神を喰らいし者と影   作:無為の極

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外伝32話 (第79話)確認

「あの~ジーナさん。どうしてそれを?」

 

「それならアナグラ中、皆知ってるわよ。良かったわねアリサ」

 

 まさかジーナにそんな事を言われるとは思っていなかったアリサは既に隠すのは不可能である事を悟っていた。恐らくエイジはこの事実を知ったからこそ、あんな言葉が出たんだろう事を理解した。

 いくら本人たちが否定しても、この事実を覆すのは恐らくは無理なのは間違い無い。仮にそれを態度に出そうとすれば確実にエイジのそばには居られなくなる。今のアリサにそんな選択肢は無かった。

 

 

「でも、これからが大変ですよ」

 

 2人のやり取りに入って来たのは休憩に来たヒバリだった。あの晩の事が思い出されるが、ここは屋敷では無くアナグラのロビー。流石に爆弾発言をする事は無いだろうと安心しながらアリサは会話に参加していた。

 

 

「どういう事ですか?」

 

「エイジさん。ああ見えて、ここの女性陣にはかなり評判が高いですからね。隙を見せたら取られるレベルかもしれませんね」

 

「それって一体?」

 

「簡単な話よ。ここの女性陣だけじゃ無いわ。ここに来ている外部居住区の人たちにもエイジの事を想っている人が多いから」

 

 ジーナの一言にアリサの顔が引き攣る。確かにエイジはフェミニストな部分が他の神機使い達よりも多い事を知っている。それは屋敷でも見ているので予想は簡単に出来ていたが、まさかここまでとは想像していなかった。

 

 

「それはジーナさんもですか?」

 

「私、そうねぇ。そうかもしれないわ」

 

「え……?」

 

 大人の女性の雰囲気と色気を出されれば流石にエイジもなびくのでは?そんなエイジを全く信用する事すら出来ない様な考えが脳内を駆け巡る。そんなアリサの表情に気が付いたのか、改めてジーナはアリサに話しかけた。

 

 

「あなたが思っている様な事は無いから安心しなさい。さっきの話はここの女性陣はエイジに胃袋をつかまれているのよ」

 

 この一言でアリサは納得する事ができた。確かにエイジは何だかんだと新作と称して色々と差し入れをする事が多く、ここアナグラではカノンと並ぶほどの数を提供している。事実、アリサの手元には出がけにマフィンとスコーンが渡されていた。それはアリサだけではなく、他の人達にもとカウンターに置かれていた。

 

 

「エイジさんの作るスイーツはある意味中毒性が高いですよ。女性陣は置いてあれば直ぐに持って行きますし、外部居住区の方には別口で用意してありますからね。意外と期待して来る人も多いですよ」

 

 普段からカウンターで仕事をしているヒバリはここの全体の事を把握している。そんなヒバリだからこそ言葉の信憑性は高かった。以前にもエイジには聞いた事があった。『なぜそんなに色々と作って提供するのか?疲れているなら休むのが正しいのでは?』そんな事を聞いた事があった。

 

 

「ああ、これは作ってる間は何も考える必要が無いし、頭の中が一旦クリアになるから、ある意味気分転換なんだよ。ただ自己満足の為に提供される方には申し訳ないけどね」

 

 そんな記憶が甦る。まさかそんな事がこんな事態にまで発展するとは当人も想像していないのだろう。だからこそ、未だにこれが続いているのだった。だから言って断るつもりは無く、その事には誰も触れずにいた。

 

 

「そんな事だから、彼の倍率はかなり高いわよ。だからこそある意味、この噂が出て良かったんじゃないかしら?」

 

 ジーナから言われ、ここでエイジを取り巻く状況を考えれば、それも一つの考え方だとの思いに至る事が出来た。本人が認識していない以上、この情報はアリサにとって有りがたかった。

 

 

「話は変わりますけど、アリサさん、何かいい匂いがしますけど、どうしたんですか?」

 

「これ、エイジから貰った椿油の匂いじゃないですかね?匂いは調整出来るらしくて何か柑橘系の物が配合されてるらしいです」

 

「そうなんですか?私のはそこまで匂いがしないので、今一つ分かりにくいんですよ」

 

