神を喰らいし者と影   作:無為の極

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外伝34話 (第81話)リスク

 先日の状況から一転し、朝一番で運ばれた物は話に出ていた神機の刀身パーツだった。届いた直後、仰々しい程の箱が届けられると同時に蓋を開けた瞬間、ナオヤは珍しく絶句していた。

 普段であれば余程の事が無い限り驚きで動きが止まる事は無い。しかし、箱の中身を見た瞬間に驚くとは一体何が入って居るのかと、硬直したままのナオヤを横にどかしリッカは中身を確認していた。

 

 

「ナオヤ、この刀身パーツって何?今まで見た事も無いんだけど」

 

「兄貴はどうやら本気で後の事を考えているのかもな。これは屋敷で開発してたパーツだけど、運用方法が通常とは違って少々特殊なんだよ」

 

「特殊って?」

 

 刀身そのものは今まで使っていた物とは色味に変わりが無く、以前と同じ様な漆黒の刀身だが、神機には本来ないはずの刃文と鎬があり、本来であれば白いはずの刃文は血塗られたかの様な赤が走っていた。

 リッカ達だけではなく、異様とも言える代物に、何事かと見物に来た他の整備士でさえも声を発する事は出来ないほどの迫力がそこには存在していた。

 

 

「これ、屋敷で開発してたんだけど、確か銘は『黒揚羽』、リッカも知ってのとおりだけど、本来は神機には専用の強化パーツを付ける事で能力を付随させるよな?」

 

「そんなのアナグラに居る人間なら常識じゃん。それがどうかしたの?」

 

「今までにも幾つか神機その物に特性が付いた者はあったと思うけど、これは特殊効果が付加されてるんだ。一言で言えば命を吸収する」

 

「強化パーツのゴッドイーターの事?でもそれなら強化パーツでも対処できるはずだよ。今更じゃないの?」

 

「バースト状態ならが前提だけど、これは単独で可能なんだ。ただし、厄介なのが対象はアラガミだけじゃない。持ち主にも影響するんだ。

 似たような装備で呪刀があるけど、あれとは違うんだ。自分で命の量を調節して、それを力に変えるんだ。それがアラガミでも同じ。命をそのまま攻撃に特化させる事で尋常じゃない程の力を発揮する」

 

「それってアラガミを斬りつければ斬りつける程に攻撃力が上がるって事なの?」

 

「簡単に言えばそうなんだけど、実際にはちょっと違う。さっきも言ったけど、アラガミだけじゃなくて自分の命も吸収する事になるから基本は一撃必殺のつもりでやる必要があるんだ。そうなると、従来の様な使い方が出来なくなる可能性は高い代わりに討伐時間は一気に早くなるだろうね」

 

 今までに無い発想で作られた神機である事に変わりは無かったが、ここまで極端な性能を持っているとは流石にリッカも思っても居なかった。アラガミだけではなく自身にまで跳ね返るとなれば、使いどころを間違えれば自分の命が危うくなる。

 常軌を逸したそれは神機としては異質な物でしか無かった。果たしてそんな物を取り付けても良いのだろうか?リッカ自身も判断するには本人の了承だけではなく、それ以外にも許可が必要になるのではと考えていた。これまでの整備士としてのキャリアの中でこんな決断を迫られた事は一度も無い。あまりにも重い選択肢が投げ込まれた事を理解していた。

 能力だけ見ればある意味破格の性能を誇るが、穿った見方をすれば全ての命を刈り取る死神の鎌の様にも思われた。

 

 

「リッカ、一旦兄貴に確認するから取り付けは少し待ってくれ」

 

「そ、そうだね……じゃあ、分かったら取り付けるから準備だけしておく」

 

 この真意を確かめるべくナオヤは一度確認する事で判断する事に決めていた。神機はゴッドイーターの命とも言える存在ではあるが、自身の命まで吸い上げるとなれば話は大きく変わる。

 事実、技術班でもこの存在を許容できる人間は恐らくはいないだろう。そう考えながらに無明の元へと急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナオヤか。どうしたんだ急に?」

 

「兄貴に確認したいんだが、あの黒揚羽は開発した当時の特徴をそのまま引き継いでるよな?」

 

「そうだ。お前の言う通りだ。心配はその特性の事か?」

 

「あれは下手すれば戦場で自殺するのと変わらない能力だったはず。あれを投入するなんて無謀すぎる」

 

