神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第91話 呪縛

「まさか失われたデータがここに来ていたとはな。嫌な予想ばかり的中するもんだ」

 

 極東でのやり取りはそのままに、無明はここ本部でも会合の最中に、いくつかの確認作業を並行してこないしていた。新技術に関しては発表されたデータを見れば大よその事は判断出来るので、新技術の為だけに本部まで来る事は無かった。

 今回の最大の目的は以前の任務の中であった大車の失われたデータの確認及び、その回収と万が一の際の破棄。幾ら貴重なデータだとしても、非人道的な結果を元に作られた内容は決して良い物ではなかった。

 

 どこまで行っても所詮は数字でしかない。本来の科学者であればそんな言葉を吐くかもしれないが、そこに至るまでの過程にデータとしての価値があると考えている無明からすれば、出来る限り忌避すべき事実でしか無かった。となればやるべき事はただ一つ。誰も居ない本部のデータ保管庫で確認作業を行っていた。

 

 本部のデータ保管庫は本来であれば誰でも簡単に入る事は出来ない。いくつかのセーフティーを解除する事で、閲覧する事が可能となっていた。今に始まった事ではないが、本部は各地の支部から技術の保管と統合の名目でいくつかの重要とも思われる内容を一元管理している。

 自分達の中で有益だと判断出来る物に関してはそのまま運用するが、これがフェンリルの影響に大きく介入される内容に関しては秘匿条件とし、本部の中でも特定の人物のみが閲覧可能な状況とされていた。その結果、事実上の秘匿すべき内容を完全に把握している人物は限られていた。

 

 基本的に本部のデータは外部に流出する事が出来ない様に、イントラネットを構築する事で外部からの影響を全て排除している。その結果ハッキングは不可能な為にこれ以上の事は恐らく問題にはならないとの判断から、一定以上のセキュリティ設定はしていない。 しかし、ここに侵入したとなれば話は別問題だった。事実、無明は幾つかのセキュリティを破りこの保管庫にいる。

 外部からの侵入が出来ないと言う事は、逆の言い方をすればセンサーにかからなければ、内部の状況を確認する術は何も無い。だからこそ、ここに居るはずのない無明が情報を確認しているのは誰も知り得ない事でもあった。

 

 

「新設部隊における現段階での問題点までここに書かれてるのであれば……これが例の実験体と人体実験の結果なのか。これが流出すれば屋台骨が揺らぐな」

 

 無明の予想は全て的中していた。大車の膨大かつ細やかな内容は人体実験する事で、今後のゴッドイーターを更に進化させた存在を作り出す事が可能であると記されていた。今はまだ実験段階である以上、データサンプルが乏しいものの、これが完全に完成するならばゴッドイーターはただの人間の形をした生体兵器に成り下がる。そしてそれをコントロールするのは、特性や現場を何も知らない人間が運用する事になる事も予測出来きていた。

 人的資源が未だ重要である以上、これ以上の内容は進めようとすれば恐らくは何らかの妨害が予測される。であれば、このデータを改ざんするか、抹消する他手立てが無い。

 まずは最低限必要なデータだけを抜き取り、この処分はその後で考える事にし、次の内容を確認する事にしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「雨宮さん。ここはどうですかな?極東とはまた違って生活の環境もかなり良いかと思いますが、今後はここでの教導と言うのはいかがですかな?」

 

「いえ、私ごときがここでの教導となれば、色々と反発も出るでしょう。今はまだ極東での教導の成果が中々出ていない以上、それを放棄してまでとなれば、私自身のアイデンティティが失われてしまいますので」

 

「…そうですか、それは残念ですな。今回はフラれましたが、次回にはより良い返事を期待していますよ」

 

「やぁ、ツバキさん。今回は着物ですか。前回とはまた違った趣旨の様ですな。これが今度、極東から発表される物ですか?」

 

「その辺りは申し訳ありませんが今の所、外部に出す訳には行きませんので」

 

 これが一体何度目のやり取りなんだろうか。既にツバキの顔には疲労感が少しづつ滲み始めていた。

 無明は人知れず保管庫に侵入出来たのは、今回の任務に当たって、例の如くツバキを目くらましの為に呼んでいた事が一番のポイントでもあった。以前にも本部に来た際に、ツバキ目当てに各方面から秋波が送られて居る事を逆手に取る事で、完全に意識をそらす事に成功していた。

 今回の任務にあたっても、当初からツバキは乗り気では無かった。来ればどうなるのかはあの時の事を思い出せば、今回の内容も容易に理解が出来る。にも関わらず、今回も完全に外堀を埋められた状態で無明から依頼されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やぁツバキ君。今回は君に特務があるんだが、行ってくれるかい?」

