私はブラックトリガーになりたい   作:駄作製造工場長

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第1話

窓一つない窮屈な部屋で素人目にもプロ仕様だと分かる程のゴツいカメラを持った男性がヘンテコなマークに向かってフラッシュを焚く。ヘンテコなマークを撮影している男性の隣には、仕事の出来そうなスーツ姿の女性、その女性は真剣な表情で左手に持ったメモ帳に何かを記している。男性はどうしてヘンテコりんなマークを撮影しているのだろか?女性は何を記録しているのだろうか?そんな疑問から男性と女性を交互に観察していると、不意に女性と目が合う。目を合わせた女性は気不味そうな表情を浮かべながら此方に向かって口を開いた。

 

「あの...広瀬くん、撮影中だからもっと楽しそうな顔をしてもらえる?」

 

女性の発言を受け、自身を取り巻いていた状況を思い出す。

撮影...撮影、そうだ取材だ。俺は仕事でとある雑誌社の取材を受けていたのだった。

男性はその雑誌社のカメラマン。ヘンテコなマークを撮影していたのではなく、ヘンテコなマークを背景に俺を撮影していたのだ。女性の方も雑誌社の記者で俺の発言や行動、果ては雰囲気までも記録していたのだ。そもそも「ヘンテコなマーク」ではない。俺が所属している「ボーダー」のエンブレムだ。そして取材を受けていたのは「俺」ではない「俺達」だ。そんな基本的な事を忘れてしまうとは余程疲れが溜まっていたのだろう、もしくはこの仕事を心の底から嫌っているのだろうか。疲れが溜まっていようが嫌な仕事だろうが仕事は仕事だ。年不相応の給料を貰っている以上はしっかりと勤めなくてはならない。そう言い聞かせ、俺の事を指摘してくれた記者と撮影を中断してしまった事に対してカメラマンに謝り、取り繕った笑顔を浮かべようとする。

 

「広瀬さん、仕事なんですからちゃんとして下さい、ボーダーの恥晒しですよ?」

 

他所行きの笑顔を浮かべ終わり、カメラマンが安心した表情と共に撮影を始めようとした最中、右隣に並んでいた桃色の隊員服の少女が俺の胸を肘で小突き、悪態を吐く。「なにが恥晒しだ」そう怒鳴りたかったが、カメラから放たれたフラッシュが安直な行動を思い止まらせる。危ない危ない、またコイツの挑発に乗せられてしまうところだった。相変わらずタイミングがイヤらしい、普段ならともかく今は広報としての仕事中。下手な事をしてボーダーの印象を下げては、また司令達に怒られてしまう。広報任務に関して司令達に怒られるのは非常に不味い。過去の経験から降格、除隊はまずあり得ないだろうが、その代わりに減俸は確実だ。過去3回も減俸され、貧しい思いは充分に体験している。これ以上の減俸は避けねばならない。コイツの挑発は仕事が終わった後で何倍にでも返してやればいい。そんな決意を胸に秘めていると、再びカメラからフラッシュが放たれた。...何度目のフラッシュだろうか?同じポーズで何度も何度も...何枚取る気だよ?一回で終わらせろ。一向に終わりを見せない撮影に対して心の中で悪態を吐き、その思いが表情に浮かびかけた頃に再び思い止まる。どうせ悪態を吐いても司令達に怒られるのがオチだし、永遠にも等しい撮影がこれ以上延びるのは勘弁だ。仮面...は行き過ぎだが、無駄なことを考えずに無心で撮影が過ぎ去るのを待とう。一々問題を起こして、怒られては面白くもない。何せ今回だけではなく、明日も明後日も似たような仕事が待っているのだから。「広報任務」それが俺...ではなく、A級5位嵐山隊の重要な任務なのだから。

 

 

 

