神を喰らいし者と影   作:無為の極

82 / 278
外伝35話 (第82話)成果

 改めて話し合ってから答えを聞かせてくれと言われる事で、医務室を出て今はエイジの部屋にアリサと2人でベッドのに腰かけていた。先ほどのナオヤの説明が重くのしかかる。エイジ自身が既に決めている以上、アリサにはそれを止めさせる術は何も無かった。

 

 

「あの話は使いすぎると命を落とす可能性があるって事ですよね?」

 

「…使いようによってはだけど。でも、調整出来るから最悪の事態は無いよ」

 

「エイジは自分の命を軽く考えすぎです。残された人の事を考えていません。だからあんなに簡単に無茶な行動が出来るんです」

 

 アリサの顔は見ていないが、声は震えていた。恐らくは最悪の事態を考えた上での台詞なんだとは考えるまでもなかった。

 ゴッドイーターはある意味常に死と隣合わせである以上、生きて帰る約束は出来たとしても、実行するのは容易ではない。幾らエイジがこの極東に於いても上位の実力があったとしても、それは絶対では無い。

 恐らく今のアリサは過去の事を思い出している事だけはエイジにも分かった。僅かに震えるアリサの肩が全てを物語っている。もうアリサに2度と同じ目を合わせるつもりはどこにも無かった。

 

 

「ごめん。そんなつもりは無かったんだ。今はアリサの事は大事だから、簡単にそんな気持ちになる事は無いよ。屋敷でも言った様に、アリサとずっと同じ景色を見ていたんだ。その言葉は今も変わらないし、これからも変わらないんだ」

 

「だって……」

 

 その一言がアリサの感情を決壊させた。顔は見えないが縋る様にエイジに抱きついている。声にこそ出ていないが、泣いているのは間違いなかった。何時もと同じ様に考えた事によって、辛い気持ちを思い出させてしまった事だけが悔やまれていた。

 

 

「アリサ。大丈夫だから」

 

 あやすように頭を撫でる事で少しづつ気持ちが落ち着いて来たのか、泣き止む事に成功したのかを今のエイジには確認する事は出来なかった。ただ時間だけが過ぎ去って行く。最初こそはどうしたものかと思いながらもエイジ自身が徐々に冷静になり、そして少しばかり焦りが出始めて来た。

 アリサに抱き付かれるのは良いが、ここはベッドの上。今の行動を始めたまでは良かったが、今度はどこで止めればいいのかが分からない。しかも、今はその行動にツッコミを入れて止めようとする者は誰も居なかった。

 

 エイジは療養中だが、アリサは一体どうだったのか?そんな事を思いながらも既に止めるタイミングを失っているのか、撫でる事は止めてはいない。そんなエイジの葛藤に気が付いたのか、それとも冷静になったのか、アリサの動きが緩慢になったかと思うと不意に顔を見上げた。

 少しだけ泣きはらした目をしているが、その中に暗い影は見当たらない。その目を見て漸くいつものアリサに戻ったと少しばかり安堵していた。

 

 

「ねぇアリサ」

 

「今はまだ何も言わないで。もう少しこのままで……」

 

 屋敷での一コマがエイジの頭の中をよぎる。ここが自室であるので部外者が来る事は無いが、それでもアナグラの中だからと訳の分からない自制心が心に歯止めをかける。自身もまだ療養中である以上、これ以上の事となると、何かと問題が生じるのではと、徐々に思い始めてきた時だった。

 

 

「……!」

 

 抱き付かれた際に背中の傷に触ったのか、身体は反射とも取れる様にビクッと動き、ここでアリサの手が傷に触れた事を理解した。いくらゴッドイーターとは言え、深手の傷は簡単には治らない以上、無理は出来ない。先ほどの身体の反射を確認したからなのか、まだ療養中だった事を改めてアリサは思い出してた。

