神を喰らいし者と影   作:無為の極

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外伝40話 (第87話)後日談

 シオに起こされ、アリサと2人広間へと足を運ぶと、そこには昨日のメンバーがボチボチと集まり出していた。何時の間に来ていたのか、リンドウの隣にはサクヤも座っていたが、まだカノンやヒバリ達が来ていない。取敢えず空いている所へと座ろうとした時だった。

 

 

「おはようエイジ。昨日はお疲れだったのか?」

 

 コウタがニヤニヤとしながらエイジとアリサを見ている。心なしか、既に来ているメンバーもこちらを生温かい目で見ている事だけは直ぐに理解出来ていたが、今朝エイジに聞く前にシオが来た為に、昨晩の事は何も聞き出す事も出来ないままだった。あの後話すタイミングがつかめないまま、ここに来ていた為にコウタの言わんとしている事が分からなかった。

 

 

「おはようコウタ。疲れたも何も、あのまま直ぐに寝たから何もないよ」

 

「アリサと2人で寝て何も無いって、枯れてるのか?」

 

「あのな、昨日はそんなんじゃないって」

 

 コウタとエイジの会話で、漸く生温かい目の意味がアリサには理解出来ていた。どうやら昨日、エイジの部屋で寝ている事はここに居る殆どの人間が知り得ている事実。そして、その後に何が起きたのかはエイジ以外に誰も分からない事だった。

 

 

「コウタ、少し聞きたい事があります。昨晩、私に何をしたんですか?」

 

「俺は何もしていないよ。あれはアリサが自爆しただけだから」

 

 普段はそうでなくても、エイジとの事になればアリサの沸点は驚く程に低くなる。その為に今回の様な話をするにはまずは自分の無実を証明する事で、危険回避に専念していた。

 

 

「自爆ってなんですか?」

 

「昨日、何飲んだのか覚えている?」

 

「昨日って飲んだのは確かオレンジジュースでしたよ」

 

「それだよ。あれはカクテルだったんだけど、かなりアルコール度数が高いらしくて、あの後は大変だったんだよ」

 

 ここで何となくだが昨晩何かが起こった。いや、起きたのかが薄々理解出来ていた。アルコールの影響で記憶が飛んでいるが、一体その後に何があったのだろうか?このままモヤモヤとしたままでは面白くないとアリサは考えていた。肝心のエイジはどことなく話したくないのか、口が重い様にも思えていた。

 

 

「エイジ、本当に昨日は何があったんですか?正直聞くのが怖い気もするんですが…」

 

 小声で話す事で、何とか情報を得ようと改めて聞こうとすると、ここで漸くヒバリとリッカがやってきた。

 

 

「おっはよ~アリサ。昨日は大胆だったね。見ていたこっちまで恥ずかしかったよ」

 

「おはようございます。リッカさん、あれは酔った勢いですからこれ以上の事は話さない方が…」

 

 どうやら昨晩は何かをやらかした事だけは理解できていたが、リッカの言葉が僅かに気になる。見ていたとなれば、それはすなわち衆人環視の下で何かをやった事になる。爽やか朝にも関わらず、アリサの胸中はどんよりとしている。大胆な事とは一体何だろうか?ここで漸くエイジが口を開いた。

 

 

「昨日は間違えてアルコールを飲んで少し甘えただけだよ」

 

「甘えたって、私がエイジにですか?」

 

「そうだよ。流石にあれは驚いたけどね」

 

 小声で言ってはいるが、隣のリンドウには聞こえたのか、あっさりと真相がアリサに告げられる事になった。

 

 

「昨晩はアリサがエイジに口移しで酒飲ませたんだよ。ほんとお熱い事で、こっちまで恥ずかしくなりそうだったぞ」

 

 リンドウの言葉に誰もが何も言葉を発する事が出来なかった。リンドウの言葉に慌てて周りを見れば、どことなく何かを見守る様な目で見ている。今朝感じた視線はこの事だったんだと、ここでアリサは理解した。

