とある科学の極限生存(サバイバル)   作:冬野暖房器具

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 4巻開始、あっさりとしてます。

 原作とそこそこに被ってますのでご了承下さいませ。


 ※一部過激な描写があったりします。苦手な方はすいません。




057 虚構世界のインベーダー 『8月28日』 Ⅱ

 最初は世界が、上条当麻という人間に喧嘩を売っているのだと思った。

 

「おはよー、おにーちゃん」

 

 太平洋沿岸に位置するオンボロ旅館。とある事情で学園都市を追い出された自分の下へ、何故か御坂美琴が気持ち悪い妹キャラでやってきた。

 

「あら、当麻さん的には母さん年よりも若く見えるのかしら?」

 

 食欲の化身たるイギリスの白い悪魔は、『まだむ』で『とれんでぃー』な『まどもあぜる』キャラ。上条当麻の母親である上条詩菜を名乗り。

 

「こら、当麻。母さんに対してその態度は何だ」

 

 上条当麻の父親を名乗る男、上条刀夜はその悪ふざけに便乗。

 

「とうま、朝からテンション高いけどなんかあったの?」

 

「んぎゃああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 そしてそこへトドメとばかりに。イギリスの小悪魔は進化の矛先を明らかに間違えていた。もはやこの変化は名前の言及すらしたくない。小さい女の子という免罪符は虚空の彼方へと消え去り、上条当麻の知り合いの中で一番の変態が、その本性を表していた。

 

「ふ、ふふふふ……いいぜ、てめえら。俺がただやられっぱなしで終わる男だと思ったら大間違いですのことよ。朝っぱらから踏みにじられた上条さんの心の平穏のツケを払ってもらう。その悪ふざけをまだ続けるってのなら、まずはそのふざけた幻想を───!!?」

 

「あー、お連れのお客様がいらっしゃったようですねぇ。ようこそ、『わだつみ』へ」

 

「……いらっしゃーい」

 

 激昂し一矢報いてやろうと奮起した上条当麻を、意識の隙を突くような一撃が襲った。まるで青髪ピアス(トドメの一撃)をあざ笑うかのように。旅館の主人と女将さんが、ステイル=マグヌスと御坂妹へと変貌を遂げていたのだ。

 

 どうやら世界は喧嘩を売ってきているわけではなく、上条の知らぬ間にひっそりと壊れてしまったらしい。いや、あるいはこの場合。壊れているのは───

 

 そこで、上条当麻は考えるのをやめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……不幸だ」

 

 天気は晴天。夏場にしては若干シーズンが終わってしまった浜辺に一人、上条当麻はたたずんでいた。

 

 事態は一ミリも改善していなかった。混乱し過ぎて周回遅れを引き起こしている上条当麻は完全に置いてけぼりにされ、海で遊びたいという御坂美琴(妹成分増量中)のオーダーに言われるがままに浜辺にパラソルを打ち立てて今に至る。

 

 パラソルの陰に隠れる上条当麻と、照りつける陽光の元にはしゃぎ続ける御坂美琴。二人の置かれた状況は端的に、彼らの心境を表しているかのようにも見えた。

 

(最初はドッキリかと思ったけど、流石にステイルと御坂妹はなぁ……って事はやっぱり俺がおかしいのか? まさか記憶喪失に続いて認識力まで……嫌だ! 流石にその可能性を考えるのは後回しにしたい!)

 

 下手を打てば、あの世界3大テノールも真っ青な低音変態大男と学生寮で過ごさなければならなくなるという可能性。その地獄を、上条当麻は首を振り物理的に追い払う。

 

 自分は壊れてなんかいない。壊れてしまったのは世界のほうだ。そうでなくては困るのだ。

 

(……と、なると怪しいのは)

 

 上条当麻は自分の右手に目をやった。幻想殺し(イマジンブレイカー)。それが異能の力であるならば、問答無用で打ち消してしまう摩訶不思議な右手。上条当麻だけが置いてけぼりを食らってしまうという状況の原因は、上条当麻だけが持っているモノに起因しているのではないか。そんな想像が、彼が出来る精一杯の抵抗であった。

 

「おう当麻、場所取りご苦労さん」

 

 思考にふける上条当麻の元へ、ざくざくと近づいてくる影があった。薄手のパーカーを羽織った、ビーチサンダルに海パン姿の中年の男。上条刀夜である。

 

「……場所取り、っても他に誰もいねぇじゃねえか」

 

「たしかに、こんなにいい場所なのになぁ。まぁ見方を変えれば、ここは俺達の貸切状態ってわけだ。実にラッキーじゃないか!」

 

