いつかは本物の龍に   作:大空の天音

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数日振りになるかと思いますが、気候がコロコロと変化して体調を崩しそうです…。

さて、拙作ですが、一部はアニメを元に再構成している部分があります。
光秀の加入時期などがこれにあたりますね。

また、今川残党などの新要素を含んで、稲葉山城の一戦が終わってからは全くの新ストーリー展開になりますのでどうぞよろしくお願いします。
官兵衛が出てくるまでまだまだ時間は掛かりそうではありますが…。


稲葉山城の戦い③【斎藤義龍の思惑】

 相良良晴、竹中半兵衛の調略に成功して尾張に凱旋。この功績は瞬く間に尾張中に広がった。織田の家臣の中には、この働きを持ってして相良良晴を一角の武将として認める動きすらもあるほどだった。

 相良良晴の陪臣という形で織田家に仕えることになった竹中半兵衛は、織田家の一角を担っていた明智光秀と斎藤道三を交えて、斎藤龍興を取り巻いている現状を相談していた。相良良晴が託された書状を斎藤道三に渡すと、道三は孫からの手紙とあって嬉しそうにそれを開いたものの、最初の一文を読み始めたところで道三の顔色が変わっていく。

 

「信奈ちゃんを……呼んでくれい。これは、ワシの一存じゃ決められん」

「……何言ってるんだよ。龍興ちゃんは近況報告と個人的なことだけを書いたって言ってたんだぞ?」

「これのどこが個人的なことなのですか! こんなこと、あの父親っ娘の龍興様が、本気で書いただなんて思えないですぅ!」

 

 再び相良良晴に返されたその書状には、ただ一言だけが書いてあった。

 『私は、お父様を裏切る準備が出来ております』。筆跡こそいつもと変わらないものであったものの、文字の周りに水が垂れた跡が見受けられるあたり、この一文を書くことが、どれだけ龍興にとって覚悟のいるものだったかが理解できた。

 良晴にはわからないことだったが、龍興と親交のあった光秀からすれば、本当にこの書状が龍興によって書かれているものだと信じられないことだったが、彼女の実際の行動を見ていた半兵衛や、孫の勉強を見てきたため、その筆跡に見覚えのある道三からすれば、正しく龍興の覚悟を示す一文だと理解しなくてはならなかった。

 

「孫にここまで悲壮な覚悟を背負わせることになるとは……。このワシ、生涯で一番の失敗は……」

 

 自らと実の父との間で苦悩してきた龍興のことを考えると、道三は天を仰ぐしかできなかった。旧来の既得権益ばかりを考えてきた義龍のことを、道三は再三無能と称してみせた。これからの時代を切り開くのは、新しい価値観であると信じてやまなかったからだ。

 だが、それが原因で道三と義龍の親子関係にはひびが入った。一致しているのは、斎藤家の姫であった龍興を可愛がっていたことぐらいだろうか。

 教育方針に関しても特にすれちがいもなく、学びたいことであれば何でも学んでいいというこの時代にしては親ばかな義龍の一声が響いたのである。これを機に義龍も変わらないものかと道三は期待したのだが、結局土岐氏の嫡流ということばかりに意識が行ってしまっていた義龍と、次代を新しい思想の人間に継がせたいと考えていた道三とでは、残念ながら溝が埋まることはなかった。

 だが、今となっては……。道三は義龍の行動の意味が察せるようになって来てしまったのだ。織田信奈という義理とはいえ娘を迎え入れた今、本当に愛することのできる子に対して、他の何をも犠牲にしてでも何かを残したくなってしまうということに気づいてしまったからだ。

 道三の実子なのか、それとも土岐氏の嫡流かということで諍いのあった斎藤親子の間では、長らく忘れ去っていた感情であった。

 

 

「やれやれ、斎藤家もお家騒動か~。ぼくと姉上のように仲良くすればいいじゃないか~」

 

 斎藤道三のもたらした情報に対する、津田信澄の反応がこれだった。どこの誰と誰が仲が良いというのか、つい先日までお家騒動を演じていた信奈の弟の癖して、随分とのんきな発言である。その発言に、やれやれと肩をすくめて見せた良晴であったが、評議の手前妙なことは言えなかった。