 

「私に特務ですか……まさかとは思いますが、また行けと?」

 

 榊が第1部隊にミッションを軽く発注する様に、ツバキにも同じような感覚で依頼をしていた。特務とは言ったものの、榊の背後に無明が居る以上、これから話される内容が既に予測出来たのか、ツバキは顔を無意識の内に顰めていた。

 

 

「察しが良くて助かるよ。実は今回、極東の新支部長が決まってね。それがヨハンの弟なんだ。勿論、ヨハンと彼が違う事は理解しているが、彼の身分を考えるとここに来るのは本来であれば有り得ない事なんだ。

 こちらとしても優秀な人間が赴任するのは有りがたいんだが、どうもキナ臭い部分があってね。就任は決定なんだが、以前の様な万が一があると…困るからね」

 

 榊の言う万が一。それは極東支部だけではなく、本部の上層部にまで問題が広がったアーク計画の事だった。未だ極東支部でも部外秘である以上、言葉に出す事は憚られる。

 敢えて口には出さないが、ここまで言われれば、後の事はツバキにも理解出来た。

 有体に言えば、信用出来ないのであれば、こちらから内容を把握して確認するのが一番である。存外にそんな考えが浮かぶと同時に、またあの時の様な状況があるのかと思うと流石のツバキも素直に依頼を受けるのは躊躇っていた。

 

 

「今回もすまないが頼む」

 

「嫌だと言ったらどうなるんだ?」

 

「どうもこうも無い。ただ、今回発表する予定の着物の仕入れに関する費用とその広告費、あとは極東の財政と危機管理の状況が今より更に悪くなるだけだ」

 

 教導の立場とは言え、事実上ここの幹部として考えれば拒否権は既に無かった。外部には意外と知られていないが、極東発の商品には一定数の上客がいるのと同時に、多方面にも顔が利く人間が多数いるからこそ、今の環境を維持している。

 世間には知られて居ないが、極東は事実上のフェンリルからの支援は一部の技術提供と資材以外には一切無い。

 敢えて言うならば看板だけが今の極東とフェンリルを繋いでいるだけで、この生命線が切れるのは死活問題にしかならなかった。

 ツバキとてそんな状況を知った上で発言してる以上、相当嫌なのは理解できる。しかし、これを他の人間で穴埋めできる程、極東には人材が豊富では無かった。

 

 

「毎回思うんだが、何故私なんだ?他にも色々と居るだろう?」

 

「簡単な話だ。ツバキさん程の人間がここには居ない。それだけだ」

 

「敢えて聞くが、それは何を対象とした話になるんだ?」

 

「誤解が無い様に言っておくが、他の人間も検討したが、総合的な判断だ。まさか、現職のゴッドイーターを連れて行くわけにも行かないのと同時に、今の状況からすれば、彼女達では力不足だ。あの中で互角に渡り合うのは不可能だろう」

 

「だったら屋敷の人間を使えば良いだろう?」

 

「屋敷の人間は最低限の人間で管理している関係上、今の状況で長期に空ける事が出来ない。それはツバキさんも知ってるはずだが?」

 

 これ以上の理由を見つける事は今の状況では不可能とも言えた。屋敷の内部の事はツバキも知っているが、一人心当たりがある彼女を外に出すと何かと問題が生じる事は理解している。これ以上言っても、恐らくは自分の予定を捻じ曲げるつもりは無いのだろう。

 今のツバキには白旗を上げる以外の手立ては無かった。

 

 

「毎回言うが、これならば現場で指揮をしていた方がマシなんだがな」

 

 3人だからこそ出る本音だが、生憎とこのメンバーで支部長が居ない状況を維持し理解している以上、自分の意見は押し殺す以外に選択肢は無い。ツバキとしても代替え案が無いからこその、お願いと言う名の命令である事を理解している。結果的に今回の特務を受ける事にした。

 

「毎回すまないとは思ってるんだが、今回はちょっと危ない橋を渡る事になるからね。無明君がミスをするとは思わないけど、万が一の為の保険をかけたいんだよ」

 

「そうですか……」

 

「本当の事を言えば、あの1回で既にツバキさんも社交界の仲間入りをしている。これから先はこれも一つのミッションとなる」

 

「ちょと待て!そんな話は聞いてないぞ!」

 

「言ってないからな。あの後もいくつかの誘いは来てたんだが、中身が無意味だったから断っていたんだ。ツバキさんが思う以上に周りは理解している。だから今言っただろう」

 

「お前は人を何だと思ってるんだ!」

 

 ツバキはこの時点で完全に外堀を埋められている事を自覚した。根回しが完全に終わっている今、最早ツバキには反論するだけの気力は残されて居なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは御大。そろそろ時間ですので、今日はここまでといきませんか?」