 がっはっは、と笑う上条刀夜はなんだか無理をしているようにも見えた。もともとこういうキャラなのか。あるいは、どこか元気のない自分の息子をどうにか励まそうとしているのか。記憶のない上条当麻にはどうにも判断がつかない。

 

 でも悪い人じゃない。出会って間もないがそれだけはわかる。混乱した上条をたしなめようとして、妻である上条詩菜(インデックス)に上条が辛く当たったときはきちんと叱り、それでいてその時のわだかまりを微塵も見せず、今こうして近づいてきてくれる。これだけ見てもきちんとした大人だと上条は思った。

 

「貸切って言っても理由があるんだけどな。今年は巨大クラゲが大量発生とかなんとからしいけど」

 

「なに? それはまずいな。乙姫ちゃんには言ったのか?」

 

 上条刀夜は、遥か先でばしゃばしゃと水しぶきを上げるスクール水着の女の子のほうを見ながらそう呟いた。竜神乙姫(たつがみおとひめ)、現状上条当麻の妹を自称する、見た目はどうみても電撃ビリビリ娘(御坂美琴)である彼女の名だ。

 

「言ったけど聞く耳なし。まぁ昨日もインデックスが海に出たけど特に問題もなかったし、大丈夫じゃねーかな」

 

 というより、泳いでない上条当麻のほうが被害を被った。インデックスに帽子を拾ったと言われ、頭に被せられたのがソレだったのだ。

 

「そうか、でも気に掛けてやれよ当麻。あの子も今日はお前に会えるって楽しみにしてたんだからな。あの子の夏の日の思い出を輝けるものにできるかどうかは、お前の手腕にかかっているぞ」

 

「さらっとトンでもないものを押し付けるな! ってか、いまさらだけど何なんだよあの妹キャラは! 我が家の家系図に裏ルートでもみつかりやがりましたか!?」

 

「む、それは聞き捨てならないな。父さんは今でも、母さん一筋だぞ」

 

「そういう事を聞いてんじゃねーよ! いや、ある意味でそうなんだけども。話の主語をあのビリビリに合わせやがれ!」

 

 ビリビリ? と首を傾げる上条刀夜だったが、上条当麻の指先を見るにそれが竜神乙姫を示しているのだと察したらしい。

 

「ま、まぁ落ち着け当麻。お前が学園都市に入ってからも、乙姫ちゃんはずっとお前を気にしていたんだぞ? 幼稚園を卒業してから、ずっと顔を見ていなかったからなぁ。失ってしまった時間を、あの子なりに取り戻そうとしてるんだ。その想いに応えてやらなきゃ男がすたるってもんだろう!」

 

「……いや、あの妹キャラにこっちが合わせちまったら、それこそ取り返しがつかなくなっちまう気がするんだが」

 

 主に人として。そして完全なるとばっちりとして御坂美琴が尋常ならざる被害をこうむる気がする。アレはとりあえず見ないフリをしてあげたほうがよさそうだ。

 

「ん? おい当麻、母さんがきたぞー」

 

「え、ああ───な、ん」

 

 上条刀夜の言葉の先。その光景を見て、上条当麻は言葉を失った。

 

「うん、やはり似合うな。はっはっは、言葉もないか。それ見ろ当麻。こんな美しい女性に、父さんが無礼を働くわけもないだろう」

 

 とんでもなく無礼を働いてやがるじゃねーか、なんて言葉は上条当麻の口から出ることはなかった。

 

 その視線の先。とてとてとこちらへ向かう人影。目を凝らすまでもなく、取り返しのつかないインデックスがそこにいた。分類上、彼女が着ている水着はビキニと形容されるものである。だが本来ビキニとは『ヒモ』と『布』で形成されるべき代物だ。だが彼女の場合、そのヒモが透明な素材で構成されていた。つまりこの遠距離では、彼女は要所要所に布を貼り付けただけの状態に見えてしまうのだ。

 

 ゼロカロリーの炭酸飲料、なんてレベルではない。ビキニどころか、アレを水着として認めていいのか判断に困ってしまう。全裸以上水着未満。まず間違いなく、新たな天地を望んだ大馬鹿野郎が作った代物である。

 

 そしてソレを着ているのがインデックスなだけあって、その破壊力は考えた奴より更に上のステージに到達してしまっている。彼女の年齢を考えれば、この光景に効果抜群になってしまうのは少々犯罪的なのかもしれないが、上条当麻には関係ない。ハンドガンだろうが機関銃だろうが、とりあえず撃たれれば死ぬだろう。年頃の男の子にはそれくらいの違いでしかなかったのだ。

