神を喰らいし者と影   作:無為の極

91 / 278
第 弐 部
第88話 就任


「エイジ、私が居ない間に浮気しないでくださいね。只でさえ皆が狙ってるんですから」

 

「誰もそんな事してこないし、しないから。大丈夫だから安心しなよ」

 

「でも……やっぱり一緒に行きませんか?」

 

 アリサのロシアへの一時渡航の日があっと言う間に来ていた。色々とやるべき事はあったものの、実際には何のトラブルもなく無事に出発の予定日を迎えていた。

 

 

「あのなぁ。いつまでもこんな所でイチャイチャするなよ。エイジだって、一時的にはここを離れるんだから、アリサが心配する様な事は起こらないって。ほら、早く行かないとまたツバキ教官にどやされるぞ」

 

「分かってますよ。コウタも少し位は空気読んでください」

 

 まるで今生の別れの様な場面だが、実際には渡航出来る日程は2週間程なので、アリサが心配する様な事は何も起こる気配はなかった。事実、今まで随分と棚上げされてきた新しい支部長の護衛の関係で本部からエイジが指名され、その為にアリサが出発する数日後には同様に本部へと行く事が決まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「如月エイジ入ります」

 

「ご苦労。今回の用件だが、新しくここに来る支部長が決定した。その護衛としてだが、先方から第1部隊長をと指名されている。本当の事を言えば、知っての通りアリサも一時的にロシアに行く事が決定している関係上、行ってほしくは無いんだが、今後の事も踏まえて行って貰う事にした。実際には移動込で1週間程の日程だ」

 

「了解しました」

 

 今まで本部から何度も招聘されている事はエイジの耳にも入っていた。しかし、極東支部も幾ら精鋭が居るからと言って態々第1部隊を務める隊長を手放すと言う選択肢は全く無い。内部でも協議した結果、現地の滞在時間は移動込で1週間の日程だった。

 

 

「エイジ、神機に関しては既にマニュアルは手配してあるから、現地でも困る様な事にはならないはずだが、くれぐれも神機の能力は本部では使うな」

 

「分かりました兄様」

 

「君なら大丈夫だとは思うが、今回の任務はちょっと特別でね。事前に言っておくけど、今回着任予定の人物なんだが、後任としてガーランド・シックザールとなっているんだよ」

 

「ガーランド・シックザール…ですか」

 

「名前の通り、前支部長の弟に当たる人物だがこちらとしては態々断る内容でも無いし、彼の発表した論文は世間でも随分と評価されていてね。こちらとしても立派な人物像を持った人間を断る理由が無いんだ」

 

 名前を聞いた瞬間、まさかと思った事が伝わったのか、榊から改めて人物像に関しても予備知識が教えられていた。あのアーク計画の発案者でもあったヨハネス・フォン・シックザールの弟であるならば、何らかの対処が必要なのでは?との考えが頭の中にあった。

 

 いくら榊が大丈夫だと言った所で、今まで培ってきた感覚が気を許すなと言っている様にも思える。本来であれば初対面どころか未だに会った事も無い人間に抱く感情で無い事は間違い無かった。エイジはそれ以上の事は何も言わず、今は情報を頭に入れる事で対処する事にしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君が極東支部の第1部隊長の如月エイジ君だね。私の名はガーランド・シックザール。君たちが良く知っているヨハネス・フォン・シックザールの弟だ。これから君たちの上司になるが、極東支部には榊博士や紫藤博士も居るから、私としても安心して業務に励む事ができる」

 

 エイジが本部に到着し、ロビーでほどなく次期支部長のガーランドと挨拶をしていた。言葉そのものは丁寧に聞こえるが、片方に付けられた眼帯の影響なのか、どこか心無い様な雰囲気がそこには存在している。少なくとも見た目だけの印象ではあるが、一筋縄ではいかない人物像を醸し出していた。

 

 

「実は君には多大な関心があってね。本部でもスコアの上昇値が劇的に伸びているのと、接触禁忌種をいとも容易く討伐している事で有名なんだ。実は今までに何度か招聘していたんだが、君の所からは断られていてね。済まないが時間がまだあるから、1.2日程ここでミッションをこなしてもらえないだろうか?」

