神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第95話 要望

 第1部隊の任務完了の報は直ぐにガーランドの元へと伝わっていた。ミッションの詳細についてはツバキですらハッキリと伝えられていないが、ナオヤからエイジが出撃した事実を告げられている為に、それ以上の確認をしようとは思わなかった。

 事実上の最高戦力が現場に出ている以上、万が一の可能性はあり得ない。そんな絶大な信頼があった為に、ツバキは態々確認をするつもりは無かった。

 あの状況を知っていたのは発注内容を偽装したガーランドと、その配下でもあったアーサソールだけ。まさかの結果にアーサソールはエイジに対し、警戒感を持っていた。

 

 

「ほう。第1部隊が任務を完遂したとはね」

 

「どうやら如月エイジが途中で参加した事で、戦局が一気にひっくり返った様です。このままでも大丈夫でしょうか?」

 

「君が心配する必要は無い。むしろ、彼はこれからの計画には必要不可欠である以上、今は静観しておくんだ」

 

「了解しました」

 

 想定外の結果に内心では驚きを隠しきれなかったが、これで漸くここから計画の先を進める事が出来ると意識を切り替えていた。幾ら歴戦の猛者とは言え、一ゴッドイーターが政治に首を突っ込む様な事は無い。

 一先ず今後の計画の軌道修正を図り、次の一手へと進める事をガーランドは考え出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に今まで記憶が無かったのかよ?」

 

「どうやらそうらしいね」

 

「お気楽な隊長が戻ったんだ。少しは状況も改善されるだろう」

 

 内容はともかく、今は記憶が戻った事と今まで苦労したから少しは慰労する事も兼ねていたのか、コウタだけでなくソーマもエイジの部屋で食事をしていた。ここ数日の内容は傍から見ても異常とも思える内容ではあったが、エイジが戻る事で戦力が元に戻り今後の展開はマシになるだろうとの予測は容易だった。

 ガーランド自身が自分の言葉を否定しないのであれば、エイジは新型神機使いでもあり、部隊長でもある。自分の言葉に責任を持つつもりであれば、自己矛盾する事は支部内での信頼を大きく損ねる事になる。そんなロジックが働いたからなのか、今後の嫌がらせの様なミッションは無いだろうと思えていた。

 今出来る事は目の前の食事をただ喰らう事だけ。身体の疲労を少しでも早く回復するかの如く在庫の食糧をひたすら食べていた。

 

 

「そんなに慌てなくても、まだあるから大丈夫だよ」

 

「久しぶりにまともな物食べた気がするのと、今のうちに食べつくさないと後悔しそうだから、もっと持ってきてよ」

 

 既にどの位の物を食べたのだろうか?皿は瞬く間に空になり、料理は出した端から無くなっている。既にアリサとソーマはこれ以上は要らないとばかりに食後のコーヒーを飲みながら欠食児童ばりに食べているコウタを見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや~食べたよ。暫くはいらないな」

 

「コウタは食べ過ぎです。いくらエイジの好意でも少しは遠慮したらどうなんですか?」

 

「いや、心配したんだから、これ位はしてもバチは当たらないって」

 

 コウタが言うのも無理は無かった。確かにエイジが目が覚めるまでに色々な事がありすぎた。帰投の際にもアリサから話は聞いていたが、エイジがここに来る際にはそんな雰囲気は微塵も感じなかった事から、一体どっちが本当なのかその真意を測りかねていた。

 

 確かに今回の件だけではなく、突如出て来た新設部隊でもあるアーサソール。アリサが少し感応現象で見えたのは虚無とも言える闇だけ。この状態での憶測は本来であれば勇み足とも取れるが、今はまだ手持ちの情報が少なすぎた。

 ならば詳細について知っている人間に聞くのが一番手っ取り早いと、今後の予定を色々と立てていた。

 

 

「そう言えば少し確認したいんだけど、アーサソールってガーランド支部長の直轄の部隊って事なの?」

 

「その件は俺たちには何も聞かされていない。榊のオッサンにも確認したが、越権行為に当たる為に情報の開示請求が出来ないらしい」

 

「アリサの話だと新型神機使いだって事は分かったけど、話だけ聞いていると少し気になるんだよね」

 

「気になるってなんです?」

 

 これまでの話を聞いたエイジは疑問を思わず口にしていた。通常であれば何も分からないままに部隊運営をするのは、以前にあった様な同一地域に複数の部隊を送り込む可能性が極めて高かった。