 これ以上の無理は身体に差し支える。そう考えてアリサは名残惜しそうにエイジから離れた。

 

 

「痛みました?」

 

「少しね。でも気にしなくても大丈夫だよ」

 

「そう言えば一つ聞きたい事があるんですが?」

 

 先ほどの雰囲気は既になく、少しだけ確認したい事があった。何となくだが、アリサの中で決意した様な物があったのか目に力が宿っている様にも見える。口にこそ出さないがその目には確固たる意志が見えていた。

 

 

「どうしたの?」

 

「さっきの話ですが、私もエイジと共に歩んでいきたいんです。アネットさん達同様、私も更に力を付けたいんで、一緒に見て貰えませんか?」

 

「それは構わないけど、何かあったの?」

 

 新カリキュラムに代表される様に、今の訓練は今までの事を考えると真逆とも言える内容である事は容易に判断出来ていた。アリサの階級であれば訓練の参加義務は生じないものの、原隊復帰してからの他の神機使いの皆を見ていると、何となく訓練に関心があった。

 ただでさえアラガミの個体が強固な極東のゴッドイーターが疲弊する程の内容が、簡単でない事だけは間違い無い。しかし、理由はそれだけではなかった。ここでのエイジが人気がある事は知っているが、アネットと誤解とも取れる内容を聞かされる事で少しばかりだが周りの牽制の意味も踏まえた上での考えだった。

 共に歩むには生き残るのが一番である事は誰もが同じではあるが、見えない所で何かあっても手出しできないのは、アリサとしては面白くない。

 ならば、見える範囲で行動する方が一石二鳥だと考えた上での提案だった。

 

 

「いえ、何もないですよ」

 

 エイジに悟られる事もなく、アリサの中での今後の予定が決まったとばかりに訓練に参加する事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アリサさんも参加するんですか?」

 

「ええ、訓練方法に少し関心があったので、一緒にどうかと思いまして」

 

 建前としては更なる技術の向上だが、実際には牽制だとは口が裂けても言えず、結果的にはアネットだけではなく他の神機使い達もそこには居た。心なしか男女の比率が若干違う様な気がするが、そこは見ない振りで過ごす事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「頭を使うって意味が…漸く分かりました。これは…私でも…厳しいです」

 

「アリサさんがそうなら…私は…更に…厳しい…です」

 

 訓練の内容も然る事ながら、頭を同時に使うとなると疲労感は通常の倍以上が襲い掛かって来た。本来であれば神機を使っての攻撃は良く言えば大胆に、悪く言えば適当に振り回しても、アラガミのどこかに当たれば良いと考える事が多かった。しかし、エイジが今までやって来た訓練はその真逆とも言える内容でもあった。

 

 数字上では討伐数の影響は少ないのだが、ミッションにおける時間が大幅に異なっていた。常に弱点と部位破壊を意識し、攻撃の範囲やその可動領域を常に把握する。それが確認出来たのであれば、その箇所をピンポイントで攻撃を続ける事が最大の内容だった。

 弱点を突くとなれば必然的にアラガミの取るべき行動は自然と決まってくる。如何にアラガミと言えど、自らの弱点を晒したままで戦闘を行う事は事実上無かった。

 攻撃の手段が限定される結果は、自身のやるべき行動までもが予測される。それは必然的に自身の帰還率までも大幅に底上げする結果となっていた。

 

 ショートタイプやロングタイプであれば可能な部分はあるが、バスターとなればその攻撃方法はある意味やりにくい部分もあった。しかも、動きの範囲は対アラガミだけではない。

 自分の身体の運用方法も無駄を極限にまで排除し、身体の筋肉の動かし方を理解する事で最短で攻撃する方法を掴む事でロスを無くす事になる。求められるのはその行動を予測しながら自分の行動をそこに重ねる為の鍛錬。頭を使いながら行動を起こすのは、これまで幾多の戦場に出たアリサと言えど厳しい内容となっていた。

