開けっ放しの病室から禁書目録と上条当麻の話が聞こえてくる。
「なんつってな、引ーっかかったぁ! あっはっはのはー!!」
上条当麻、一世一代の大嘘が展開中だ。……だけど、俺や卑怯な大人がつく嘘とはまったく違う。禁書目録を傷つけないための、優しさに包まれた真っ赤な嘘。
怒った禁書目録が出て行った。その後姿を見ながら、今度はカエル顔の医者が入室していく。あの医者も、今回はどうしようもない敗北感を味わった筈だ。自分の実力不足で、救うべき者を救えなかった。……俺と同じような、敗北感を。
だけど、失敗したからと言ってそこで立ち止まるわけにはいかない。上条の嘘だって、つかなければならない状況にしたのは俺のせいでもある。ならば、上条自身が禁書目録に話すと決めるその時まで、俺はあいつを助けよう。
「───心に、じゃないですか?」
これにて第一巻、完、、、
「いや、今どきその台詞は無いわー」
「なっ……!?」
「君はもう少し、空気を読むと言う事を覚えたほうがいいね?」
病院服が似合う男、上条当麻は若干顔を赤らめながら俺を見ている。やめろ、そんな目で見るな。というか茶化しただけで照れるなら言うな。
「あ、初めまして上条当麻」
「は、初めまして……」
「なんてな。クラスメートだよ。やっぱ覚えてないか」
「……すまん」
「……いや、どちらかというと謝るのは俺なんだがな」
もちろん、大局的に見ればそうでもない。上条の頭に羽をぶち込んだ張本人でもないし、こうなるのを知ってて、見て見ぬ振りをしたわけでもない。だが、心情的にはかなり近いものがあるのも事実だ。……もう少し、工夫すればなんとかなったのかもしれない、と。
それを上条に伝えたのだが、上条当麻は首を振った。
「大体の話は聞いてる。魔術とかはよくわかんなかったけど……さっきの子を助けるために、俺は自分で飛び込んだんだ。アンタのせいじゃない」
カエル顔の医者も、よくもまぁあの話をそのまま聞かせたもんだ。それを信じる上条も大概だな。
このまま謝り続けるのも手だが、上条はそれを受け入れないだろう。いずれはその粘り強さで魔神すら陥落させる男だ。
ならばやはり、俺は俺のやり方で負債を返していくとしよう。
「そっか。……んじゃ、ここからは友達として」
ベタかも知れないが右手を差し出す。
「初めまして上条当麻。クラスメートで、お前の寮の部屋の隣に住んでる。木原統一だ。よろしくな」
退院日に迎えに行く事を約束し、病院を後にした。禁書目録は病院に泊り込むと言い張った。流石にそれはまずかろうと思い、小萌先生に電話をして説得してくれないかと言ったところ、すぐに駆けつけてくれた。……部屋が半壊になってて忙しかろうに、ホント教師の鑑だねあの人は。
完全下校時刻を若干過ぎているが、夏場なのでまだまだ明るい。そんな中を歩いていると、アロハシャツを着たグラサン陰陽師に出会った。
「おっす土御門。昨日ぶりだな」
「……よう、木原っち」
口がへの字ですよ土御門さん。昨日の殺気溢れた暗殺者オーラは出てないが、お前何かやってるだろと確信持った職質警官のような雰囲気がある。あ、これバレたな。昨日の嘘。
足を止めて話す気はない。どうせ帰り道は一緒だからな。のんびり歩きますか。
「ステイル達は?」
「……あいつらなら説得して、イギリス清教に帰ってもらったにゃー。まったく、骨が折れたぜよ」
「はは、だろうな」
今頃どんな問答が、
「あの女の人……お前たちの上司はどう考えてんだろうな」
「そうだにゃー、禁書目録にかけられた術式を解除されるなんて、
「想定済みか。ま、2年は騙せたんだし……悪い奴ってのは口がうまいもんだなぁ」