 ただでさえ、新型だけで形成した部隊であれば、どんな戦場に送り込んだ方が効率的なのかは容易に想像出来る。ましてやプリティヴィ・マータまでも討伐出来る程の力量であれば、猶更でもあった。

 

「何のアナウンスも無いし、整備はしていない。挙句の果てにはヒバリさんも確認出来ないって、明らかに怪しいですと公言している様な物だと思うんだけど?」

 

「私たちも呼ばれて結論だけ聞いたにしか過ぎませんから、これ以上の事は本人に聞く以外に何も出来ないんです」

 

 これ以上は手詰まりだと先に進める事は出来ない。肝心の榊にしても越権行為と言われれば立場上、無理に確認する事は出来ないままだった。

 ここから先はどうしたものなんだろうか?そんな考えが湧きだした頃、通信機が存在を示す様に鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうやら記憶の欠損は無さそうだね。一先ずは安心したよ」

 

「ご心配おかけしました」

 

「どうやって記憶が戻ったのかは聞かないが、これからも宜しく頼むよ」

 

 榊に呼ばれた意図は分からないが、どうやら心配されている事だけは理解できた。先ほどのソーマの話ではないが、榊ですら確認出来ない事がここにはあるのであれば、今後の事も考えれば僅かな憂慮も排除する必要が出てくる。

 態々呼び出した以上、挨拶だけでは無いだろうと思っていた矢先に会話が突如として方向転換していた。

 

 

「君には少し現状の確認をしてほしい事があるんだ。今日は恐らく時間的にはミッションの依頼は無いだろうから、すまないが業務時間終了後に屋敷に来てくれるかい?」

 

「分かりました。では業務終了後に一旦屋敷に行きます」

 

 屋敷をと言った言葉の裏には、恐らくここで聞かれると色々と具合が悪い事があるのだろう事が理解出来た。時計を見れば榊の言う通り、業務終了まであと1時間程しかない。 余程の緊急事案が無ければ非番になるのは間違いなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すみません。少し遅れました」

 

 屋敷の襖を開ければ、そこには無明と榊、そしてツバキが既に座っていた。とてもこれから何か楽しい事が起こる様な事では無い事だけが伝わる。エイジは改めて気を引き締め直す事で、これから始まるであろう話を聞く事にした。

 

 

「いや、我々も今来た所だ。気にする必要は無い」

 

「そうでしたか。それと確認すべき内容とは一体どう言った事なんでしょうか?」

 

「今回の件なんだが、結論から言えば今フェンリルの内部で一部内紛と思われる事が起きている。その結果として、ここ極東支部が狙われている可能性が高い」

 

「……そうでしたか」

 

 無明の一言は簡潔ながらも、事の重要性を理解するに足りる内容でもあった。内紛に関してはともかく、極東支部が狙われている事実は到底容認する事は出来ない。このまま勢いに任せて聞いた所で何かが改善される事は無い。まずは一通り話の内容を確認する事が先決とばかりに、敢えて口を挟む事はしなかった。

 

 

「おや、随分冷静だね。何か知ってたのかい?」

 

「いえ、そうでは無いんですが、先ほどまで皆と食事をしながら色々と聞いていたので。まさかとは思っていたんですが、予想通りで何も言う事は無いと言った方が正解かもしれません」

 

「やはりあいつらも何となく気が付いていたのか。なら話は早い。今回のガーランドが支部長で就任した件なんだが、どうもキナ臭い。何か背後にある様な気がする以上、お前たちも十分に気をつけておくんだ」

 

 ツバキも本部から戻ってから支部内に何か異変がある事は気が付いていた。極東を離れる前と戻ってからでは明らかに漂う空気が違っていた。立場上、何か探る訳にも行かず、まずは確認する事が先決だと様子を窺っていたようだった。

 

 

「その件に関しては今後の動向次第だが、今回来てもらったのは君がここの第1部隊長でもあると同時に、筆頭守護者だからこそ知ってもらいたい事があってね。本来であればラボでも良かったんだが、あそこは気になってたから今回はここに来てもらったんだよ」

 

 アーク計画の際に、独立していたはずのラボも場合によっては秘匿する事が出来ないのはシオの件で理解していた。もちろん、あの後でラボのセキュリティは一旦見直しはしたものの、絶対はあり得ない。かと言って、今いるメンバーが集合すれば何かあると感づくのは容易いとの判断から、ごく一部の人間だけで情報を共有化すべく本部で知り得た秘匿事項に関しての説明がなされていた。