 単独討伐ではなく、むしろ複数討伐にはかなりの数字が予想される方法でもあった。

 

 

「でも、アリサさんは如月隊長の攻撃方法を間近で見てるんですよね?」

 

「エイジはもっと鋭い動きかな。前に聞いた時は、ほんの少し先の未来予測をして行動してるって言ってた様な気がするんですけどね…」

 

「少し先の未来ですか……」

 

「実際には無理ですけど、行動範囲と各関節の可動領域から判断すれば隙間が見つかるって。そこに対してある程度の動きを予測して1秒を何分割かに分けるつもりで行動するって言ってましたね」

 

「え?そうなんですか……」

 

 この話を聞いていた他の訓練参加者はアリサとアネットの会話を聞いて、これは無理だと判断していた。

 1秒は1秒であってそこから分割するなんて考えは今までにした事が無い。ましてや対人戦闘ではなく、アラガミである以上そこまでこだわる必要性は無いとまで思う人間も出始めていた。しかし、この訓練の完成系が今のエイジであればと、中には更に奮起する人間も少なからずここには居た。

 

 

「お疲れ様。疲れただろうから差し入れだよ。休憩もいれないと無理がたたると後が怖いよ」

 

「ありがとうございます。これ、スムージーじゃないですか……まさか、今までもここに出してたんですか?」

 

「タイミングが合えばだけどね。疲れた身体には糖分は有効だよ」

 

 何気に出された物はいくつかの果物を凍結して粉砕した物だった。言われる様に一口飲めば冷たさと同時に甘さまでもが口に広がり、疲れた体に染みわたる様な気がする。ここまで厳しい訓練になぜついてこれるのか?何となくだが、今のアリサには理解出来ていた。

 

「サービスし過ぎです。訓練なので厳しくても良いんじゃないですか?」

 

「少しは緩める事も必要だよ。厳しいばかりだとそのうち無理がたたって身体が壊れるよ。このメニューは確かにハードだけど、これに肉体訓練が無いからまだマシだと思うよ。でもストレッチだけは必須だよ」

 

 これが限界だと思われていた訓練は実は限界ではく、その上が更に存在していた。一般人とは違い、神機使いはオラクル細胞の効果で肉体の強さは一般人とは雲泥の差だが、それでも負担は図り知れなかった。何気なく言われた言葉に全員の表情が僅かに曇る。本当にこれで大丈夫なんだろうか。全員の考えが人知れず一致していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「神機の整備が終わったぞ。取敢えずは慣らす必要があるから、違和感があったら教えてくれ」

 

 当初の予定通り、整備は3日で完了していた。今持っている神機は希望通りの漆黒の刀身が装備されている。まずはシェイクダウンとばかりに、自身の身体も慣らすつもりで新人との任務がアサインされていた。

 

 

「今日は新人研修も兼ねてるから、こちらとしては緊急の状況にならない限り手は出さないつもりだから、安心してくれればいいよ」

 

「え、はあ……」

 

 眼下に闊歩するアラガミを尻目に、これからミッションが開始されようとしていた。念の為にとアリサが付いている以外には新人の2人がアサインされている。第1部隊のメンバーがいるだけで心強いが、基本は自分達でと言われる事で、ぬるい考えはあっと言う間に無くなっていた。

 緊張感が伝播するかの様に新人の表情が強張る。まずはこれをほぐす事から始まった。

 

 

「緊張するなとは言わないけど、少し落ち着かないと動けないよ。今回の任務が終わったら皆で食事でも行こうか」

 

 現金とも取れるが、そんなエイジの一言で緊張感が緩んだ様にも思えていた。リンドウの様な事も出来ない事はないが、少しは自分も交流の一環として考えていた以上、悪くない選択肢であると判断していた。