 まさか自分がそんな事をしているとは思いもよらず、今朝起きてみれば隣にエイジが寝ていた。

 確かにあのシチュエーションは嬉しかったが、流石に昨晩酔った挙句の結果であれば、百年の恋も冷めるのではないのだろうか?かなりはしたない部分を見られたのでは?もちろん、この答えを教えてくれる人間は隣に居るエイジ以外に誰も居ない。アリサとて聞きたい気持ちはあるが、乙女心がそれを許さなかった。

 

 誰かが陥れたのであれば話は別だが、内容は明らかに自分の失点に基づく内容である為に文句の言うことすら出来ない。

 今出来るのは一刻も早く朝食を終わらせて確認する事が先決なのでは?そんな意識に囚われ、何を食べたかまで理解する事は出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今までありがとうございました。ドイツ支部に戻っても極東での内容をそのまま継承しながら精進したいと思います」

 

「極東でのご指導ありがとうございました。イタリア支部に戻っても、続けて訓練を継続したいと思います」

 

 色んな事があり過ぎた物の、振り返れば濃密な訓練と実戦に他の支部での数年分とも取れる研修がここで完了した。アネットの手には先日来た浴衣がお土産とばかりに手に握られている。

 これが極東支部だと言う事を嫌と言うほど身に着けさせられた様にも思える。この内容を忘れる事は恐らく無いだろうとばかりに2人は元居た支部へと戻る事となった。

 短い期間ではあったが、他のメンバーも思いの他良好な関係を築けたのか、思い思いの表情をしている。飛んで行ったヘリが見えなくなるまでそんな空気が続いていた。

 

 

「エイジ。すみませんが少しだけ時間をもらえませんか?」

 

 完全に見送りが終わり、各々が自分達のすべきことがあるとばかりにこの場を去っていた。昨晩の内容も気になる事だが、これから話す事はアリサにとっても重要な話。

 エイジにとってはあまり関係ない様にも思えるが、今回の一連の状況から今に至るまでに、色々とアリサの中で考えていた事があった。自分の人生の一部でもあったロシア支部での出来事。

 そしてこれから先を行くにあたっての最低限やらなければならない部分。この事を解決しない事には前には進むことが出来ない。そんな感情がその一言に集約されていた。

 

 

「良いよ。じゃあ、アリサの部屋に行こうか?」

 

「私の部屋はちょっと……エイジに部屋でも良いですか?」

 

 エイジも知っているが、アリサの部屋には色んな物が散乱しているので人を呼ぶには一旦片づけをする必要があった。勿論、アリサも何もしなかった訳ではないが自分ではしっかりと整理整頓しているつもりだが、残念ながら本人の努力は中々良い方向に結びつく事は無く、何となく汚い部分を残していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私、色々と考えたんですが、一旦今回の件の気持ちの整理をしようかと思ってロシア支部に行こうかと思ってるんです」

 

 唐突とも言えたが、今回の内容については前々から考えていた事でもあった。大車に捉えられ、トラウマとも言える部分が露出したが、エイジのおかげもあり徐々に嫌悪感が薄れたと同時に、今回の件で改めてリディアに話そうと考えていた。

 事実、最近はメールでのやりとりも少しづつだが増え、今では当時の後ろめたさは既に後退していた。場所が場所なだけに簡単に行く事は困難だが、ここ数日の件で漸く極東支部も落ち着きを見せていた所で、今回一時的に渡航する事が許可されていた。

 

 

「そっか。もう大丈夫なんだね」

 

「私だけならきっとリディア姉さんに話す事すら出来なかったんだと思うんです。でも、それを変えてくれたのは間違いなくエイジなんです。過去に起きた事を今から修正する事は出来ませんが、今からでも少しづつ前を向いて行きたいんです。

 その為にはここで一旦きちんとした方が良いかと思ってツバキ教官にも申請を出してたんですが、研修も終わったので少しだけロシアへの渡航許可が出たんです。本当の事を言えばエイジも一緒に行ってほしかったんですが、流石に許可が出なかったので一人で行ってきます」