俺が所属する組織について説明をしたいのだが、「ボーダー」についての説明は非常に面倒だし、大雑把にしか理解していないので省くとして、せめて俺が所属する「嵐山隊」という部隊とその任務についてぐらいは説明したい。嵐山隊の隊長は隊の名前通り嵐山先輩だ、その先輩を筆頭に副官扱いの時枝、三枚目狙撃主の佐鳥、先程俺の胸を小突いてきた小生意気な木虎、オペレーターの綾辻さん。そしてボーダー内で「銃バカ」と恐れられている広瀬仁こと、俺を含めた6人が嵐山隊のメンバーだ。戦闘員5人、オペレーター1名の6人が嵐山隊だ、そう6人なのだ。ボーダーの部隊は通常、戦闘員4名とオペレーター1名の計5名が上限とされる。ボーダー内で行われるランク戦を考えれば、他部隊より戦闘員が1名多いというのはこの上なく有利なのだが、ランク戦では他の部隊と同様に戦闘員の上限は4名だ。戦闘員5名に対して、ランク戦に参加できる戦闘員は4名。必然的に1名はお留守番。特別にオペレーターの綾辻さんの補佐をする事が出来るが、とにかくランク戦では戦闘員1名が戦いに参加出来ずにお留守番なのだ。この時のお留守番は戦う位置が微妙に被っている俺と佐鳥が状況に合わせて担当する事になる。この件に関して不満はあるが、俺の戦法が嵐山隊の連携を著しく乱しているのは理解しているので黙って言うことを聞いている。そもそも俺は嵐山隊に所属出来るような人間ではないので、大人しくせざるをえないと言った感じだ、たが一つだけ不満がある、こんな俺でも嵐山隊に所属しているのでランク戦で他の部隊と戦ってはみたい欲求はあるのだが、ここ数試合はランクに戦に参加出来ていないのだ。この頃俺と佐鳥は交代でお留守番を担当せずに、されたくもない俺の指揮能力を評価されて連続でお留守番、つまりは綾辻さんの補佐を任されているのだ。綾辻さんと一緒に仕事出来るのは嬉しいのだが、嵐山隊のチームランクを左右させる戦いに連続で参加出来ないのはもどかしさを感じてしまう。

 

そんな訳でランク戦は除かれるが、嵐山隊にしか6人編成には許されていない。

そんな特例が許されている理由は嵐山隊が広報任務を担当している所に絡んでいる。

っていうか林藤支部長が広報部隊設立の会議で放った一言が関係している。

 

「折角の広報部隊なんですから、戦隊物にあやかりましょうよ。

赤青緑黄桃の5色で5人、そうすりゃあボーダーの人気はウハウハでしょ」

 

実際に会議に参加していないので分からないが林藤支部長の事だからこんな感じだろう。この案にメディア対策室長の根付さんどころか、堅物の城戸司令も賛同してしまったのだ。(ちなみに嵐山先輩が赤、時枝が青、佐鳥が緑、木虎が桃、俺はカレー好きで大雑把というイメージが強い黄色の隊員服で、綾辻さんだけは普通のスーツだ)そしてボーダーの広報部隊設立が決定され、さて肝心の人員はどうする?となった頃に(運悪く)訓練生で「A級昇格間違いなし」と太鼓判を押されたのが俺と木虎の二人だったのだ。設立時に暇な人間が居たという理由で俺と木虎は嵐山隊に入隊する事となったのだ。それからが地獄の始まりだ。いや...こう言うと嵐山隊のメンバーが原因に思われてしまう、それは勘違いだ。約一名ムカつくのがいるが、広報任務を担当する嵐山隊には良い人しかいない。嵐山先輩は秀才だが鼻に付く様な人ではない、少し抜けている所もあるがそこが親しみを湧かせる、そして一人の人間として尊敬しているし、信頼もしている。時枝は同年代ながら頼りになるし色々と学ぶところが多い、素直に時枝の周囲をフォローする能力が俺にもあればなぁと思う。綾辻さんは綺麗で性格もいいので近くに居るだけで幸せ...は言い過ぎだが、とにかく頑張ろうとい気持ちになる。佐鳥は...まぁ気の合う友人だ、お互いの時間が空けば狙撃のコツを教わっているので助かってる...その度に昼飯を奢らされてるけど。そんな良い人ばかりの嵐山隊の面々だが、任せられる任務が地獄なのだ。

 

カメラマンに親の敵かと勘違いする程のフラッシュを焚かれ、

記者に恥ずかしい質問を隅々で記録される取材だけならまだしも、

プロモーション撮影、幼稚園や老人施設へのボランティア活動、

住民に向けてボーダーの活動内容の説明、中高学校へ出向きボーダーへの勧誘などなど。

最近ではCDデビューまで決定するなど、まさに有名人そのものだ。

 

ボーダー内のありとあらゆる表向きの広報任務を嵐山隊、一分隊が担当している。これに加えて学生生活と通常の防衛任務も担当しているのだ、ハッキリ言ってボーダーは俺達を殺しに掛かっているとしか思えない。そしてそれをなんの苦もなくこなしている嵐山隊の面々は異常だ。

 