 

 いきなりミッションになるとは思っていなかったが、ゴッドイーターはいかなる状況であってもアラガミが出れば討伐するのが任務となる関係上、特に困る事は何にも無かった。

 そもそも護衛任務で終わるなんて甘い考えは無かったのと、今までずっと狭い場所で拘束されながらの移動はエイジにも少なからずストレスが溜まっていた。

 

 

「了解しました。これより明日まで討伐任務に入らせてもらいます」

 

 極東支部の第1部隊長であれば、その腕を信用しない者は居ない。事実見た目はまだ20歳ににも満たない人物がと思う人間も少しは居たが、本人に合った事で実力がハッキリと理解できていた。

 以前に合同任務で来ていたタツミはその腕前で判断されたが、エイジはそこまでしなくてもその圧倒的とも言える存在感と、これまで死地とも言える局面を何度も潜り抜けた雰囲気に誰もが異論を唱える事はない。周りにそれを思わせる必要すらないとばかりにその存在感を示していた。

 

 

「今日一日ですが、よろしくお願います」

 

「こ、こちらこそ足を引っ張らない様に宜しくお願いします」

 

 今回の一日限定の任務は暫定的に討伐部隊での編制となっていた。極東と言えば、アラガミの動物園と揶揄できると同時に、その強さは世界の中でも一、二を争う地域。そこの部隊長であれば緊張するのは間違いでは無かった。

 実際に任務に就くと、以前タツミから聞いていた通り、極東に比べればここのアラガミは極東ならば曹長レベルでも十分すぎる程の程度の為に、いざ戦闘に入ると、他のメンバーが戦闘に入る前に単独で終了していた。

 事実、討伐時間に関しては過去の事例から比べても最短記録を常時樹立し、今後この記録が破られる事はないだろうと思われる程の時間で討伐が終了していた。

 実際にはアラガミのレベルが低いだけでは無く、実際に換装されている神機のレベルとその技術力、判断の早さとどれを取ってもこれが最前線の部隊長なのだと言う事を嫌と言うほど認識させていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「如月君。ご苦労だったね。少しは本部の連中も極東の事を考え直してくれたと思う」

 

 ガーランドが労いの言葉をかけると同時に、既に極東支部長としての考えを示す事で一定の信頼を得た様にも思えた。現場レベルでも新人は尊敬の眼差しで見ていたが、古参の連中に関しては、今までの自分達がやって来た事がまるで児戯に等しいと思われているのは面白くないのか、距離を取った様な目で見ていた。

 こんな所に来たからと言って態々余所行きの仕事をする必要は何処にも無い。ましてやエイジ自身はそんな気持ちも考えも最初から持ち合わせていなかった。いつもと変わらない任務とばかりにやってたに過ぎなかった。

 

 

「どうでしょうか?かえって違う目で見ているかもしれませんね。以前、合同任務で着ていた大森隊長からも話は聞きましたが、ここは他と違って随分と自信をお持ちの方が多い様にも思えます」

 

 無明からも出発前に本部の考え方や現実を聞いていたので、ある程度の耐性は持っていたつもりだったが、任務に出るとその違いに愕然としていた。明らかに散漫な動きと警戒心の無さ、そして今までそうだったのか、数に頼る事で個々の戦力は想像よりも低い。にも関わらず現状に満足しているのを見て、表情にこそ出さないが呆れかえっていた。

 本来であれば嫌味や毒を吐く様な事を一切しない人間がこんな台詞が出てくるのはかなり珍しい事でもあった。

 

 

「ここは極東支部とは違う。君のレベルからすれば新兵と変わらないのかもしれないが、ここではそれが普通なんだ。榊博士や紫藤博士がここに来させるのを嫌がる理由が良く分かったよ」

 

「申し訳ありません。そんなつもりで言った訳では無かったんですが、最近まで来ていた他の支部の新人の方がかなりマシだと感じてしまいました」

 

 元々本部の上層部に居た人間に関しては随分と現場よりの指揮官だとは思ったが、ここまでハッキリ物を言うとは思ってもなかった。来る前には警戒していたが、これなら信頼に値するのでは?との考えと同時に、今までの考えを一変していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれが神々を退けて築き上げた虚構のアジールか。何だか感慨深い物があるな」