「心配するな、あれは調整してあるから大丈夫だ。当時は際限なくだが、今のはしっかりと調整してあるからそこまでギリギリにはならない。あとは本人との話し合いだ。だが、それはお前の仕事だ。整備士だろうが神機使いだろうが命を懸ける事に変わりない。そんなに心配ならば、自分でも調整してみると良いだろう。

 先日の書類に調整方法が書かれている。それと今回の導入に関しては、お前は少しだけ勘違いしている。なぜそうなのかを少しは考えるんだ。ここから先は自分が整備士だけではなく、開発者としても考える部分でもある。これ以上は考える事だ」

 

 整備士は戦場には出ないが、ゴッドイーターに命とも言うべき神機の整備を全身全霊で整備する。命を預ける事が出来ない神機で戦場に出れば、たちまち捕喰され絶命する事になる。

 その為には結果も然る事ながら信頼も必要となる。ましてや今のエイジは極東でも要とも言える存在である以上、おいそれと危険な直面に差し出す訳には行かなかった。

 ナオヤにどこまで許容できるのかを判断させる必要がそこにはあった。神機使いだけが戦っている訳ではない。整備をする側までもが試される様な代物だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうだった?」

 

「ある意味、こっちも試される事になってる。吸収する事はこっちでも制御できるらしいけど、そのバランスが微妙だな。自殺させる為に戦場に送り込む訳には行かない以上、簡単に出して終わりには出来ない。でも、調整が上手くいけば今まで以上の力をこれは発揮できるはずなんだ」

 

「バランスねぇ。だったら当事者にも聞いた方が良いんじゃない?」

 

「まだこの存在は知らないはずだから、一度あいつと話あう必要があるな。リッカ、この後って時間あるか?」

 

 当事者を抜きに決める訳にも行かず、今はどう考えているのか確認の為に、2人はエイジの所へと向かって行く事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エイジ、ちょっと良いか?」

 

 渡された刀身は使う人間との話合いが必要だとばかりに、エイジの部屋を訪ねていた。経過は良好だが、確か今日一日は最低でも安静にしていなければならないはず。確かにそう救護班からは聞いていた。しかし、扉を開けたナオヤの目の前に居るのは安静にしていなければならないはずの人物がそこには居なかった。

 

 

「アリサ、なんでここにいるの?」

 

「エイジに用事があったので来たんですが、居ないんです。どこに行ったか知りませんか?」

 

「いや、俺もここだと思ったから来たんだけど……あいつは確か今日一日は絶対安静だった気がするんだけど」

 

 詳細までは知らされていなかったのか、アリサの顔色が徐々に変わり出していた。昨日の今日でこの有様では本当に治す気があるのか問い詰めたい気分ではあったが、居ない人間に言った所で仕方ない。

 ナオヤは思い当たる所へと再び足を運ぶ事になった。

 

 

「ここに居ないなら、多分あそこだな」

 

「何か心辺りがあるんですか?」

 

「確証は無いけど、多分訓練場だ」

 

 当たり前だが、アリサよりも目の前にいるナオヤの方がエイジと過ごした時間は長い。そもそも二人とも屋敷でも良き友人である事は知っていたので、アリサもそこまで気にする必要は無い物の、少し前のジーナの発言の影響もあり、何となく面白くない顔をしていた。ナオヤもそれには気が付いていたが、ここで話しても仕方ないと敢えてスルーを決め込んでいた。

 ゆっくりと訓練場へ向かうも共通の話題はあまりないのか沈黙が続く。このままでも良かったが、ナオヤも何となく居心地が悪いと感じたのか、思わず口を開いた。

 

 

「なぁ、アリサ。エイジと付き合ってんだろ?」

 

「ナオヤまでそんな事言うんですか?」

 

 沈黙を破った話の内容は、ここ数日アリサやエイジが一番体験している内容。この話題の時点で何となくだがアリサの表情に陰りが見えた。

 

 

「すまん。そんなつもりじゃないんだ。今回、新しい刀身が兄貴から届いたんだけど、内容がちょっと特殊なんだ。リッカとも話したんだが、あいつの性格からすれば、間違いなく取り付けに反対はしない。いや、むしろ率先する可能性が高い。今回その件で相談したい事があったんだ。少しだけ真面目な話をして良いか?」

 

 

