神を喰らいし者と影   作:無為の極

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外伝33話 (第80話)次への段階

 エイジ達の死闘とも言える新種アラガミの討伐の情報はアナグラ内部に激震が走っていた。詳細については不明な点が多く、結果的に第1部隊長でもある如月エイジが負傷し、ソーマやリンドウと近接系の神機使いの様子を見れば、それぞれもダメージを負っているのかコウタが何とか運んでいる有様だった。

 現状ではコアの解析を待つ以外に手立てはなく、また何らかのアナウンスがあるかと思われるも現状では、暫くは運営するのが厳しいとまで判断されていた。

 

 

「ヒバリさん!エイジの容体はどうなんですか?」

 

「エイジさんは現在治療中です。今は怪我の状況によりま……アリサさん?」

 

 ヒバリの話を全部聞くまでも無く、アリサは医務室へと走り出した。このアナグラの中でもトップを走る人間の負傷は、何も知らない人間からすれば異常とも思われていた。特にここ数日のミッションで手厳しい攻撃を受ける事無く討伐してきている関係上、その衝撃は計り知れない物でもあった。

 死と隣り合わせの職業なのは今に始まった事では無い。勿論アリサも理解しているが感情が付いてこない。最悪の事態を予想しながら医務室へと向かっていた。

 

 

「エイジ!大丈夫なんですか!」

 

 ガラッと勢いよく扉を開けると、身体中に包帯を巻かれていたエイジがベッドに居た。背中には深いのか、鋭利に裂かれた様な傷から血が若干滲んでいる。よく見れば幾つかの火傷と思われる箇所もあった。周りの事には目もくれずアリサはベッドへと駆け寄った。

 

 

「大丈夫だよ。傷が大きいから大げさに見えるだけだから、心配しなくても良いよ」

 

「エイジは直ぐに無茶するから心配なんです。負傷したって聞いたら怖くなったんです」

 

 アリサの心配そうな顔を見れば、目には涙が溜まり今にも零れ落ちそうな状態だった。エイジも口ではああ言っているが、声はいつもより弱々しい。背中の傷が想像以上に深手のようだった。

 

 

「アリサ、落ち着け。傷は確かに深いが、命に別状はない。おそらく直撃ではなく回避した結果の傷だ。ゴッドイーターの治癒能力なら時間はかからない」

 

「でも」

 

「アリサ、ツバキ教官の言う通りだよ。実際には神経にまで達してないから治れば元通りだから」

 

 エイジに諭されここで漸く落ち着きを取り戻していたと同時に、周りの反応が何となく伝わる。ここにはエイジだけが居た訳ではない。

 勢いで話したツバキは若干呆れた様になっているが、リンドウとコウタは何か言いたげな表情、ソーマに至っては我関せずを決め込んだのか、明後日の方向を向いていた。

 

 

「アリサ、心配なのはわかるが、ここでイチャつくのは感心しないなぁ。そんな事は部屋に帰ってからやってくれないか?」

 

「ほーんとだよ。今まで俺たちもここに居た事すら記憶に無いんだろうね」

 

 リンドウとコウタに言われる事で、更に状況が悪くなってきたのか、アリサの顔が徐々に赤くなる。決して照れているのではなく、怒りによってその色はもたらされていた物だった。

 

 

「コウタ、そんなに気になるならあなたもエイジの隣のベッドに寝かせますけど」

 

 こめかみに青筋がクッキリと浮かぶかの様に、たった今までの表情が一転する。気が付けば臨界点を超えていたのだろうアリサの手には、しっかりとした意思で握り拳が少し震えながら出来ている。

 ここは医務室である以上、治療をするに適した場所ではあるが、決して傷を作る場所ではない。これ以上は危険だと思われた頃に制止の声が入った。

 

 

「アリサ!ここは医務室だ。エイジの心配は分かるが、お前も自分の仕事があったはずだ。今日は一日ここだ。来るなら用件を全部こなしてからにしろ!」

 

 ツバキの叱咤と共に、漸く落ち着いた空気が流れだしていた。流石にツバキに言われる事で冷静さをとり戻したのか、ここで改めてこれまでのミッションの内容を確認する事になった。

 

 

「ツバキ教官、例のアラガミの件ですが、コアの解析はこれからですよね?」

 

「今、榊博士がやっているが暫くは時間がかかるだろう。しかし、お前がそこまでの傷を負うとはな」

 

 ツバキのボヤキとも感想とも取れる言葉が全てを言い表していた。事実、今のアナグラの戦力を考えればエイジ以上の人間は恐らく殆ど居ない。そんな実力でさえもここまでの深手を負わされるとなれば、今後の事も踏まえると公表して良い物なのか判断に迷った。

 事実、エイジの負傷は既にアナグラ内部に知れされている以上、隠すつもりはない。今のままでは絶望感しか広がらない事を考えれば、現在解析中のコアの結果を待ってからの方が得策だと考えていた。

