神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第96話 いつもの日常

 エイジが復帰してからの第1部隊の戦績は、今までは一体何だったのだろうかと思う程に目覚ましい数字を叩き出していた。ガーランド支部長からは後方支援を言い渡されていたが、今の状況を鑑みればこのまま後方支援に回す事を公表するのはアナグラ全体に不信感を呼ぶことになり兼ねない。

 建前として新型優遇の言葉を出せば、未だに旧型が主流となっているこの極東での信頼は簡単に吹き飛んでしまう。

 今の時点での思惑を他所にガーランドは暫くの間、沈黙を保っていた。

 

 

「やっぱり、エイジが居ないとつまらないよ」

 

「今のコウタに説得力は無いですよ」

 

 アリサが見ているのはコウタの手元。任務終了後に軽食とばかりに手には先ほどエイジから貰ったマフィンが握られている。現金すぎる程のコウタの態度に今までは空腹だったから力が出なかったのかと言いたくなるほどだった。

 

 

「アリサだって、人の事言えないじゃん。俺よりも良い物じゃん。なぁエイジ、俺にもくれよ」

 

「もう食べ過ぎだよ。満腹過ぎると動きが鈍るから程々だよ」

 

 まるで喫茶店で話をしているのかと思うような空気がロビー全体に広がっていた。一人が元に戻っただけでこうまで違うのだろうか。ロビーにずっと居るヒバリでさえも、当時の状況は見るに堪えない状況を覚えている。そんな空気をあっさりと変える程にエイジの存在感は大きくなっていた。

 以前であればリンドウがその役目を果たしていたが、今のアナグラはエイジが精神的支柱である事に間違いはない。その場にいた誰もがそう理解していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ガーランド支部長。第1部隊の連中はどうするおつもりですか?」

 

「今は如月エイジが復帰した以上、ここから先の無理強いは恐らく無意味だろう。まずはこちらの準備を全て終えた所で次のフェイズへと移行する。それよりも今の進捗状況はどうなっているんだ?」

 

 大きな研究施設とも取れる場所で秘密裏に研究が進められていた。元々発表されているアラガミ進化論は『ある目的の為』の手段でしかなく、それを公にする事で一種の目くらましとなっていた。大義名分があれば、誰もがそちらに意識が向いていく。本来の目的から逸らす為に発表されていた。

 

 一つの大掛かりな実験と研究の為にはそれなりの試料が必要とされる。本部であれば何をするにも目的に関する許可が必要となるが、既にガーランドはここの最高責任者でもある支部長である事と、ここ極東には世界最大級のアラガミのコア保管庫がある。

 実験一つするにしても許可も要らなければ試料にも困らない。そんな思惑がここへ赴任する為の目的の一つでもあった。

 未だこの施設に関しての有効活用の方法に気が付いてる人間は誰も居ない。今は第1部隊の事は一先ず先送りし、自身の研究を優先としていた。

 

 

「今の所は70%程です。完成までにはあと数日は必要かと思われます」

 

「そうか。ならば完成を最優先とし、その後の行動に関しては改めてとしよう」

 

 この研究開発を今の時点で知られるには何かと都合が悪い。その為には、一旦今までの事は何も無かったかの様に振る舞う事で水面下で動く事が一番効率が良いと判断した結果でもあった。

 既に第1部隊は何の問題も無く運用されている。となれば態々火種を作る必要性はどこにも無く、第1部隊とアーサソールの関係を気取られる事無く任務を発注した方が良いだろうとガーランドは判断を下していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 穏やかな時間が流れるのと同時に、先だっての多数討伐ミッションからアラガミの数は一時期よりも減少が見られていた。デスマーチとも取れる過酷な日程とは打って変わった事と、いつもの第1部隊が戻って来た事により、今までの殺伐とした空気が穏やかな物へと変化していた。

 

 

「アリサさん。例の件ですが、手続きは完了してますので後は腕輪認証だけはしておいて下さいね」

 

「ありがとうございます」

 

 誰も居ない事を見計らい、ヒバリは小声でアリサに告げていた。

 ヒバリの言葉が何を意味しているのかはアリサだけが知っている。喜びが隠せないのか満面の笑顔が言うまでもなく心情を伝えていた。以前屋敷で話をした事が漸く可能となる事で今のアリサはある意味危険な状態とも言えた。

