神を喰らいし者と影   作:無為の極

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外伝31話 (第78話)嵐の前のにぎやかし

「ヒバリさん。今日から原隊復帰しますので、また宜しくお願いしますね」

 

 リンドウのブリーフィングから数日が過ぎ、漸くアリサが復帰していた。念の為に挨拶はしたものの、何故か皆の目が生暖かい。休暇の間に一体何があったんだろうか?そんな疑問だけがアリサの中に残っていた。

 事実を確認しようにも、第1部隊は現在ミッション中の為に、ここには居ない。ロビーに常駐しているヒバリなら何か知っているはずとばかりに、アリサは挨拶がてら確認する事にした。

 

 

「アリサさん、今日からなんですね。皆さんは現在ミッションで出払っていますので、暫くは不在ですから待機となります」

 

「分かりました。あと、何だか私を見る目が何となく生暖かく感じるんですが、何かあったんですか?」

 

「大した事じゃ無いので大丈夫ですよ」

 

 仕事中なので、若干事務的なのは仕方ないが、以前の様な敵視した雰囲気は最早感じる事はない。にも関わらず、何となくだがアリサへ向ける視線が今までとは違っていた事だけが違和感の原因となっていた。

 何か知っているはずのヒバリを見ても、完璧なポーカーフェイスと言わんばかりに表情から考えを読み取る事が出来ない。このままここに居ても仕方ないとばかりに、一旦自室に戻る事にした。

 

 

「あっアリサさん。もう体は大丈夫なんですか?」

 

「ご迷惑おかけしましたが、もう大丈夫です。それよりもアネットさん。今日は出撃しないんですか?」

 

 まだ研修中のアネットがアリサを見つけ駆け寄ってくる。当時、一番最後に一緒に居たのがアネットなので、随分と心配をかけた事を思い出していた。せっかくだからと自室には戻らず、そのままアネットと話をする事にした。

 

 

「はい。今は新しい訓練方法が導入されているので、新兵から一部の曹長までが隔日で訓練してるんですけど、内容があまりにもハードなので、正直参ってるんです」

 

「新しい訓練ですか?」

 

「今までの戦力の底上げを重視したカリキュラムが組まれているので、体力面もですけど、アラガミの行動原理も同時にやってる為に、頭脳までが同時に訓練対象なので、そこが一番苦労してるんだと思います。極東支部ではこれがスタンダードなんでしょうか?」

 

「内容は分かりませんが、私の記憶ではそこまでハードだとは思いませんでしたけど……」

 

 極東支部に限らず、ゴッドイーターが訓練するのは最初の頃にシミュレーターで神機を使って対アラガミの動きを覚える物が通常だった。事実、アリサも訓練と言ってもそれ以上の事は実戦となる関係上、思い当たる事が何も無い。ここでの訓練はツバキが一元管理しているので、今の状況を読むことが出来なかった。

 

 

「ツバキ教官の話ですと、アリサさんの彼氏の如月隊長が元々やっていたカリキュラムの様でして、それを元にしているって……」

 

「アネットさん!今なんて言いました?」

 

「だから、元々如月隊長が…」

 

「その前の台詞です!」

 

「アリサさんの彼氏のですか?」

 

 何気ないアネットの一言で、ここで漸く生暖かい目で見られていた正体が判明した。

 この僅かな時間でアネットまで知っているのであれば、恐らくアナグラ中が知っている事に間違い無い。この事実を考えるとヒバリの態度が何となく違った事にも説明が付く。エイジの性格から考えて公表する可能性は無いだろうから、誰が広めた犯人なのか確認する必要があった。

 復帰早々にやるべき事が決定された瞬間だった。帰投した際にエイジに聞くのが一番早いとばかりにアリサは改めてロビーへと急いだ。

 

 

「その件は私ではどうしようもないので。すみませんが、急にやる事が出来ましたので急ぎます。アネットさんは身体の疲労を早く回復させた方が良いですよ」

 

「あ、はい。ありがとうございます」

 

 取って付けたかの様な台詞だけを一言アネットに告げ、走る様な勢いでアリサはロビーへと戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今回は居なかった様だな」

 

「いつも出る訳でもないだろう。これまでも見つかって無いんだ。今更そんな簡単に分かったんだったら苦労はしないさ」

 

「なあエイジ、メシだけどさ、あれが食べたいから部屋に行っていいか?」

 

 どうやら帰投してきたらしく、確認の為にうってつけとばかりに4人がカウンターで手続きをしていた。勢いで口走ると何を言うのか分からなくなる可能性が高いとばかりに、アリサは一度深呼吸し落ち着いた所で改めて話かけた。

 

 

「お帰りなさいエイジ」

 