 今に始まった事ではないが、極東の第1部隊の存在は支部内だけの話ではない。既に他の支部でも色々な噂が流れている。それも勘案すれば何とも頭の痛い展開だと今は思うしかなかった。

 

 

「エイジ、まずは身体を治す事を専念するんだ。それと技術班から連絡だ。今の神機の完全メンテナンスをこれを機に施すから、仮に治っても出撃は出来ない。それだけは頭に入れて置く様に」

 

「了解しました」

 

 これ以上伝える事は無いが、今はコアの解析を待ってからでないと、今後の行動が制限される。今の状況では最悪出くわせば捕喰されるか、完全に逃げ切れるかの二択しか出来ない。最悪の事態を避けるべく、今はその結果待ちとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは今までに無い反応だね。コアそのものの分子結合が今までのアラガミとは桁違いだ。しかも自己増殖まで出来るとなると、これは厄介だね」

 

「これが実用レベルでの運用が出来れば良いんですが、まずは確実に任務完了が出来る様に、せめてこの自己増殖の動きだけでも制御する方法が必要でしょう」

 

 第1部隊が剥離したコアは直ぐにラボへと回されていた。現在はコアの解析を優先させる為に榊だけでなく無明も参加していた。

 今までにない反応を見せるコアの動きに榊は興味を引かれているようだが、現場にも出る事がある無明にとっては厄介な代物以外の感想は無かった。事実、討伐直後の記録を確認したが、コア剥離から再生して再び動きだすまでの時間が5分弱。これでは他のアラガミと同時に出現した場合、苦労して討伐したはずが気が付けば復活しているのであれば最悪の未来しかありえなかった。

 今回の件で結合崩壊する部位は発覚できたが、背中の破壊に関しては躊躇される事になった。

 

 

「しかし、見た目が古来の物語に出てくるドラゴンに似たもので、動きは人間と遜色無いとなればディアウス・ピター異常に厄介になりそうだね」

 

「そうですね。背中に関しては逆鱗と言った方が、かえってしっくり来るでしょう」

 

 解析をしながらも、並行して思考は討伐の事を考えていた。事実、話はしていたものの榊の手と目は動く事を止めない。無明は今回の解析には直接の手を入れていないものの、思考はやはり討伐に向けての方針を考えているようだった。

 

 

「榊博士。解析はどこまで進んでいますか?」

 

「まだ4割弱って所だね。単純な解析ならば問題ないが、特にこの自己増殖の部分が厄介だね。これが解析出来ると討伐はもう少し簡単に出来るはずだよ」

 

「ツバキさん。エイジの様子はどうでしたか?」

 

「あいつなら、身体はボロボロだが悲壮感は無かったぞ。あれなら数日療養すれば大丈夫だろう。神機のメンテナンスもあるから暫くは待機だな」

 

 医務室から来たツバキも今回のアラガミに関しては気になる部分があったのか、現状確認とばかりにラボラトリまで足を運んでいた。詳細についての報告はこれからだが、概要だけは確認した関係上、後は書類で確認すれば問題無いと判断しての行動だった。

 

「ツバキさん。伝言を頼む様で済まないが、今晩屋敷で渡したい物があるからエイジに来る様に伝えてくれないか?こちらも準備したい事があるんだ」

 

「それは構わないが、一体何をするつもりだ?」

 

「今回の戦闘に関してはこちらも気になる事があってな。あいつの神機は特に刀身部分は本部で採用されている物を試験運用していたが、今回の件でもう一段上を目指す必要がある。今後の事を考えれば現状では神機の方が負けてしまう。その為の手段を講じる予定だ」

 

 何か思う事があるのだろうが、ツバキはこの時点では何をどうするつもりなのか確認出来ず、結果的には夜まで待つ以外に手段は無かった。

 

 

「それと、第1部隊もあの様子だと今日は無理だろうから明日までは休暇だろ?」

 

「そうなるな。あのアラガミは全てが桁違いだ。今日の運用は無理だろうから、その予定だ」

 

「ならば技術班の楠リッカも招集しておいてくれ。その時に話す」

 

 この時点でこれからの予定は夜まで待つ事が決定した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあエイジ、もう動いても大丈夫なのか?」

 

「骨と神経に問題ないから、動くのは大丈夫だよ。ただ戦闘となると2.3日はかかるかもね」

 

「無理はダメですよ」

 

「これ以上の無理は出来ないよ」

 

「それでもです。何かにつけて直ぐに無茶するんですから、こちらの身にも少しはなってください」

 

 アリサとコウタから心配されながらも、無明に呼ばれているとの事から一同は屋敷に出向いていた。しかも今回は技術班からリッカまで指名されている。この時点で呼ばれた真意を理解する者は誰も居なかった。

 

 

「全員集まったな。無明からの前に私からの報告だ。あの交戦したアラガミの名称は『ハンニバル』と名付けられた。以降、この討伐任務がある場合のアラガミの呼称だが、これに関しては既に全支部へと本部から通達が来ている。今のところは極東でしか交戦履歴と発見履歴が無いが、データだけは共通化される事になった。現状は解析中だが、近日中には何らかの対抗手段が公表されるから、万が一発見した場合はスタングレネードを使用し、速やかに退却が今の方針だ」

