いや、土下座回ですね。
「面白いな」
闇の中で、そんな声が聞こえてきた。
「肉体があのような状態になっても、君の自我は消えないか」
……だれだ?
「アレイスターが慎重になるのも頷ける。ここまでのhfe存vt在dkiとなれば、君の背後にいる者の意思に巻き込まれるわけにはいかないだろうな」
声が出ない。というより、身体の感覚がない。だが声はきちんと聞こえてくる。……でも会話の一部分がうまく聞き取れないな。一瞬別方向から声が聞こえたような気がする。音源がずれて……まてよ、それってつまり───
「私の正体についても知っているようだ。なるほど、
言葉が途中でブレる存在。そんなモノ、俺はこの世界でただ一人しか知らない。……そしてもしそうなら、今すぐにでもここから立ち去りたい。というかここはどこだ?
「もし君がアレイスターを恐れているなら心配する必要はない。アレは躍起になって君の……hdi天dhuを突き止めようとしているようだが、そもそもそんな事、この次元の存在では無理だろう」
今恐れているのはアレイスターではなくアンタだ。何も見えない中で謎生命体との交信は怖過ぎる。姿が見えたら見えたで、話すまでもなく俺は逃げるんだが。
「
やめてくれ、アンタから興味なんぞ持たれたらノイローゼになるわ。いつ何処から見られてるかもわからないし、絶対落ち着けないだろ。アレイスターを巻き込んでの世界最強の三角関係になりそうなのでやめて下さい。
「……時間だな。どうやらここまでのようだ」
次第に声の主が遠くなっていくのがわかる。……自分が動いてるのか相手が動いてるのかすらわからないが、とにかく相手との距離が離れていく事だけがわかる。何だこの謎空間は?
「次は生きている君に会うとしよう」
生きてる?じゃあ俺は今死んでるってことか?はは、そんなまさ───
「……ふむ」
暗闇の中から今度は閃光の中にいる。それがペンライトの光だというのにしばらくかかり、声の主はカエル顔の医者だと気づくのとそれは同時だった。
「どうにか、人間としての機能は取り戻したようだね」
……カエル顔の医者が俺の瞼を閉じた。まるでそうしないと俺が自分で閉じれないかのように……あれ? 目が開かない? 身体が動かん。
「ただ、記憶や言語、知識といったデータ部分に関しては流石に無理だろうね。新生児並の知能しかないはずだ。これで助かったとは言いがたいかもしれない。……彼にはこの先、辛いリハビリ生活が待っているだろう」
「……知識のインストールは私の
「学習装置では知識入力は出来ても、人格の形成は出来ない。それは君が一番良く知っているはずだね?」
……もう一人は布束か?
「すまない。追い詰める気はないんだがね。現実を直視してもらうのも、僕の役目なんだ」
「……」
おそらく病室であろう部屋から、誰かが走り去っていくような音がした。カエル顔の医者のため息が聞こえてくる。
「治る見込みはないのか?」
今度は別方向から渋い声が聞こえてきた。……土御門?
「治療、という意味ならもう終わっているね?元の生活に戻るには3年……学習装置を使って1年、というところだろうね。僕としては学習装置は使わない方がいいと思う。アレは人格形成に支障をきたす可能性があるね?」
「……そうか」
そう言って、おそらく土御門であろう人物も病室を後にしたようだ。なにせ足音でしか周囲の状況を判断できない。
「やれやれ、戦場から帰還出来たとは言いがたいね」
この場合の戦場とは、俺ではなくカエル顔の医者の戦場だろうか。……いや、俺ちゃんと治ってますよ? さっきから俺がもう死に体みたいな言い方してるけど、記憶もあれば知識もあります。ただ体は動かないけど。……一体どういう状況なんだ? 布束と土御門とカエル顔の医者?なにをどうしたらその組み合わせが?
その後、何も言わずカエル顔の医者は出て行った。急に病室が静かになり、やっと冷静に考える事が出来るようになった。
あの時、俺は一方通行に血流操作をやられた。その結果が今の状態らしい。そして先ほどの「人間としての機能は取り戻した」と言うことは、それまでは人間ではなかったわけで……想像したくないな。血流操作って事はあの10031号と同じって事だろ?そこからどうやって生き返ったんだよ……
……あの戦闘から何日が経過したのだろうか。一方通行はどうなったのか。妹達は? 9982号はどうなったのだろう。御坂美琴は? そして……布束は……
あれこれ考えていると、突然腕から痺れるような感覚が襲ってきた。だんだんと身体中に広がっていく。……もしかして麻酔……?…
再び目を覚ますと……というか意識を取り戻すと、今度は目を開けることが出来た。
見た事のない女性の看護師さんが目に入る。その後俺と目が合い、少し驚いたような顔をして病室から出て行った。……医者でも呼びに行ったのかな。動くのは目だけのようで、腕も足も、口すら動かない。というより、口にはなにかチューブのような物が入れられており、元々動かせない。
「おはよう、木原統一君……と言ってもわからないかもね?」
カエル顔の医者、
「一応、医者の義務だからね。まぁたぶん聞いてないだろうが、説明しておくよ」
その後に聞いたのは、俺をどうやって治したかという説明だった。知らない薬品名だの外付け人工臓器などの単語が大量でわかりづらかったが、どうやらこういう事らしい。
まず、振って飲むゼリー状態の俺の脳みそを最低限稼動するように中身を弄り、外部からの正常時の脳波データを入力して能力を発動できるように調整。
要はカエル顔の医者と俺の能力の合わせ技のような物だった。聞いていて「ああ、そうなの」とは思うが、それで実際に治るんだから科学の力ってすげーと、感心せざるを得ない。いや、この場合は医者の腕がおかしいのか。脳を弄くって調整ってとこでちょっとよくわからん。
「脳波データに関しては、君のデータを大量に所持している人がいてね? お陰でなんとか、と言ったところだろう」
今は計算能力をわざと低下させ、
「全部オーダーメイドだね?」
やはりこの医者は凄い。
「あとはそうだね、君の親御さんへの連絡なんだが」
親、と聞いてドキリとしてしまう高校生、木原統一。……だってアレ怖いじゃん。バレたらまたあの守護天使の所へ送り返される未来が見える。
「事の状況を鑑みるに、君が生きてる事すら外に漏らすのは危険だね? なので今はまだ連絡してはいない。すまないね」
ありがとうございます。本当にありがとうございます。このカエル先生本当にいい人だ。何かあったら俺は絶対にこの人を助ける。心に誓っておこう。
「……ふむ」
カエル顔の医者は俺の隣に目を向けている。なんだろう、モニターか何かを見ているのだろうか。
「思っていたより脳の稼働率が高いね? ……言語中枢かな? 無事だとしたらその部分なんだが……」
言語中枢どころか記憶まであります。……俺がイカれてなければだが。気づいてくれカエル先生!
