神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第89話 記憶

「まだ意識は戻らないんですか?」

 

「あのね、3時間前にも同じ事聞いてたけど、まだ何も変わってないの。気持ちは分かるけど、今は待つ事しか出来ないのよ」 

 

 飛行する新種の討伐から数日が経ち、今まで見舞いに来ていた人間も未だ意識が回復する気配が無い事に苛立ちを感じていた。新型の2人が居ない事で現在の第1部隊は3人体制となっているが、幸か不幸か大型種の討伐や緊急で入るミッションが無い事だけが気休め程度ではあったが、安心させる内容でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは?」

 

「漸く意識が回復したみたいね。ここはアナグラの医務室よ。意識不明から2日経ってるけど、大丈夫?」

 

「……アナグラ?ですか?」

 

 意識が回復した事で一定の安堵感が広がったが、どうも会話の様子がおかしい。会話そのものは成立しているが、どこか噛みあわない内容に違和感がった。ここは一体どこなんだろうか?まるで何も知らない所に迷い込んだ様なエイジの発言から、流石に何かが違う事だけが容易に判断できた。

 

 

「そう。ここはアナグラ。フェンリル極東支部の医務室なんだけど、君の名前と所属は分かる?」

 

「名前……エイジですが、所属は……僕は一体何に所属してるって事なんですか?」

 

 落下の影響なのか、記憶の一部が明らかに欠落している。名前は辛うじて憶えているが、所属が分からない時点で記憶障害が出ている事だけが今は理解出来ていた。ただでさえ激戦区と呼ばれているこの極東支部の中でも精鋭部隊の隊長が記憶障害では、今後の影響は計り知れない。

 今はまだ現状がハッキリとしない以上、まずは治療を最優先とすると同時に、この状況を公表すべきでは無い。

 本人には伝える事はないにせよ、これ以上の事は今の医療では何の手立ても無かった。

 

 

「私の名前はルミコ。ここの医師だよ。で、君の名前は如月エイジ。ここの第1部隊の隊長をしているんだけど、思い出せそう?」

 

「……すみません。ちょっと分からないです」

 

「そう。意識は回復したけどこれではちょっと困った事になるわね。今日は1日ここで養生して、明日からは自室で療養待機する事。良いわね?」

 

「わかりました。そうさせて頂きます」

 

 目覚めたまでは良かったが、ここが見知らぬ場所であると同時に名前だけは何となく記憶があるフェンリル極東支部。詳しい事は分からないものの、何となくここに居た事だけは体が覚えている様な感触だけがあった。

 自身の右腕にはゴッドイーターの存在意義でもある赤い仰々しい腕輪が装着され、意識するつもりは無くても、何か行動を起こす度にその存在が大きく認識させる。

 どうやら大きな怪我をしていたのだろうか、体中と頭に包帯が巻かれていた。

 

 先ほどの医師の話からも自分の記憶の一部が欠損している事だけは何となく理解している。身体の感覚と自分の記憶が常にミスマッチな状態になり、どことなくアンバランスな様にも思えるが、今は何もする事が出来なかった。今の自分に出来る事はそのまま言われた通りに養生するしかない。エイジは改めてベッドで眠りについていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エイジ!もう大丈夫なのか!心配したぞ」

 

「コウタ。お前は一々大げさなんだ。こいつが無茶するのは今更だろうが」

 

「なんだよ。ソーマも心配だったくせに何言ってんだよ!」

 

 自室に移ってから、突然2人の男性が部屋に入って来た。名前は覚えていないが、会話からこの2人はコウタとソーマと言う名だと、そして自分に対して心配していた事だけは何とか理解できた。

 恐らくは自分にとって敵では無い事だけは目の前の2人からは感じられる。しかし、今のエイジにはどうやって接すればいいのだろうか、これまでの自分との関連性が見いだせなかった。部下なのか友人なのかすら判断出来ない今は、その距離感が全くつかめなかった。

 

 

