下水』は肩を落とし溜息を吐く。先程のルイズの言葉ではないが、自分も少しは体を動かし気分転換をするべきかもしれない。そう結論付け、彼女はゆっくりと立ち上がった。

 どうしました、という少女の言葉に、この剣も見せなければいけないでしょうと彼女は微笑む。

 

「ん? どうしたの?」

「交代、お願い出来ますか?」

 

 いいわよ、とルイズは笑いながら『地下水』の肩をポンと叩いた。じゃあちょっとサイト見てるから、と拍子抜けするほどあっさり彼女は出番を譲った。

 逃げるな、と左右の腕自慢の騎士達から野次が飛ぶ。はいはい、とそんな悪口をルイズは聞き流していたので、次第に交代した『地下水』へと標的は変わっていった。

 剣士とメイジは百歩譲って分かるが、メイドが何でこんな場所にいるのか。大体そんなようなことを口々に呟いていた観客は、騎士達が嘲笑うような視線を『地下水』に向けたことでああそうなのかと納得した。つまり、彼女は数合わせに用意され、向こうの気紛れによりここで嬲られるのだと。

 一人の騎士が、中央で佇む灰髪のメイドに声を掛けた。命のやり取りをするようなものではないとはいえ、危険であることには変わりない、悪いことは言わないからすぐに去れ。そう述べ、追い払うように手をヒラヒラとさせた。

 

「ご心配なく。貴方程度ならば何も危険はありませんから」

 

 そんな騎士への返答はあからさまな挑発。当然のように顔を歪めた騎士は、平民のくせにと杖を突き付けた。『地下水』はそんな男を見て、やれやれ、と肩を竦める。そうやって見た目で判断していては、いつまで経っても下級騎士のままですよ。そう追加で挑発をし、こんなものかと腰のショートソードを抜き放つ。

 

「始めましょうか、噛ませ犬」

 

 激高した騎士はすぐさま呪文を唱え、放つ。手加減などしてないかのような火球が『地下水』へと飛来し、観客はあれはまずい、と目を逸らした。若く、見た目も悪くないメイドの少女が燃え上がり消し炭になるような光景は、特殊な趣味でも持っていない限り見たいものではないからだ。

 どうしたものか、と『地下水』は考えた。とりあえず自身の呪文で火球は消したものの、これではまるで剣を使っていない。この試合の目的が精錬された武器を証明することである以上、それでは何の意味もなくなってしまう。

 と、そこでふと気付き右手の小剣を見た。インテリジェンス・ナイフである自分は、呪文を唱える際触媒となるのは当然のごとくナイフである自分自身。そうでない場合、宿主がメイジならばその杖を使用することも可能だ。だが、今何の気なしに放った呪文はナイフからではなく。

 

「……この剣、簡易的な杖代わりになるんですか」

 

 剣杖や、デルフリンガーのように杖の用途を柄に仕込んでいるわけでもなく。極々普通の剣として精錬したものが、杖となる。その事実に気付いた彼女は、思った以上に凄腕のようですねと苦笑した。問題があるとすれば、一振り作るだけでも結構な時間が掛かることだろうか。

 

「っと、いけないいけない」

 

 メイドが呪文を使う、という光景を目にして動きを止めていた目の前の相手が我に返るのもそろそろだ。観客もこちらが消し炭になっていないことに気付けば再度視線を戻すだろう。その前に、とりあえず片付けなければいけない。

 とん、と踊るようにステップを踏んで間合いを詰めた『地下水』は、流れるような動きで騎士の杖を弾き飛ばした。己の手にあるはずのものが無い、ということに騎士が気付いた頃には、既に喉元に剣が突き付けられていて。

 

「申し訳ありません。私、貴族ではありませんがメイジなのです」

 

 だから名乗るほどのものではない。そんなことを続け、騎士の降参を促した。勿論首を横に振ることなどなく、参った、と男は項垂れる。

 ご苦労様でした。そう言って男を軽く押すと、『地下水』はスカートの端を摘みペコリとお辞儀をした。

 

 

 

 

 

 

「胴元、逃げないようにしておかないといけないわねぇ」

「持ち逃げは許さない」

 

 ニヤリ、と悪人らしい笑いを見せた二人の観客、キュルケとタバサは、悲喜こもごもの歓声を聞きながら移動を開始していた。述べた通り、賭け金を徴収しようという腹積もりだ。

 ほどなくして先程の男を見付けた二人は、しかし近付こうとして動きを止めた。シュペー卿の子息である長兄と次兄が、胴元の男に何かを言われている。タバサ、というキュルケの言葉に彼女はコクリと頷き、呪文によって会話を拾った。

 どうやら回収した賭け金の一部をそちらにも回すから、何としてでも向こうの三人を倒して欲しいという懇願らしい。言われた方も若干呆れ気味で、しかし言われずともそのつもりと二人は未だ健在である自分の武器の使い手を見やる。長兄も次兄も、妹の用意した使い手を倒せば跡継ぎ間違いなしと己を奮い立たせた。そして騎士達も、あれを倒せば間違いなくシュペー卿と太いパイプが出来るということで皆揃って気合を入れている。

 その中で一人、どうも雰囲気に乗り切れていない男がいるのにタバサは気が付いた。そして、それが顔見知りだということも。

 

「カステルモール」

「ん? ……おお! シャルロット様!」

「声が大きい」

「はっ、申し訳ありません」

 

 タバサの声にすぐさま反応したその男、カステルモールは頭を垂れ、彼女へと近付いた。そして、どうされたのです、と聞こうとした彼は、しかしすぐに口を閉じ頭を振った。あそこに彼女がいるのだから、この御方がいないはずがないだろう、と。