 

 玄関で全員を出迎えたのはツバキだった。今回の任務は秘匿では無い物の、ここに来るならばと併せて公表する事になった。今の時点ではハンニバルと言う名称以外に何もデータは無い。この事が改めて脅威の存在である事が印象付けられた。

 対処のしようが無いと言うのは、ゴッドイーターの立場からすれば存在意義が根底から崩れる事になる。そうならない為には今後の対処も含めた事を話し合う必要がそこにはあった。

 

 

「エイジ、お前の神機だが、あの刀身の役目はもう果たした。これ以上の強化は今後の方針次第で決定するが、今は役目を終えている。ナオヤ、明日技術班に刀身を送るからそれを取り付けておいてくれ。それと取扱いが他の神機とは若干だが異なる可能性があるから、それを書面でまとめた物も併せて確認しておいてくれ。

 リッカ、新しい刀身が来た場合に運用までの日数はどの位かかる?」

 

 話の内容は新しい神機のパーツだった。この場にいるメンバーで神機の状態を一番知っている人間が呼ばれたのはこの為なんだと言う事を理解した。ナオヤも整備はしているが、現状はエイジ達第1部隊のメンテナンスはリッカが主となり、ナオヤはサブとして入っていた。

 当初は在庫から引っ張り出して一から強化する予定だったが、新しい刀身が来るのであれば時間は然程かからない。その為の確認とばかりに呼ばれていた。

 

 

「現物が届いてから二日あれば大丈夫かな。あとは各パーツのすり合わせに一日あれば」

 

 予想以上の早さに驚くエイジを尻目にリッカはなおも確認とばかりに無明に詳細を尋ねる。

 

 

「書面で確認って事は、何か付加価値が付くと判断すれば良いって事ですか?」

 

「そう考えて貰って構わない。その為のマニュアルだと理解してくれ」

 

「であれば明日にでも確認します」

 

 当初こそはややため口とも取れたが、無明からの申し出によって新たな刀身が入手できる事と、その存在に圧倒されてのかリッカは徐々に畏まり出していた。

 リッカの記憶の中で、刀身パーツに対する注意点はあってもマニュアルはこれまで存在していない事が思い出される。そんな空気を察したのか、現状を打破したのか分からないが横やりが入る事によって、その空気は壊れていた。

 

 

「無明さん。食事の準備が出来たそうです」

 

「さ、サクヤ。なんでここに?」

 

 呼出しに来たのはサクヤだった。どうやら今回ここに全員を呼ぶからどうだと無明からの招待を受けていた。サクヤ自身断る必要性も無かったのと、先だっての朝食の事もあり快諾していた。

 

 

「サクヤさんありがとう。皆には、こちらまで態々来てもらったんだ。その位の事はさせて貰うよ」

 

 深刻な空気は消え去り、少しだけ日常が戻りつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんな食事をしてたなんて。リンドウ、一言も言わないのよね」

 

「そうなんですか?でもサクヤさんも以前ここに少し滞在してたんじゃありませんでした?」

 

 用意された食事を楽しみながらも、サクヤはリンドウにちょっとした意趣返しのつもりでおどける様にエイジと話していた。隣にいるリンドウもバツが悪いのか、それとも様子を伺っているのか、食事に集中する事で敢えて何も話していない。

 

 

「あの時とはまた状況が違うから仕方ないわよ。ここでの食事が慣れるなら私にとってはプレッシャーだわ」

 

「リンドウさんなら何食べても美味しいしか言わないから大丈夫ですよサクヤさん」

 

「アリサ、お前結構言葉が辛辣だぞ。もう少しオブラートに包んでもいいんじゃないか?」

 

「私は客観的事実を言っただけですが?」

 

 今までのお返しとばかりにサクヤの前で辛辣な言葉を並べられると、流石にリンドウも分が悪いと感じ始めていた。そんなリンドウを見たからなのか、アリサの中で多少なりとも気分が晴れた様な感じがしていた。

 

 

「アリサもその位にしないとリンドウさんも困ってるよ」

 

「いえ、これを機に一人の女性としてしっかりと言うべきです。折角作ってくれたならもう少しまともな感想を言うべきだと。エイジだってそう思いますよね?」

 

「まぁ、確かに言ってくれた方が張り合いはあるね」

 

「アリサ、それはエイジに対しての自分の見解?って言うか、自分で作った事あるの?」

 

「今は私の事は良いんです。コウタは黙っていてください」

 

 和やかな中に、こんな一面があるからこそ今の第1部隊が成果を上げる事が出来るのだろう。自分が部隊を率いていた頃はどうだっただろうか?そんな事を考えながらツバキも食事をしていた。

 今後の事も考えると締め上げるだけでは成果は上がらないと考え、今後の訓練について改めて考えていた。

 

 

 


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