 

「な、んだあの馬鹿水着!? あんな物持ってなかったはずじゃ───」

 

「いやなに、女性と言うものは一度着た服を二度と着ないんじゃないかってくらいに服を買い込むからなぁ。最近はそれに便乗して、父さん好みの服をチョイスしているわけだ。母さんものりのりだし、実に楽しいぞ。お前も乙姫ちゃんで───」

 

「テメェが犯人かよ!! あんな犯罪のゴールテープにダイブかますような水着を買い与えやがって、一体何考えてやがる!?」

 

「はっはっは、まぁそう照れるな当麻。たしかにくだらないかもしれないが、これが意外と夫婦生活を円満に過ごす秘訣なんだぞ?」

 

「そうかい、じゃあ今度は牢屋で平穏に暮らす秘訣でも考えてろこのロリコン野郎ッ!!!」

 

 割と迷い無く、上条当麻は上条刀夜に背負い投げを決めていた。地面は砂浜なのでさしたるダメージもなく、上条刀夜の笑い声は止まらない。

 

「あら。あらあら。当麻さんたら、刀夜さんにまだまだ甘えたいお年頃なのかしら?」

 

 そしてようやく、とてとてと歩いていた全ての元凶。インデックスの姿をした誰かさんがご到着である。

 

「これが甘えてるように見えんのか! ってか、お前も自分の着る水着くらい選びやがれ! 完全に防御力皆無じゃねえか!! 今日びRPGの『あぶない下着』でももう少し面積あるわこの『歩く18禁』が!!」

 

「あらあら、あの下着は確かに面積はあるのだけれど。肝心な所が隠れてないのよねぇ」

 

「────っ!!!」

 

 その言葉は一瞬で上条当麻の脳内に侵入し、思考メモリの大半を奪い去っていった。インデックスの姿でそれを言うのは完全に反則である。上条ができる事と言えば、既に『どうぐ』欄にその装備があるらしいことに腹を立て、浜に横たわる上条刀夜を踏み付けることだけであった。

 

 

 そして直後に、異変が起きた。

 太平洋沿岸、上条一家のいる浜辺の延長線。はるか遠くの浜辺に『何か』が落ちたのだ。

 

 まるで天から地を切り裂く一本の剣。着弾点を中心にアリ地獄のようなクレーターが完成する。そして失われたモノは空へと舞い上がり、膨大な砂が当たり一面に降下していった。

 

 音はなかった。おそらくそこが浜辺であった事が原因だろう。着弾と同時に地面が少し揺れる程度で、衝撃もそこまで強くはなかった。舞い上げられた砂はどこか幻想的で、むしろ美しくもある。

 

 ……では、この胸の内から沸く嫌な予感はなんだろうか。

 

 3人とも、言葉はなかった。まるで突然上がった花火を見ているような。目の前で起きた現象に驚き、呆気にとられていたのだ。だがその中で唯一、上条当麻は何故か腹の底から凍るような感覚に捕らわれていた。

 

 やがて、その爆心地から誰かが出てきた。女性のようだ。長身で、綺麗な黒髪をしている。腰には長い日本刀を携え、ダメージジーンズというか瀕死のジーンズを履き、シャツはへそを出すような形で縛られていた。着ている衣服の種別の割に、やけに露出度の高い人だな、と上条当麻はそんな事を考えていた。

 

 当然ながら、彼女のことは上条当麻の記憶にはない。1ヶ月前に記憶喪失となった彼は、現状極端に知り合いの少ない状態なのだ。だがしかし、上条当麻の記憶にはとある少年の言葉が思い起こされていた。

 

 

 

『インデックスを助けた時にいた二人組? ああ、そうか。彼女に記憶喪失を知られたくないから、この二人についても知っておきたいって、そういう事か?』

 

 上条当麻の記憶喪失を知る数少ない友人、木原統一へふと尋ねたことがあるのだ。手紙でしか知らなかった事の顛末。その内容を聞く過程で、こんなことを尋ねた記憶がある。

 

『まぁ前提として二人とも魔術師だな……ああ、わかってるって。そんな顔されてもここを納得してもらわないと先に進まん。名前はステイル=マグヌスと神裂火織。二人とも背がでっかくて、ステイルは赤髪にピアス、目元にバーコードの不良神父だ。神裂は黒髪のポニーテールで腰に日本刀。ダメージジーンズにへそ出しシャツな……控えめに言って痴女だな』

 

『完全に不審者じゃねえかそいつら!』

 

 

 

 木原統一の証言と100%一致する。まず間違いなく、あそこにいる痴女は神裂火織だろう。

 

(……しかし、何で神裂は……あんな不機嫌そうな顔をしているんだ?)