 

 アリサの目にはしっかりとした意思が宿り、今以上に前を向いて行きたいとの思いからの行動に大して、エイジ自身も止めるつもりは無かった。そもそもエイジにはそこま親身になってくれる人間は屋敷以外では誰も居ない。

 ある意味羨ましいとも思いながらも、これから先の一つのケジメとして考えているならば、これ以上の事を言うつもりは何も無かった。

 

 

「それでですね…エイジにはお願いが一つありまして…」

 

「お願い?」

 

 アリサの何とも歯切れの悪い言葉だけに、一体何を求めているのか想像もつかない。まずは確認してみないと分からないとばかりに次の言葉を待っていた。

 

 

「ロシアに行ってもエイジの事を想っていたいので、何か一つ分かりやすい物が欲しいんですけど」

 

「分かりやすい物って?」

 

「……出来れば、アクセサリーなんかが目につきやすいのでお願いしても良いですか?」

 

「それは構わないけど、ロシアにはいつ行くの?」

 

「早ければ来週の中頃から予定しています」

 

 エイジ自身アクセサリーを購入した事が無いので、一体何を望んでいるのかは分からないが、アリサが喜ぶならばと何を用意したものかと色々と考える事にした。これまでの人生の中で購入した事が無い品物。下手な物を贈るのは面白くないとばかりに色々と相談する事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒバリさん。女性が貰って嬉しい物って何でしょうか?」

 

 ヒバリは業務の終わった直後に珍しくエイジから相談を受けていた。通常はアリサと話す事が多かったが、今回は珍しくエイジからの相談に見当がつかない。特に問題は無かったはず。一体何が起きたんだろうかと、興味本位とばかりにその真意を確かめようとしていた。

 

 

「エイジさんが私に相談なんて珍しいですね。一体どうしたんですか?」

 

「多分ヒバリさんは知ってると思うんですが、アリサが近々ロシアに一旦戻るらしくて、その件でちょっと相談したい事があったんですけど…タツミさんとデートの約束でもあるなら後日でも構わないんですが」

 

「タツミさんは今日は遅い時間の定期巡回ですから気にしなくても大丈夫ですよ。でも何で私なんですか?」

 

 ここ最近の相談はアリサと言い、エイジと言い、なぜかヒバリに常時相談される機会が多くなっていた。何故そうなのかと思う事もあったが、自分が頼られているからと割り切る事でその考えは遠くに捨て去り、まずは確認とばかりに話を聞く事にした。

 

 

「実はアリサから色々と言われる事があったのと、僕自身がちょっと申し訳ない気持ちになっているので、色んな意味合いも踏まえた上でと考えてたんですけど」

 

「それでアクセサリーですか。貰って記憶に残る物ですよね?ちなみにどうやって用意するつもりでですか?」

 

「ちょっと伝手があるから、そのつながりで考えているんだけど、時間があまり無いので。決めるなら早々にしないと拙いかと」

 

 ここでヒバリは漸く相談された真意が分かった。恐らくエイジが相談できる人間はかなり限られている。しかもアリサに対してとなれば、とてもじゃないが第1部隊の人間に相談する可能性はありえないと簡単に推測できた。

 

 仮にリッカに聞いた所でどことなく情報が漏れる可能性を考慮すれば、基本的に守秘義務が生じる自分に確認するのが一番マシなんだと判断していた。

 実際の所、この話を聞いてヒバリもほんの少しだが羨ましいと思う所があった。タツミとはそれなりにデートも繰り返ししている物の、あまりにストレートな物言いだけで、それ以上の事は無かった。エイジの話を聞けば聞くほど、何となくだがここ最近は若干ながらに扱いが雑な感じがする部分もあった。

 