「ただいま。って、今日からなの?」

 

 エイジの顔を見ていると先ほどのまでの感情がどこかへ消え去ろうとしている。我ながら現金だと思いながらも、ここで流される事無く確認が必要だとばかりに話を進めた。

 

 

「今日から原隊復帰です。またお願いしますね。で、少し相談があるんですが、ちょっと良いですか?」

 

「昼過ぎまでなら大丈夫だよ」

 

「じゃあ、部屋に行きますね」

 

「なあアリサ、俺もちょっとエイジに用事があるんだけど」

 

「コウタの用事は別に緊急じゃないですよね?」

 

 迫力のある言葉にコウタはたじろぐ。エイジも帰投したばかりなので一体何の事なのか理解は出来ないが、特にやましい事も無いので断る理由は何も無い。コウタには申し訳ないが後日となるのは間違いない事だけは理解していた。

 

 

「あ、ああ……」

 

 コウタを黙らせる事に成功し、アリサはエイジの部屋へと足を運んでいた。

 

 

「先ほど、アネットさんから聞いたんですけど、私達の事がアナグラ中に噂されてるみたいなんですが、心当たりってありませんか?」

 

 帰投直後にどんな話なのかと思えば、エイジ自身が少し前に体験していた事だった。あの時も、結果的にはリンドウの仕業と思われていたので確認したが、結果的には口を完全に割る事が出来ず、推測の元での判断となった。

 この質問から判断すると、恐らくはアリサもアネット経由なので、結果的に深層にはたどり付かなかった事になる。本当の事を言えば、エイジ自身も当初は照れくさい様にも思っていたが、冷静に考えれば遅かれ早かれどこかでそんな話があるのであれば、このまま否定しなければ事実と判断されるだろうと目論んでいた。

 

 アリサは気が付いていないが、実際にはアナグラだけではなく外部居住区でも人気はかなり高い。キッカケはあの広報だが、以前の様な厳しい態度は完全に息を潜め、今ではその美貌とあの服装から本人の非公式ファンクラブが発足していた。

 当時であれば然程気にしていなかったが、今はお互いに気持ちも通じ合っている関係上、その状況を好ましくは思わないが態々それを妨害しようとまでは思っていない。アナグラ内部であれば粛清するのは簡単だが、外部居住区の場合は明らかに一般人となるなので、ゴッドイーターがそれをすればどんな事になるのか考えるまでも無かった。

 これはエイジがアリサに対してではなく、その環境に対する嫉妬なので、あからさまに言う訳にもいかず、結果的にはこのまま放置しておいた方が結果的には都合が良かっただけの話でもあった。

 

 

「アリサは僕の事を言われるのは嫌?」

 

「そんなつもりは無いんですが、何となく居心地が悪いと言うか、照れくさいと言うか……やっぱり恥ずかしいです」

 

「それは否定出来ないけど、考え方によっては後々何か言われる位なら、このままにしておいた方が何かと都合が良い様に思うんだけどね」

 

「そうなんですか?」

 

「ここで否定しても、後でやっぱりって言われるなら、肯定した方が今後は何かと気にする必要はないんじゃないかな?アリサが嫌なら取敢えず否定はするけど」

 

「……それは嫌ですけど」

 

「だったら決まりだよ」

 

 何となく説得させられた気分になりながらも、この前までの生活がアリサの中でも良すぎた事を考えると、いくら誤魔化す為は言え否定する気にはなれなかった。エイジには言ってないが、あの日の時点でリッカとヒバリには既にばれている以上、否定するのは面白くなかった。

 

 

「もうお昼だからご飯にしよう。アリサはどうするの?」

 

「特に決めてなかったので、これから考えます」

 

「だったら、皆で食べない?その方が食事は美味しいよ」

 

 アリサにとってもエイジと食べる事に否定するつもりは無く、この前の朝食の事ではないが、皆で食べる食事はいつも以上に美味しく感じていた。それならばとエイジはコウタに連絡を入れ、気が付けば全員がエイジの部屋に集合する事になった。

 

 

「いや~助かったよ。今日は何も考えて無かったからね」

 

「俺まで悪いな。用意大変じゃなかったのか?」

 

 コウタはやはり先ほどエイジに話しかけた用件は昼食の事だった。ソーマは最初こそは遠慮した物の、最終的にはエイジに押し切られた結果、来る事になった。

 

 

「おう、すまんな遅くなった。アリサもいるからついでと言っちゃなんだが、このままランチミーティングにさせて貰うぞ」

 

 

 榊博士からの依頼はそもそも第1部隊への討伐と調査依頼。ここにアリサがいる事で時間の節約とばかりに午前中の任務の打合せと今後の事も踏まえれば、いたずらにミーティングするならば、こんな時の方が効率が良いとばかりにリンドウが食事がてら始める事になった。

