神を喰らいし者と影   作:無為の極

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外伝37話 (第84話)再戦

「アリサ、ハンニバルの攻撃方法は頭の中には入っているな?」

 

「はい!大丈夫です。何時でも行けます」

 

 緊急任務が急遽入った事により、アリサ自身も今まで懸念していた事を一旦棚上げする事にしていた。現時点で優先するのは自身の事ではなく、これから現れるであろうハンニバルの対策だった。

 これから始まるであろう戦いは今後の極東支部の行動をも脅かす可能性が高いのはアリサとて理解している。しかし、現状ではソーマとコウタが動けないだけでなく、リンドウも帰投中の為に今はアリサ一人しかいない。

 ハンニバルの不死の特性を考えると、このまま任せるには流石のツバキでさえも躊躇していた。

 

 

「ツバキさん。俺も行こう。コアの解析は終わっているから、何とかなるだろう」

 

 時間との戦いだと思われていた時に、不意に無明から声がかかった。整備中の二人の神機を緊急で動かす事を考えれば、無明の参戦は現時点で考えられる最適解。

 無明の実力はツバキが一番知っている為に反対する道理はどこにもなかった。現時点で戦力としての憂慮は無くなっている。そう判断する事でアリサと二人現場へ派遣する事を決定した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、無明さん。少し聞きたい事があるんですが」

 

「何だ?」

 

「今回のハンニバルの件なんですが、当初の話だと討伐後に復活するって事は聞いていたんですが、目処が立ったって判断して良いんですか?」

 

「その件なら問題ない。先ほど対抗手段を発見したのと同時に、今回はその確認も踏まえている。前回の様な事にはならんはずだ」

 

 対ハンニバル戦での最大の山場は討伐後の処遇だった。討伐から僅か5分弱で何事も無かったかの様に復活するとなれば、今後の対応は限定的となる。しかしながら、今回発見された対抗手段が上手くいけば、今後は通常のアラガミ同様の討伐が可能となる為に、検証実験とは言ったものの事実上の対抗手段にアリサは安堵していた。

 それと同時にもう一つの懸念が沸き起こる。それは最初にハンニバルと対峙し、大怪我を負ったエイジの事だった。

 

 

「エイジ一人で大丈夫でしょうか?」

 

「あいつはクレバーな所があるから、勝算がなければ無理な戦いは挑まない。その位の判断は出来る。アリサが心配する程では無いだろう」

 

「だと良いんですが……最近は何だか任務に明け暮れている様で心配なんです。何だか考え事も多いみたいで」

 

 移動中のヘリの中で考えていた事は、エイジが何も考えずにハンニバルと戦っているのではないのだろうかとの懸念だった。事実、ここ数日はエイジとまともに会話した記憶は少なく、新しい刀身に変えてからは今まで以上に任務に入る事が多くなっていた。

 ミッションに入る事自体は問題無いが、その結果としてエイジの任務前に挨拶するのが精一杯だった。もちろん、エイジの事は信用しているが、まるで率先して任務に励む姿はある意味自殺志願者の様にも思えていた。そんな心配と構ってもらえない感情が入り混じる事で、偶然一緒になった無明に何気なく話していた。

 

 アリサも屋敷に居た事があるが、実際には身の回りの世話は屋敷の人にやってもらっていたので、無明と実際に話す事や行動を伴う事は無かった。恐らくは会話する機会も殆ど無かった事もあり、アリサにとっての無明の存在は同じゴッドイーターよりも、エイジの身内の様な感覚となっている。

 イレギュラーとは言え、まさか同じヘリに乗るとは思ってもなかった事から、アリサはある意味では変な緊張感があった。

 

 

「アリサの気持ちは分からないでもない。そんなに心配なら一度しっかりと話をしたらどうだ?お前たちの事は聞いているが、俺としては反対するつもりも無い。こちらの事は気にする必要はないんだが」

 

「え……あ、はい……」

 

 まさかこんな所でそんな話を行く事になると想像していなかったのか、アリサの顔が赤くなり恐縮した気持ちで一杯になっていた。無明としてもそこまで気にする必要性が無いと思った事に対しての反応に、それ以上の事は何も言わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろ現場に到着します。準備は宜しいでしょうか?」

 

 操縦士からの呼びかけに、今まで沈黙していた時間が動き出す。いよいよハンニバルとの戦いが始まるからと改めて気持ちを入れ替え、これから起こるであろう戦いに意識を集中させていた。

 

 

「ここから一気に降下する。帰りは頼んだ」

 