 

 短いながらに出された日程をこなし、引き継ぎも終え漸く極東支部へと戻る事になった。既に手続きは本部で完了しているので、あとは現地での手続きで全て完了となる。ヘリからも肉眼で極東支部が見え始めて来た時に、操縦士からの緊急とも言える連絡が入った。

 

 

「申し訳ありません。この先の上空に未確認のアラガミが居ます。このままではこちらが撃墜される恐れがあります」

 

 操縦士が言った先には大きなムカデの様なアラガミが上空を滑空し、まるでエサでも見つけたかの様な勢いでヘリに迫る。このままでは確かにアラガミのエサとなって終わる未来しか残されていない。もちろん、このままむざむざとやられるつもりは無かった。

 

 

「このまま、討伐に出ます。後の事はよろしくお願いします」

 

 ケースから神機を取り出し、このまま討伐の体制に入る。地上ではなく、空中での戦いの為に足場の確保が出来なければそのまま地上へとダイブする事になるのは間違い無かった。足場と支えの無い空中戦。どうすれば無事に討伐できるだろうか?短時間での戦略を考え、一気に行動に出ていた。

 

 

「身体がなまらない様に動くか」

 

 一言だけ誰にも聞こえない様に呟くと同時に神機からアラガミとも思われる大きな咢が現れ、今か今かと待ち構える様に捕喰の体制に入る。『捕喰形態』と同時に滑空しているアラガミに大きく喰らいつく。

 頭から突っ込んでくるように飛来したアラガミは大きな咢に喰らいつかれる事で頭から先が既に無かった。頭が無くても僅かに生命としての本能なのか、未だ蠢いている。

 捕喰した事でバーストモードに突入し、一気にケリをつけるべく胴体を縦に大きく切り裂く。事実上の一撃必殺を持って、そのアラガミの生涯を終わらせた。

 

 未だ空中での戦いである事に変わりない。当初足場を気にしていたが、実際にどんな動きをするのか読めない以上、まずは討伐を第一と考え戦いながら高度を徐々に下げる事に専念していた。

 結果的にはその戦術が功を奏し、致命傷を負うほどの高度ではないものの、着地さえ間違えなければ何も問題なく終わるはずだった。

 

 

「しまった!」

 

 オラクル細胞の塊でもあるアラガミは、頭から胴体まで無くなっても完全に動かなくなるまでに時間がかかる。事実、蠢いた身体の一部がエイジに襲い掛かった。地上であれば回避できる事も空中では回避する事は出来ない。盾を展開するにも不意打ちとも取れる攻撃がエイジの胴体を横なぎにし、威力を殺す事も出来ないまま地上に向かって叩きつけられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こちらに向かっているヘリの1台が撃墜されました。現在はエイジさんが交戦中ですがこのままでは2台とも撃墜される恐れがあります。手の空いている方は至急現地まで急行して下さい」

 

 当初の予定通りに本機と護衛機の2台体制でこちらに来ていたが、突如正体不明のアラガミの襲撃を受け、極東支部に緊張が走る。今までに空中に浮かんだアラガミはいたが、いずれも大型種ではなかった。ただでさえ新種の討伐には入念な準備が必要となるが、今回のアラガミは空中を飛ぶ大型種。

 地上からの攻撃は何の意味も無いとばかりに状況を見守る事しか出来なかった。

 

 

「待ってください。今討伐が完了しました。……しかし、ソーマさん、コウタさん、至急ヘリの墜落現場へと急行してください。そこにエイジさんの認識信号が出ていますが、状況についての確認が取れません。お願いします」

 

 

《こちらコウタ。了解した。直ぐに現地に向かう!》

 

 ヒバリの声に2人も驚きを隠す事は出来ない。今までにもこんなケースはあったが、新種討伐とヘリの墜落と言う単語が嫌な未来を想像させる。万が一の事が無い事を祈り、至急現場へと向かっていた。

 

 

「ソーマ、エイジは大丈夫だよな?」

 

「今言われても知らん。しかし、事態は一刻を争うはずだ。空中戦なんて俺も今までやった事は無い。どこまでの高度で戦ったのかはしらんが、とにかく急ぐしかない。コウタ、もっとアクセルを踏め!」

