神を喰らいし者と影   作:無為の極

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番外編第2弾です。
時間軸は第弐部の開始前になります。


番外編2 シオの願い

「ソーマはあれが何かしってるか?」

 

 いつもの榊による定期検診が終わり、ラボからシオが出てくると、そこに居るのが当たり前の様に外部居住区の子供達がロビーで遊んでいた。他の支部では分からないが、ここ極東支部は割とこの辺りが緩やかなのか、毎日誰かかしらがロビーに居る事が多い。

 勿論、世間的にはシオもその中の一人ではあるものの、実際にはアナグラと屋敷の敷地内だけを移動する事が多く、偶に不在になる際には外部居住区域ではなく、どこか他の所へ出向く事が多かった。

 

 あれからそれなりに時間げ経過した事もあってか、既にシオ自身もそう考えているのか、アラガミ特有の感覚は完全に消え去っていた。こうして定期的に検診を受けているのは細胞の変化の確認でもあり、また万が一の際にも早急な対処を可能とする為の措置でもあった。

 しかし、特異点の因子が封印されたのか、それとも抹消されたのかシオの体内からはあの事件以降、僅かな異変すら関知する事は無かった。しかし、以前の記憶まで無くなった訳では無く、経過観察である以上未だに狭い範囲の中でしか過ごす事は無かった。

 

 

「どうしたんだ?」

 

「あのこが何か白いものをたべてるけど、あれ、おいしいのかな~」

 

 シオの見ていた先を見ると、確かに子供が何かを食べている。しかし、ソーマも外部居住区の事を知っている訳では無く、シオに聞かれた質問に答える様な知識は持ち合わせていない。恐らくシオはあの白い物の正体を知りたい事だけは直ぐに理解出来ていた。

 

 

「ああ、あれか。一体何だろうな」

 

「あれ、綿あめだよ」

 

 ソーマの質問に答えたのは任務から帰って来たエイジだった。今回の任務は大事になるような事は何も無かったのか、汚れた形跡も見当たらない。その様子を一目見てソーマは今回の任務は大した事は無かった事と同時に、何でそんなものがここにあるのか?そんな疑問だけが残っていた。

 

 

「実は、あれ近々予定しているイベントの為に榊博士が旧時代の催し物を調べていてね。で、あれはその試作で作った物なんだ」

 

「また榊のオッサンは変な物作ったのか?」

 

「図面は引いたけど、作ったのは技術班だよ。さっきナオヤから聞いたんだ」

 

 旧時代の縁日や屋台には必ずと言って良い程にあった物をどうやって探し当てたのか、子供の様に目を輝かせて図面を引いていた事は容易に想像できた。イベントと言う位である以上何らかの目的があるのは理解できるが、その真意が分からない。今のソーマには何でこんな物を?そんな事を考えながら子供達を眺めている事しか出来なかった。

 

 

「ソーマ、シオもあれたべたい。どうすればたべられるの?」

 

「機械はまだその辺りに置いてあるはずだけど、材料が必要だね」

 

「機械なら、そこに置いてありますよ」

 

 助け舟を出したのは事務手続きが一息ついたヒバリだった。ここにずっと居たのであれば、あの子供達が作ってもらっていた場面も見ていたはず。先ほどの材料と共に作っていた人間が誰なのかが分かれば何とかなるだろうと、まずは材料の確保を優先する事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナオヤ、ザラメってまだある?」

 

「ザラメ?ああ、綿あめ作るのか。で、誰が欲しがってる?」

 

「シオが食べてみたいって。で、ソーマが作るらしいよ」

 

 普段であれば、間違いなくこんな事に首を突っ込む事はしないはずのソーマが作るのはある意味珍しい出来事でもあった。ちょっとしたお菓子や料理に関しては、ほとんどエイジが作ってあとは食べる人間が他にいるだけのケースばかりなので、ナオヤも驚きを隠す事は出来なかった。

 

 

「でも欲しいのはシオ一人だけなのか?試作はその場に子供が居たから作っただけで、後の人間には何も渡してないぞ」

 

