嵐山隊の面々が警戒区域外である町中を戦闘体で屋根伝いで移動している。警戒区域外のトリガーの使用などご法度なのだがそれを指摘する者はいない。例のボーダーが関与しない詳細不明のゲートが町の中で、最悪な事に嵐山先輩の弟妹が通っている中学校に開いたのだ、それを対処する為に嵐山隊総出で動いているのだが完全な後手だ。ゲートが開いたという報告を聞いてから数分が経過している。詳細不明のゲートを開いた近界民は目的を人間の捕獲ではなく殺戮を目的としているのか戦闘型のモールモッドが多い、考えたくもないが既に多くの学生が襲われている可能性もなくはない。そもそも予知のサイドエフェクトを有している迅さんはなにをしているのだ?この一件は俺に任せろ的な事を言ったが状況は一向に良くならず挙げ句にコレだ。後で連絡を取って問い詰めなくては...
迅さんについて不信感を抱いていると先行していた嵐山先輩、時枝、木虎がもうすぐ学校に到着すると報告を受ける。狙撃者の佐鳥は学校を見渡せるビルへの移動を急ぎ、俺は町中で使うには威力が高過ぎるライトマシンガン風の銃器トリガーではなく、シューターのように左右の手にアステロイドとバイパーを具現化する。銃器を使わないでトリオンを打ち出すのに否定的な俺だがこの状況で好き嫌いは言えない。
先行した三人が学校に到着していてもおかしくない時間が流れたが、戦闘を開始しているせいなのか此方に報告がない。綾辻さんに状況を確かめたようと思ったが学校の一部が見えたので止めた、俺が到着する方が早い。学校へ向けて最後の跳躍を始めた、足場となった民家の屋根瓦が割れた音が響いたが気にする余裕はない。
長い滞空時間の末に学校のグラウンドに到着した。学生を襲っているであろうトリオン兵を急いで探す、するとコア部分を一撃で破壊され仰向けに倒れているモールモッドを確認、三人はその残骸を囲んでいる。学校から悲鳴も聞こえないし既に戦闘は終わっていたようだ。僅か数秒で撃退するとは流石は嵐山隊だ。嵐山先輩達に近付いて詳しい状況を確かめる。
「負傷者は?」
「さっき教員から全員の安全が確認されたので大丈夫です」
時枝からの報告を受けて安堵の溜め息を吐く。
もしかすると迅さんは俺達が間に合うと知っていたから俺になにも言わなかったのだろうか?その事を俺に喋ったら未来が変わるかも知れない可能性があるとはいえなにも告げないのは性格が悪る過ぎる...先輩と言えど後で一発ぐらい殴ってやろうか?不意打ちならイケるだろ。
「それにしても鮮やかですね、後ろに居たんですけど戦闘の音すら聞こえてなかったですよ」
「それは俺達もだよ...いったいどうなってるんだ?」
嵐山先輩の口振りに首を傾げると、木虎から説明が加えられた。
「私達じゃないわ...来た時からこうなってたのよ...」
俺達が来る前に撃退されていた?
意味が分からない、何が起こっていたのだ?
後方に待機している佐鳥に周辺の警戒を任せて三人と話を進める。
「既に撃退されてたって本当ですか?」
「そうです」
「そうだな」
「だからそう言ってるじゃないですか...人の話はちゃんと聞いて下さいよ」
三人に確かめるとそれぞれのアクションで肯定をされた、木虎の発言は無視する。そう言えば昨晩にも三輪隊が駆け付ける前にトリオン兵が既に撃退されていたとか言っていたが今回と関係があるのか?トリオン兵が同士討ちをしたとは考えられないので他の隊員が撃退したといのが自然だろう。正隊員がこの学校に通っているという話を聞いた覚えがないので、オペレーターの綾辻に照会をお願いする。
「この学校の隊員が撃退したと思われるので綾辻さんに照会かけます」
「助かる。それにしてもどうして名乗り出な...っ!?」
嵐山先輩が突然動きを止める。新たにゲートが開いたのかと一同警戒を強める。
「うおぉぉぉー!!!副!!佐補!!お兄ちゃん心配したんだぞぉ!!!」
...警戒して損した。気持ちは分かるがブラコン愛に溢れ過ぎだろ。
あれ?弟妹の時でもブラコンって言うのか?シスコン?...まぁいいや。
「...じゃあ僕は学校内の様子を見てきますので後は任せます」
嵐山先輩が叫び声を上げながらもの凄い勢いで嫌そうな顔をしている弟妹に駆け寄り、時枝が事後確認の為に校舎に向かった。残った俺と木虎が原因を探る。
「すまないがコイツをヤった人と話をしたいのだが、出てきて貰えないか?」
周囲の学生達の視線が一斉に一人の学生に向けられ、本人が名乗りを上げる前に誰が行ったのか分かった。一瞬だけ年不相応に小さい白髪の少年だと思ったが、眼鏡をかけた少年が前に出たので即座に否定される。
「C級隊員の三雲修です。救援を待っていたら被害者が出ると判断して自分の判断でやりました...」
三雲と名乗った少年からの報告を聞き、思わず唸ってしまった。
C級隊員が訓練用のトリガーで正隊員でも手を焼くモールモッドを初見で数体撃破とは...