 

 極東支部と言うフェンリルの組織に属しているのであれば、その方針を疑う様な事は本来であれば有っては為らない。しかし、世間的には秘匿されたアーク計画を知っていれば、疑念は疑問に変わり、やがて疑惑へと変貌する。

 だからこそ、今回の支部長が本部の肝いりとばかりに配属されたのはある意味不自然とも取れていた。

 

 

「そうでしたか。わかりました。以後その件に関しては気に留めておきます」

 

 細かい内容までは聞かなかったものの、やはり今の状況は異常だと裏付けが取れていた。しかし、それと同時に今の状態で支部長を糾弾するだけの材料は何も無い。となれば今は相手からの出方を窺う事しか出来ないのであれば、用心以外に何もする事は出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事実上、話とは言っても中身はかなり濃い物になっていたのか、気が付けばかなりの時間が経過していた。しかし、この時点でもまだ解析途中のデータがある以上、ここから先は推論である前提での話しか出来ない。やはり気を許す事は出来ないとの結論で話は一旦終了していた。気が付けば時間は既にかなり遅くなっている。今日は帰るのは面倒だからと、このままここで寝ようとエイジは久しぶりに自室へと足を運んでいた。

 

 

「お帰りなさい。話はどうだったんですか?」

 

「え?……なんで?……どうしてここに?」

 

 何気に部屋の扉を開けると、そこには浴衣姿のアリサが座っていた。確か来るときにはアリサに話はしていなかったはず。しかし、今目の前の座布団に座っているのは誰が見ても浴衣姿のアリサ。

 一体何が起こったのか分からないと口をパクパクさせていた所で、漸く事の深層がアリサの口から語られていた。

 

 

「実は、無明さんと榊博士から呼ばれたんです。重要な話をしているって聞いて。だったらここに来たらどうだって……迷惑でしたか?」

 

 上目遣いと潤んだ目で言われ、これ以上何かを言うのは無理だとばかりに何も言えなかった。これがコウタであればとにかく帰れと言えたが、今までの事を考えるとアリサに対してそんな事を言う選択肢は無く、どうすれば良いのか判断に迷っていた。

 

 

「いや。大丈夫だけど、アリサは今晩はどうするの?」

 

「今日は好意に甘えようかと思って、実はもう着替えも持ってきてるんです」

 

「そうなんだ……」

 

 何気に爆弾発言された事でエイジの理解が追い付かない。榊博士はともかく、無明が何を考えて判断したのか分からないが、この場に突っ立っていても仕方ないとばかりに周りを確認しつつ部屋へと入った。

 

 

「で、どうしたの?」

 

「……あの……笑わないって。呆れないって、約束できますか?」

 

 何も用事が無ければ、恐らくはここに来る事はないはずだった。事実、少し前に皆で食事をしていた時には今の様な表情はしていない。何か思う事があったのか、それとも何か告げたいのだろうか?今のエイジには目の前で顔を赤くしながら、何か言いたげなアリサを見ている以外に手段は何も無かった。

 

 

「何か笑ったり、呆れる様な可能性があるって事なの?」

 

「そんな事は……無いと思いますが……」

 

 どうにも歯切れが悪い事だけは分かるも、やはり何を言いたげなのかまでは分からない。お互いが無言のまま少しの時間が流れていた。

 時間がどれくらい経過したのかは分からないが、このまま無言なのも心臓に良くない。このままでは埒が明かないとばかりに、一旦時間を空けた方が良いだろうとエイジは判断した。

 

 

「何だったら、少しお風呂に行くから、その後にでもどう?」

 

「……いえ。そうじゃないんです。ただ……」

 

「ただ?」

 

 どうやらこのまま時間が解決する選択肢は無かったのか、このままの勢いで言うべき事なのか、そのままアリサは話を続けた。

 

 

「エイジは記憶が無かった間の記憶はありますか?」

 

「記憶が無かった間の記憶?」

 

「はい。私がロシアから帰ってきてから、エイジが倒れる間までの記憶です」

 

 ここで漸く、アリサの言葉の意味が理解出来た。記憶が欠損した状態に恐らくは何かを言った事だけは予想が付いたが、正直な所その当時の記憶はかなり曖昧な状態でもあった。記憶があったと言えば確かにあったが、詳細まで覚えているかと言われれば自信が無い。曖昧な記憶の頃の質問に対し、エイジは答える事が困難だった。