 眼下にはまだ気が付いていないオウガテイルが3体、何かを捕喰しているのかこちらには気が付いていない。この程度ならばと一気にケリを付けるべく戦闘が開始されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何だか今までよりも体が動いていた様な気がします」

 

「私もそう思いました」

 

 新人2人が加入している割には予想以上の戦果が確認出来ていた。訓練からすれば小型種のオウガテイルは物の数にも入らないとばかりに一気に殲滅され、今は帰投準備中だった。

 この時間が緊張感が緩み、命の危険が高い時間帯。その時間帯をまるで図ったかの様に咆哮と共に目の前にコウンゴウ堕天種が1体現れていた。想定外の乱入に緊張感が一気に高まる。既に新人は動揺しているのか、ぎこちない動きを見せていた。

 

 

「油断するな。それと視線は絶対に外すな!隙を見て回避だ!」

 

 この時間帯に気を緩めるなとツバキからは口が酸っぱくなるほど言われていたが、やはり目の前の戦果が良すぎた結果、周囲の索敵と注意を怠っていた。

 アリサの立ち位置からでは間に合わず、新人には荷が重すぎると思われていたと同時に想定外の乱入に動く事が出来ない。そんな瞬間だった。

 

 

「回避して!」

 

 アリサの叫びも空しく、丸太の様な白くて太い腕が注意を怠っていた新人に向けて既に動いていた。アリサもただ見ているだけではなく、銃撃での牽制とばかりに素早く神機を変形させ、注意を引き付けるべく顔面に集中砲火する。

 いつもであればここで動きが止まるはずだったが、個体差の影響なのか動きが止まる事は無かった。

 

 

「まかせろ!」

 

 たった一言だが、その言葉に対する行動は絶大な物となった。新人に大して振るわれていた腕は肘関節より先が喪失し、攻撃が当たるどころかその衝撃で大きく大勢を崩していた。

 あまりの鋭さにクッキリと腕の断面が露出し、たった今思い出したかの様に腕から血が噴き出ていた。通常種に比べ堕天種は攻撃力だけではなく防御面も比べ物にならないほどの強固な物を誇っている。それはゴッドイーターであれば当然の知識だった。

 しかし、その攻撃の瞬間をとらえた物は誰もおらず、結果として切断された事実だけがそこに残っていた。アリサを始め、新人の2人は鮮やか過ぎる手並みに目を奪われていたが、実際に攻撃したエイジは違う意味で驚愕していた。

 

 

「まさかここまでとは……」

 

 今までの事を考えればここまで鮮やかに切断する事は過去には無かった。せいぜいが斬撃の衝撃で引きちぎれる様に飛ぶ事はあっても、今の様に剃刀で斬った様な感覚は今まで一度も無かった。これが新しい神機の威力なのかとある意味で驚きを隠す事は出来ない。

 その結果として乱入したはずのコンゴウ堕天はあっと言う間に切り刻まれる結果だけが残り、結果的には帰投時間に何の変化も発生する事は無かった。

 

 

「じ、次元が違いすぎる」

 

「今の攻撃が見えませんでした」

 

 今だ新人には何が起こったのかすら理解出来ず、目の前に切り刻まれコアを抜き去られたコンゴウ堕天が横たわっているだけの結果だけが残されていた。

                                                                    

 

「全員、問題ないね。とりあえず帰投してからブリーフィングをするよ」

 

「エイジ、今のはひょっとして……」

 

「能力は使ってないから大丈夫だよ。ただ、ここまで凄いとは思わなかったよ。まだシェイクダウンの途中なんだけどね」 

 

 此処までの切れ味に大して更に命を削り取る威力が出た場合、一体どこまで攻撃力が上がるのだろうか?忌避されるべき能力が使われていない事に安堵を覚えるも、万が一その能力を使うとなれば最悪の状況に追い込まれている事になる。

 そんな未来は想像したくない。アリサはそんな考えを持ちながら一路アナグラへと戻る事になった。

 

 

                                                                          


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。