神を喰らいし者と影   作:無為の極

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外伝30話 (第77話)極秘会談

 幸せを感じている時間はアリサが思って以上に早く過ぎ去り、気が付けば任務の為に既にエイジは屋敷には居なかった。昨晩の事は今でも恥ずかしい気持ちで一杯だが、これ以上引きずると自分にも良くないのは間違いないとばかりに気を引き締め直す。

 ここに来た当初の事を思えば、過ごした期間は短いが、中身は随分と濃く感じていた。気が付けば大車が植え付けたはずのトラウマはかなり薄くなっていた。人間の心理は複雑な様で単純な部分が多分にある。短いながらに過ごした屋敷での生活はアリサのこれまでの価値観を一気に塗り替える結果が要因の一つとなっていた。

 今後の懸念材料にならない為にもアリサは一つの決断をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだかいつもと違うような……」

 

 それなりの長さがあった休暇からアナグラに戻ると、何だかいつも以上に懐かしさを感じていた。前回の任務の内容があまりにも重すぎた事も原因の一つなのは間違いない。しかし、このロビーの光景はそんな事だけでは言い表せない様な有様となっていた。

 誰がとかではないが、一部の新兵がミッションに出ていないにも関わらず、見た目の消耗の度合いが著しく大きかった。本来であればこんな事は中々起こらない。その疑問を解消すべくエイジはヒバリの元へ向かった。

 

 

「ヒバリさん。暫く見ない間に何だかロビーの雰囲気がかなり違うんだけど?」

 

「実は……」

 

 何気ない質問ではあるが、この答えを知っているヒバリは苦笑しながらもエイジの疑問を解消すべく、この数日の事を簡単に話した。どうやらツバキ教官はあの時の事を実行したらしく、対象は新兵は勿論の事、上は一部の曹長クラスが対象となって新カリキュラムが導入されていた事が原因だった。

 

 

「そんなに厳しい内容なの?」

 

「詳しくは分かりませんが、話だけ聞くとかなり厳しいみたいで。今までの訓練が簡単すぎたと思えるレベルらしいですよ」

 

 カウンターから見れば、まさに死屍累々とも思えるような新人がおぼつかない足取りで歩く姿が次々と見えていた。恐らくは現場に出るまでツバキは完全に鍛えるつもりなんだろう。ではないと、このまま出れば確実に待っているのはアラガミに捕喰される未来しか残されていなかった。

 

 

「そう言えばエイジさん。あれ、有難うございました」

 

「使い心地はどう?」

 

「ナオヤさんから聞いたんですが、中々良いですよ。あれなら……」

 

「ヒバリちゃん!今晩なんだけど、予定はどう?」

 

 エイジとヒバリの会話に割り込んで来たのはこれから哨戒任務出る予定のタツミだった。何気に食い込み気味なタツミの相変わらずな反応にエイジも対応に困った。

 

 

「ヒバリちゃんは俺のなの。お前はアリサがいるから良いだろう?」

 

 タツミの何気ない一言に周りに居た他の神機使いや職員の動きが止まった。今タツミが言った言葉は何なのか?その事実を確認すべく、全ての視線がエイジを突き刺す。

 その視線を受け、今度はエイジがヒバリを凝視した。

 

 

「私は何も言ってませんよ。ただ、こうなんだろうなって事だけは言いましたが」

 

 今後の事も考え、エイジからの非難を避ける為にヒバリはあえて事務的に話をする。その背後では何となくざわついた空気が流れているが、一々気にする事もなく客観的な事実として流す。この反応そのものが、先ほどのタツミの発言の裏付けとも取れていた。

 

 

「ヒバリさん。それは誰かの情報なんですかね?」

 

「ああ、それでしたら…」

 

 事実、そうであったとしても態々公表するつもりは全くないにも関わらず、何故かタツミが知っていると言う事実。一体誰が言ったのだろうか?心当たりが多すぎた為に容疑者を絞り切れない所で新たな女性の声が聞こえて来た。

 

 

「久しぶりね。もう休暇は良かったの?」

 

 声の主は妊娠で一時脱退していたサクヤだった。妊娠からかなりの時間が経過したのか、腹部に膨らみが見え始めていた。どうやら検診の為にアナグラに来ていたようで、久しぶりに見たエイジのせいなのか、いつも以上の満面の笑みがそこにはあった。

 

 

「そう言えばリンドウから聞いたわよ。アリサと一緒で良かったわね」

 

「え、あ、そうですね」

 

 どうやらこの事実をタツミに伝えたのはリンドウだったらしい。納豆の恨みなのか、単に悪ふざけの一環なのか、今のエイジに判断する事は出来ないが、今度見かけたら納豆をまた食べさせようと心に誓っていた。しかし、目の前のサクヤはリンドウから聞いただけなので対処に困った。なぜなら先ほどの会話がこの場に居た人間全員が聞く事によって、その場の時間が停止したかの様な空気が漂っていた。

 本人が認めた以上、噂は事実へと昇格している。しかも、以前にリンドウが話していた事が記憶に蘇る。

 

 