 無明は一言添えると同時に2人は一気にヘリから降下し、現場へと降りたつ。まだハンニバルの姿は見えないものの、その圧倒的な存在感と周囲に漂う空気が既に変化している事に気が付いた。

 

 

「アリサ、来てくれたんだ……兄様もですか?」

 

「今しがた対抗手段が発見できたんだ。今回はその検証実験も兼ねている。今回もコアの取得はもちろんだが、各種細胞の採取、結合崩壊におけるポイントの確認までが今回のミッションだ」

 

 ハンニバル戦に関しては第1部隊が対応する事になっていたが、今回は検証も兼ねて対抗手段の実戦投入が追加で入っていた。今回は前回とは違い、おおよそながらに部位破壊の場所も戦闘手段も判別している以上、苦戦する事は無いとも考えられていた。

 アリサはこの時点ではまだ知らないが、無明の戦闘能力は極東支部での事実上の最高戦力とされている。今回ツバキが決断したのも、その別次元とも思われる戦闘能力の高さ故の判断だった。

 

 

「カノンさん、ハンニバルが見つかった時点で退却か、最悪は隠れていてくれますか?多分、盾が無いと回避は厳しいかもしれません」

 

「いえ、私もゴッドイーターです。一人退却なんて出来ません。私も戦いますから」

 

「エイジ、今は火力は少しでも欲しい。本人がやる気がある以上、その気持ちは組んでやれ」

 

「……分かりました。カノンさん。無理だと思ったらすぐに退避してください」

 

「はい!任せてください」

 

 エイジが心配していたのは、カノン自身の事もさる事ながら、極限の戦いの最中に起こる誤射を一番警戒していた。本人には申し訳ないが、背後からの攻撃を回避する為にはそちらにも意識を向ける必要があった。

 事実としてカノンの射線上に立たない様に誘導する事は容易ではなく、今回の様なギリギリの戦いが想定される中ではどうしても躊躇いが生じていた。

 

 

「カノン、俺が指示するからその通りに動いてくれ。ある意味その火力は大きな力になる。良いな?」

 

「分かりました。指示に従います」

 

「エイジ、お前はアリサと動くんだ。俺はカノンと動く。基本行動に問題は無いが、例の逆鱗だけは無暗に攻撃をするな。破壊の際には指示する」

 

「了解しました」

 

 無明とてカノンの癖を知らない訳ではない。しかし、その高い攻撃力はある意味短期決戦では大きな魅力となるのは間違い無かった。本来、遠距離攻撃はある程度予測した上で攻撃するが、ブラストは遠距離ではなく、そのバレットの特性上、射程距離はかなり短い。その結果、事実上の近接型に近い動きが要求される事になる。

 

 元々ブラストを使う人間が少ない事も要因の一つかもしれないが、それでも今までその特性を勘案しての戦術を誰も取って居なかった事が不思議でならなかった。

 気配を断ち、音を立てる事無く静かに移動する。そこには、たった今倒したばかりと思われているシユウを補喰しているハンニバルがそこに居た。

 

 

「ハンニバルは動きが早い。アリサとカノンはくれぐれも動きを見失うな。こちらでもフォローは入れるが、間に合わない可能性もある。あと、一つの場所に留まると一気に蹴散らかされる可能性がある以上、各自散開して攻撃するんだ。

 カノンは攻撃のタイミングはこちらで知らせるが、回復のタイミングは任せる。それで良いな?」

 

 無明の的確な方針が決まり、一気に戦闘態勢に突入する。3人はまだ気が付いていないハンニバルに近づき、大きな咢を展開する。未だ気が付かない背後から一気に捕喰を開始することで戦端が開かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「懐には俺が入る。後はハンニバルの動きをよく見るんだ」

 

 各自がバーストモードに突入し、攻撃の威力が一気に跳ね上がった。前回はエイジが陽動として懐に飛び込んでいたが、今回はその役目を無明が請け負った。

 

 

「す、凄い……あれがゴッドイーターの動きだなんて」

 

 エイジは何度か戦い方を見ているので驚く事は無かったが、アリサは初めて見たその動きに思わず呟いていた。

 圧巻とも言える動きを見てアリサとカノンは驚き隠せなかったが、直ぐに自分に課せられた内容を思い出していた。アラガミの生体エネルギーをそのまま自分に転換するバーストモードの恩恵は、思いの他無明自身の行動も大きく底上げしていた。

 前回であれば攻撃の手数で押し切る事が多かったが、今回の戦い方は正に異質とも思われていた。

 