 

 

「アリサは今日からだから、詳細については聞いていないだろうから、もう一度おさらいだ」

 

 アリサが原隊復帰した時点で既にミッションに出ていた関係上、内容については何も聞いていない。改めてその内容を聞けば、やはり異常とも言える内容だった。

 そんな中で特筆するのは、コアを摘出しても再び動き出す点だった。討伐後は速やかに撤収しないと最悪の場合は全滅の可能性が含まれている点だった。

 

 

「話だけ聞けば信じられませんが、これが事実だとすれば今後の対処が重要になりますね」

 

「この辺りは榊博士の話だとコアを調べない事には何とも言えないらしい。俺たちとしては早急なコアの回収が第一となる。その関係で従来の様なローテーションを組むのではなく、場合によっては随時出撃する事になる。各自休める時にしっかりと休めよ」

 

 

 ランチミーティングと言うには些か重い内容ではあるが、やはり不死とも言える存在を楽観視する事は出来ない。今後の事も考えればこの措置はある程度仕方ないと言える内容だった。

 食事が終われば、あとは休憩とばかりに各々が自分達の行動の為に部屋を出るが、今はエイジの部屋に食後の休憩とばかりに全員が居る状況だった。

 

 

「実はこの話を聞いたのは今朝なんだよ。最初は何も分からなかったんだけど、リンドウさんが放浪している際に見つけて討伐したらくてね。そう考えると厄介なアラガミだよ」

 

「確かに厄介ですね。私も気を付けてミッションを遂行します」

 

「万が一遭遇した場合は、僕らが出動する事になってるからね」

 

 会話の最後には先ほどまでの殺伐とした空気が一転し、何だか甘い空気が漂っていた。全員が既に食事が終わっているので、これ以上は何もいらないとなるものの、この前の件から学習したのか、コウタやソーマもあえて何も言う事は無かった。

 

 

「君たち、今はミーティング中だから、それは終わってからにしてくれないか?」

 

 この空気を破ったのはリンドウだった。気が付けばコウタとソーマは目線すら合わせていない。そんな中で、アリサは思い出したかの様に、リンドウに確認する。

 

 

「リンドウさん、アネットさんから聞いたんですが、今アナグラにはとある噂が流れているみたいですね?」

 

「噂?どんなだ?」

 

 真面目に聞いていたはずだが、リンドウの表情は何も知らない風を装っているのは明白だった。リンドウの目は面白い事を見つけた様な目をしている。

 当初は気が付かなかったアリサだが、その眼を見た瞬間に出そうとした言葉が詰まった。

 

 

「…いえ、その、あの……」

 

「大丈夫だよアリサ。さっき言った通りだから気にしても仕方ないよ」

 

「エイジ、さっきって俺が来る前に何か言ったのか?」

 

「大した事ではないので、大丈夫です」

 

 ここで話は終了とばかりに言われる事で、これ以上の追及は何も出来ず何となく残念そうなリンドウの表情を尻目にこれから準備があるのでとミーテイングを打ち切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、アリサじゃない。もう体調は良いの?」

 

 ミーテイングが終了し、これからミッションがあるので部屋から移動し、今まで緊急では無かった書類の作成とばかりにアリサはロビーに来ていた。既にいくつかのミッションが受注されているのか、神機使いや職員の数は既にまばらになっている。復帰初日だからと体を慣らさんばかりに動いた所で呼び止められていた。

 

 

「ジーナさん。今日の任務はもう終わったんですか?」

 

「終わったと言えばそうなんだけれども、途中でキャンセルになったみたいなのよね。だから今は暇なの」

 

「珍しい事もあるんですね。私はもうすっかり元に戻りましたから大丈夫です。色々とご心配をおかけしたみたいで、すみません」

 

「詳しい事は分からないけど、大変だったみたいね。あの当時は部隊長レベルは皆深刻な表情をしてたから」

 

 緊急特化条項の影響で、事の深層を知る者は僅かではあったが、当時の事は誰もが知っていた。明らかに異常とも言える雰囲気と、本来であればこの極東支部内の事であれば大よその事を知っているはずのヒバリでさえ口をつぐんでいた。

 当時のアナグラの状況を知らないアリサにとっては申し訳ない気持ちしかなかった。

 

 

「ごめんなさいね。そんなつもりで言った訳ではないの。ただ、今のアリサを見てたら確実に良い状況になってる事だけは分かったから。やっぱり恋人が出来ると違うみたいね」

 

 何となく落ち込んだ空気はジーナの一言で霧散していた。

 

 

 


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