『サクヤがさあ、妊娠する事で嬉しさはあるけど、刺激が足りないって言ってたな』

 

 

 この事実と、今のサクヤの表情から察すればエイジをいじる事で刺激への不満解消を目論んでいるようだった。データのアーカイブ以外に娯楽が少ないこの時代では、特定の色恋沙汰は日常のスパイスとなっている。

 いくら忙しくて、疲労困憊であっても他人の事になれば興味以外の何物でもない。まさにその事実を自分自身で体感する事になるとは予想できなかった。その為に、この状況を引き起こした原因を探るべく、敢えて質問と違う答えを返してみた。

 

 

「アリサならまだ療養中ですよ」

 

「あら、そうなの?朝食時には元気な姿が見れたって聞いているわよ。私もたまには呼ばれたいんだけど」

 

 どうやらこれはリンドウから色々と聞いたからこその問いかけでは無く、単に自分だけ仲間外れにされた事で拗ねているのではと改めて予測できた。あの件に関してはこちらから呼んだ訳では無く、あちらから一方的にやって来た話なので、エイジに言わせれば事実無根と言っても差支えが無かった。

 確かにあの時の食事は楽しかった。今までの中で部隊の人間同士での食事をする機会は少なく、あんな事が今後も続ける事が出来れば嬉しいと思っていた。

 

 

「皆の時間が合えば、僕としては問題ないですよ」

 

「そう。じゃあ、その際にはヨロシクね」

 

「ところでサクヤさんはあれ食べたんですか?」

 

 エイジの指すアレが一体何なのか、この場にいる人間は一部を除いて理解する事が出来ない。今いる中で知っているのは恐らくヒバリとタツミなんだろう。その単語が出る事で顔の表情が何となく変わっていた事を見逃さなかった。

 

 

「美味しかったわよ。リンドウにも食べさせたけど、嫌いみたいだけどね。梅干もありがとうね」

 

 その言葉から察すると、どうやらサクヤのお眼鏡には叶ったらしい。まずはこの危機を脱出できたと胸の内で安堵感を確かめていた。

 

 

「すみません。エイジさん、榊博士がラボに来てほしいとの事です」

 

 ヒバリからの案内で漸く、今まで時間が停止していた空間が動き出し、元に戻る事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やあ、休暇明けにすまないね。ちょっと今回お願いしたい任務があるんだ。今回の対象なんだが、どうやら新種みたいでね。その調査と同時に発見したら討伐してほしいんだ。その際には必ずコアの取出しも必須なんだ」

 

 榊の新種の言葉に今まで喧騒の中にいた雰囲気は消え去り、一気に任務に赴く顔に変貌した。新種であれば状態や攻撃方法、弱点など情報と呼べる物が何一つ無い。本来であれば調査した後で対策を立案するが、今回の対象は通常とは一味も二味も違うと存外に聞こえていた。

 

 

「コアに関しては当然の事だとは思うんですが、今回の新種に関して何かあったんですか?」

 

「今回の件に関しては今後の事もあるから、間違っても討伐時にコアの破損だけは避けてほしいんだよ」

 

 榊の迫力ある表情に一瞬たじろぐも、新種ならば解析の為にコアの摘出はある意味当然とも思われていたので、榊の発言に関しては些か不明瞭な部分があった。

 

 

「あー、その件だが、実は俺が目撃してるんだよ」

 

 エイジの表情から判断したのか、口を開いたのはリンドウだった。ロビーでの事をここで持ち出す事は無く、真剣な表情を崩す事は無い。しかも、今回の新種に関してはリンドウが目撃しているとは言うが、交戦履歴は無いはず。新種であれば第一発見時に名称が確定するのがフェンリルとしての見解だった。

 

 

「それっていつの話なんですか?」

 

「正直、口に出したくはないんだが、腕輪が破損した後に遭遇してるんだよ」

 

 この一言に、リンドウだけではなくエイジでさえも顔を顰める事になった。発端はアリサの洗脳によるリンドウ襲撃事件。通称『蒼穹の月』の任務後の話だった。

 当時の話は無明からは何となく聞いていたが、詳細については何も知らされず、リンドウの生還が一番だった為に当時の記録はリンドウの記憶以外に何も残っていない。

 まさかそんな頃に遭遇しているにも関わらず、今までに一度も遭遇していなかった事に驚きを隠せなかった。

 

 

「リンドウ君の話だと、そのアラガミは今までと決定的に違う特徴があるんだよ。正確に確認した訳じゃないが、どうやらコアを抜き取った後も霧散せずに動くらしくてね」

 

「コアを抜いてもまだ動くんですか?」

 

「詳しい原理が解明できない以上、現状としてはそのコアの解析が最優先となるね。討伐後の帰投準備中に背後からガブリでは寝覚めも悪いだろ?」

 

 ミッションで一番気が抜けている時間帯。それは任務完了後だった。

 任務前や任務中に集中が途切れる事はないが、完了後であれば話は別問題となる。事実、任務中に他のアラガミが乱入されても、割と問題なく討伐出来るが、完了後の乱入に関しては驚くほど負傷者が出ているのは紛れもない事実でしかなかった。

 