 

 

「ごめん。何となく程度だったら覚えているけど、細かい部分までとなると自信が無い」

 

 何気に放った一言で、何かのキッカケになったのか、アリサの目から涙が零れ落ちる。

 

 

「どうしたのアリサ?」

 

「いえ、ちょっと思い出したら悲しくなったので……今は大丈夫ですから」

 

 涙を拭きながらも話す事である以上、アリサに対して何らかの話をしたのだろう事は間違い無かった。だが、自分が一体何を話したのかまでの記憶が曖昧である以上、何を言ったのかの確認はしたい。万が一の事も考えゆっくりと話をしやすい状況へと誘導していた。

 

 

「……帰ってきたばかりの時に、ものすごく距離を感じたんです……今となっては記憶が無かったからで全部納得できるんですが……でもコウタに対して彼氏なんて話が出たときに、私って一体って。少し思っちゃったんです」

 

 話を要約すると、どうやらコウタとアリサが話していた際に、何をどう勘違いしたのか恋人同士と誤認した事に大きくショックを受けていた事だった。記憶が無い事は横にしたとしても、目の前でそんな事を最愛の人から言われればショックは隠しきれない。

 この事実を聞いた途端、エイジの心の中は申し訳ない気持ちで一杯だった。

 

 

「…ごめん。アリサはショックを受けたよね」

 

「すっごくショックでした」

 

「怒ってるよね?」

 

「怒っていないと言えば嘘になります」

 

 申し訳ない気持ちが影響し、顔は徐々に下を向きだした関係上、今のアリサ表情を見る事は出来ない。記憶が無いは最早言い訳でしかなく、この件に関してどうすれば良いのだろうか?そんな気持ちがエイジの中を徐々に支配していた。

 

 

「どうすれば良い?」

 

「そうですね……」

 

 この時点でアリサの顔を見れば泣いていたはずの顔には既に涙はなく、これからどうしようかと思案している表情でもあった。しかし、何故か顔は赤い。今のエイジには気が付くほどの余裕はどこにも無かった。

 

 

「今回の事で私も考えたんです。また何かあったら困るので私のIDでもエイジの部屋に入れる様にしてくれませんか?」

 

「…えっ?」

 

 今、アリサは何を言ったのだろうか?アリサのIDでも入れる様にと言った様にも聞こえたが、なぜその話が出たのか全く分からない。改めて見れば、アリサは顔だけではなく、耳までもが赤く染まっていた。

 

 

「…ダメですか?」

 

「ダメじゃないけど、どうして?」

 

「前々から考えていたんです。折角恋人同士なのに時間も中々取れませんし、ロシアからの帰りにはもう考えていたんですけど、帰国早々あんな事になったので…」

 

 どうやらかなり前から考えていた事の様だった。恐らくこの言葉を発するのに、かなりの勇気が必要だったのだろう。話す言葉の語尾が徐々に小さくなっている。

 アリサの提案に関しては、エイジも思う所はあった。しかし、幾ら恋人だからと言って、お互いのプライベートもあった方がひょっとしたら良いのでは?との考えもあった。実の所、エイジも中々アリサに言う事が出来ないでいた。

 

 

「アリサが良いなら構わないよ。別に困る様な物は何も無いからね」

 

 肯定された事でアリサの顔が一気にほころぶ。そんなアリサを見て可愛いと思うエイジも大概大甘だが、今ここでツッコミを入れる者は誰も居なかった。

 

 

「じゃあ、さっそく明日ヒバリさんに手続きしてもらいますから」

 

「えっ?ヒバリさんがそんな事までやるの?」

 

「そうですよ。知らなかったんですか?」

 

「それは……知らない」

 

「もう既に概要だけは伝えてありますから」

 

 この時点で、既にIDの追加に関しては本人の許可待ちだった事が理解できた。アリサとの仲は今更隠す事は無いが、何となく周囲に知れるのは気恥ずかしい気持ちの方が大きかった。

 アリサを見れば、既に何かしら計画しているのか、色々と思案している。気が付けば時間もかなり遅い。後の事はまた考える事を決め、まずは風呂へと足を運ぶ事にした。

 

 戻った頃にはまたエイジの理性を試される場面はあったが、内容に関しては誰も知る由も無かった。

 

 

 


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