 ナオヤは試作を渡した当時の事を思い浮かべていた。あの時は子供が4.5人居たのと、偶々話していた事を聞きつけていた人間が居ただけだった。しかし、これからミッションだからと見はしたが、結果的には参加する事無くそのまま出て行った事が思い出される。

 機械そのものはまだ何もしまっていないので、知らない人が見れば興味を持つのは間違いない。ましてやこれから作るとなれば、何人かが集まる事は間違い無かった。

 

 

「だとすれば、時間を考えると多少大目に有った方が良いかもしれないね。材料ってまだあるんだよね?」

 

「そうだな。ザラメもまだ試作段階だから、次までには数を用意したい所なんだけど、今はそんなに無いな。売切れ終了で良ければ、ここにあるだけだ」

 

「それだけあれば十分だよ。あとは念の為に榊博士に使用許可貰った方が良いかもね」

 

 未だ支部長が決まらない現状であれば、誰かに話を通した方が万が一の可能性を考えると間違い無い。そう考えると榊博士が一番適任だった。実際に図面を引いているのであれば問題があった場合も対処できるだろう可能性も踏まえた上での判断だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「博士、ロビーの綿あめの機械ですけど、あれは利用しても大丈夫なんですか?」

 

「そうだね。さっきも念の為に使っては見たんだけどトラブルも無いようだし、数をこなす事で何か新たな挙動が分かるかもしれないからね。材料があるのであれば問題無いよ」

 

 材料は既に用意してあるので、後は使用許可を取ればと思いロビーに下りると、予想通りそこには人だかりが出来ていた。内容を知っているヒバリに聞いたのか、それともどこからか聞きつけて来たのか、本来であればそこに居ないはずの人間までもがそこに居た。

 

 

「ソーマ、使用許可貰ったから、早速作ってみるか?」

 

「俺が作るのか?」

 

「だって、シオが望んでるなら仕方ないんじゃないの?」

 

 既にシオはこれから何が出来るのか希望に満ちた表情でその機械をジッと見ているが、片手はソーマの服の裾をまるで逃がさないとばかりにしっかり握っている。ソーマとて、ここから逃げるつもりは元々無かったが、エイジとは違いソーマ自身このかた料理なんて物はエイジの部屋で作ったプリン以外には、作った事が無かった。

 

 

「簡単だよ。ここにザラメを入れて、あとは出て来た物を巻き付けるだけだから」

 

 何気に説明しながらも、エイジの手は止まる事無くザラメを機械へと投入した。機械がうなりをあげながら加熱された砂糖が糸を吐き出す。風に吹かれた様にゆるりと舞う糸を器用に巻き付けると、そこには雲の様にふんわりとした白い綿あめが出来ていた。

 ちょうどここに来ていた子供に渡すと喜んで食べている。羨ましそうな目で見ていたシオに目をやると、突如としてソーマを見やり、無言で服の袖を引っ張りながら強請っていた。

 

 

「エイジ、それは簡単に出来るんだよな?」

 

「さっき見た通りだよ。出て来た物を巻き付けるだけだから難しくは無いはずだよ」

 

 いとも簡単に出来るとばかりに材料を入れると、直ぐに白い糸が沸き起こる。エイジは確かに簡単そうにやっていたが、実際にやってみると確かに巻き付ける事は出来るが、エイジほどふんわりとした物では無かった。

 

 

「ほら。エイジ程じゃないが、これで良いか?」

 

「ありがとう。ソーマ」

 

 何となく不恰好な事は分かってはいたが、一旦シオに渡すと喜んで食べている。見た目はふんわりしているが、口に入れると瞬時に無くなるその食感が普段食べた事がないのかシオの表情が全てを物語っている。

 

 

「ソーマ。これ、くちのなかに入れるとすぐに溶けたぞ」

 