 

「これ以上は無理だ。あ!あれじゃないか煙が出てる」

 

 これ以上は出ないと思われる程の速度で急ぐも未だ状況が交錯している。この目で確認しない事にはどんな状況かも分からず、不安だけが胸をよぎっていた。

 

 

「エイジ大丈夫か!しっかりしろ!」

 

 現場に到着したソーマの目の前には血だらけで横たわる男性が一人。誰なのかを確認するまでもなく、第1部隊長の如月エイジその人だった。

 

 

「救護班!如月エイジ1名が重傷だ。至急現場まで来てくれ!現状は意識不明の重体だ」

 

《直ちに向かいますので、現地での待機をお願いします》

 

 無線での短いやり取りで、全ての状況が把握される。おそらくアナグラでは大混乱となっているのだろう。そんな事を尻目に今できる事はアラガミが来ない様にする以外に何も出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リディア姉さん。今までありがとうございました。また連絡します」

 

「そんなに気を遣わなくても良いのよ。来れるときに来てくれればそれで良いから。今度はアリサの大事な人も一緒にね」

 

「はい!今度は一緒に来ますから」

 

 ロシアの滞在は当初の予定通り大きなトラブルも無く、無事に帰還する日となっていた。ロシアへの渡航の本来の目的は、過去と向き合う事で自分の中を一旦整理する事で、精神の安定を図る事を目的の第一としていた。

 当初はオレーシャの事もあったが、話をしていくうちに色々と考え思う事があったのか、当日の夕方の時点ではかなり打ち解けあっていた。

 

 

「まさかアリサに恋人が出来るなんてね……オレーシャにも報告したの?」

 

「一番に報告しました。姉さんも知っての通りですが、あの大車から救ってくれたから今があるんです。ある意味では命の恩人ですが、今はそれ以上に支えて行きたいんです」

 

 オレーシャには墓前で一番に報告したと同時に、リディアにも近況報告をしていた。ある程度の事はメールでのやりとりでも出来たが、詳細についてはやはり自分の口から話した方が良いとの判断から、今回改めての報告となった。

 当時の状況は今でも思い出されるが、当時はアリサの為だからと言われ、そのまま内容に関して異を唱える事は無かったが、実際に何が起こっていたのかを聞けば背筋が凍る思いだった。

 

 極東での奪還作戦が功を奏し、結果的には今の状態になったのはリディアとしても嬉しく思うと同時に若干寂しい気持ちもあった。当時の事を考えればリディアの目から見れば、オレーシャと同じ妹同然とばかりの付き合いでもあったアリサも、今は一人の女としての幸せも享受し、直接会った事は無かったが意外にもフェンリルの広報で見た顔だと言う事で、エイジの預かり知らない所で認識されていた。

 自分の手から離れた気持ちと同時に親代わりの部分もある。そんな複雑な気持ちがリディアにはあった。

 

 

「でも、話を聞いているとエイジさんは競争率が高そうね」

 

「そうなんです。エイジは自分の事は全く分かっていないんです。事実、アナグラでも他の女性神機使い達からは色々と注目されているのに何も気が付いてないんです」

 

「あらそうなの?私は広報の資料でしか見てないから何とも言えないけど、確かにあれだけの神機使いとしての実力とそれ以外での能力を考えれば分からないでもないかな。でも、その右手の薬指にはまってるリングを見れば、杞憂だと思うわ」

 

 何気に言われた指輪の事は今まで気が付いていたが敢えて話さなかった事でアリサも驚いていた。本当の事を言えば、サイズが分からないからと言われたリングだが、実際には確かめるまでもなく、右手の薬指以外にキッチリと合う指は無かった。

 恐らくはああ言ったものの、照れ隠しだったのだろうか?今思えばそれ以外の選択肢が何も無かった。

 

 

「私と居るよりも早く会いたいんじゃないの?」」

 

「そんな事ありません。と言いたいですが、姉さんの言う通り、そうなのかもしれません」

 

「その彼を大事にするのよ」

 

「はい!」

 

 満面の笑みで答え、一路エイジが待っている極東支部へと急ぐ事となった。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。