 

「……寝返りの保証がない上に、稲葉の姫様は謀反に失敗。……この手紙に賛同するというのは、少し危ない賭けにございまする……三十点です」

 

 辛辣に点数をつけたのは筆頭家老の一人、丹羽長秀。常に冷静沈着でいることを重んじる、織田家に欠かせない人材である。斎藤龍興の謀反失敗について、実際にその場にいた四人から聞いているため、当然龍興が捕らえられていると考えるのは間違いのないことであった。

 

「……何はともあれ、勝機なのは確かだろう。その謀反によって、美濃の豪族の中には反義龍を掲げる陣営も出ているのだから」

 

 いずれ美濃は抑えなくてはならない土地である。斎藤龍興の謀反によって、その盤石な領地運営にほころびが出ている今こそが責めどきだ。そう主張しているのは、筆頭武官とでも言うべき存在、柴田勝家。その武は敵方に恐れられ、鬼柴田とさえも呼ばれている。

 全国を探し歩いたとしても、勝家と同程度の武を探すほうが難しいといえるだろう。

 

「……やっぱりおかしいですぅ! あの龍興様が、義龍様にご謀反だなんて、信じられないです!」

 

 何かを思案していた明智光秀が、唐突に立ち上がった。長良川の戦いでは斎藤道三側に立って戦い、それ以来織田家に迎え入れられている智勇兼備の良将である。

 その一方で、若干思い込みが激しいところがあり、妙なところで空気が読めず、頑固な一面も垣間見ることが出来る。

 

「……ワシとしては、龍興を助けだして欲しいところじゃが……。一度破ったとはいえ、今川を駿河に残している状態で、博打というのも……のう」

 

 かつての美濃の国主、斎藤道三は抜け目の無い男だ。書状に記されている龍興の決意とは別に、稲葉山攻めを敢行した際に懸念される隣国からの侵攻へと目を向けていた。

 桶狭間の戦いで今川義元を破ったとはいえ、その妹に当たる今川氏真が織田家への侵攻を企てているという情報は、常に乱波によって入ってきていたのだ。今川義元こそ捕虜として捕らえられたものの、肝心の今川本隊のほとんどは無事というありさまなのだ。

 桶狭間での一番の戦果が、今川義元を捕らえたことだとすれば、二番目の戦果は松平元康を今川家から独立させたことにある。一応は松平家が、今川家との間で防波堤になってくれているからだ。今川家に取られていた松平の一族は、桶狭間の敗戦以降、服部党によって解放されているのだ。

 とは言え、今川家には優秀な軍師、太原雪斎が未だに残っている。松平家も楽観視はしておらず、侵攻があれば直ぐに同盟相手の織田に援軍を要請してくることだろう。

 そうなったときに対応ができなくなったのでは、美濃を取りに行く意味はあまりない、というのが道三の主張であった。祖父としての気持ちを優先すれば、誰よりも美濃へと駆け出したいというのが本心であるが、人の上に立つものとして誤った選択をとるわけにはいかなかった。

 

「……デアルカ。そうねぇ……このことに関して、半兵衛はどう考える?」

 

 そう問いかけるは、織田家の現当主である織田信奈。先進的な思考を多く持っている大名であるが故に、多くの諸将からは尾張のうつけ姫扱いをされているのだ。しかしその大望であったり、考えであったり、あるいは政策であったりというものは分かるものには分かるほど優秀なものであったりする。

 明智光秀、斎藤道三という二人の人間が彼女に従うようになったのも、その先見の明を見込んでのことである。

 そんな信奈が気にかけている相良良晴である。その良晴が気にかけている竹中半兵衛に意見が求められるというのは道理といえば道理である。

 

「……長井隼人正、岸勘解由、多治見修理。道三様が美濃を離れられた後、斎藤家で幅を利かせている武将です」

「それがどうしたと言うのよ? 私が聞いているのは斎藤龍興の謀反のことなんだけど」

 

 信奈の問いかけに、半兵衛は是とも否ともとれないような答えを返した。信奈は短気なところがあるため、半兵衛の答えに思わず怒鳴ろうとしてしまったものの、それを口の中に抑えこんで続く発言を促そうとした。

