神を喰らいし者と影   作:無為の極

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外伝39話 (第86話)宴会

 タツミとエイジが部隊長としての考えや方針に関して何かと話し合っていた頃、アリサ達はアネットを引き連れて、色々と話をしていた。アリサやリッカは既にここが自分達のテリトリーとばかりに、自室に居るようにくつろいでいるが、アネットやヒバリはまだ遠慮しているような部分があった。

 

 

「そう言えば、アリサさん。私に相談したい事があったかと思うんですが、どんな内容なんですか?」

 

「その件なんですが、少し解消できたので今は大丈夫です。ご心配おかけしました」

 

 ハンニバル戦の前とは打って変わり何か吹っ切れたのか、それとも本当に解決したのか、あの時の表情をしたアリサは既に居なかった。あの時は一体何だったんだろうか?そんな疑問は頭によぎるも、本人はもう良いと判断したのであれば、ヒバリもそれ以上の詮索をする事を止めていた。

 万が一の場合に対処できない問題が発覚すれば、当事者で無い以上どうしようもできない。ただ、タツミとの仲を聞く以上、エイジとの事なんだろうと想像し、今は目の前の事を楽しむ事にしていた。

 

 

「あの、ヒバリさん。ここでは皆お風呂に入る時はあんなに大胆なんですか?」

 

 何気に楽しんでいた所でアネットから些細な質問があった。極東に限った話ではないが、通常支部内ではシャワーが一般的なので、今回の様な温泉につかる事は人生の中で初体験とも言える事だった。

 シャワーを浴びるにしても他の誰かと一緒に入る事はなく、当然ながら裸の付き合いなんて言葉すら存在していない。当初、脱衣所に居た際には水着でも用意すれば良かったとアネットが思った際に、アリサがやってきた。

 元々アリサはロシア支部の所属だった事もあってか、恐らくは抵抗があるのではと考えていた所で、何事も無かったかのように普通に脱いで入っていた。

 茫然とする間もなく、その後にカノンやヒバリ、リッカまでもが来た為にアネットもそのままなし崩し的に入る事になっていた。

 

 

「大胆ですか?あれが普通だと思いますけど?」

 

「そうなんですか。ドイツ支部ではシャワー位しかなかったのでちょっと驚きました」

 

「ああ、それであんなに挙動不審だったんですね。アネットさんも御存知だとは思いますけど、極東も他の支部と変わりませんよ」

 

「でも、ここは違いますよね?」

 

 文化の違いと言えばそれまでだが、アナグラの内部には確かに湯船は無い。これは水資源の問題もあるが、一番の問題点はそこまでアナグラにそれだけのスペースが無い事が一番の要因でもあった。

 しかし、ここはアナグラではない。当初ここに連れてこられてきた際には一体どこ?なんて疑問があったものの、ここがエイジの生家と分かり少しは落ち着く事が出来ていた。ここに来た当初はアリサも同じ様な反応を示していたが、ここに滞在し何度も来ていれば家中の人間とも顔見知りもなってくる。

 既に慣れているアリサは何の疑問も湧かなかった。ヒバリやリッカに関しても元々外部居住区にはその施設があったので、特に気にする事も無く、そのまま過ごしていた。

 

 

「確かに温泉は珍しいかもしれませんね。今回は送別会も兼ねているので、ここになったらしいですよ」

 

「技術向上で来ているのに、こんなにしてもらうなんて何だか申し訳ない気持ちで一杯です」

 

「ここではそんなに気にしなくても誰も気にしていないですから大丈夫ですよ。皆もこんな空気は嫌いではありませんから」

 

 まさか極東の伝統衣装でもある浴衣が着れるとは思ってもおらず、最後に良い思い出が出来た様な気分になっていたが、ここで不意にアネットの中で気になる事があった。 誰もが同じ様に着ているはずなのに、アリサに関してはかなり着なれている様に見えていた。一体何が違うのかと聞かれても答える事は出来ないが、何となく様になっている。そんな雰囲気がそこにはあった。

 

 

「アリサさん。何だか着慣れているみたいですね」

 

「アリサさん、一時期ここに滞在してましたからね。多分その影響じゃないですか?」

 

「ここって如月隊長の生家なんですよね?……まさか……」

 

 知った人間からすれば、ごく当たり前の話ではあるものの、何も知らないアネットの中では疑問しか湧かなかった。もう既に家族は皆知っているのだろうか?それとも既になどと色んな可能性が頭の中を駆け巡る。そんな思考の海に沈みかけた時に、エイジも挨拶とばかりにアネットの所にやって来た。

 

 

「アネットさん。今日で終わりだけど、ここはどうだった?」

 

「はい。今までの中で貴重な体験でした。訓練でここまでハードな事は今まで無かったのと、ここで習得した技術はドイツ支部でも役立てたいです」

 

「そっか。また機会があればここに来ると良いよ。極東は大歓迎だからね」

 

