神を喰らいし者と影   作:無為の極

93 / 278
第90話 威力

 今回のミッションは基本性能の確認だからと、普段であれば新兵が受けるようなミッションがメインとなっていた。建前としては新型バレットの検証だが、裏には今回のミッションで負傷したエイジの動向確認も盛り込まれていた。

 先ほどの話も本来であればエイジが率先して確認するのが通常だが、今回はソーマが全て取り仕切る事で何の発言も無かった。

 通常であれば、今回の様な新型兵器の試験導入の際には必ずと言って良い程に無明の存在があったが、今は別の案件で本部へと出張の為に、異常をきたしている事に誰も気が付かないでいた。

 

 

「これが新型バレットか。で、どうするエイジ?」

 

「……あ、ああ。やってみないと何とも言えないからコウタに任せるよ」

 

「…分かった。じゃあ、こっちでやってみるから前衛ヨロシク」

 

 短い会話の中にも、ほんの些細な違和感。何がと言う訳では無いが、どこか小骨が喉にひっかかる様な感覚が広がっていた。本来であれば真っ先に確認すべき事実ではあるが、今は既に戦場にいる以上そちらに集中する事を優先となる。コウタはそんな違和感を捨て去りながら任務を開始した。

 目の前にはオウガテイルが数体、少し先で何かを捕喰している。今はまだ気が付いていないのか、こちらからの一方的な銃撃で戦端は開かれた。

 

 

「これすっげぇな。本当にオウガテイルの下半身がグボロ・グボロみたいになったぞ」

 

「ふん。どうやら理論は正しかった様だったな」

 

 コウタの銃撃が正確に着弾した同時に、オウガテイルのオラクル細胞が変化し、太い二本足が徐々に胸ビレと尾ビレを形成する事で動きが制限されていた。予想ではもっとゆっくりと変化するのではとの話ではあったが、短期間での大きな変化は紛れもない事実。ここまで劇的に変化するのであれば、ガーランドの理論が間違っていない事が改めて確立されていた。

 

 

「実験は成功みたいですね。取敢えずあれのコアを確認しないといけませんから、さっさと終わらせましょう」

 

 アリサが動くと同時に、誰もが気が付かない程の速度で異形のオウガテイルに突っ込んでいた。今居るメンバーでこんな事が出来る人物は一人だけ。気が付けばエイジが何の躊躇も無く一刀両断の元にオウガテイルの首を胴体から切り離していた。

 

 

「チッ。あいつは何やってるんだ」

 

「あの、エイジ。そこまでしなくても…」

 

 ソーマとアリサが困惑するのはある意味正解だった。本来であればコアを摘出するのであれば、ある程度捕喰出来る部分から取り出す事になるが、今のエイジにはそんな余裕は微塵も感じられない。何時もの様な鮮やかな斬撃が鳴りを潜め、その代わりにどこか荒々しい様な剣筋がオウガテイルを襲っている。

 まるで敵討ちの様な雰囲気と鬼の様な形相が他のメンバーを唖然とさせている。気が付いた時には既にコアを取り出すどころか、微塵切りとも言える様な状況だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれがアラガミ。今の僕らの元凶なのか」

 

 誰にも聞こえる事のないまま、一人呟くと同時に、異形へと変形したオウガテイルへ一気に詰め寄る。この時点ではゴッドイーターとしての記憶は無いが、体にはこれまで染みついた戦闘能力の影響もあり、何も考えていなくても呼吸するかの様に身体が動く。

 事前にアリサが言っていた言葉は既に聞こえていない。今目の前にいるアラガミを全力で屠る事だけにエイジは囚われていた。

 

 通常であれば、小型種の討伐の際には近くに中型、もしくは大型種が潜んでいる可能性が高い。仮に討伐に意識は向いていても常に周囲の状況を察知するかの様な動きを見せながらの討伐が半ば当たり前となっていた。

 しかし、それは今までの記憶があった頃の話であって、今の状況では悪手でしかない。一体に集中し過ぎた為に、頭上から襲い掛かるオウガテイルに意識は向いて居なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エイジ!上だ!」

 

 ソーマの叫びと共にここで漸く、エイジの意識が頭上へと向いていた。迫り来るオウガテイルは既に捕喰しようと大きな口を開けながら落下してくる。何とか回避するも、やはり周囲の索敵をしていないのか、それとも現状を把握していないのか、エイジに動きには何時もの様なキレは一切無かった。

 

 

「くそったれが!」

 

 気が付けばいつの間にか囲まれれている。何時もであれば物の数にも及ばないが、今のエイジは本能だけで戦っているのか、一体に対して過剰とも取れる攻撃を繰り返す。その影響もあってか、アリサやソーマがフォローする事で精一杯だった。

 

 

「おいアリサ。あいつはどうなってるんだ?」

 

「私に聞かれても分かりません。でも、何時もとは何か違う様に思えます」

 