 そんな信奈の言葉を遮るような形で、あっ、と光秀が声をあげる。

 

「そいつら……道三様の新しい政策に反対していた連中ですぅ! 元々土岐氏に従っていただの文句つけて、色々邪魔してきやがったやつらです!」

「光秀さんの仰る通り、自らの既得権益に拘っていた方々です。その一方で、私の叔父を含めての美濃三人衆などとは反目しています」

 

 半兵衛がもたらした情報は、渡りに船であった。美濃三人衆は道三時代から美濃を支えてきた人材である。義龍一派と彼らが反目しあっているということは、美濃三人衆を調略することで寝返りを促すことが出来るということだからだ。

 更に言ってしまえば、美濃三人衆の一人、安藤守就は竹中半兵衛の叔父に当たる人物だ。その守就の影響を受けたからかは分からないものの、残る稲葉一鉄と氏家卜全は半兵衛シンパであったりする。竹中半兵衛が織田家に正式に仕えるようになったこと。斎藤龍興が反義龍を表明したことの二つの条件が満たされたために、この三人の忠誠心は揺れ動いている。半兵衛から声がかけられようものなら、織田家へと簡単に寝返ってくれることだろう。

 

「半兵衛だけじゃなくて、他に三人も寝返ってくれるというなら、美濃攻略も簡単そうじゃないか~。流石は姉上の天下取り、障害らしい障害がないものだね~」

「ああ、美濃三人衆に斎藤の姫君が離反してくれるというなら、これ以上ないほどの好機です! さぁ、姫様! 出陣の下知を!」

 

 半兵衛の情報によって、一点勝利ムードになってしまった織田家は、信澄と勝家を筆頭に既に斎藤家に対する勝利を確信してしまっている。丹羽長秀は、『勝手に勝利した気になっている状態ほど恐ろしいものはありません。十五点です』などと酷評しているほどである。

 一方で、一言も言葉を発しない道三を良晴は気にかけていた。三国三大梟雄とも称されるあの道三が一言も言葉を発しないというのが気にかかったらしい。

 

「おい爺さん。斎藤家と言えば元はアンタが作り上げた家だろ? 何か意見はないのかよ?」

 

 確かに、と信奈を筆頭に織田家の面々が道三へと視線を移す。斎藤家の内情をよく知る光秀にしてみても、道三が一言も発しないということに違和感を覚えたのか、やはり興味深そうに道三を見つめていた。

 ただ一人、すべてを理解してしまった天才軍師は、道三に対して気の毒そうな視線を注いでいた。かつて美濃を切り取った戦国の魔物は、大事なところで人を見誤ってしまったのだから。

 

「義龍は……」

「義龍様がどうしたというのです?」

 

 一言一言を区切るようにして、しばし逡巡する道三。その先を促そうとする光秀の合の手をも気にせず、一呼吸をおいてからお茶を流し込んだ。

 意を決したかのように口を開いた道三の言葉に、織田家の面々は黙りこんでしまうことになる。

 斎藤義龍は、自分が思った以上に優秀な倅であった。ワシもあの男も、境遇は同じなのじゃよ。お互いに、病で先がそれほど長くはない。

 その言葉に秘められた真意を、唯一完全に理解しきったのは半兵衛だけであったが、信奈や光秀にとっては、おおよその予想をするのに十分な情報だった。

 斎藤義龍という人間は、何よりも自分の娘が可愛い、親ばかに値する人間なのである、と。

 

 

 稲葉山城の三階には、斎藤義龍の執務室や他家の使者を招くための部屋がある他、座敷牢が存在していた。この座敷牢というのは、斎藤家を支えてきた家老であったり、あるいは斎藤家の一族であったりが何かを犯してしまった場合のみ入れられる場所であったりする。

 別に座敷牢などという場所だとはいっても、扱いが悪いなどということはない。特に今回入れられている人物であれば特に、である。座敷牢に入れられているのは斎藤家の姫、斎藤龍興。牢へと押し込んだ斎藤義龍から、くれぐれも不自由の無いようにと仰せつかっている看守は、牢屋の中にいるはずの相手に敬語を使うほどであったりする。

 