 これからは自由に出入りが出来る上に、問題となった記憶喪失事件が仮に再びあったとしても、何か分かる物があればとの考えから二人のおそろいの物があっても良いだろうと判断したのか、アリサは早速エイジの元へと走り去って行った。

 

 

「随分とアリサがご機嫌だったけど、何かあったの?」

 

「まぁ色々とあったんですが、どうやら解消されたらしいですよ」

 

 走り去るアリサを見ながらも、休憩がてらにおやつでもとリッカがロビーに来ていた。本来であれば事実を伝えてもリッカであれば問題ないが、今回の内容に関しては公言する訳には行かなかった。幾ら任務とは関係が無いとは言え、内容が限りなくプライバシーに関するだけでなく、ヒバリの職種から考えても公言することは守秘義務に反する。ヒバリもリッカが聞きたい意図は読めているが、そこは守秘義務があるからともっともらしい事だけ告げ、それ以外に語る事は無かった。

 

 

「そう。なら良いんだけど。ここ数日は異常とも言える出動だったから、ある意味気分転換が出来てるなら良いんだけどね」

 

「あの頃の事を考えると、確かに今は平和と言っても差支えないでしょうね。でも技術班もその分大変じゃなかったんですか?」

 

 ヒバリが心配しているのは討伐における出動だけではない。任務が完了し、帰投すれば今度はそのメンテナンスとコアや破壊した部位の回収と、それこそ全員がスクランブル状態でフル稼働する事だった。精鋭なのはゴッドイーターだけではない。この極東支部に所属している人間全員が自分たちの仕事に誇りをもって取り組んでいるからこそ、今の水準が保たれていた。

 事実、ここ数日の激務の影響でリッカの体重は2キロ落ちると同時に、常に疲労感が顔に滲んでいた事が思い出されていた。

 

 

「いや~これで徹夜からも解放されたし、落ち着いた直後に帰ったらまる一日は寝てたよ。さすがに24時間近く経っていた時は思わず笑っちゃったよ」

 

 笑顔で話はしているが、事実家に帰ったのはある意味久しぶりな状況と共に乱雑な部屋の中は出て行った時と何も変わっていなかった。唯一変わっていたのは冷蔵庫の中身。ほぼすべての食材の賞味期限が切れていた事で、改めて買い直しや作り直しで時間が経過していた。

 その影響もあって、ロビーに置かれたお菓子を食べるリッカの手が止まっていない。あまり食べると今度は違う意味で苦労するのではと心配する程だった。

 

 

「リッカさん。それ位にしておかないと、他の人の分が無くなりますよ」

 

「…それもそうだね。でもさ、久しぶりに食べると何だか次の仕事に向かって頑張ろうって気力が出てきそうだけどね」

 

「それは否定出来ませんね。エイジさんが出撃してなかった時は業務以外ではタツミさん以外、誰も近寄らなかったですからね」

 

 常に常備されている訳では無いが、エイジが復帰後にはカウンターにお菓子が少しづつは出ていた。実際には一日置き位のペースで出ている事もあってか、ロビーには用も無いのに人だけはやたらと多くなっていた。

 

 

「ある意味、これが日常なんだろうね」

 

「そうですね」

 

「でもさ、ここまで余裕が出ると何だか気持ち悪いって言うか、何だか嵐の前の静けさって感じだけどね」

 

 リッカの何気ない一言は今までの極東支部の取り巻く環境を考えればある意味当然とも取れる発言でもあった。穏やかに流れる時間の背後には何かしらの蠢いた物があるのは間違いないが、今の時点でそれを確認する術はどこにも無かった。極東支部に所属して平凡なまま終わる様な事実はありえない。そんな事に動揺する事すら起きないのは、この状況に慣れた結果なのだろうか?