 懐に飛び込む様に入ると同時に、腕の死角から狙いすましたかの様に刃が突き立てられ、ハンニバルの胴体が次々と血で染まる。本来であれば攻撃の直後は大きな隙が発生する可能性が高く、常にアラガミの行動を予測しながら攻撃をするのはある意味セオリーだった。しかし、無明はそのセオリーすら凌駕するほどの動きを展開する。このまま続ければ討伐出来るのではと思えるほどの一方的な攻撃だった。

 

 エイジの動きは元々無明の模倣から始まり、自身の鍛錬の結果として今の戦闘スタイルを確立している。

 その戦い方はベテランであれば少なくとも何度か見た事があり、それだけでもある意味感嘆を持てる内容だった。しかし、今の無明の動きはそれを明らかに超えていた。

 大きく鋭い爪が何度も引き裂かんと襲いかかるが、全てが空を切るかの様に躱される。

 一方で、エイジもその動きに負けじとばかりに、ハンニバルの意識が一瞬削がれている部分に図ったかの様に攻撃を加えるが、意識を一方に向ける様な事はしなかった。

 示し合わせたかの様に2人の動きはまるで演武を行っているかの様な攻撃を繰り広げる。お互いが動きを見せる事で徐々にハンニバルの意識は2人にだけ向けられ始めていた。

 

 

「カノン、籠手を狙え!」

 

 カノンとアリサも呆ける事無く動きながら様子を見るが、あまりに早さに動きが付いて行かない。本来であればアリサ達も動き続けていなければ、ハンニバルに襲われる危険性が多分にあった。しかし、意識が完全にこちらに向いていない事もあってか、カノンは名前を呼ばれた瞬間、無意識の内に引金を引いていた。

 本来であれば何も考えずに撃てば、殆どが味方に当たる。しかし、名前を呼ばれた瞬間に撃ったその先には、まるで図ったかの様にハンニバルの左腕が誂えられた様に差し出されていた。

 破壊系統のバレットは籠手に直撃した事で、大きく怯み始める。体制を大きく崩されれば、いかにハンニバルと言えどもただ攻撃を受ける以外に無かった。

 

 

「アリサ、顔面を狙うんだ!」

 

 エイジの叫びと共に顔面に向けての精密射撃で意識を一つに絞らせる様な事をさせず、常に多方面へと意識を向けさせる。一方的な攻撃に嫌気を刺したのか、それともこの場の体制を戻したいと判断したのか、ハンニバルは尻尾を振り回す事で一旦間合いを取り直していた。

 既にハンニバルは活性化したのか目の輝きが変わると同時に、口の中で僅かに炎が宿り胸が膨らみ始める。

 前回との違いは攻撃パターンの有無だが、ここで大きな火球を繰り出すかと思われた瞬間だった。一気に懐に入った無明は口元めがけて渾身の一撃を見舞う。

 ハンニバルの口の中で燻っていた炎が一旦消え去っていた。

 

 本来であれば、このまま突撃とばかりに攻撃を仕掛けるが、前回の教訓がここで生きていた。

 消え去ったと思われていた筈の炎が再び口腔内に充満する。触れた物を蒸発させる高温を辺り一面に撒き散らす。口から出された炎の影響なのか、周りにあった岩石の表面が徐々に溶け始め、やがて砕け散っていた。

 

 

「あの攻撃は絶対に避けろ。直撃すれば簡単に丸焦げだ」

 

 岩のの融解温度は摂氏1000度以上を誇る。いかにオラクル細胞が強靭であっても、直撃すればあっと言う間に身体は蒸発し、姿形も残らない。何故ハンニバルが接触禁忌種なのかが改めて思い知らされる形となった。

 この攻撃を確認し、カノンは今戦っているのは普段の任務ではありえない接触禁忌種である事を強制的に理解させられた様な気分になっていた。改めて最初に言われていた様に、その場で留まらず動き回る事で直撃を避けている。

 未だどの部位も結合崩壊していない。怯む事はあってもまだ動きは依然活発な状態が続き、時間がかかりそうな雰囲気だけが漂っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハンニバルはどうなんだ?」

 

「現在は交戦中ですが、今の所特に目立った問題点はないかと思われます。今は通信が切れているので、こちらからの確認は出来ません」

 

 リンドウは帰投直後にヒバリに確認したが、通信が切れているのかアナグラから確認する術は何も無かった。当初連絡があった際にはこのまま直接向かう事も考えたものの、装備も何も無い状態で挑むのは自殺行為でしかない。苦渋の決断はリンドウに焦りを呼んでいた。

 