 今の状況が分からないのであれば対処は出来ない。まだ逃げ回っているよりはマシだが、一体にそこまで時間をかければ致命的なスキが大きく出来る。オウガテイルと言えども判断に迷えば間違いなく襲いかかってくる。一旦、ここで展開を変える為にはある程度の数を減らす事が先決だった。

 

 

「エイジ、そこのバレット取ってくれ」

 

 コウタから言われ、そこで漸くバレットの存在を確認していた。しかし、ここで大きな問題が発生していた。バレットが何なのかは分かるが、その種類が何なのかまでは判断する事が一切出来なかった。見た目は同じで色分けしてあるものの、それの名称が分からない。

 ゴッドイーターであれば色分けで全て理解出来るが、この時点で記憶が無い以上、目の前にある物を渡す事しか出来なかった。

 

 

「コウタ!これ!」

 

「サンキュー」

 

 確認もせずに受け取ったバレットを直ぐに込めて発射する。コウタの正確な射撃が再びオウガテイルに着弾すると、今度はグボロ・グボロではなくシユウの翼手が背中に大きく広がる。

 突如、行動の制限が外れたオウガテイルは本能の赴くままに空へと飛び立ち、やがて獲物をみつけたかの様にコウタに襲い掛かる。アサルトの射程距離は中距離の為に、空から襲い掛かるオウガテイルは思った以上に脅威となると同時に、先ほどまで距離があったはずのコウタへと距離を一気に詰めていた。

 

 

「エイジ!今のはシユウのバレットだろ!何間違えてるんだ」

 

 ソーマが怒声と共に、目の前に迫るオウガテイルを駆逐すべくコウタへと走り寄る。間一髪とも言えるタイミングでコウタは難を逃れる事が出来たものの、その代償としてソーマが身代わりの如くオウガテルの攻撃を受け止める。

 ギリギリのタイミングで盾を展開したものの、滑空した勢いは殺す事が出来ず、背後に有った鉄柱に飛ばされ下敷きとなっていた。

 

 

「ソーマ、大丈夫か!」

 

「…俺の事より先に…あのオウガテイルを討伐する…んだ」

 

 ソーマが展開した盾の衝撃はそのままオウガテイルに伝わっているのか、動いては居ない。その隙にとばかりにアリサが止めをさしていた。これで一安心と漸く緊張が切れかかった際に想定外の出来事が発生していた。

 

 

「エイジ後ろだ!」

 

 コウタの声の先で振り向けば、目の前にグボロ・グボロが既に狙いをつけて連続した水球を放っていた。本来の状態であれば回避か盾での防御がギリギリ間に合うはずだが、ここでも先ほどと同様に動きが鈍く、運悪く全弾をそのまま防ぐ事も無く被弾していた。

 一般の部隊であれば動揺し、最悪は戦線が崩壊する可能性があったが、今の第1部隊にはそんな考えを持つ者はいない。

 エイジの状況を敢えて無視し、迫るグボロ・グボロに銃撃を2人で浴びせる。個体そのものも強固な物では無いために、危なげない内容のままグボロ・グボロはコアを抜かれ、後に霧散していた。

 

 

「エイジ大丈夫ですか?」

 

「ああ、大丈夫。それよりもソーマは?」

 

 起こす為に手を差し伸べ、そのまま引き上げようとした瞬間だった。アリサが意図しない状況で周囲の景色が突如、古ぼけた映写機のフィルムの様な光景が脳裏に広がった。

 

 時間にして僅か1秒にも満たない時間のはずが、まるで時間が濃縮されたかの様に突如として写真の様な光景が脳内で広がる。瞬時にこれは感応現象である事は理解できたが、問題なのはその内容だった。

 以前に屋敷でも見えたその光景と内容はほぼ同じだと思われた瞬間、突如として場面が切り替わり、最後に鉄柱に下敷きになったソーマの姿が見えた後、現実とも言える世界が目の前に広がっていた。

 

 

「エイジ?今のは一…体…?大丈夫ですか!しっかりして下さい!コウタ、すぐに救護班の手配を!」

 

 手を差し伸べ、引き上げようとした際に、突如として糸が切れた人形のの様に動かなくなり、そのまま意識が途切れたエイジが目の前にいた。突如意識が途切れた事で驚くも、まだここは戦闘区域。これ以上アラガミが出れば如何な物でも最悪の未来が予測される。その為にはこの状況からの離脱を第一と考え、直ぐにアナグラへと状況が報告されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、君たちはそのまま退却した訳かね?いくら新型バレットの検証が優先だとしても、第1部隊がこの結果ではフェンリルとしては看過できかねない。ましてや、最後は間違いによる想定外の攻撃でソーマは負傷、如月隊長は意識不明とはね」

 

 半ば呆れかえったかの様な物言いではあるが、客観的に見れば間違いでは無い。確かにバレットの受渡しのミスはあったが、それもまた事前に確認すれば回避できたはずのヒューマンエラーでしかなかった。

 事実、支部長室にはコウタとアリサの2人しかいない。ガーランドの言葉が事実を言い表している事が全ての結果だった。

 

 

「これ以上何か言いたい事はあるかね?」

 