「お嬢様、本日の昼食をお届けに参りました」

「尚光ですか……。あなたはお父様のもとに行かなくてもいいのですか?」

「構わないのです。この竹腰尚光、他の誰もが裏切ったとしても、私は決して裏切りませんから」

 

 龍興に食事を持ってきた、モノクルをかけた少女の名前は竹腰尚光。長良川の戦いで戦死してしまった父を持つ彼女は、間接的にではあるものの斎藤義龍を親の仇としている。

 とは言っても、彼女は斎藤家に仕える優秀な忠臣である。尚光は、父親を合戦で失ったとしても、その忠誠心を変えることがなかったのだ。

 

「……光治はいますでしょうか?」

「不破殿であれば、先ほど義龍様の部屋へと向かわれました。何でも、織田家へと攻め入るから、城の留守を任せる、とのことで……」

 

 義龍へと謀反を起こしたことによって座敷牢へと入れられてしまってから、龍興は父親の真意についてずっと考えていた。どうして父親は、自分の祖父に反乱を起こしたのであろうか、と。義龍が道三の政策を反故にして、既得権益にこだわる国人衆ばかりを重視するような政策を行おうとしていたのだろうか。

 斎藤義龍という人物は、愚かな人物ではない。斎藤道三譲りの智謀と、道三を上回る武力を所持している人物だ。それにもかかわらず義龍が国力を衰退させてしまうような政策ばかりを行なっているのか、というのが龍興にはかねてより疑問であった。

 何よりも、誰しもが分かるほどの奸臣である斎藤飛騨守を重臣として重用していることが龍興の理解に苦しむことであった。この斎藤飛騨守なる人物は、主君を思い上がらせるような言葉ばかりを選んで吐き出すだけでなく、自分に特になるような政策ばかりを上申していたりする。

 こうしたことから、斎藤道三は彼を奸臣として遠ざけていたのである。そのことは義龍も知ってのところであったからこそ、龍興にはそれが疑問であったのだ。

 

「斎藤飛騨守はどうしたましたか? あの男は、いやしくも私の半兵衛をいつも虐めていましたが……今回はお父様に重用されていると聞きましたが……」

 

 気にかかっていたのは、その真偽。斎藤飛騨守が如何な扱いを受けているのかということであった。あまり個人的な思いを口にしたくはないと思ってはいたものの、半兵衛を虐めていたことに関しては少しばかり思うところがあるものだった。可能であれば、自分の手で討つか、望むのであれば半兵衛に討たせてあげたいとも思うものだ。

 だが、彼女は斎藤家を背負って立つ必要のある姫武将。そのような個人的な思いは後回しにしてでもお家のことを考えなくてはならなかった。

 彼女は父親と対立しているため、彼女を信じてついてきてくれる仲間へと精一杯報いる必要がある。今回の斎藤義龍による尾張出兵、それに賛同を示さない人間にだ。

 

「飛騨守様は、稲葉山城の守りを言い渡されておりました。何でも、少し後に義龍様率いる美濃軍が、長良川手前の森林に布陣するとのことでして」

「……稲葉、安藤、氏家のお三方は?」

「お三方とも出兵なされることになるようです。最後まで織田との戦には反対しておられましたが、義龍様のご命令でしたので……」

 

 尚光がもたらした情報を、龍興は頭の中で整理していく。今回、義龍が織田との戦に動員した兵は稲葉山城に少ない守護兵を残す以外全員だ。自然の要害となっているこの稲葉山城、しかも織田以外に周囲に敵国がない状態であれば、少数の守護兵でも落とされる心配がないというものである。

 引き連れる将兵はと言えば、長井隼人正、岸勘解由、多治見修理らの美濃の有力国人衆。更には美濃三人衆と、斎藤家の持ちうるほぼ全力を費やしている。

 一方で稲葉山城に残っているのは、幽閉中の龍興を除けば、目の前にいる尚光、龍興個人の配下にあたる光治。そして、城主を仰せつかった斎藤飛騨守。ほとんどが親織田となる人物である。

 

「……まさか、お父様は」

「姫様、どうかされたのですか?」

「いえ、なんでもないのです。斎藤飛騨守にはくれぐれも注意を払って下さい。今城内にいる人間で、最も信頼できず、唯一信じられないのは彼だけですから」

 