そもそも俺は自堕落な人間で、興味のあることにしか頑張れない性格だ。

ボーダーへの入隊を決めたのは、既にボーダーでA級として活躍している友人達から「ボーダーに所属すればお前の大好きな銃を毎日好きなだけ扱え、尚且つ人やトリオン兵に向かって撃てるぞ」という危険思考極まりない理由からだ。我ながらよくボーダーに入隊、今の今まで広報任務を大きな失敗なくこなせたものだ。この事から分かるように俺は嵐山隊に所属出来るような出来た人間ではないのだ、先程も説明したが俺がA級に所属出来たのは実力だが、A級5位嵐山隊に所属出来たのは「戦隊物」をする際に人が足りなかったからだ。でなきゃエリートだらけの嵐山隊に所属出来るわけがない。

 

嵐山隊を抜けてどっかの隊に所属したいが一度公に出た手前、司令達は絶対に許してくれない、何度沢村さんの手で転属願いをビリビリに破かれたことか。大好きな銃器を手放して、ボーダーを抜けることを一度だけ決意し実行したが、司令達が貴重なA級隊員を手放す分けがなく、除隊願いはやっぱり沢村さんの手によってビリビリに破かれた後に燃やされた、更に俺が除隊したがっている話をどこかで聞いた嵐山先輩が他の隊を募って俺を慰める会をやり始めたので除隊は諦めた。そんな訳で隊の移動も降格も除隊出来ず、俺は嵐山隊の皆に対して僅かながら劣等感と罪悪感を感じながら激務をこなしていくのであった......なれるかどうかは別にして、冗談抜きでブラックトリガーになろうかと考え始めているこの頃だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「仁、さっきから調子が悪そうだけど大丈夫か?風邪か?」

 

億劫だった広報任務を終え、嵐山隊全員で基地内のラウンジで打ち上げ混じりの軽食を摂っていると、嵐山先輩が心配そうに声を掛けてくれた。心配してくれるのは嬉しいのだが俺を下の名前で呼ばないで欲しい、俺の名前はとある実力派エリートの名字と被っているので別のテーブル席の連中が辺りをキョロキョロし出し、俺達を見つけて勘違いだと気が付いたのか「そっちの方かよ」などと言っている、理由が分からないでもないがあの人は一部の人に嫌われ過ぎだろ。とある実力派エリートの人は置いといて、嵐山先輩に心配をされたが「嵐山隊の広報任務が原因です」とは言える訳もなく、近くにあったフライドポテトを摘まみながら適当な言い訳を考えていると、隣に座っていた木虎が口を開く。

 

「馬鹿が風邪を引くわけないじゃないですか。

どうでもいいこと考えてボーッとしてただけですよ、絶対」

戦隊物のヒロインの癖に随分と刺のある台詞を口にするものだ。木虎に図星を突かれたのだが日頃のやり取りと先程の鬱憤もあり、フライドポテトを口いっぱに頬張りながらも木虎に向かって言い返す。

 

「木虎は俺と違って被写体が板についてたな、終始薄気味悪い笑みを浮かべてたけど」

「なっ...なにを言ってるのよ、あれは別に...!?」

 

俺の嫌味に木虎が声を上げて否定しようとするが、突然鳴り響いた手を叩く音に中断される。

 

「はいはい、喧嘩しない」

 

手を叩いたのは時枝、俺達の言い争いを仲裁してくれたのだ。最近俺と木虎が喧嘩をして、時枝が今の様に止めるのがパターン化している気がする。時枝の仲裁のおかげで木虎と決闘までいかなくて助かるのだが、時枝には負担ばかりで申し訳ないな。そんな事を思い浮かべながらも、先程の喧嘩などなかったかの様に口内に詰まったフライドポテトを炭酸で押し流す。木虎は言い足りなさそうな顔をしているが、これ以上の言い争いは時枝を怒らせると思ってか黙って手元の飲み物に口を付ける。俺のひとつ年下の時枝の言うことは素直に聞くんだよな...今更だが木虎の俺に対する当たりの強さには異常を感じる。木虎はプライドが高く、殆どの人間に対して偉そう、もしくは生意気な態度を取るが一定の礼節はあり、他の隊員とも大きな衝突はなかった。それなのだが俺に対しては常時喧嘩腰で礼節の欠片もない。そもそも俺と木虎がこの様な関係になったのはいつ頃からだろうか?なにが原因だ?ボーダーに入隊した頃から記憶を巻き戻していると、呆れ顔の嵐山先輩が溜め息を吐く。まるで妹弟の喧嘩を眺めている長男みたいだ。

 

「全く...お前らはどうしてお互いを邪険に扱うんだ?