「確かにな。お前も見習ったほうがいい」
「そりゃそうだな。あははは」
突然低い声になるんじゃねえ。すっげー怖いぞそれ。
「えーと、なにが聞きたい? 言える事なら全部吐くけど」
もう禁書目録は安全だ。言える範囲で言ってやろう。今回の件では土御門に迷惑をかけただろうしな。
「えらく殊勝だな」
「だってそりゃ、お疲れムードの友人をこれ以上いじめるような事はできんよ」
「……何故今になって話す気になった?」
「禁書目録と神裂に借りがあったからさ、それが終わるまでは混乱させたくなかったってのが本音だな」
「お前は魔術師なのか?」
「ありえないな。当然違うさ」
魔術師の定義にもよる。魔術を専門に修めているかと聞かれたら当然ノーだ。
「なぁ、俺からも質問していいか?」
「なんだ」
「俺とステイルの件。あれどうなってんの?」
「それについてはまだ審議中だ。肝心のステイルが、業を煮やしての帰国だからな。アレが落ち着いてからの報告次第だろう」
と言う事は相当先だろうな。2年間溜まりに溜まった怒りを発散中なのだから。
「じゃあ神裂は……」
「まて、次は俺だ。禁書目録の術式の位置を、何故お前は知っていた?」
「あ、ごめん。それは答えられないやつだわ。……神裂の様子はどうだった?」
「それは禁書目録のことか? それともお前を土壇場で攻撃した件か。前者なら……
ま、不可抗力だろうな。あの場にして最大の誤算だった。人の信用というのは計算できないものだ。
「その件なら俺は気にしてないから、後で伝えておいてくれるか?気を使わせてスマン、て」
ついでにステイルに入院費払えって言ってもらおうかな。
「それは構わないが……話を続けるぞ。お前、魔術の存在を知っていたな?」
「ああ」
「これは答えられるのか。ならステイルの魔術を模倣したというのは嘘か」
「いや、それはホント」
あ、土御門さん混乱してる。さて、どうしたものか。
「百聞は一見にしかず、だな」
「? どういう意味だ?」
実際にやってみようってことだ。
ここに取り出すのは携帯の描画アプリ。指でさらさらっと……ステイルの使ってたルーンを描きます。え? これで発動するのかって?ビタミンB2の霧吹きスタンプでも出来るんだからやれるっしょ。たぶん。出来なかったらそれまでだ。
「えーと、今回はあまり魔力はいらんわけだから……」
10数回以上見れば流石に覚える。ステイルが体内で魔力精製をするあの動作。これまで見てきた外側の動作全てを重ね合わせれば、共通部分から魔力精製に関する体内の動作を導き出せる。そしてルーンの位置。これはわりと自由度が高かったな。とりあえず公園で襲撃された時のものを使うか。詠唱は無し。指先からライターくらいの火力でいい。
魔術の発動要件を満たした。ライターよりは少し強めになってしまったが、右手の指先にポッと炎が灯る。
「こんな感じ」
「……」
なんだか口の中に血の味がする。ピリピリと痛みを感じるが、数秒もしないうちにその痛みは引いた。とりあえず口の中の血の塊を吐き出した。
「おえっ……やっぱ魔術の反動は無くならないか」
それでも、最初の時よりはマシか。
「あのー、土御門さん? これでどうでしょう」
「……嘘は言ってないことはわかったが、謎が増えた」
「謎?」
はて、この場合の謎とはなんだ?
「魔力精製は我流か?」
「いや? ステイルの真似だけど」
「それだ」
それだじゃないでしょ。なんのこった。
「見ただけで、魔力の精製を真似たというのか?」
「見ただけでっていうか、見たまんまというか……こう、ぐわーっとステイルの中から溢れてくるあの感じをだな……」
「……ルーンの意味や、位置はどうだ」
「あ、これ?