 ナオヤから出た台詞は、アリサが想像していたからかいの成分たっぷりの話ではなく、かなりヘビーな内容になる事だけは直ぐに理解できた。物が神機だけに、その重要性はアリサも知っている。

 その神機に何らかの問題が発生したのかもしれないと考えていた。

 

 

「ひょっとして重い話ですか?」

 

「そんなつもりでは無いんだけど、ちょっとな…」

 

 この時点で軽い話では無い事だけは確かだった。その空気を察したのかこの場で話しても良い物なのか、話し出したナオヤでさえも逡巡する。しかし、同じ部隊でもあり、恋人同士なら自分が話すよりも多少は違った角度から見る事が出来るのだろうとの考えから改めて話す事を決めていた。

 

 

「実は今回用意された刀身パーツなんだが、兄貴と開発してたんだけど、あまりにも性能がピーキーすぎて使用者にも大きな問題が発生する可能性があるんだ。詳しい事は後で言うが、ロングの刀身パーツに呪刀ってあるだろ?あれの別バージョンなんだ」

 

「…ああ、あのパーツですか。それが何か問題でも?」

 

「マイナスのステータスが付与される代わりに膨大な攻撃力を有するから、メリットとデメリットを天秤にかける事が出来るが、今回のパーツはデメリットの方が大きい。

 本当の事を言えば開発兼整備士としての立場であれば、運用に関しては期待したいものがある。しかし、友人として考えればお奨めしたいとは思えないんだ」

 

 悩む事もなく簡単に言いきったのは、恐らくはナオヤの中では既に決まっているのだろう。神機に関しては当事者と整備士との話による摺り寄せが第一なので、この場合であればアリサは部外者となる。もちろん、詳細についてはまだ知らされていない以上、何か言う事は的外れの様な気がしたのか、これ以上の事を言う事は無かった。

 

 

「まぁ、本人達としっかり話し合った事で決めるしか無いだろな。おっ、やっぱりここだ」

 

 訓練場に着くと微かだが、エイジの声が聞こえる。心当たりは此処だと言うのがアリサにも理解できたのか、今はまだ絶対安静にも関わらずここにいるのはある意味病気だとも思えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もうこれ以上は無理です」

 

「まだ大丈夫だ。限界は僕も知っている。ここからが良くなるんだ。腰が大事だから一緒にいこう」

 

「でも」

 

「でもじゃないんだ。これは大事な事なんだ」

 

 扉の向こう側から男女の声が微かに聞こえる。気のせいなのか何となく息も切れ切れにかすれている様にも思える。そんな時、ヒバリの話していた言葉がアリサの頭の中を駆け巡る。

 一体扉の向こうでは何をやっているんだと思い、何気に隣を見ればアリサの表情に怒りがこみあげている様にも思えていた。

 

 

「エイジは何やってるんですか?」

 

 扉が勢いよく開いたと同時にアリサは状況を確認もせずにそこに居たエイジに一気に向かい出す。エイジの向こうには着衣が乱れ、顔がやや上気したアネットがそこに居た。

 

 

「アリサどうしたの?」

 

「エイジの浮気者!」

 

 訓練場に頬を叩かれ、乾いた音だけが鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当にごめんなさい。勘違いでした」

 

「ほんとアリサはエイジの事になると視界が狭くなるよな。それ任務中だと命取りになるぞ」

 

 誤解だと判断した所で、いつになく小さく縮こまったアリサが申し訳なさそうに謝っていた。訓練場ではカリキュラムの分からない所を実技指導する為に教官代理としていたのだが、内容が内容なだけに、視界に入った光景だけ見れば誤解してもある意味仕方なかった。

 医務室にはアネットとアリサ、一緒に来たナオヤと遅れてリッカがそこに居た。

 

 

「誤解なのは分かってますから、それ以上は言わないでください」

 

 シュンとした光景はまるで苛めて居る様にも見えるが、確実に誤解したのと同時に大きなモミジまでエイジの顔に作った事でアリサもやるせない気持ちで一杯だった。

 ナオヤが呆れているのはある意味仕方ない。そう捉えられていても不思議では無かった。

 

 

「俺に言っても仕方ないけどな。エイジ、お前こそ大丈夫なのか?まだ療養中だろうが。悪化しても知らないぞ」

 

「訓練と言っても、こっちは指導だけで実際には何もしていないから問題ないよ」

 

 これ以上は気の毒だとばかりに一旦ここで話の流れを打ち切り、改めて本題に入る事にした。元々ナオヤだけが話すつもりだったが、最終的な確認も兼ねてリッカまでもが来ることになっていた。