「今の君は、専門用語満載の講義を聞いているようなものかもしれない。……リハビリは絵本からかな?」
嘘だろおい。待って、待ってくれー!
そう言うと、カエル顔の医者は出て行った。と、入れ替わりで真っ白な服を着た人が入ってきた。
「ハロー、統一君」
誰だお前は。白いドレス? みたいな服を着た布束砥信みたいな人が入ってきた。……いや、布束砥信だった。もう一度言うが、誰だお前。
「well、白ゴスなんて邪道だと思ったけど、案外着てみると悪くないわね」
知らんがな。そもそもゴスロリが私服として邪道だろうに。……いや、白ゴスって普通は王道じゃないのか? その辺の知識は木原統一にはない。なくてよかった。詳しかったら逆に引くわ。
……あの服装。見ているだけで、こっちが悪い事をしているように思えてくる。そんな中顔を逸らす事も叶わないので、一方的に罪悪感が溜まっていく。
「……脳の稼働率が異様に高いわ。知識記憶は無事なのかしら」
さっき似たようなセリフを聞いた気がする。知識どころか思い出まで無事です。そろそろ気づいて欲しい……というか、まさかその白いのってこの前のアレか? アレのせいなのか? 全然信じてなかったのかアンタは。
「それとも……いえ、それはありえないわね」
布束はしばらくモニターを凝視した後、こちらに向き直った。目と目が合ったので「俺は意識も記憶もあります」という念話を懸命に送ってみる。表情が悲しそうな顔で固定されている所を見るとまったく通じてない。瞬きでモールス信号でもと考えたが、薄目なのでそれも難しい。
「ごめんなさい」
突然、謝罪をされた。いや、これは予測だけど、冥土帰しにデータ提供をしてくれたのは貴方……ですよね? ……むしろ俺はお礼を言いたいんだけど。
「あの時……あんな風に貴方を拒絶しなければ、こんな事にはならなかったのかもしれない」
……いや、あの。俺が勝手に馬鹿やっただけなので。……俺のほうこそ、ごめんなさい。頼むから泣かないでくれ。
「昔のように話せて、とても嬉しかった。でも貴方の口からあの実験の事が出てきて、貴方を関わらせたくなくて、つい」
あの時、あの表情を見て俺は"怒り"の感情を彼女が抱いてるのかと思った。だがそれはまったくもって見当違いだったらしい。……人の気持ちって、わからないもんだなぁ……
「……貴方がどういう気持ちで……一方通行に挑んだのかは、もうわからない。こんな状態になってしまった人に、こんな事を言うのはとても不謹慎だって事も、理解は出来てるわ」
……おい。
「でも……もし、私のために戦ってくれたのなら……ありがとう」
……おい。近くないですか? 顔が近くないですか? ちょっと待って。俺は記憶がちゃんと残ってるし意識もあるんですよ? ちょっとま───
「私も戦うわ」
白い服の少女は去り際にこういい残した。
「いま計画は一時中断状態なの。加えて御坂美琴の施設襲撃。この隙を……貴方が作ってくれた隙を、無駄にはしない」
先ほどまでとは違い、彼女は毅然とした態度で告げる。
「後の事は大丈夫。貴方のデータは全部預けたから、あの医者がなんとかしてくれるはず……さようなら。私の───」
顔を赤らめるくらいならそんな事言うんじゃありません。俺が恥ずかしいわ。……いや、顔が赤いのは5分くらい前からずっとなんだが。ほっぺたのしっとりした感覚が未だに消えない。何がとは言わん。ついでに言うと消えてくれとも思わない。
そう言って布束は病室を出て行った。……早く治れ俺の身体。前に医者が言っていた、肉体再生を意図的に発動、だったか。アレが出来れば今すぐにでも彼女を追いかけることができるんじゃないか?……治れー、早く治れー……
と考えていた矢先の出来事だった。やはりというかなんというか。腕から痺れるような感覚が。……これってもしかして俺の演算状況をモニターして……麻酔を……
俺の意識は再び闇の中へと沈んでいった。
上条家の冷蔵庫が空になるまで、あと1日。