「そう言えば、新しい支部長の就任の挨拶がこれからあるらしいから、アナグラに待機中の人間は一旦ロビーに集合だって。それとさっきアリサが帰って来たらしいから一緒に行こうぜ」

 

「え……ああ、分かった」

 

 何をどう言おうかと悩んいた所で、意図しない所からの助け舟が出ていた。どうやらこの後、全員が参加の挨拶があるからと、着替えもそこそこにロビーへと急いだ。会話の中で出て来たアリサと言う人間も恐らくは自分と同じ部隊の人間である事は間違い無いが、どうやって対応した方が良いのだろう?そんな気持ちと共に記憶はどうやれば戻るのだろうか?今のエイジにはそんな気持ちしか無かった。

 

 ロビーには新しく来る新支部長の挨拶の為に、現在待機中のゴッドイーターがあちこちで待っている。コウタに連れられて行った先には先ほど話に出ていたアリサが待っていた。笑顔で出迎えて貰えた事は素直に嬉しいが、自分との関係性が何も分からない。

 今のエイジにはアリサの笑顔に対して何の感慨も無い。何となくここに居る様な、どこか他人事の様な感覚でしかなかった。

 

 

「あっ!エイジ帰ってきました」

 

 満面の笑みで迎えているアリサがこちらに走ってくるが、今のエイジには人間関係が全く分からず、本当の事を言えば戸惑い以外の何物でも無かった。しかし、同じ部隊のメンバーである以上は無視する訳にも行かず、この場をやり過ごす事が精一杯だった。

 

 

「や、やあ。お帰り…アリサ」

 

「エイジ、その包帯はどうしたんですか?ちょっとコウタ、エイジをどうしたんですか!」

 

「俺に言われても……ソーマ、後は頼んだ」

 

 満面の笑みでエイジを迎えたはずだが、頭に包帯が巻かれた現状を見れば、何らかの負傷を負った事は直ぐに理解出来た。自分も同じミッションに同行していればまだしも、ロシアに一時的に渡航していた現状ではアリサは何もする事は出来ない。帰国後の挨拶もそぞろにコウタに詰め寄っていた。

 

 

「コウタのやつめ……エイジはミッションの際に負傷しただけだ。命に別状はない。アリサが心配する様な事は無いはずだから安心しろ」

 

「2人が居て何やってたんですか!」

 

「だったら、ロシアまで連れて行けば良かっただろ」

 

「ツバキ教官に断られたんです。許可が出ればその予定だったんです」

 

 隠すつもりも無く当時の事を思い出す。確かに出発の際にも似たような事は言っていた記憶があったが、まさかツバキに本当に言っていたとは思っても居なかった。それはソーマだけではなく、その場に居た他の神機使いも同じような事を考えていた。

 

 

「心配なら様子を見れば良いだろうが。俺には関係ない」

 

 これ以上のとばっちりは御免だとばかりに、ここで話を一旦区切る。そうこうしている内に、新しく赴任する事になったガーランド新支部長に注目が集まった。

 挨拶そのものは何ら変わった事も無く、つつがなく終了したものの、やはり気になるのは新支部長のファミリーネームでもあるシックザール。ここで誰も発言する事は無かったが、ほとんどの人間はソーマとの関係性を考えた。しかし、今の段階では他人のそら似の可能性もある以上、これ以上の詮索をされる事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エイジ、今日はこの後の予定はどうなってますか?」

 

「ごめん。今日はちょっと都合が悪いんだ。またにしてくれる?」

 

「まだ、身体が痛むんですか?」

 

「それもあるけど、ちょっと今は都合が悪いんだ」

 

「そう…ですか……」

 

 やんわりと断られ残念に思うと同時に、何となくエイジの様子がおかしい事にアリサは疑念を抱いていた。行く前の様に話す際には目を合わせる事も無く、まるで何かを避けるかの様な雰囲気と共に、自分を明らかに遠ざけようとしている。