「広瀬先輩、一人で唸ってないでこの愚か者に言わなきゃいけない事があるでしょ?」
三雲の戦果に驚いていると木虎から注意が入った。
そうだったな、三雲には言わなきゃいけない事がある、
それを気付かせてくれたのは助かるが、初対面の相手に「愚か者」って何気にヒデぇな。
「ありがとうな三雲君、正直俺達じゃ間に合わなかった。
だから本当にありがとう、嵐山隊を代表して君の行動を称えるよ」
三雲に近寄り、嵐山隊ひいてはボーダーを代表して賛辞を述べる。
ちょっと上から目線で何様だよ?って言われそうだが口下手なので許して欲しい。
「広瀬さんなんで褒めてるんですか!?
彼はC級隊員で規則違反を行ったんですからキチンと注意をしないと!!」
そうでした。規則違反ばっかり犯しているので木虎に指摘されるまでC級隊員の訓練以外でのトリガー使用禁止についてすっかり忘れていた...司令に滅茶苦茶怒られたのになぁ~
「助けて貰って言うのもあれなんだが形式として聞き流してくれ、
知ってると思うけどC級隊員は訓練以外でのトリガーは禁止だから」
「規則違反は厳罰処分...除隊でしょうか?」
「なんで?最悪始末書書いて終わりだろ?」
これから起こる事を考えると戦力は少しでも欲しい、それは城戸司令も同じだ。ただのC級隊員が規則違反を犯したのなら速攻で除隊なのだろうが三雲程の実力者なら大丈夫だろ、そもそもこんな事で除隊をしてたら一部隊規模のA級が消える...ここまで来ると城戸司令に同情だな。
「始末書ですか...それだけでいいんですか?」
俺の話を信用していないのか三雲が困惑している。
どうやら三雲は規則を重んじる、もしくは心配性のようだ。
規則違反筆頭として三雲の不安を解消しようと過去の失態を話そうとすると木虎が叫ぶ。
「どうして広瀬さんは彼に付くんですか!?彼は違反者なんですよ!!」
「木虎はなんでそんなに怒ってるんだよ?
確かに三雲は規則違反を犯したけどボーダーとしての責務を果たしたんだから良いだろ」
「それは私達正隊員の責務であって、訓練生の彼の責務ではありません。
広瀬さんの言う通り彼の行動は称賛に値します。ですがここで彼の行動を称えてしまうと、彼に続く愚か者現れ、その人だけではなく市民も危険に曝すのは火を見るより明らかです。ですから彼は広瀬さんの手によって処罰されるべきです!!」
途中まで至極マトモな内容だったのだが、最後の一言で呆気に取られる。
俺の手によって処罰ってなんすか?俺っていつの間に処刑執行人になってたの?
...何て言うか今日の木虎はちょっと壊れている気がする、こんな真面目ちゃんだったか?
ってか真面目ちゃんで思い出したが木虎は規則違反を批難する立場じゃないだろ、だって...
「言いたい事は凄く分かったが、残念ながら木虎が言えた台詞じゃないな。
木虎の言う通り全ての隊員が規則に則った処罰を受けるなら俺達は初日で首だぞ?」
木虎は俺と共に訓練生時代の決闘騒ぎ、同僚殺し事件と二つの規則違反を犯している。
どちらとも名前通りの規則違反なので三雲の規則違反とは天と地ぐらいの違いだ。
「なっ!...広瀬さんは余計な事を喋らないで下さい!!」
「今の話はどういう意味?」
「察してくれ」
白髪の少年が訊ねてくるが周囲の目が多いので適当にはぐらかす。
白髪の少年は先程から木虎の言動にイラついていたみたいだったし三雲の友達か?