 御意、と言ってお盆を持って退室していく尚光。道三、義龍という二人の才能を引き継いでいる龍興には、そのおおまかな見通しが立ってしまった。

 斎藤義龍という人物が、どうして道三に対抗したのか。斎藤義龍という人物が、どうして半織田家を主張するのか。斎藤義龍という人物が、どうして地元の有力国人衆ばかりを重視する政策を講じていくのか。

 彼女が義龍を疑う心を捨て去れば、その解答は明白に示されるというものだ。思えば、彼の行動には不自然なところが多く見受けられたのだから。

 ともすれば、自分が取らなくてはならない行動は直ぐに理解できた。斎藤義龍と有力な家老が抜けたこの稲葉山城。守るは奸臣、斎藤飛騨守ただ一人。

 食事に毒や睡眠薬が入っていないことを念入りに確認した龍興は、胸に一物を抱えたまま、黙々と食事へと箸を進めた。

 

 

「斎藤飛騨守、これからの日ノ本を征するは織田でも斎藤でもないのです。我ら浅井に与されよ」

「その際には、私にはどれくらいの報酬を与えてくれるのかね?」

 

 斎藤義龍が出立する少し前のこと。斎藤飛騨守は、自身のお屋敷に近江の戦国大名、浅井長政を招き入れていた。長政が持ちかけてきたのは、簡単に言ってしまえば戦中の寝返りである。

 元々、斎藤道三時代から特に信頼されることもなく、寧ろ干し続けられていた飛騨守は、義龍の時代になっても変わらずの待遇しか受けてはいなかった。ことここにいたっては、滅び行く斎藤や、戦で大打撃を受ける織田に与するよりは、第三勢力で再び権力の基盤を築きあげたいと考えていたのである。

 

「我ら浅井が美濃をとったあかつきには、貴殿に大垣城を授けることを約束しよう」

「ふふ、やはり戦国大名はこうでないとな。あいわかった、浅井家が稲葉山攻めに加わった際に、城門を開けるという密約、確かに承ったぞ」

 

 なんとも扱いやすい御仁ですなと、空手形を手に揚々と踊り狂っている斎藤飛騨守の屋敷から出てきた浅井長政はニヤリと口元を歪めて笑うしかなかった。

 近江から天下を取ってやる、浅井長政を動かしていたのはただ一つだけの思いである。竹中半兵衛の調略には失敗したものの、まだ美濃と尾張を支配することが出来ないわけではない。幸い今川が再び動き出したことで、織田に残された時間が少なくなっていることは否定が出来ない。美濃を浅井が取ることで織田よりも上位に立ち、政略結婚で織田家をも併呑すること。浅井長政が描く未来を手に入れるためには、織田よりも早く美濃を取る必要があるのだ。

 愚かにもほとんどの将兵を引き連れて稲葉山城を空にするかのような采配を、義龍が行うということは乱波によって仕入れていた。仕掛けるのならばここしかないほどの好機であった。

 

「見ていることだ、信奈殿。私達浅井家によって、稲葉山城が陥落するところを、な」

 

 新興の大名家である浅井家ではあるが、その浅井家をここまで大きくしてきたのは他でもない浅井長政であった。優れた策謀の能力と、見目麗しいその容姿を使っての世渡り術は、正に神業と言っても差支えがなかった。

 斎藤飛騨守を寝返らせ、稲葉山城を落城させ、織田信奈と政略結婚をする。浅井長政の中では既に成功するに違いない内容として考えられていた。自身が感知していないところで、様々な人間の思惑が巡りあっているこの稲葉山城を落城させることは容易なことではないというのに。

 近江と美濃の国境に駐屯させている自軍の兵力を持ってして、すぐに稲葉山を攻略してやろう。そうすれば、あの風流馬鹿の朝倉義景との関係も切ることができる。朝倉よりも浅井のほうが格上の大名になればいいのだから。

 浅井長政の天下取りは、まだ始まったばかりなのである。

 




如何だったでしょうか。
次回では、合戦シーンにまで入ってこれるかと思います。

では、次回で再びお会いいたしましょう。

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