 

「もうそんな時間か。やはり、お美しい方と話すと時間が経つのは早いものだ。ツバキさん。今度来た際には良い返事を期待してますよ」

 

「ええ。機会があれば…ですが」

 

 あまりの勧誘のしつこさに辟易していた頃、漸く待ち人の声が聞こえて来た。この時点で何も問題が無いのであればミッションは完遂出来たと同意となる。シャンパングラスを片手に振り向けばタキシードを身に纏った紫藤がそこに居た。

 

 

「助かった。一息入れたいんだが、このまま去っても大丈夫なのか?」

 

「時間的にはさっき言った通り、もう終わりの時刻に近いから今日はこれで終了だろう。挨拶もしておいたからこのまま出ても文句は出ない」

 

「そうか。やはりここは違う意味での戦場だな。少なくとも私の性には合わん」

 

 そう言われ会場を見渡せば、確かに人の数は先ほどよりも少なくなっている。まだ人目はあるものの、小声で話す事を聞いている様な人間はここには居ない。後は情報を整理し、極東へと戻るだけとなった。

 

 

「ツバキさん。今回の着物は良く似合ってる」

 

「やめろ。そんな見え透いたお世辞はよせ」

 

「態々そんなお世辞は言わない。取敢えず一旦ここから退出する事にしよう」

 

 恐らく今回ここに来て散々言われた言葉ではあったが、身内から言われれば嫌な気持ちにはなりにくい。言葉ではああ言ったものの、ツバキは僅かな笑みを口許に残し、ここで漸く特務が終了した事を告げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、内容はどうだったんだ?」

 

 部屋に戻り着物を脱ぎ終えると、既に襦袢だけになった頃に今回の内容の確認とばかりにツバキが開口一番で確認した。今回の特務の一番の内容でもあり、この内容次第で今後のアナグラの行方が決定する可能性がある以上、真っ先に確認したい事項でもあった。

 

 

「今回の件だが、ガーランドが派遣された背後には、今までとは違った趣旨の思想の人間が背後に居るだろう事は掴んだが、証拠となるデータが見当たらない。ただ、ここから先は推測の域だが、一つの考えが透けて見える」

 

「そう言うのであれば、碌な話では無さそうだな」

 

 ここに盗聴する者が無い事を確認しているが、万が一の事を考え小声で話す。流石に内容が内容なだけに公言するには憚られ、漏洩防止も兼ねている。外にも気を配る程の状況が、今回の内容の信憑性を裏付けていた。

 

 

「一言で言えば、よくある覇権争いみたいな物だが、今回の内容は各支部が保有する権利を全て本部が抱え込んで、全部を掌握したいのだろう。その為には各支部を黙らせるだけの力が必要となる為に、力を誇示したいがために以前に造られた人造アラガミを一つの軸と考え、実力行使したいと考えている様だ」

 

「だとすれば、例の大車のデータが抜き取られたのは……」

 

「そうだ。ここだった。元々アーク計画の件と例の事件は関連性は無いが、どこからか内偵していたのか、事件のどさくさ紛れにデータを手に入れた事で、今回の計画が立案されたんだろう。

 ましてや極東には世界最大級のコアの保管庫がある。材料には事欠かないからな」

 

 またもや本部絡みとなれば、流石にフェンリルの屋台骨を揺るがす一大スキャンダルにもなり兼ねない。逆の言い方をすれば、それほどまでに掌握したい物が世界にあるのだろうか?今はゴッドイーターが命を削って成り立った仮初の平和でしかない。当時も懸念していたが、やはり、腐った水の中に清流を注いでも綺麗にはならない事は今更とも言える内容でもあった。

 

 

「ここにはマシな人間はいないのか」

 

 呟きとも取れるツバキの一言が本音を言い表わしていた。今回の内容に関しても、会場にはまるで自分達がこの環境に居るのは当たり前だと考え、それ以外の事に関しては一切関知するつもりすらない。

 いくら資本主義とは言え、肝心の前提が理解されていないのであれば、恐らく当事者が現場に赴かないと、この考えは未来永劫変わらないのだろう。予測していた事実はとは言え、今後の未来は決して明るいと判断出来る材料はどこにも見当たらなかった。

 

 

「ツバキさんの言いたい事は分かるが、一旦極東へ戻ってから対策を考えるしかない。ここで出来るのは今の様に状況を確認する事位だからな」

 

「そうだな。これ以上の事は榊博士とも相談した方が良いのかもしれない」

 

 考えられる最悪の可能性を捨てる事が出来ないまま夜は更けて行った。

 

 

 


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