 杞憂で終われば問題ないが、それ以上となると今度は何が起きるのだろうか。そんな事が有ってほしく無い気持ちを持ちながらも、2人は再び仕事へと戻る事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようエイジ。もう調子は良いのか?」

 

「もう大丈夫ですよ。今の所、何か不都合が生じる様な場面には遭遇してませんから」

 

 廊下を歩けばそこにはリンドウが煙草を片手に休憩していた。リンドウも形式上は第1部隊に所属はしているが、実際にはツバキの管理下で新人の教育関係や遊撃としての任務をこなしている。

 その為に時間が他とは違う状態になっていた。事実、リンドウがエイジと会話したのもかなり久しぶりではあったが、そこに何の感慨も無く純粋に情報交換だけしていただけにすぎなかった。 

 

 

「そう言えば例の話だが、無明からは聞いているか?」

 

「概要だけは聞いています。しかし、今の所は何か変化があったとも思えませんし、今の状況がこのまま続くとも思ってもいませんが」

 

 誰が聞いているか分からない以上、情報の核心の部分を敢えて外す事でそのまま会話を続けていた。エイジが目覚めていない時には本来であればリンドウが第1部隊に復帰するのが一番だと思われていたが、肝心のガーランドはそんな事は意にも介さずそのままの部隊運用をしていた。

 詳細については分からないが、無明とツバキが本部へ行くのは何かがあるからだとあたりをつけ、リンドウは口を挟む様な事は何もせずに見守っていた。

 

 

「所で話は変わるが、アリサとは上手くやっているのか?」

 

「どうしたんですか急に?特に問題は無いですけど?」

 

「実はな、お前がまだ目覚めていない時に、どうやらうちの嫁さんに相談していたらしくてな」

 

 リンドウの話はアリサからは何も語られていない。もちろんこれが初耳でもあった。目が覚めるまでの事は分からないが、何となく暖かい物が流れ込んでいる様にも思えていた事を思い出す。

 あの後少しだけアリサにも聞いてみたが、結果的には話をはぐらかされた事でそれ以上の追及も出来ず、エイジとしてもそれ以上の事は何もしていなかった。

 

 

「ま、今のアリサを見ていれば言うまでも無いが、皆に心配かけるんじゃないぞ」

 

「リンドウさんよりも無茶をした記憶はありませんが」

 

「そいつは手厳しいな。って言うか、無茶の理由は全部俺のせいじゃないぞ」

 

 何を相談していたのかはさて置き、エイジは自分が想像以上にアナグラに大きな影響を与えている事を理解していた。誰も当時の事を語る事は無かったが、まるでお通夜の様な空気は、流石にリンドウにも感じていた。

 このままでは何かが起きても対処する事は難しいのではと考えていた所で復帰したのであれば、これ以上の事は言うまでもない。考えを切り替える事で何事も無かったかの様に話す以外に無かった。

 

 

「お前は気が付いていないかもしれないが、今のここはお前が精神的支柱になっている。無明も居るから大丈夫だとは思うが、何かあれば遠慮なく相談してくれ」

 

「わかりました。その時は宜しくお願いします」

 

「ああ。それとさっきの話だが、俺が喋った事はアリサには内緒にしておいてくれ。後で文句を言われるのはたまらんからな」

 

「詳しい事は分かりませんが、気を付けておきます」

 

 何か今の話で拙い事があったのだろうか?リンドウの考えは分からないが、特に言うべき事は何もないのであれば、これ以上気にする必要性は無い。一先ず了承した事を伝えると、リンドウはこれからまた仕事があるからとエイジの元を離れて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エイジここだったんですか。さっきヒバリさんが教えてくれたんですが、後は腕輪認証すれば問題ないそうです。あの……エイジがよければこれからどうかと思うんですが、都合は良いですか?」

 

 満面の笑顔でやってきたかと思えば、今度は少し頬を赤くしながら例の腕輪認証の話が出て来た。手続きはともかく、業務外の事なので時間がかかるのではと思っていたが、どうやらヒバリの仕事が早かったのか、後は認証待ちとなっていた。

 

 

「特に用事は無いから大丈夫だよ」

 

「じゃあ早速行きましょう」

 

 もう既に何度も来ている部屋ではあるが、今のアリサには別の意味で緊張していた。いつもはエイジが居ないと入れなかったが、この認証が完了すればアリサの権限でも入室する事が出来る。

 傍から見れば今更の様にも思えるが、やはり自分以外の部屋に自分の意志で入る事が出来るのは、ある意味緊張する部分がそこにはあった。腕輪をかざし登録が完了すると同時に、エイジではなくアリサのIDで扉が開く。いつもと何も変わらない部屋ではあったが、今のアリサには別空間の様にも思えていた。