なんにせよ学生にとっては三雲は救世主なのだからイラつくのは当然だな。
「なんだ偉そうな奴は問題児なのか、それで修にケチをつけるなよな」
「ぐっ、広瀬さんが喋るから...」
白髪の少年が木虎を問題児呼ばわり、木虎が恨めしそうに此方を睨む。
木虎の自尊心を傷付けて悪いと思うが、木虎が引き起こした事なので自業自得だ。
意味が分からないがとにかく木虎は俺の手で三雲を裁いて欲しいみたいだが、
三雲に対して恩とか尊敬を感じているのでその気は全くない、それを木虎に伝える。
「俺から三雲君に言う事はなにもない、だから文句があるなら自分の口で言え」
「だから違うんです、広瀬さんが彼を褒めるから...」
此方の考えを率直に伝えたのだが、それでも木虎は納得していないみたいだ。
「あ~イライラする...いい加減に黙れよ」
頭の中での思いだったのだが、口に出したと分かった瞬間にハッとする。怒気を含んだ独り言は周囲の学生にも聞こえていたのか先程まで向けられていた尊敬の眼差しが恐れに一転する。いやいやちょっと本音が出ちゃっただけで俺はそんなに恐くないから、学生達に身ぶり手振りで誤解を解こうとしようとした最中に涙目で歯を食い縛った木虎が視界に入る。...えっ!?なんで泣いているんですか?
俺と木虎は決闘騒ぎに発展する程の煽り合いは日常的だ、だから先程の本音如きで木虎が涙目になるとは思わなかった。同期だというのが強過ぎて忘れていたが俺は高校生で木虎は中学生、生意気な木虎とはいえ言い過ぎたかも知れない。とにかく謝らなくては...土下座か?それだけじゃあ足りない気がする、じゃあ切腹?...いやいや俺が死んじゃうじゃん!?
「どうした二人ともまた痴話喧嘩か?」
木虎の予想外の反応に困惑していると両頬を紅葉型に腫らした嵐山先輩が現れた...俺達がゴチャゴチャしている間に嵐山先輩は弟妹相手になにしてたんだ?
「違いますよ、砂埃が目に入っただけです。そうですよね広瀬さん?」
俺から嵐山先輩に説明しようとしたのだが木虎に先を越された。意外にも話の流れを俺に委ねて来たので、木虎の問いに対して曖昧な肯定を述べた。流石に納得した訳ではなさそうだが俺と木虎が問題にしたがっていない事を察してか話を残骸と化したモールモッドに向けた。
「それで学校を救った隊員については分かったか?是非ともお礼を言いたいんだが...」
嵐山先輩の質問に答える為に三雲を手招きする。
半ば蚊帳の外だったので手招きされるまできょとんとしていた...本当にごめん。
「C級隊員の三雲修君です、俺達が間に合わないと判断して独自の判断で撃退したそうです」
C級隊員という肩書きに驚く嵐山先輩。
「君が学校の皆を救ってくれたのか、よくやった。
見て分かったと思うが俺の弟妹がこの学校の生徒でな、だから個人的にも助かった、ありがとうな」
弟妹達を追っかけるのに夢中だったせいで言いそびれていた台詞を三雲に伝える。両手に紅葉型に腫らした痣がなければ格好が付いただろう。
「それにしてもC級がモールモッドを数体撃破か...」
「C級隊員なので初見だと思いますけど弱点の突き方が玄人です、きっと太刀川先輩タイプなんでしょうね」
C級隊員は仮想シュミレーションでバムスター程度のトリオン兵としか戦えないので、三雲にとってモールモッドは未知の敵となるのだがモールモッドの装甲が最も薄くなる腹部から一撃でコア部分を破壊したのだ、ハッキリ言って気持ちが悪いレベルだ...なんで今の今まで三雲の名前を知らなかったのだろう?ここまでの技量の持ち主なら噂になってもおかしくないのだが...