 アラガミによっては命を落とす事もあり、事実として研修の中にも完全に帰投するまでは気を緩ませてはならないとまで言われている。そんな中で背後から討伐したはずのアラガミが復活となれば、目覚めが悪いだけでは済まない事になり兼ねなかった。

 ゴッドイーターも人間である以上、誰もが自分の経験則と言う物を重視する傾向が強く、その経験は任務をこなす事でしか積み重ねる事が出来ない。そんな経験則を無視する存在を放置すれば犠牲者は更に増える事になる。そうならない為にも新種のコアの剥離は必須条件だった。

 

 

「この件に関しては俺が必ず入る。今回ノメンバーはお前以外にはソーマとコウタとで出る予定だ」

 

 本来、討伐部隊でもある第1部隊が調査する事は少ないが、内容が内容なだけに最新の注意を払っての任務となる。従来のやり方とは大きく異なるも、今後の事を考えればある程度は止む無しと考えるのも仕方なかった。

 

 

「いつになるかは分からないが、場合によってはスクランブルがかかるから、それを頭に入れておいてくれ」

 

「了解しました」

 

 衝撃的な事実にいつも以上の緊張感が走る。これが本当ならば事実上の不死のアラガミと言える存在。そう考える事で更に気を引き締める事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「話は変わるが、エイジ君。君はそうやら面白い物を作ったらしいね」

 

 今までの話が嘘だったかの様な軽い気持ちで榊が話しかけていた。面白い物に関しては心当たりは無く、一体何の事なんだろうと改めて話を聞いた。

 

 

「面白い物ですか?」

 

「そう、例の納豆だよ。作り方は理論上は分かっていたんだが、作り方はかなりシンプルなんだね。近い将来されは極東の名産になるかもしれないね」

 

 納豆の話を聞いた途端、リンドウの顔が変化していた。先ほどサクヤのお眼鏡に叶ったと言う事は、恐らくは自室で食べたのだろう。ロビーでの件はこの事で相殺されたのか、エイジは少しだけ溜飲が下がった。臭いはともかく、栄養価を考えれば非常に優れた食品である事に変わりない。偶々米を収穫したあとの藁の有効活用の為にアーカイブから情報を拾って実際に作ってみたのがそもそもの始まりだった。

 

 

「榊博士としてはやはり、有効な手段だと思いますか?」

 

「栄養価も製造コストも基本は安価で出来るからね。ある意味コストパフォーマンスはかなりの物だろうね」

 

「榊博士。あれは臭いがちょっと……」

 

「それは発酵食品の宿命みたいな物だから、仕方のない事だよ。僕としては初恋ジュース・プロジェクトの第2弾として考えているんだ」

 

 アナグラを恐怖のどん底に陥れた、ある意味伝説の飲み物。ファンシーとも言えるピンク色の見た目に騙されて飲むと、強烈な味わいから倒れる物が続出し、最後には発売禁止にまでなった代物。

 まさかあのプロジェクトが新たに進むとなれば、おそらくアナグラ内のゴッドイーターはおろか、全職員までが猛反発する事は考えるまでもなかった。誰もがアナグラ中の職員から恨まれたくはない。その為にはこの時点で計画を潰す必要があった。

 

 

「あれはまだ未完成なので、これから改良する必要がありますから、もう少し時間を頂けると助かります」

 

「そうなのかね。実に残念だ」

 

 エイジの一言に、榊は残念な表情を見せながらも、今後に期待とばかりに、一時的に計画を取り下げる事に成功していた。誰も知らない所で殺人級の計画が進んでいるとは誰も予測する事は出来ない。回避に成功した事で、間接的にアナグラ全職員の命を人知れず救っていた。

 

 

「今回の事は仕方ないとしても、極東支部としては常に新商品を作って行く必要があるからね。無明君ばかりでは申し訳ないから君にも期待してるよ」

 

「わかりました。今に始まった事ではありませんが、新商品に関しては色々と試作段階の物も含めて早く商品化出来るようにしたいと思います」

 

 極東支部としても技術の独占をするつもりは無いが、ある程度物流が良くなれば、他の支部でも現地生産が可能となる。味わいは地下工場と露地物が同レベルになる事は無いが、そうなれば資本獲得の優位性が崩れる。そうならない為にも常に新商品を発表し続ける事になってくるのだろう。そんな事を考えながらも話は続いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「簡単だが、ブリーフィングをする。今回のアラガミだが……」

 

 今回の新種の調査はリンドウは主となって動くが決定しているが、それ以外は未定のままだった。何せ交戦経験が無いだけではなく、コア剥離後も動く事が可能との観点から、このブリーフィングは極秘とも言える様に進んでいた。

 本来であればロビーでも事足りる内容だが、その特性上、他の神機使いにまで動揺させる必要が無い為に、態々人気のない場所を選んでいた。

 

 

「以上がそのアラガミの特徴だ。質問はあるか?」

 

 リンドウの問いかけにも、見た事も無いアラガミを予想しながら戦う事は少なくないが不死となれば別問題となる。今までにない緊張感が部屋中を漂っていた。  

 

 

                    


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