 エイジから貰った椿油を毎日常用していたのでアリサ自身は気が付かなかったが、ヒバリは直ぐに気が付いた様だった。確かにエイジは試作なので均一に匂いを出すのは難しい様な話をしていたが、まさかここまで差が付いているとは思ってもいなかった。

 

 

「そう言われればそうね。アリサ、あなた愛されているのね」

 

 からかわれた訳では無く、単に感想として言われると流石にアリサも照れてしまう。ごちそうさまと言わんばかりにジーナとヒバリはアリサの元を離れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは一体?」

 

「恐らくは例のアラガミに襲われたんだろうな。ここに神機使いが居なければ、この切り口は間違いない。霧散していない以上、この近くにいる可能性は高いな。各自警戒レベルは落とすな」

 

 当初予定されたミッションは簡単に完了したが、帰投準備の際に榊博士から例のアラガミの恐れがあるとの一報により、その現場へと急襲していた。リンドウ達が到着すると、そこには既に絶命しているコンゴウとクアドリガがまだ霧散せずに残っている。

 鋭利な切り口の周りには微かに焼け焦げた形跡が残されていた。

 

 

「そう言えば、リンドウさん、そのアラガミってどんな姿をしてるんですか?それも分からないとなると、今後の作戦の立て様が無い様にも思えますけど?」

 

「そうだな一言で言えば…」

 

「エイジ後ろだ!直ぐに防御しろ!」

 

 リンドウと話している最中にソーマの叫び声がエイジの耳へと届く。ソーマのアドバイス通りに素早く盾を展開すると、予想以上の威力に衝撃と共に後ろへと押されていた。

 

 

「エイジ!あれが例のアラガミだ。全員気を付けろ。動きが早いから注意するんだ!」

 

 巨大な火球をギリギリのタイミングで受け止め、撃ち込まれた先には今までに見た事も無いアラガミが立っていた。限りなく人型に近い様にも見えるが、その姿はまるで小説や映画に出てくるドラゴンを彷彿とさせていた。

 

 

「あれが新種のアラガミ。あれって…」

 

「コウタ、その場から直ぐに退避だ。やつは動きが早い!気を付けるんだ!」

 

 リンドウの叫びと共に我に返った途端、その場から一気に離脱する。その直後、まるで図ったかの様に、先ほどエイジに向かって放たれたのと同じ火球がその場を焼き尽くしていた。

 

 

「リンドウさん、一旦退避した方が!」

 

 何時でも戦闘に突入出来るように周囲を警戒していたが、明らかに今までのアラガミと動きが違っていた。

 従来のアラガミは何らかの動物がベースとなり、それに近い形で体現しているが、このアラガミに関してはそれまでの常識は一切通じず、4本脚ではなく、2本脚での行動が多かった。

 様子を見ながら戦線を維持するのが隊長としての最低限の仕事とばかりに、新種のアラガミの観察をする。このアラガミはどの動物とも系統が異なり、人間の様な動きを見せていた。

 事実、口から巨大な火球を放つだけではなく、時として両手に剣をかたどった炎を振り回すかの様な動きで周囲を動き回る。防御を主体とし、ここまで来て少しだけ違和感があった。全体的な物では無く、ある特定の部分を見た事で、エイジの中で何かが引っかかっていた。

 

 

「全員、一旦退避だ!コウタ、スタングレネード!」

 

 リンドウの声と同時にスタングレネードの閃光が辺り一面に広がりを見せる。時間にして僅かな時間だが、その数秒で一定の距離を稼ぐ事に成功していた。

 本来であればこのまま退却しても咎められる事は一切ない。しかし、このまま退却となれば今度は何時出没するか分からない以上、この場で最低限コアの剥離まではやり遂げたい心境だった。

 

 

「リンドウさん。あのアラガミが例の?」

 

「ああそうだ。さっきは突然だったから細かい部分の説明は出来なかったが、見た通りあの動きは尋常じゃない。あれ意外にも攻撃方法は恐らくあるだろうから各自気を抜くな」

 

 物陰から見れば、既に対象物を失ったのか、近くの何かを捕喰している。この短い時間に内容を確認する事で、現状を打破すべく小声で打合せを開始していた。

 

 