 

「何やってるの?」

「見ての通りです。シュペー卿の跡継ぎを決める催し物に、参加しているのですよ」

「……それで、どうして彼についたの?」

 

 あの三兄妹の武器の出来は、既に誰が見ても一目瞭然。だが、それはあくまで結果論であり、ここに至るまでは色眼鏡や評判などで違ったであろうこともまた、経緯を見れば一目瞭然。

 が、しかし。この男はそんなことで騙されるような男ではない。少なくともタバサはそう思っていた。

 

「確かにあの少女の武器の出来栄えは予想外ですが、しかしこちらを選んだのにもちゃんと理由があります」

 

 曰く、軍などで正式採用をするには数がいる。となれば、高品質を安定して錬金出来る者が継いでくれた方がありがたい。そういうことらしい。

 

「成程。……と、いうことは?」

「こちらも、全力で御相手させていただきます」

 

 ふ、とカステルモールは笑う。当たり前だが、タバサは向こうを応援しているという前提の下での会話だ。そのことについて指摘するものは、誰もいない。

 

「ただまあ、その前に」

 

 他の者が倒してしまうかもしれませんが。そう言って、カステルモールは視線を次兄の騎士達に向けた。そろそろ出番かな、と微笑を湛えている男が、普通とは少し違う杖を手の中で弄んでいる。長い黒髪が額で左右に分けられている、優しげな風貌のロマリアのメイジらしい。

 

「聖騎士? こんな俗っぽい催しによくもまあ参加するものねぇ」

「それだけ魅力的なのでしょうな、錬金魔術師シュペー卿とのパイプは」

 

 陛下達のお言葉ではないですが、ロマリアの坊主共も俗物なことで。そう続け肩を竦めたカステルモールは、お手並み拝見といきますかと視線を向こうへ固定させる。その姿勢のまま、出来るのならこちらで観戦をして頂ければ、とタバサに告げた。

 

「ん。まあ、あの胴元の監視もあるし」

 

 どこで見ていてもまあ結果は変わらんとタバサは頷く。そうね、とキュルケもそれに同意し、長兄側の観客へと相成った。

 さて、そんな次兄の武器の使い手であるロマリアの聖騎士であるが。『地下水』が三人ほどを屈服させた辺りでゆっくりと前に出た。四人目が軽くあしらわれ転がされるのを眺めながら、顎に手を当てふむ、と頷く。

 

「いやいやお嬢さん、実に素敵だ。だが、女性はお淑やかな方が輝く。どうだろう、この辺りで引いてもらえないでしょうか?」

 

 芝居掛かった口調でそんなことを言いながら、聖騎士は更に前に出る。こういう場所で戦う輩は、我々のような男こそ相応しい。そう続け、彼女の後方を指差した。

 指し示したそこ、未だに気絶している才人をちらりと一瞥した『地下水』は、何が言いたいのかと肩を竦める。向こうの言いたいことは分かっているが、それでも敢えてそう問い掛ける。

 

「あの平民の男、戦う資格を持っているのは彼だけさ」

 

 分かるだろう? と聖騎士は柔らかい口調で語りかけたが、生憎『地下水』にとっては虫酸が走るだけである。あからさまに嫌そうな顔を浮かべると、視線を逸らし鼻で笑った。

 

「寝言は寝てから言いなさい聖騎士。大体あの馬鹿は今主人のお仕置きを受けて気絶していて戦えません。見れば分かるのにわざわざそう言う理由は、一つですね」

 

 分かるでしょう? と『地下水』は最後をわざとらしく柔らかい口調で語りかけた。それにピクリと反応した聖騎士は、どうやら少し貴方には信心が足りないようだと頭を振る。

 当たり前だ、と彼女は思う。自分はナイフ、そんな信仰など持っているはずがない。口には出さないが、そんなことを考え小さく笑った『地下水』は、それで足りないならどうするのですかと彼に問うた。

 

「そうですね……少々強引に教えて差し上げる、というのは?」

「……出来るものなら、どうぞご自由に」

 

 その言葉を皮切りに、聖騎士は中央へと歩み出た。持っていた聖杖を構え、そこにブレイドの呪文を掛ける。倍ほどの長さになったその得物を、ひゅんと軽く一振りした。

 聖騎士はカルロという己の名、始祖への信仰、そしてロマリアの教皇への尊敬の念を大仰な身振り手振りで語る。そして、そちらの名前も教えて頂きたいと笑みを見せた。

 

「……名乗るほどの者ではありませんよ」

「催し物とはいえ、これは決闘。それも出来ないのに、ここに立つと?」

 

 今までの会話からすれば、名乗らなければそれを理由に失格だと言い出すつもりだろう。そう判断した『地下水』は、しかしそのまま名を名乗るわけにもいかずどうしたものかと暫し顎に手を当てた。自身の主であるジョゼットはそれでも笑って許すであろうが、これはどちらかというと正体不明のメイジという己のプライドの問題で。

 

「――カ」

「ん?」

 

 仕方ない。まあ本物がこれで迷惑を被ることも無いだろうと結論付け、『地下水』はその名を名乗ることにした。

 念の為、とポケットから出したリボンで髪の左右を軽く縛り、ツーサイドアップのような髪型に変装を行ってから改めて小剣を構え直す。これで大丈夫だろう、と悪びれることなくその名を口にする。

 

「名前を聞きたいのでしょう? 私の名前は、ラ――」




地下水ですよ?
別人ですよ?

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