 ロシアに行っている間に何があったのだろうか?僅かながらにアリサの胸中に一抹の不安がよぎった。しかしながら、今の時点でエイジの都合が悪いと言われた以上、これ以上の詮索は出来ない。

 まさかと思いながらも去って行くエイジの背中を見ている事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「コウタ、少し話があります」

 

「お、おう。どうしたんだ急に?」

 

 エイジの様子が明らかにおかしいのであれば、間違いなくロシアに行っている間に何かが起こったに違いない事だけは明白だった。となればやるべき事はただ一つ。事の深層を確認しない事には自分の気が治まらない。

 まずは原因を究明すべく、手っ取り早い方法としてアリサはコウタに事情聴取する事にした。

 

 

「私が居ない間にエイジに何かあったんですか?」

 

「何って、アリサも知っての通り、エイジも本部にあの後行ったから、ここでは先のアラガミ討伐の際に負傷した事位しかないよ」

 

「今なら、本当の事を言えば怒りませんから、素直に言いなさい」

 

「んな事言われてもさ……」

 

 まだアラガミと対峙した方がマシだと言わんばかりにアリサはコウタに冷酷な目を向けながら詰め寄る。半ば殺気を含んだ様な視線に冷や汗をかきながらも、実際に何も知らないコウタからすれば、これ上の事は何も言うべき話では無い。

 気が付けばお互いの顔は至近距離まで接近している。誰か助けてくれと思った矢先に天からの采配とばかりにエイジの声が聞こえていた。

 

 

「コウタちょっといいかな……ごめん。取り込み中だったみたいだね。急ぎじゃ無いからまた後にするよ」

 

 いつもであれば気にする事は何も無いはずの状況でしかなかった。しかし、今のエイジの表情にはどこか申し訳ない様な表情を浮かべていた様にもコウタは感じ取っていた。

 一体何を勘違いしたのか、今の2人を見て何か重要な話をしているのだと判断し、エイジはその場を逃げる様に立ち去った。

 残された2人は一体何が起きているのか理解するのに少しばかり時間を要していた。

 

 

「アリサ、詳しくは分からないけど多分エイジは誤解している。細かい事は良いから追いかけるんだ」

 

 一瞬何が起きたのだろうか。最初に意識を取り戻したのはコウタだった。何をどう見たら誤解する場面だったのかはエイジにしか分からない。だからと言って、これ以上自分にとばっちりが来る事だけは避けたい気持ちから、直ぐにアリサに追いかける様に促す。

 

 

「は?何で今ので何を誤解する必要があるんです?」

 

「いいからエイジの元に急げ!」

 

「分かりました。後でしっかりと聞きますから」

 

 コウタに嫌な一言だけを残し、アリサはエイジの後を追いかけるが、既に時間が経過しているのかエイジの姿は何処にも無かった。一体どこへ行ったのだろうか?そんな時に以前に捜索したナオヤの言葉が脳裏に浮かぶ。エイジの事だから恐らくはあそこに居るのではと予測しながらアリサは足を運んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱりここだったんですね」

 

 訓練室で一人訓練をしていたはずが、突如背後からの声で鍛錬していた動きが止まる。

 声の主は振り向かなくてもアリサである事は理解していた。実際に記憶が無いからと言っても、今さっきまで話ていた人間の声を忘れる事は無い。記憶に関しても、ここ数年の事が欠損しているだけなので、完全に記憶喪失となった訳では無い。

 だからこそ、会話を成立させる事が可能となっていた。

 

 

「どうしたの急に?」

 

「何だかエイジがいつもと違います。一体何があったんですか?」

 

「いや、いつも通りで特に何も無いよ。そう言えばさっきはごめん。彼氏と会ってた所を邪魔したみたいで」

 

「……誰が彼氏なんですか?」

 

 アリサの表情が大きく曇る。今のエイジには記憶が無いだけでは無く、ここでの人間関係が全く分からないままだった。しかも恋人でもあるはずのエイジから、何をどう考えたらそうなるのかコウタが彼氏だと言われ、アリサの理解が追い付かない。ロシアに行っている間に何が起きたのか分からないが、いつものエイジでは無い事だけはアリサにも理解出来ていた。