 

 鬼の形相と言っても差し支えなかった。遠めなのでそこまで詳細な感情は読み取れないが、それでも何かに対し激怒している事は間違いない。逆に言えば、この距離でそれが分かるくらいには怒っているのだ。

 

 

 ……上条は知る由もない。上条と違って、神裂の視力は常人のそれを遥かに上回ることを。こちらの様子を、事細かに把握できるという事を。

 

 インデックスと上条当麻が旅館に泊まりにいった。そんな事実を聞きつけ現場へ急行した彼女が、想像以上の姿でとんでもない事になっている親友(インデックス)を視界に捉えたことを。

 

 瞬間、神裂の全身の血液が沸騰を始める。聖人としての力を無駄遣いし、その両足にあらゆる感情を込めて。勘違いの砲弾が、上条当麻へと一直線に放たれる。

 

 不幸だ、と言う暇も与えてはくれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あれ、生きてんのか? 完全に人間ビリヤードみたいになってるけど」

 

 ふわふわと上空を漂いながら、俺と土御門は浜辺上空で言葉を交わしていた。飛行機から飛び降りた神裂火織(ターミネーター)とは違って、俺達はパラシュートでのんびり降下中である。遥か下方、降り立つ予定の地面を見ると、クレーター中心から飛び出した点がパラソル近くにいた点と衝突し、飛んでいくのが見えた。丁度ビリヤードのように打ち出された白い球が、黒い球を弾き出したような格好となる。だがこの場合、ポケットに落ちるのは上条当麻の命になりそうだ。

 

「ど、どうだかにゃー……ねーちんもその辺りは考慮しているはず……いや、やっぱダメかもにゃー」

 

 そんな光景を眺めながら、土御門は半笑いで冷や汗を垂らしていた。凄まじく面白い光景ではあるものの、笑って済ませられるレベルに収まっているのかどうか、いまいち判断がつかないようだ。つまりそれくらいヤバイ一撃が上条当麻に叩き込まれているという事になる。

 

「まー、アレだ。地上に着いたら速やかに神裂の説得を頼む。俺は上条の治療をしておくからさ。頼んだぞ多重スパイ」

 

 幸いにして、治療道具は持ち合わせている。飛行機内で土御門が使った余りを、俺のカバンに入れてきているのだ。

 

「……うーん、こちとらねーちんの説得なんざ、しばらくはご遠慮願いたい気分なんだがにゃー」

 

「あん? ……なんだかよくわからんが、どうしてもと言うなら俺が説得に回るよ。でも大丈夫か? 上条の治療どころか、お前自身がまだ怪我人だろ?」

 

 上条の確保、搬送、治療。男子高校生一人を相手にこれだけの内容だ。どれもこれもそれなりに重労働である。確かに土御門の方が力はあるかもしれないが、今のコイツにあまり無理はさせたくない。

 

「それでも、だ。ねーちんにはウィンザー城で酷い事をしちまったからにゃー。今このタイミングで俺が説得しようものなら、下手したら俺が殺されちまう。つーことで、ねーちんの対応は任せたぜい」

 

「お前何やったんだよ……いや、言わんでいい。どうせろくでもない事なんだろ?」

 

「……ああ。自分で言うのもなんだが、本当にろくでもないしくだらないぜい」

 

 そんなこんなで、俺達は地上へと降り立った。幸運にも浜辺へと軟着陸である。

 

「行くぞ木原っち!」

 

「おう!」

 

 背負っていたパラシュートを放り出し、俺と土御門は駆け出した。

 

「さぁ、白状しなさい上条当麻! インデックスに一体何をしたんですか!? 何を言ったんですか!!? 彼女があんなにもあられもない姿を晒している原因を、納得いくまで説明して下さい!! ついでに御使堕し(エンゼルフォール)の儀式場の場所も教えなさいっ!!!」

 

「あー、うー」

 

「まだしらを切りますか!?」

 

「ちげえよ死にかけてんだよ!? 神裂、とりあえず上条から離れろって!!」

 

 もはやなりふり構ってはいられない。上条の羽織っている上着を掴み、生クリームでも作るような勢いで彼をシェイクしている神裂を、俺は後ろから羽交い絞めにした。その一瞬で驚いた神裂の隙を突き、土御門が二人の間に割って入る。