あれ? 土御門が頭を抱えだした。悩みを取っ払ってやろうと思ってたのに、なんだか悩みが増えたようだ。
「おい、質問タイムは終わりか?」
「……お前は一体何だ?」
「それ昨日も言ってなかったか? 木原統一。学生。お前と同じく上条当麻の隣人。以上」
「俺の事をどこで知った?」
「何言ってんだお前。クラスメートじゃん。……あーいや、嘘。冗談。殺気を込めるのをやめろって。お前の
「自分が置かれている状況が、理解できているのか」
「おうよ」
魔術師の秘儀を、見て盗んでしまった科学側の住人。どう転んでも戦争の火種にしかならんな俺。でも、俺は断固として宣言するね。あの状況だと、ああするしか親父を救う事は出来なかった、と。つまりは不可抗力。どうしようもないのさ。
「こういう場合、不幸だーって叫ぶべきなのかなぁ……」
「……それはカミやんの専売特許だにゃー」
不幸、というより自業自得な面もある。こうなると、最初の自分の行動が悔やまれる。決定的にやらかしたのは神裂と上条の戦闘を見に行った事か。あれは本当に愚かだった。野次馬根性と言うべきか、物見遊山と言うべきか、イベント会場に向かうかのように気軽な気持ちだった。
言い訳するなら、まだこの世界の住人としての覚悟が足りなかったのだ。そういう意味では勉強になったとも言え……勉強料高すぎだな。
「上条の場合、不幸とか言いながら女の子が空から降ってきたりするからな。俺なんてタバコ咥えたクソガキだったし」
「神裂ねーちんにド突かれたりはしてたにゃー」
「悪いが、俺にそっちの趣味は無いぞ。好みとしてはどストライクだったがな。それに上条は俺なんか比較にならないくらいにボコられてたし」
そんなこんなで寮に着いた。まだ所々に焦げ跡が付いてるな。イノケンの跡か。
「俺はまだやる事がある」
「そっか。んじゃまたな」
土御門はまだ帰らないらしい。事後処理的なものがあるのだろうか。いやもうホント、お疲れ様です。
「それと木原っち」
「はいはいなんでしょう」
「もう魔術は使うな」
「……」
「今回の件がどう転ぶかはまだ不明だ。だが、一応の決着がつくまでは、そのステイルの術式は使うな。魔術サイドの技術が、科学サイドに解析されたという事実は非常に危険だ。出来れば、もう二度と使わないで欲しい」
「ま、そうなるわな」
「約束してくれ」
真剣な表情だ。ここで約束しないとどうなるんだろうか。いや、決してこの土御門の真剣な想いを弄ぶ気は無いんだが……
「確約は出来ないな」
「何故だ?」
「いや、またステイルが襲って来たりとか。そういう止むを得ない事情のときは使うって意味だ」
「……なるほど。だがそれ以外では」
「俺もトラブルはご免だ。使わないよ」
「そうか」
そう言うと土御門は安心したのか、どこかに行ってしまった。あいつは本当にいい奴だな。俺がアイツの立場なら、話などせずに撃ち殺してると思う。……いや、この結果は『木原統一』が『
でもな、もうちょっとだけやらせて貰うぞ。もしかしたら死ぬかもしれない。いや、死ぬよりも酷い状況になるかもしれん。
俺は土御門と約束した。止むを得ない状況にならない限り、魔術は使わないと。それは本当だ。事実それ以外では魔術を使う気は無い。だが今後、なにもしなければ、止むを得ない状況になる事が確定している。……俺の出現によってその未来は揺らいでる可能性もあるが。
俺はこれからその未来に向けて、魔術を訓練する。その状況になるまで、魔術を使わないなんてのは到底不可能なんだ。少なくとも俺の心境ではな。魔術を使わずに事を収める事も可能なのかもしれない。だが俺は全力を尽くしたい。悪いな、土御門。
9月30日。史実ならば木原数多、俺の父親が死ぬ日。
やらせはしない。たとえ親父が、死んだほうがいい悪人だったとしても、俺にとってはそうじゃない。
戦う理由なんてのは、それだけで十分だ
木原「ね?簡単でしょ?」
土御門(何言ってんだこいつ……)
作者(何言ってんだこいつ……)
ゲーム会社の言い訳みたいですが、主人公の才能に関しては、今のところツッコミどころしかないのは仕様です。バグじゃないです。
前話で、シレッっとオリジナル術式を登場させてたので紹介をば
『
上条当麻を吹き飛ばした術式。当然幻想殺しで消す事が出来るのだが、目に見えず殺傷能力の無い風の術式であり、かつ上条当麻は走りこんでいた最中なので食らってしまった。いわば時間稼ぎの術式。更に言えば略式による発動なので本来の威力の半分も出ていない。という設定です。
元ネタはキリストの最後の7つの言葉の1つ目。扱い的には本当にあったかなかったかはっきりしない言葉。オリジナルとしては適正かなと思いいれました。ちなみに4つ目がイノケンティウスに致命的ダメージを与える『
こちらはヘブライ語の完全詠唱ですが、『
ひとまず第1章終了です。ここまで駄文にお付き合いいただきありがとうございました。