 本来であれば緊迫感が漂うはずのロビーだが、リンドウが目にした光景は緊迫感はおろか、まるでそんなミッションは存在しないかの様な空気が漂っていた。前回の内容から考えればこの空気感はありあえない。一体何が起きているのかを確認する事が先決だった。

 

 

「あの~姉上、ハンニバルが出ていた筈じゃあ」

 

「ここでは、そう呼ぶなと言ってるだろう。何度言えば分かるんだ。今はまだ交戦中だ」

 

 ツバキに確認するも、そのツバキでさえ半ば呆れた様子が見えていたのか、事実だけ述べて終わるもリンドウの中では理解が追い付かない。理解しにくい部分を補完したのがその場にいたソーマだった。

 

 

「今はまだ交戦中だが、既に対抗手段が見つかっている。無明も出ている以上、俺たちの出番は何も無い」

 

「あ~なるほど。だからそんな空気なのか」

 

 以前から無明を知っている人間からすれば、誰が出動しているか分かった瞬間に不安すべき部分は何も無かった。極東の最高戦力の出動。その事実がもたらす結果は考えるまでもない。

 事実、何も知らない新人からすればベテラン勢が日常と変わらないのあれば、自分達が心配した所で無意味だとばかりに平常に戻っていた。

 

 

「で、今は他に誰が交戦してるんだ?」

 

「現在は無明さん以外ではエイジさんとアリサさん、カノンさんが現場で交戦中です」

 

「は?」

 

 説明するかの様なヒバリの声に今度は違う意味で驚きがあった。カノンの誤射に関しては、アナグラで知らない人間は皆無とばかりに周知の事実となっている。現場の状況が分からない物の、無明とてカノンの事は良く知っている。それを分かった上で交戦しているのであれば、これ以上の心配は無駄とばかりに、リンドウは帰投後の作業に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アナグラでそんな事を言われているとは思いもしないほど、今回のカノンの働きは目覚ましい物があった。

 指示通りにやっているとは言え、エイジ以上に緻密な動きと何気に放ったバレットでさえも無明に直撃するのではと思われていた所を、まるですり抜けるかの様にそのままハンニバルへと直撃する。僅かな時間とは言え、戦闘中にアラガミの特性を見抜き行動を予測する事が困難な事に変わりない。

 鮮やかな手腕はまるで今まで何体も討伐してたのではと錯覚する程だった。

 既に籠手は結合崩壊を起こし、胴体部分だけではなく崩壊した籠手の部分や右腕の爪までもが粉砕され既にハンニバルは死に体とも言える状態だった。

 

 このまま一気に押し切ろうと、アリサが一気に勝負をかける。その攻撃を見越したのか、ハンニバルはアリサに対し左腕の爪で容赦なく襲いかかった。

 カウンター気味だった事が災いを招いた。アリサが視認したのは絶望の未来。しかし、その攻撃はアリサに届く事は無かった。

 

 到達する直前にエイジに手首を切断され攻撃方法を失っていた。

 この時点でアリサの攻撃を拒む物は何も無い。渾身の一撃が頭部を破壊すると同時に、大きな身体は地面へと沈んだ。

 

 

「やはり逆鱗は攻撃しないのが一番だな。攻撃の手段もそうだが、威力が大きく変わる。今後はこの事を重要視した方が良いだろう。対抗手段があるとは言え、一旦はハンニバルからは距離を置くんだ」

 

「私、ここまでの戦いは初めてです。ありがとうございました」

 

 前回の事を考えれば、結果は出来過ぎた様にも思えた。しかし、今回の要因は一重にその動きを完全に読み切っていた点だった。いくら高い攻撃力を持っていても当たらなければ意味が無い。

 今回の戦いは完全に無力化できた事が一番の要因とも取れるのと同時に、今以上の精進が必要な事だけはここに居るメンバーの中でエイジだけが理解していた。気が付けばアリサが隣で心配げに見ていた。

 

 

「アリサも大丈夫だった?」

 

「私は大丈夫です。でもちょっと疲れました」

 

「私、私やりましたよ!接触禁忌種を初めて討伐しました!」

 

 カノンは今までに感じた事のない程の戦果で興奮気味なのか、疲れを感じさせない物の接触禁忌種の指定は伊達ではない。恐らくは興奮が戻れば疲労感は一気に襲うだろうが、今はそのままの方が良いだろうと判断していた。

 今回の戦いに置いては無明も対抗手段の有用性が確認されたと同時に、このまま簡単に事が運ぶとは一切思っていない。そんな考えを持ちながら改めて帰投準備に入る事にした。

 

 

 


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