 

「大丈夫かカミやん!? しっかりしろ!」

 

 俺のカバンを引っつかむと、土御門は上条を抱え凄い勢いで走っていく。人一人を抱えているとは思えないほどの素早さだ。そして土御門はそのまま、上条のいたパラソルへと向かっていた。途中、駆け寄ってきた上条刀夜の力も借りてどうにか事なきを得たようだ。

 

「木原統一! 何をするんですか!?」

 

「いや、お前こそ何してんだよ!! 物理的に上条をあの世へぶち込む気か!?」

 

「見て下さい、インデックスのあの姿を! あの男はインデックスにあんな水着を!!」

 

「落ち着けって! それは誤解だ、今は御使堕し(エンゼルフォール)が発動してるって事を忘れたのか!?」

 

 当然だが神裂は聖人、その力は24時間以内に嫌と言うほど確認したばかりだ。本来なら貧弱な高校生では拘束するどころか四肢を引き千切られてもおかしくはない。だが幸いにして神裂は俺を強引に振りほどこうとはせず、どうやら言葉で説得する道を選んだようだ。それだけの理性を保っていてくれるのは非常に助かるが、問題は上条が助かるかどうかにある。

 

 しかしまさか、こんなにも神裂が激昂するとは思わなかった。原作でも神裂は上条に掴みかかるような仕草をしてはいるが、ここまでエキサイトはしていなかったはずだ。じわりじわりとステイル扱いをされ、イライラしながら上条を疑いにかかる彼女であったが、暴力に頼るような事はなかった……やはりインデックスに関係する事となると人が変わるのか?

 

 ……そういえば以前にもインデックス関連で、神裂は上条を殺しかけた事があったっけ。アレは神裂の神経を逆撫でしまくった上条にも落ち度はあったわけだが。前例がある以上、神裂がこのまま上条を追撃しにいってもなんらおかしくはない。

 

(こりゃ、説得よりも先にインデックスを……いや、中身『上条詩菜』さんを着替えさせるのが先か? このままじゃ焼け石に水……というか、風呂の栓を抜きながら蛇口を捻るようなもんだ。燃料を入れられ続けるとキリがねぇ)

 

 なにしろその目線の先に、元凶たるインデックスがいるのだから───あれ?

 

「……あれ? インデック、す?」

 

 パラソルの下には、4人の影があった。寝かされている上条当麻に、看病をしている土御門元春。そして───上条当麻に呼びかけ続ける2人。家族である上条刀夜と上条詩菜である。

 

 いない。インデックスはどこにもいないのだ。少し離れたところにいるとか、そういう次元の話ではない。影も形も見えないのである。

 

(いや待てよ。そもそも何で見た目『上条詩菜』がそこにいるんだ? 彼女の見た目はインデックスと入れ替わってて……あれ? どういうこと? たまたま居合わせた観光客が見た目『上条詩菜』になっちまったとか?)

 

 ぱっと出てくる選択肢はどうにも馬鹿らしく、それでいてそれしか選択肢しかないように思える。

 

『なぜ頑なに、前提条件として自らの価値をただの学生と定め、そしてそこに拘り続けているのかね? それが君の問題点だよ』

 

 ……え? 何だ? 何でここで、アイツの言葉が出てく───

 

「あれ? きはらにすている? こんなところで何してるの?」

 

 そんな声に、神裂は勢いよく振り向く。貧弱な俺はその遠心力にいとも容易く敗北し、そのままぼふっと砂浜に投げ出されてしまった。尻餅をつきながら声の主を探してみると───そこには。可愛らしく、歳相応の水着を着たインデックスが佇んでいた。

 

「…………はい?」

 

 どう見ても、神裂がぷりぷりと怒り出すような(実際はそんなに可愛らしい怒り方ではないが)水着ではなかった。この一瞬で早着替えでもしたのかと一瞬考え、そのアホな思考を頭から強引に追い出していく。そんなインデックスを見て、神裂は硬直していた。俺の視点では、その表情を窺い知る事はできない。

 

「久しぶりだねすている……どうしたの? お腹でも痛いのかな?」

 

「……あ、ああ……」

 

 口から嗚咽を漏らし、彼女は震えていた。その理由はよくわからないが……おそらく再会の感動で震えているわけではないだろう。なんとなくだが、喜びではなく絶望の色が強い気がする。そして、そして───

 

「い、いやぁあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」

 

 神裂の絶叫が、とある田舎の浜辺に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 








 明日、もう1話更新予定です。

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