 

 

「どうしたの?」

 

「…いえ、ちょっと感動しちゃいました。私のIDで開くと何だか気恥ずかしい様な気がして…」

 

 扉が開き、そのまま入りはしたが、入り口から先に進む気配が無い。エイジは隊長権限で緊急時には部隊のロックを解除する事が出来るが、逆のパターンはシステム上ない。アリサは気が付いていなかったが、唯一の例外は当事者同士の婚姻による物だけ。

 今回ヒバリがやったのはそのシステムの一部を流用した結果だった。だからこそ感動する部分がそこには存在していた。

 

 

「そんなもんなの?」

 

「そうなんです。エイジはちょっとその辺の認識が薄いんです」

 

 外部居住区や元々アナグラで暮らしているのであれば、プライバシーや万が一の事も考えて扉がロックされるのはある意味当然とも思われていた。しかし、屋敷の場合は扉ではなく襖の為に、そこにプライバシーとしての鍵の存在は無かった。

 事実、屋敷では何度もシオの襲撃にあっている。そんな事もあってなのか、エイジはアリサ程感動する様な事は無かった。

 

 

「ほら、屋敷だとロックしてないから考えた事も無かったんだよ」

 

 言い訳にも聞こえない事は無かったが、事実当時の記憶を呼び起こせば屋敷の部屋に鍵は確かに無かった。エイジが言う様に、シオの襲撃の事はアリサも覚えている。

 環境の違いと言われればそれまでだが、やはりこの感動は分かち合ってほしい乙女心がそこにあった。

 

 

「…確かにそうなんですけど。これからはもっと一緒に居る事が出来ますから、少しは気にしてください」

 

 アリサの言葉ではないが、万が一一緒に居る時に誰かが来るような事態があれば恥ずかしさが先に立つ。恋人同士とは言え、分別は必要だった。そんな事も踏まえ、改めてエイジに告げると何となく状況を想像したのか理解する事が出来ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えば、エイジに少し聞きたい事が有ったんですが、あのガーランド支部長の直属部隊でもあるアーサソールの事なんですが、何か気が付いた事ってありませんでしたか?」

 

「気が付いた事は無いと言いたい所なんだけど……」

 

 2人で食事をしながらこれからの事を色々と話している中で、不意にアーサソールの1人と感応現象が起きた事が話題に出ていた。現在の所、ここ極東支部でアーサソール以外に新型はエイジとアリサ以外にはいない。

 当時の事を話せばストレスが溜まりそうだが、こんな時でないと話す事は出来ないからと当時の状況を思い出しながら改めてエイジに確認してみる事にした。

 

 

「些細な事だったんですが、何気に握手した際に感応現象が起きたんですが、相手が全く見えなかったんです。まるで意思が無いのかと思う位に真っ暗闇な感覚しかなかったので、ひょっとしたらエイジの方で何か聞いてないかと思ったんですが……」

 

「実際にガーランド支部長と話したのは、ここに来る前位でその後はアリサも知っての通りの状況だったんだけどね。未だに細かい話の場が設けられた事も無いし、ここ数日は全く見ていないからね。

 実際にアーサソールに関しても直接話した訳ではないから、気が付く以前に名前と顔すら一致しないよ」

 

 エイジが記憶を取り戻してからは事実上、余程の事が無い限りアリサと一緒に居る事が殆どだった為に、その一言で全てが終わってしまった。

 初体面の時と支部長からの紹介の都合2回しか見ていないのであれば、それ以上は何も判断する材料が無かった。エイジの復帰以降からは今までよりも更に顔を合わせる機会が薄れているのはある意味仕方がない部分ではあった。

 

 本来であれば屋敷での話をするのが一番手っ取り早いのだが、その情報を何気に話せば今度はこちらの立場が色々と拙い事になり兼ねない。自分だけならどうとでも出来るが、今のままではアリサにまで被害が及ぶ可能性があった。

 

 大車の事件以降、本音を言えば面倒事に顔を突っ込んでほしいとは思っておらず、仮にここで話せばどうなるのかも容易に想像が出来ていた。

 だからこそ、何も知らないと答える事で、今後起こるであろう可能性を少しでも低くしたいとエイジは考えていた。

 

 

 

 


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