 

 

「例の刀身パーツだけど、あれは黒揚羽だが、どうする?」

 

 この銘を聞いた瞬間、エイジの表情がいつもと違った表情を見せていた。この場で何も知らないアネットには訳が分からず、どうすれば良いのか反応に困っていた。

 

 

「あれ、出来たんだ。って事は今回の刀身パーツって…」

 

「そうだ。念のために兄貴にも確認したが、最終的には自分達で決めろって話になってな。それでここに来たんだ」

 

 エイジの表情が変わるほどの一品。実際に刀身パーツを見たリッカも普段から見慣れていた筈の神機には無い何かがある事だけは理解していた。

 本来ならば業物と言われるレベル。まるで魅入られるかの様にその刀身から目をそむく事は出来ないほどの存在感があった。しかし、性能はそんな思いとは関係なく、誰にでも向ける死神の鎌と何ら変わらない。

 まだ未使用なはずの刀身が、それは既にどれほどのアラガミの生き血を啜っているのかと思うほどの存在感があった。

 

 

「だったら答えは一つだ。直ぐに取り付けてくれ」

 

「…やっぱりか。予想通りでな何よりだ」

 

「エイジは内容を知っていて言うんですよね?」

 

「屋敷にいる人間なら殆どの人間が知ってるよ。あれはある意味、妖刀とも言えるだろうね」

 

 この時点で、何も聞いていないはずのアリサにも、その刀身パーツが破格の性能はあるが、どこか否定したい部分があるのではと薄々は感づいていた。この場にエイジしか居なければ直ぐにでも問い詰めたい程の気持ちになりながらも、遮る事無く話を聞いていた。

 

 

「本音を言えば、友人としては止めたい。でも技術者としてはどこまで高見に行けるのか知りたい気持ちもある。お前の気持ちは聞いたが、アリサの事はどうするつもりなんだ?」

 

 部外者なのでは思った矢先に自分の名前が出た事で驚きを隠す事は出来なかった。新ためてエイジを見るが、最早心に何かを決めたのか迷っている素振りは微塵も無かった。

 

 

「神機と心中するつもりは無いよ。神機は命の次に大事な物なのかもしれないが、あくまでも道具だ。特性についても理解している。お前が気にする必要はないし、あれは調整が可能なはずだって事は以前に兄様からも聞いている。アリサには…これから言うよ」

 

「なんだ知ってたのか。ならもうこの話は終わりだ、俺からは何も言う必要は無いな」

 

「私の名前が出たのはどうしてなんですか?何か意味があるから出たんですよね?」

 

「……あれは一言で言えば諸刃の剣なんだ。アラガミに対しては絶大な効果を発揮すると同時に自分の命も燃やしながら使う事になる。もちろん何でも簡単にではないし、しっかりと制御も出来るから、ある程度の調整はするつもりだ。最悪の事態を考えれば誰でも躊躇するがな」

 

 あっけらかんと言われ、アリサとそこに居たアネットでさえも絶句するしかなかった。本来神機はアラガミを討伐する道具ではあるが、結果的にはゴッドイーター達も神機で自分の身を守る事になるにも関わらず、その神機は自分に平然と牙を剥けるとなれば話は大きく変わってくる。

 今まで当たり前だと思っていた事が実は当たり前では無い様な代物を取り付けようとしていた事に驚きを隠す事が出来なかった。

 

 

「なあアリサ、万が一だがエイジに何かあった場合、見捨てる事になるのか?俺はそれが知りたいんだ。こいつは何でも簡単に決めて簡単に実行する。判断が良いと言えばそうだが、悪い言い方をすればそこにあるはずのリスクすら考えていない。今回の刀身パーツはその可能性を孕んでいる以上、恋人として、同じ部隊に居る人間として聞きたいんだ。それで最終判断をしたいと思っている」

 

 ここで初めて通路での会話がそうだった事を理解した。あの時の表情は明らかに悩んだ部分はあったが、最終的には本人の判断に任せると決断した表情だったと思い出される。

 これから出す回答はその為のリスクを享受するのかの最終局面にいるのだと理解していた。想定外とも言える話にアリサも軽々しく答える事は出来なかった。

 

 

 

 




今回初めてオリジナルの神機を登場させました。
今回の物語のキーになるのかは、多分……なるはずです

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