訓練生時代はお互いを高め合った仲って聞いてたんだが...」

 

嵐山先輩の発言に首を横に振って否定する。それは悪質なデマだ。確かに俺と木虎は年齢は違うがボーダーに入隊したのは同じ時期、つまりは同期だ、だがお互いを高め合った記憶はない。あったのは先程みたいな不毛な言い争いだ。その頃は時枝みたいな押さえ役がいなかったので、お互いに煽りに煽りまくったら即訓練室で決闘。思い返してみると、その決闘の繰り返しの末にA級の俺が居るとすれば嵐山先輩の発言は間違いではないが、それだと俺と木虎の関係はお互いを高めあった友人ではなく、お互いを死ぬほど嫌っている関係、言ってみれば宿敵同士みたいなもんだ。事実、何度も行われた俺と木虎の決闘は正隊員達をざわつかせ、同期の訓練生達を恐怖のどん底に叩き落とし、若干名除隊願いを提出させた程だったのだ。そんな俺達を同じ隊に入れた司令達は何を考えているのだろうか?本当に疑問だ。そんなに昔の事ではなかったのだが、一人思い出に浸っていると、綾辻さんと話をしていた佐鳥が俺と木虎の関係について一番言われたくない台詞に口する。

 

「喧嘩するほど仲が良いって事だろ、傍目にはカップルの痴話喧嘩に見えるぜ?」

 

「違うわ!!変な事を言うと蜂の巣にするぞ!!」

「違います!!何を言ってるんですか!?」

 

佐鳥の発言に対して、俺と木虎の否定の台詞が重なる。

どうして同じタイミングで似たような台詞を吐いてしまうのだろう。これでは信憑性がない。俺達の殺伐とした関係をどうやって佐鳥に理解して貰おうか、そんな事に知恵を巡らせていると、佐鳥の口から信じられない事を耳にする。

 

「否定するなって、ボーダー公認のバカップル」

 

思わず手にしていたフライドポテトを床に落としてしまう。

ボーダー、公認、バカップル、俺と木虎が?聞き違いか?そうであってほしい。

すがるように木虎を視界に入れると、俺が聞いた内容と一緒だったのか呆然としていた。

佐鳥の衝撃的な発言について質問をしたかったのだが、衝撃的すぎて口が動かない。

それを察してなのか嵐山隊の天使である綾辻さんが代わりに質問をしてくれた。

 

「そんな話初めて聞きましたけど、どこからの話なんです?」

「何処からって...さっきのカメラマンと記者だけど、さくっと聞いた話なんだけど

今回の雑誌のメインって嵐山隊全体じゃなくて、広瀬と木虎のカップル特集なんだって...」

「なんだって、じゃない!!なんでその時に否定しなかったんだよ!?」

「そうですよ!なんで私がこの人とカップルなんですか!?生き恥じゃないですか!!!」

 

佐鳥の呑気な説明受け、両手をテーブルに叩き付けて抗議する。

他の隊員ならともかく、佐鳥は俺と木虎の混沌とした関係を知ってただろうが。

予想外に大きな声が出たのか、周囲のテーブル席に座る隊員が何事かとざわつき始め、時枝が今の状況を野次馬と化した隊員に説明する。集まり始めた野次馬と俺と木虎の抗議で、事の重大性に気が付いたのか佐鳥は両手を泡つかせながら先程の話を続ける。

 

「いやいや、否定はしなかったけど事実かどうかは確かめたって、そしたら...」

「そしたら!?勿体ぶってないでさっさっと吐け!!」

「広瀬さん五月蝿いから黙ってて下さい。佐鳥先輩、早く続きを!」

 

佐鳥が肝心な部分で言い淀んだので胸ぐらを掴むが、掴んだ両手が木虎によって離される。咳き込む佐鳥。余程注目を集めてしまったのか、いつの間にか俺達のテーブルには先程に増して野次馬が集まり佐鳥の次の言葉を待ち望んでいる。等の本人は突然の状況に多少ながら混乱している様子だ。

 

「ボーダーのメディア担当、つまりは根付さんが、二人はボーダー公認のカップルです、って言ってましたって答えてたんだ、だからそうなんだ~って思ってたけど.....えっ、なにその形相?もしかして違うの!?」

 

 

もしかしてじゃなくて最初っから違うんだよ。

佐鳥にそう怒鳴り、飛び上がるように席を立ち上がる。

俺と木虎は嵐山先輩達の制止を無視して、トリガー片手に根付さんが居るであろうメディア対策本部へ一目散に駆けたのであった。

 




つづく...かもしれない?

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