「三雲君は何処かのA級から誘いがかかってる?」
「い...いえ、僕なんかがA級の人達に誘われるなんて...」
「じゃあ友人と隊を結成する予定は?」
「僕一人で入隊したので隊を造る予定はないです。
あ、あの...広瀬先輩はどうして僕にそんな質問を?」
三雲が正隊員になった後の所属先を聞いたのだが、誰からも誘いが掛からず、一人で入隊したので隊を結成するつもりもないそうだ。後者はともかくも三雲程の実力者が誰からも誘いが掛からないのはおかしい...どの隊だって実力者は欲しいもので新入隊員の情報収集はしておくものなのだが...まぁ嵐山隊でも気付かなかったのでそういうものなのだろう。
「三雲君の所属先が決まってないのなら、嵐山隊に入らないかって思ってな。見て分かるけど嵐山隊は戦隊物を意識してるけど一人...緑色が足りないんだよ、どうだ?」
『広瀬先輩!!俺を忘れないで下さい!!!』
「俺は忘れてないけど、皆は忘れてるんだよ」
『マジっすか!?それ...』
戦隊の緑を担当している佐鳥から通信で怒声混じりの抗議が入ったので、捨て台詞を吐いた後に通信を切断した。前々から思ってたけど狙撃者って地味で陰湿なイメージが強いから嵐山隊の広報任務には合わないんだよね、しかも佐鳥はファンから忘れられがちだし、学生達を見てても誰も佐鳥が居ない事に気が付いていない始末だ。話の話題を元に戻すと三雲が慌てていた。
「あの広瀬さんが直々にスカウトしてる!」
「三雲がA級、しかも嵐山隊に入隊!?」
「よく分からんが良かったな修」
「いやいやいやいや、僕が嵐山隊に所属するなんて話が飛躍してますよ!?」
周囲の学生は嵐山隊への入隊を勧めているが、等の本人は否定気味だ。ふと木虎の方を見てみると三雲の入隊が嫌なのか歯を食い縛って親の仇みたいな視線を向けていた、声に出して否定しないのは先程の一件が原因だろうか?。木虎は無視するとして、三雲の答えを聞こうしたのだが事後調査を終えた時枝が現れた。
「事後処理の方々を呼んどいたので僕達は撤収ですね。
それと三雲君は本部から出頭命令来てるから、後でお願いね」
流石は副官時枝、俺達がゴチャゴチャしている間に処理を終えたようだ。
「時枝、三雲君について本部はなにか言ってた?」
「綾辻さんからは特には...ですが広瀬先輩と木虎の前例があるので大丈夫では?」
そうですか、そうですよね。
張本人の俺が思うのもなんだが司令達も強者による規律違反に寛容になったもんな...
「俺達が此所に居続けるのはマズいし、そろそろ撤収するか...」
嵐山先輩と時枝がこの場から立ち去ろうとしたので呼び止める。
「どうした?」
「三雲君の処遇の釈明の為に此処に残りたいんですけどいいですか?」
「別にいいが、此処に残る必要はないだろ?
それに俺達が此所に残ってたら不安がられるだろ」
「逆だと思います。トリオン兵の襲撃で生徒達は不安がっているので、一人ぐらい隊員が残った方がいいかなって...本音はサボりですけど」
一度開いたイレギュラー門が再度同じ場所に開いた事例はないが、万が一という事もある。そうでなくても突然のトリオン兵の襲撃に生徒達は不安がっているので俺が学校に残る事を提案した。嵐山隊は広報任務で知名度は高いので、突っ立ってるだけでも生徒達は安心する筈だ。よい提案なのだが最後の本音が余計だった、嵐山先輩に否定されるか別の誰かに任せるかと思ったのだが「じゃあ頼む」と、すんなりと許可された。俺が言うのもなんだが嵐山先輩は俺を信用し過ぎでしょ...
「嵐山先輩、私も残ります」
「くれぐれも皆に迷惑はかけるなよ」
下校時間まで図書館辺りで籠っていようと考えていたのだが、木虎まで残ると言い出し始め嵐山先輩が即座に肯定した後に時枝と共に学校を後にした。嵐山先輩知ってると思いますけど俺達混ぜたら危険なんですけど...そもそも木虎ってアンチ側だったろ、どういう心境の変化だ?
「応接室を案内して下さい、私達はそこで待機しているのでなにか合ったら呼んで下さい」
「は、はい、ではこちらに...」
木虎が勝手に女性教員と話を進める。
木虎が高圧的過ぎて女性教員が若干引いている。
そんな女性教員の後に付いて行こうする木虎だったが突然此方に振り返った。
「なにをボケッとしてるんですか?迷子になってもしりませんよ」
反射的に言い返そうとしたが、先程見せた木虎の泣き顔を思い出して止めた。相手がいつも通りに接しているのだから俺も普段通り接しなくてはならない...そうなると俺はなんて反応すればいいんだっけ?心の中で疑問に思いながら木虎の後ろ姿を追い掛ける事にした。