「あの火球は厄介だが、攻撃方法からすれば氷系統の攻撃が有効なはずだ。コウタとエイジはバレットをそれに合わせるんだ。戦闘中に変えると致命的な隙を作る事になる。予想以上に動きは早い。油断はするな。

 取敢えず今後の予定だが、コアだけではなくある程度データも採取しないと、常時この部隊が戦う訳には行かない。まずは情報収集をしながらの攻撃だ」

 

 依然として様子を窺いながらロストしないように手早く今後の展開を決定する。今回のミッションは交戦履歴があるリンドウを中心と考えた方が効率が良いとの判断から陣頭指揮を取っていた。

 

 

「リンドウさん。僕が陽動に出ます。その間に攻撃と部位破壊をチェックしてください」

 

「本当の事を言えば、それはお前の役目じゃないんだがな……背に腹は代えられないなら仕方ない。エイジ、やつの攻撃は動きも早いが威力も今までのアラガミと同じように考えると、手痛いシッペ返しを喰らう。お前に限ってそんな事はないとは思うが、回避を優先とするんだ。その間にこっちが最大火力で一気に決める。その後はコア剥離と脱出だ。

 分かっているとは思うが油断は絶対にするな。命を最優先させるんだ」

 

「了解しました」

 

 方針が決まると同時に一気に行動に移す。アラガミはまだ捕喰中なのか、こちらの動きには気が付いていない。挨拶代わりに捕喰する事で一気に方を付けたい。そう考え全員が行動に出ていた。

 アラガミの死角とも言える背後から近づき、全員が機動力封鎖の為に左右の足に食らいつく。捕喰された事で気が付き、第2ラウンドが開始された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全員が一か所に固まる事無く、分散した状態で攻撃を続ける。エイジは陽動の役目を果たすべく、接近戦に持ち込む為にアラガミの懐へと一気に入り込んだ。

 本来のアラガミであれば4本脚なので、弱点とも言える腹部を晒す事は無いが、このアラガミは2本脚で立っている以上、そこはある意味弱点とも言える部位でもあった。

 討伐と同時進行で弱点を調べる場合、全力での攻撃は判断が難しいのと同時に大きな隙が生まれやすく、その代償として反撃を食らう可能性があった。その為に、敢えて七割程度の力で攻撃をする事で、返ってくる反応を優先していた。

 

 

「ダメだ。ここは違う。コウタ!そっちはどうだ!」

 

「こっちもダメだ。いや、背中の反応が他とは違う。恐らくはそこが弱点なのかもしれない」

 

 前面のエイジに意識を持って行かれ背後からの銃撃には意にも介さないとばかりに、アラガミは攻撃を続けるが、回避を全面に出すエイジには攻撃は当たらない。徐々に意識がそがれ始める頃、唐突にアラガミの行動が変化した。アサルトは本来攻撃の火力は若干劣るも、その類まれなる連射能力がそのハンデを補っている。コウタは遠距離型だが、その火力は近接型にも劣らない。

 それは精密性が高く、結果として特定の部分に連続して着弾する事で火力を補っているのが要因だが、今はその精密射撃の能力が頼もしく感じられていた。

 

 

「結合破壊だ。やつは背中が弱点だ」

 

 

 コウタの射撃性能はアラガミの背中の一部を破壊する事に成功していた。本来であれば、ここから一気に形勢逆転とばかりに攻撃の手を緩める事は無かったが、そのアラガミは想定していた反応の真逆の行動を起こしていた。

 

 

「何かが来る!コウタはソーマの影に隠れてくれ!ソーマ、コウタを頼む!」

 

 部位破壊が起きた途端、動きが止まると同時に体中から炎が吹き荒れる。まるでそのアラガミを包むかの様な激しい炎。それはこれから何かが起こるであろう事を用意に予測出来ていた。

 まるで古い何か脱ぎ捨て、新たな何かを得たかの様に、アラガミはゆっくりと宙に浮かぶ。破壊された背中からは翼が生えたかの様に大きく広がり、それはやがて空中で停止した。

 激しい咆哮と共に、炎が火災旋風の様に辺り一面に撒き散らされる。エイジの指示でソーマの背後に隠れたコウタはその隙間からその姿を垣間見ていた。

 荒れ狂う炎が意思を持ったかの様にソーマやリンドウに襲い掛かる。いち早く反応していたエイジでさえも、通常の戦いの様に回避行動に入る事無く、盾を展開する事で何とか凌いでいた。