 アーカイブには確かにあったが、見ると体験するでは大きな違いがあった。

 小さな砂糖の塊が糸の様に出てくる光景は不思議な様にも思えたが、いかにもと言った雰囲気がそこにはあった。ソーマが作っていた事に驚きはあったものの、シオが食べている姿はどこか安心出来るのと同時に、この日常を守っていきたいとさえ思わせる様子でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやしかし、変われば変わる物だな。まさかソーマがあそこまでとは」

 

「そうねえ。まさかあんなに尖っていたソーマがあそこまで変わるなんて、当時の事を考えると有り得ない光景なのかもしれないわね」

 

 定期検診に来ていたのはシオだけでは無く、そこには大きなお腹のサクヤも一緒に来ていた。時期的にはそろそろ臨月間近の為に中々顔を出す機会は減っていた事もあり、久しぶりにとアナグラに顔を出していた。

 今までもロビーで何か作ったり食べたりしている光景は既に見慣れたものではあるが、それはあくまでもエイジが中心となる事はあってもソーマが中心になる事は無かった。

 

 シオがもたらした物は言葉では表わす事は出来ない。そこには確かな明るい未来が見える様な気がしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや~君達のおかげで十分なデータが取れたから、今度のイベントに胸を張って出す事が出来そうだよ」

 

 結果的には任務帰りの人間が予想通り集まったのか、ソーマとエイジがひたすら作り続けていたのと同時に、今回は珍しくまともな物を作ったと改めて榊博士を評価していた。

 しかし、ここで疑問が一つだけあった。先ほどの榊が発言したイベントの単語に嫌な予感しか感じ得ない。これから一体何を企画するつもりなのかは、まだ榊の胸の内にしまわれている。

 またかとの考えと同時にまさかの考えが広がるも、取敢えず当初のシオの要望だけは果たす事が出来た事を良しと考え、それ以外の事に関しては命までは取られる事はないだろう事だけを考えるにとどめていた。恐らくは碌な事はしないだろうと予想は出来るが、そこから先の思考を止める事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でもさ、榊博士が言ってたイベントってなんなんだろうね?」

 

「なんでしょうね?…何となく不安な事だけは間違いない様に思えるんですけど…」

 

「綿あめだから、普通なら縁日が定番なんだけど、多分それだけ使うなんて事はないだろうからね。ソーマはどう思う?」

 

「あのオッサンが考えている事なんて知るか。俺はもう御免だからな」

 

「そう?まんざらでも無い様に見えたのは気のせい?」

 

 これからアラガミ討伐を始めるとは思えない程にゆったりとした空気が流れ込んでいる。本来であれば、今回のミッションは高難度の為に緊張感はあるものの、今の第1部隊に気負いは一切ない。

 昨日の事に付いてこれからお茶でも飲んで話し込むのかと思われる様にも思えていた。

 

 

「でもさ、何で声かけてくれなかったんだよ。話聞いた時にはもう終わってたなんて最悪じゃん」

 

「ごめん。材料が元々無かったんだから仕方なかったんだよ。次回のイベントの時に作れば良いよ」

 

「コウタも変な所で意地汚いんですから。次があるならそれでいいじゃないですか」

 

「そう言うアリサだって、少し残念そうだったじゃん」

 

「わ、私の事は良いんです」

 

 昨日の綿あめの頃を聞きつけた頃には材料は既に無くなり、完売となった頃にコウタが任務帰りで戻っていた。

 元々材料が無かった事も一因だが、そもそもシオが言い出した事が全てのキッカケとなり、その場に居なかったアリサも改めてサクヤからその話を聞いていた。

 実際にコウタは綿あめの存在は知っていたが、実際に見た事は無く、最後の一口を食べている所だけを少し見る事しか出来なかった。

 

 

「そろそろ現地に到着しますので、準備をお願いします」

 

 ヘリの操縦士の一言で、今までのゆったりとした雰囲気が一転し、厳しい物に一瞬にして変わる。今やれる事を理解し、全力を尽くす事でこの先の未来を紡ぐ事が出来るとばかりに、下に見えるアラガミ達を討伐すべく降下を開始した。

 

 

 


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