 ヒバリとて実際に付き合いはあるものの、タツミも隊長なので実際に時間を取る事は中々難しい。エイジでさえ同じ部隊に居るにも関わらずゆっくりとする時間が中々取れない事は任務の発注をしているから理解している。雑なのは仕方ないとしても、ヒバリとしてもトキメキの一つもあっても良いのでは?そんな考えが頭の片隅にあった。

 

 

「だったら簡単ですよ。記憶に残って、しかも確実に目に見える物ですよね?」

 

 その時のヒバリの表情はある意味何かを企んでいる様にも思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アリサ。この前の話だけど、この後少し良い?」

 

 任務帰りに唐突に言われ、他のメンバーは一体何の事なんだろう?と言った表情をしていたが、アリサだけはその言葉の意味を理解していた。既に報告書は提出しているので、今からは何か特別な業務は何も無い。今からでも直ぐにとばかりに二つ返事で了承していた。

 

 

「私はいつでも大丈夫ですよ」

 

「そんなに急がなくても良いから。そうだ、食事も一緒にしたいから部屋まで来てくれる?」

 

「でしたら直ぐに行きます!」

 

 満面の笑みで言われれば、それ以上事は何も言えないとばかりにエイジも夕食の準備とばかりに自室へと急いだ。アリサが来る頃には既にほとんどの準備が完了し、久しぶりにゆっくりとした食事と時間が2人で取れていた。

 最初は軽い気持ちで部屋に行ったが、夕食の内容はアリサの予想に反して、普段は和食が中心だが、今日は珍しく洋食が中心となった料理だった。

 

 

「久しぶりに凝った物作ったけど、どうだった?」

 

「今日の料理も美味しかったです。でも…いつもエイジに作ってもらってばかりで何だか申し訳ないです」

 

「気にしなくても良いよ。好きで作っているからね。レパートリーが増えるからこちらとしてもありがたいよ」

 

 いつもと同じ会話のはずが、なぜか緊張感がそこには漂っていた。いつもとは違う雰囲気と料理。そして先だってのアリサの発言に対する答えは、嫌が応にも緊張感が高まる。

 エイジに緊張感が伝わったのか、アリサの表情も徐々に真剣な物へと変化し始めていた。

 

 

「ごめん。そんなに緊張しなくても大丈夫だから」

 

「そうなんですか。でも、この前の話の件なんですよね?」

 

 アリサが要求した物である事には間違いない。しかし、今までの事を考えれば期待以上の事をしてくれた事を思い出せば、嫌が応にも期待だけは高くなっていた。

 

 

「じゃあ、目を瞑ってくれる?」

 

「……?分かりました」

 

 目を瞑ってから暫くするとアリサの手に軽く重みが伝わる。手の感触からはそう大きな物では無い。一体これは何なんだろうかと思った矢先にエイジから声がかかる。

 

 

「もう目を開けていいよ」

 

 そんな一言で目を開ければ、手のひらには小さな箱があった。この時点で中身な何なのかは大よそながらも検討は付いていた。アリサの中では一抹の不安はあった物の、この時点での中身に見当はついていたが、それが正解なのかは分からない。

 期待と共に箱を開ければ、そこには一つのリングが台座の上に鎮座している。アリサは感激したのか涙が零れ落ちていた。

 

 

「本当に良いんですか?」

 

「ああ、良いよ。でもサイズが分からなかったから、合う指にはめてくれれば良いから。これなら目に付くよね?」

 

「はい!これから毎日付けます!」

 

 この指輪がアリサのお気に入りになったのか、気が付けば右手の薬指にはまっているのが直ぐに分かった。隠すつもりは無かったが、目ざとく見つけたヒバリはここぞとばかりにタツミにも強請っていたのか、後日アクセサリーを身に着けていた。

 本人の意図しない所で、これを気にアリサとエイジの仲は既に行く所まで行ったのだろうかと新たな噂が流れたが、これを確認したいと思う猛者は誰も居なかった。

 エイジは気が付かなかったが、これを送る事である意味強烈な虫除けになるとは想像もしていなかった。

 

 

 


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