 

 

「コウタ、お前確かに部位破壊したんだよな?」

 

「ソーマも見ただろ。確かに破壊しているのは間違いないって」

 

「あれだと、破壊された事で怒り狂ってる様にも見える。あそこは破壊は出来るが悪手だな」

 

 盾を展開しながらも、その視線は外れる事は無い。今の時点で分かったのはあそこを攻撃しても破壊してはいけない事だけが理解出来ていた。

 

 

「リンドウさん、何か手は無いですか?」

 

「記憶が曖昧だったからな。生き物なら頭部が弱点なのは鉄板だろ。銃撃で攻めてみるのが一番だ」

 

 リンドウの手元にあった神機らしき物が銃形態に切り替わる。精密射撃にはほど遠いが、それでも数発が着弾し、ここで初めてアラガミが怯み始めていた。様子を見るから討伐はしない訳ではない。

 出来るチャンスがあれば一気に仕留めんとばかりに改めてエイジが突っ込む。

 

 

「まだ早い!焦るなエイジ!」

 

 ソーマの叫びを聞くも、既に攻撃の大勢に入ってる以上、ここから避ける事は不可避でしかない。ならばと気を引き締め、精神を断ち切られる事だけは避けるべく、ある程度は仕方ないと気持ちを瞬時に切り替える。

 意識の切り替えは結果的に功を奏していた。アラガミの攻撃を出来るだけ受け流せるように態勢だけは捻る事で攻撃のベクトルを変える事が出来た。しかし、完全に避ける事は出来ず、アラガミの鋭い爪がエイジの背中を切り裂く。エイジはその場で踏ん張る事無く、わざと衝撃を流す為に大きく吹っ飛ばされた。

 

 

「大丈夫か!」

 

「大丈夫と言いたい所だけど、思ったよりは深手かも。これより早い動きは無理だ。それよりもコウタは頭部を狙ってくれ。まさかこれ以上凶悪に変化はしないだろうから」

 

 背中には大きな三本の鋭い傷が付いているも、その傷口から血が流れる事はあまり無かった。発見したアラガミ同様、切り口が若干焼け焦げたのか肉の焼ける臭いが微かにしている。

 今はまだ均衡を保つ事ができるが、このままでは劣勢になる事だけは予測出来る。その為には一度、攻撃の流れを断ち切り一気に攻める手段しか残されていなかった。

 

 

「これ以上の時間はかけられない。このまま押し切る」

 

 エイジの合図と共に、コウタはスタングレネードを再度炸裂させる。閃光が走る寸前に位置を確認する事で白い闇の中でも迷う事無く斬撃を繰り出す。

 コウタの射撃の影響もあり、頭部が破壊されたと同時に、防御の要となっていた左腕の籠手までもが今までの蓄積されたダメージから破壊されていた。時間にしてわずか数秒だが、この時間がある意味決着をつける決めてとなっていた。

 

 エイジが素早く動く事で、部位破壊した背中の部分に再度神機の刃を突き立てる。単純にダメージを与える攻撃ではなく、留めを指すかの様に深々と刺し神機を抉る様に動かす。断末魔が聞こえるかの様にビクンと動くも、やがて絶命したのか、動く事は無かった。

 

 

「エイジ!しっかりしろ。ソーマは直ぐにコアを剥離するんだ。コウタは索敵だ」

 

 リンドウの素早い指示と共に力尽きたのか、エイジは膝から崩れ落ちる。エイジと神機を回収したと同時に、距離を離す事で再度アラガミの様子を見守っていた。

 本来であれば通常のアラガミはここで霧散し、オラクル細胞が崩壊するが、当初の予想通りその身体が霧散する事は無かった。暫くしたのち、まるで逆回転するかの様にアラガミがゆっくりと立ち上がる。周囲を索敵して獲物は居なくなったと判断したのか、やがてどこかへと去って行った。

 

 

「ありゃあ、苦労するな」

 

 一先ず回収したコアの解析を最優先させるべく、リンドウ達は一路アナグラへと戻った。

 

 

 

 


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