 

 

「いや、アリサの指に指輪がしてあるから、多分そうだと思ったんだけど……」

 

 指輪はロシアに行く前にエイジに強請って貰えた物。にも関わらず、自分が一切何も関知していない発言に、アリサの胸中は徐々に疑惑へと向き始めていた。

 

 

「これはコウタからでは無いんです」

 

「そうなんだ。アリサは可愛いからね。彼氏が羨ましいよ」

 

 本来であれば嬉しいはずの台詞だが、今のエイジにはどこか他人事の様な表情をしている。一体何が起きているのか深層を確認しない事にはアリサ自身が納得出来ない。一度確認すべきと考えたまでは良かったが、改めてどう言えば良いのか言葉を選んでした。

 しかし、最愛の人間からのどこか他人事の様な言葉は思いの外アリサの心に深く突き刺さる。心の中ではダメだと思っても肝心の身体が言う事を聞かない。エイジを見ていたアリサの目から、不意に涙が零れ落ち止まる気配は無かった。

 

 

「アリサ、大丈夫なの?僕に出来る事があれば教えてくれないかな?」

 

「ごめんなさい。大丈夫ですから。ちょっと目にゴミが入ったみたいで……」

 

 気まずい空気が訓練室に流れ込む。どれ程の時間が経過したのだろうか、沈黙を破るかの様に不意にエイジに端末が鳴り響く。まるで逃げるかの様にこの場を離れる事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「忙しい所すまない。今回君たちを招集したのは、新開発したバレットの検証をしてほしいんだ。今回のバレットは新支部長の肝いりでね。撃ち込んだアラガミに対して強制進化させる事が可能となっているはずなんだ」

 

「強制進化?例の進化論の実戦版か?」

 

「察しが良いね。ソーマの言う通り、これはアラガミを強制進化させる事が出来るバレットだ。たとえば、動きが早いアアガミに対して動きが遅いアラガミのバレットを撃ち込む事によって動きを通常以下にする事で討伐が容易に出来る代物なんだ。

 ただし、これはまだ仮説段階での作成だから即効性や効果についてはまだ不透明な部分が多くてね。その為に、簡単な任務で一旦君達で試して欲しいんだ」

 

 これが日常だと言わんばかりの榊のあっけらかんとした物言い方に、既に第1部隊のメンバーは慣れていた。今回の内容もあくまでも学術的検証の意味合いが強く、本来であれば簡単な任務に第1部隊は出動する事は無かった。

 しかしながら、今回は新技術の確認と言う大義名分がある為に、これ以上拒否する材料は何も無かった。

 

 

「まあ、良いだろう。とりあえず確認はするからその結果はまた知らせれば良いんだな?」

 

「そうだね。今回の任務で改良すべき事が見つかれば即時改良するつもりだから、君達の任務の内容は重要になるだろうね」

 

「確認するだけなら特に問題ないだろう。エイジ、勝手に決めたが特に問題無いな?」

 

 一体何の話をしているのだろうか?エイジの記憶はゴッドイーターになってからの記憶が全く無い。神機でも通常の刀身での攻撃であれば記憶の中と体に染みついた感覚で運用する事が可能だが、肝心のバレットに関しては一体何の話をしているのか全く理解できなかった。

 今はソーマが勝手に決めているが、自分で理解出来ない部分を決めて貰った以上、断る理由は特に無く、ただ頷く事しか出来なかった。

 

 

「いや、問題ないよ」

 

「じゃあ、すまないが宜しく頼むよ」

 

 こうして新型のバレットの検証実験が開始された。表面上は何の問題も無いはずだが、エイジの記憶が無い事に誰も気が付いていない。

 今の時点ではアリサが何となく気が付いているものの、これも確証がある訳では無い。まずはこのミッションが完了してから改めて確認する以外に方法が無かった。

 

 

 


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