 先ほどまでの疑問もすっかりと消え去り、エイジが言う様に今回の極東での研修は大いに参考になった。事実それだけではない。ここに来てからの内容があまりにも濃密過ぎた事も大きな一因でもあった。

 新種の討伐や内部の問題など、本来であれば一介のゴッドイーターが体験出来ない様な事までが一気に襲い掛かり、言葉には言い表せない程でもあった。

 

 

「その時はまたお願いします」

 

 名残惜しいとも取れる様な雰囲気が仄かに出始めていた時に嵐は唐突にやって来た。

 

 

 

 

 

「エイジ~今晩、ここに泊っても良いですよね?」

 

「どうしたの急に?って、アリサひょっとしてお酒飲んだ?」

 

 振り向けば、アリサの顔は既に赤く、その原因を探るとなぜかカノンまでもが顔が赤くなっていた。その手に持っているジュースからはアルコール臭がしている。恐らくカクテルだろう事が判明していた。

 ジュースとカクテルは明らかに匂いも見た目も大きく違う。にもかかわらず明らかに誤飲した理由が簡単に分かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アリサどうしたの?」

 

「コウタですか。いえ、何でもありませんよ」

 

「でも顔が何だか寂しいって言ってる様に見えるけど……なるほど。カノンさんに取られてるのが原因か」

 

 ここ数日の間、ほぼ連続とも言えるミッションの兼ね合いでエイジと顔は合わせても、ゆくっりと会話する事すら無かった。隊長である以上やるべき事は沢山あるが、自信の技術向上の為にはどうしてもミッションに出るだけの時間の確保が必要となる。そうなれば必然的に最低限度の時間をかける事で捻出していた。

 当初はエイジの手伝いをしたいとアリサは考えていたが、肝心のエイジが捕まらない以上、その先の話が全く出来なかった。

 

 しかし、ここで事態は一転していた。今回の時間の無さの元凶でもあったハンニバルの討伐が漸く完了し、今回の送別会が久しぶりにゆっくりと話せるはずの時間となっていた。

 帰投の際にも会話は出来たが、あれを会話にカウントする訳にもいかず、ここに来てまともな時間が取れると考えていた結果だった。事実上の本日の主役でもあるエイジやカノン、アリサに関しても何かと今回のミッションに関して聞かれる事が多かった事もその要因の一つとなっていた。

 ここで今回の任務に関する話でカノンやタツミと話す事により、アリサは中々会話に入る事が出来ないでいた。

 

 

「そんなんじゃありませんから」

 

 心配した結果なのか、それともアリサの気持ちを悟られたのか、コウタに言われた事が図星とばかりに近くにあったオレンジジュースに手を伸ばす。オレンジジュースだと思ったそれをそのまま一気に流し込む様に飲んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ、コウタ。ここにあったカクテル知らないか?あれ今回試飲して、味が良ければ市場に流れるからって用意されたんだが」

 

「カクテルって、どんな物なんですか?」

 

「見た目はオレンジジュースなんだけど、中身はアルコール度数が高いウォッカを使ってるから酔いやすいんだがな」

 

 リンドウの言葉が事実なら、先ほどアリサが一気に飲んだのは確かオレンジジュースだったはず。まさかとは思うも確信が持てず、とりあえずグラスだけは確認とばかりにリンドウに渡す事にした。

 

 

「あちゃ~誰か飲んだのか。コウタ、誰が飲んだのか知らないか?」

 

「それならアリサがさっき一気飲みしてましたけど」

 

「……あれを一気に飲んだのか?」

 

 リンドウの表情が一瞬だが強張っていた。オレンジジュースに良く似たカクテルの正体はスクリュードライバー。しかも、製品版の前の試飲の為に通常の倍以上のアルコール度数となっていた。本来であれば一気飲みする飲み物ではない。にも関わらずアリサは流し込む様に飲んでいたのだった。

 

 

「一気でしたね」

 

 冷静になっていれば少し飲んだ時点で味が違うのですぐに理解出来たはずだったが、この時点でコウタに言われた事もあり冷静さが失われていた。しかも一気に飲んだ為に味も分からないままとなっている。

 これは拙いとばかりにアリサを見れば既に顔は赤く綺麗に染まっていた。

 

 

「……コウタ」

 

「……リンドウさん。俺、何も見てませんから」

 

「奇遇だな。俺も今そう思っていた所だ」

 

 故意に飲ませた訳ではなく、事故の様な物なのでこれ以上の事は君子危うきに近寄らずとばかりに、気配を殺しながらその場からフェードアウトを決行していた。年齢に問わず酔っ払いの後始末程、面倒な物は無い。後の事はきっとエイジがやってくれるだろう事を願い、2人はその場から離れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「偶には良いですよね!私、今日は帰りたくないんです」

 

 素面で言われれば照れも入るが、明らかに酒が入っているからなのか、顔は綺麗に薔薇色に染まり、若干身体が揺れている様にも見える。まさかアリサ以外にもと思い、周りを見ればカノンまでもが同じ様な状態になっていた。