「いえ、これ以上言う事はありません」

 

 まるで物でも見るかの様な目線に、コウタは憤りを隠しきれていない。これ以上の事は何をどう言っても、この支部長は恐らくは話を聞くつもりもないのだろう事だけは理解できていた。僅かな時間ではあるが、その目が確実にそう言っている。これ以上の事は無駄だと察したのか、アリサはコウタを制し、そのまま会話を打ち切っていた。

 

 

「君達の処分については、これから決定するつもりだ。それまでは待機する様に」

 

 これ以上は時間の無駄だとばかりに会話は打ち切られ、既に支部長のガーランドは他の事に着手していた。一方のアリサ達はそのまま支部長室を後に一旦ソーマ達の見舞いをすべく、医務室へと足を運んでた。

 

 

「よう。お前ら随分と絞られたみたいだな」

 

「リンドウさん。なんで知ってるんですか?」

 

「それ位の事は想像出来るさ。しかし、今回の支部長はまた厳しい人物だな。その辺りはどうなんだソーマ?」

 

 なぜ知っていたのかはさておき、ファミリーネームがシックザールである以上その可能性は考えていたが、リンドウの話から、当初の推測が確定へと変化していた。

 

 

「俺に聞かれても、詳しい事は知らん。精々一、二度会った程度の人間の事まで一々覚えていない。そんな事よりもエイジの様子はどうなんだ?明らかにおかしい事が多すぎる」

 

「それなんですけど……」

 

 アリサが口を開こうとした時に、医務室のドアが不意に開く。今ここにいるメンバーの事を考えれば、ここには医師位しか来るはずが無かったが、ドアの向こうに居たのは榊と医師でもあるルミコだった。

 

 

「やっぱり気が付いたみたいですね。アリサさん、あなたの推測は正しいわ。彼は記憶の一部が欠損した状態になってるの」

 

「やっぱりそうだったんですか……」

 

「何だよアリサ。知ってたなら早く言ってくれよ。やっぱり愛の力は偉大だね」

 

「茶化さないでください。変だとは思ってたんですけど、エイジの手を取った瞬間に記憶が流れ込んできたから確信したんです」

 

 目の前でただ眠っている様にも見えるが、実際にはどんな状態なのかは誰にも分からなかった。未だに目が覚める気配は無い。だからと言って何か特別な治療を要する事が出来ない以上、今ここにるメンバーはただ見ている事しか出来なかった。

 

 

「このままずっとって事は無いと思うけど、万が一の事も考えると現状確認は必要だから、脳波測定だけはしておくよ。それと支部長とも話したが、今後の運営を考えると彼が意識不明な事は出来るだけ公言しない事。

 万が一の事もあるけど、何だかんだと影響が大きいからね。ここは関係者以外立ち入り禁止にしておくから、部外者は見舞いも出来なくしておくよ」

 

 榊からの提案は存外に手立ては無い事を宣言されたも同然だった。今はただ回復を待つ以外にやるべきことは何も無かった。ただでさえ、今回のミッションで今は今後の行動に関する裁定待ちである以上、今のアリサ達に特別やるべき事は何も無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君達の処遇の件だが、榊博士とも協議したが今回の件に関しては処分に関しては一旦保留とする。ただし、完全に処分が無い訳では無いから今は執行猶予期間だと認識してくれたまえ」

 

 ある程度重い処分が言い渡されるのではと思われていたが、今回の検証に付いての一定の評価を得る事が出来たからとの考えにより、一旦は処分が保留されていた。しかしながら、ガーランドの言う通り実際には処分が先送りされただけで状況は何か大きく改善された訳では無かった。

 未だ意識が回復しないエイジの事も考えれば、この裁定に不満を抱く者は居なかった。

 

 

「結局の所はまだ信用されてないって事に変わりないんですね」

 

「あの結果だと仕方ないと判断したんだろう」

 

「でもさ、ちょっと厳しすぎない?あの時点で一々確認なんてしてたら命がいくつあっても足りないよ。実際に実験は成功してはいたけど、あれが失敗だったらどうなんだって話だぜ?」

 

 一切の申し立てが出来ない状況であれば、その瞬間にどんな状況だったのか位は想像できるはずだった。本来支部長は現場の状況を確実に把握できない事には就任しても、部下から信頼される事は一切ない。それどころか現場を知らない人間が何を言っているんだと蔑まれる可能性もあった。

 ましてやここは最前線でもある極東である以上、部隊長には現場での一定の権限が与えられている。もちろん、これは就任する際には確実レクチャーされているので、知らないはずが無かった。

 にも関わらず、現場の意見は一切聞かずに自分の判断だけで断罪しているのであれば、何らかの行動が隠されているとも考える事が出来る。

 

 何時もの状況であれば、そんな裏の事まで考える余裕があったが、今は未だ意識が回復せず、仮に目覚めても記憶障害の可能性が高いエイジの状況に全員の意識が向いてしまっている。この場には誰一人冷静な判断が出来る物は居なかった。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。