 この時点で周りを見れば何人かが誤って飲んだのか、既に会場はカオスと化している。このままでは何が起こるか分からないとばかりに、エイジは早めにアリサを連れて行く事に決めていた。

 

 

「アリサ、大丈夫?水飲んだ方が良いよ」

 

「じゃあ飲ませてください」

 

 目を閉じ、まるでキスを待つかのように待っているアリサのこの一言に、流石のエイジも時間が止まった様に思えた。ここはまだ宴会場の真っただ中。ここで一体どうしろと言っているのか理解はしたが、行動に移す事は困難とも思えていた。

 背中に嫌な汗がにじむも、この2人のやりとりを見ていた周りはこれから何か面白い物が見れるのかと考えているのか、視線がエイジに突き刺さっていた。

 

 

「まだですか!だったら私が飲ませてあげますよ」

 

 エイジが固まったままにしびれを切らしたのか、アリサは強硬手段に出た。手にはどこから用意したのか、透明な液体が入ったグラス。この時点で誰も水は用意していない。可能性があるとすればグラスの中身は酒以外の何物でもなかった。

 中身については今更気にするつもりが無いのか、アリサは透明な液体を口に含んだと同時にエイジに口移しで飲ませる。ここは個室ではなく皆がまだ居る部屋。

 コウタとリンドウは唖然とし、アネットは何故か手で顔を隠しながらもその隙間からはそのやりとりを見ていたからなのか、顔が赤くなっている。

 口移しで飲ませた液体は全部飲みきれないのかエイジの口元から一筋こぼれる様に流れていた。

 

 

「エイジだ~い好き」

 

 何か大きな目標を達成したかの様に満面の笑みのまま酔いつぶれたのか、アリサはその場で眠りについた。時間が止まったままの会場が動きだすにはまだ時間が少しだけ必要だった。その場には酔ったカノンの声だけが響いている。

 その空気を察したのか、エイジはアリサを抱え自室へと急いだ。部屋の外では堰を切ったかの様に大きな声が聞こえるが、内容を聞くまでも無くそのまま放置しておこうと、心に近いその場を離れる事に成功していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここは一体どこなんだろう?目覚めた場所はアリサの見知らぬ部屋の天井の様に思えた。まだ時間が早いのか、部屋の中はまだ薄暗く、何となくひんやりとした空気がまだ早朝である事を伝えていた。

 昨日の事は途中まで記憶があったが、コウタと話した辺りから記憶がプッツリと途切れている。

 ここが屋敷の中だと言う事だけは理解していたが、ここは何処なのか?まずは確認とばかりに周りを見回す為に手を横に置いた。

 本来であれば布団のはずが、アリサの右手は布団に手をついている感覚は一切ない。何故か暖かい感触と共に慣れ親しんだ匂いがしていた。

 

 何でここにエイジが?昨日って確か私どうしたんだろう?そんな感情が最初に出ているが、だからと言ってエイジを起こす訳にもいかない。思い出したかの様に慌てて浴衣を見ると、胸元が大きく肌蹴ている。

 昨晩はひょっとしたらと一人顔を赤くしながらも慌てて直したが、隣に寝ているエイジは未だ起きる気配は無い為に確認する術は無かった。このまま起きても良かったが、こんなチャンスは恐らくないとばかりに、改めて布団に潜り込みエイジに抱き着きながら再び夢の国へと旅立った。

 

 

「アリサ、おはよう。よく眠れた?」

 

 二度寝とも言える中で、改めて起こされた場所はやはりエイジの部屋だった。一度起きた際には寝ぼけていたのかとも思ったが、あれば現実で今起こされているのも紛れもなく現実である事を漸く理解した。

 

 

「おはようございます。あの……昨晩はどうしてここに?」

 

「ひょっとして記憶が飛んでる?」

 

「……すみません。コウタと昨晩話してジュースを飲んだ辺りまでは記憶があるんですけど……私何かしました?」

 

 この質問に、エイジはどう答えた物か少しだけ躊躇した。事実は酔った勢いでの御乱行とも言えるが、あれはあくまでも酔った勢いと言うしかない。あの事実を話して良い物なのかと考えていた事が伝わったのか、アリサが何となく様子がおかしい。

 

 

「エイジ。驚きませんから本当の事を教えて貰えませんか?」

 

「う~ん。本当の事って言ってもね……」

 

 そんな空気を壊すかの様にシオの声が襖の向こうから聞こえる。以前にもこんな事があったかと思った途端に相変わらず勢いよくスパーンと襖を開けて挨拶をしていた。

 

 

「おはよ~エイジ!ご飯だって。アリサもおきたのか~。みんなもくるからはやくな~」

 

 皆が来る以上、いつまでもここにいる訳には行かない。改めて着替えなおし皆が来るであろう広間へと足を運んだ。

 

 

 

 




未成年の飲酒は法律で禁止されています。
カクテルや酎ハイによってはジュースの様な物も多々あります。
今回はそんな部分をイメージしました。
そのせいかフェデリコさんは完全に空気ですが。




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