神を喰らいし者と影   作:無為の極

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外伝28話 (第75話)女子会・再

 朝食騒ぎが治まり、漸くアリサの様子見をダシに来たリンドウ達はアナグラへと戻って行った。

 当初はこんなに寄り道しても大丈夫なのかと確認したものの、どうやら帰投の際に立ち寄る申請が出ていた様だった。納豆に関しては何か思う所があったのか、幾つかの試食として梅干とセットでリンドウが持ち帰っていたが、その後の事を知る術は今のエイジには無かった。

 恐らくは休暇明けに何らかの反応を見る事が出来るのだろう事を想像し、そこに笑みが生まれていた。

 

 

「エイジ、どうかしたんですか?」

 

「さっきの納豆と梅干なんだけど、リンドウさんに幾つか渡したから、きっとアナグラでも何か反応があるかと思うとね」

 

「……まあ、そうでしょうね。でも私はもう要りませんから」

 

 何かを思い出したのか、アリサの表情は何処か冴えない。確かに癖はあるが、ある程度の臭いがクリア出来ればもう少し普及するのでほとエイジは考えていた。

 

「もう出すつもり無いから大丈夫だよ。個人的には改良したいから食べるけどね」

 

「でも臭いが気になるのでやめてほしいです。じゃないと……スした…に気に……」

 

 語尾が徐々にゴニョゴニョと小さくなり、自分で何を言ったのかが分かったアリサはそれ以上何も言えなかった。しかし、真っ赤になった顔を見れば何が言いたかったのか理解したエイジはそれ以上の事を話すのは止めようと、何も言う事は無かった。

 

 

「とりあえず休暇中だけど、ここでやる事もあるから少し席を外すけど、アリサはもう寝てなくても大丈夫?」

 

「一晩寝たらある程度は回復したんだと思います。もし良ければエイジを一緒に行動しても良いですか?もし機密とかあるなら遠慮しますが」

 

 気持ちが通じ合ってまだ一日も経っていない。このまま寝ているだけは勿体ない事だけは昨晩から考えていた。恐らくアナグラの日常から考えると、ここでのゆっくりとした時間を二人で味わう事は、可能性を考えればこの先そう簡単にあるとは思えなかった。

 勿論それだけではない。事実、この屋敷の事はこの離れの部屋と、精々が大広間と温泉位しか知らない。

 始めて来た際には色んな建物があるのは知っていたが、ウロウロする事は良くないだろうと判断した為に、これを機に色んな所を見て回りたいとの欲求が優っていた。

 

 

「アリサさえ良ければ大丈夫だけど」

 

「ぜひお願いします」

 

 特に断る理由も無ければ、エイジ自身も何となくアリサと一緒に行動したいと考えていた矢先の提案だった為にそのまま同行する事になった。

 アリサは知らなかったが、ここでのエイジに人気は恐らくアナグラなんて目じゃないのだろう事を理解していた。この屋敷にはそれなりの年齢の人間は居るが、どう見ても30代以上の人影が見えない。

 事前に聞いてはいたが、ある程度自立が出来れば自分達の中でも各個とした何かがあるのか、ここに居る事は少ないと聞いていた。その結果、ここに居るのはまだ10歳にも満たない少年、少女が圧倒的だった。

 そんな中で現役ゴッドイーターで部隊長まで勤めているのであれば、憧れの眼差しはある意味当然とも思えた。

 

 

「エイジはここでは大人気でしたね」

 

「休みだから、ここまで出来たけど普段は無理だよ。あとはナオヤもいるから、あいつの方がもっと大人気だよ」

 

 行く先々で、剣術や体術の稽古に指導、更には料理に舞踊とあらゆる事で捕まり、気が付けば時間は既に夕方近くになりつつあった。途中で軽食はつまんだものの、まともな食事とは言い難くこれから晩御飯の支度があるとばかりに疲れた表情を一切見せずに厨房へと向かっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあリッカ。今晩って何か予定入ってる?」

 

「う~ん。特に予定は無いかな。どうかしたの?」

 

「リッカが良ければ今晩、家でご飯でもどうかと思ってね?」

 

「家って誰の?」

 

「屋敷だけど」

 

 終業間近の時間帯に差し掛かり、今日は突発的な任務が無かった為に技術班も定時には終われる。そんな雰囲気が周囲に漂い始めていた。

 ここアナグラでは緊急ミッションは日常茶飯事の為に突発的な任務が多く、またその結果として任務終了後の技術班は戦場の如き忙しさに襲われる。しかしながら、ここ数日は例の事件からの反動なのか、恐ろしい位に平和とも感じられる時間が日常となりつつあった。

 その結果として終業後の時間に大幅なゆとりが出る事になっていた。

 

 

「ふ~ん、分かった。でもこの格好でも良い?」

 

「どこかに遊びに行くならだけど、来るだけなら別に構わないし。明日までは凄腕のシェフが常駐してるから、今がチャンスなんだよ」

 

 屋敷とシェフの単語から一体誰の事を指すのか、リッカは瞬時に理解していた。先日解決した非公式の緊急ミッションに加え、当事者が休暇中であれば推理するまでも無い。そんな事も思いながら、よく考えれば明日は非番だった事も思い出されていた。

 ここ数日の激務から漸く解放され、技術班も同様に休暇がローテーションで組まれていた。

 

 

「だったら、もう一人追加で良いかな?」

 

「連絡すれば大丈夫だから、問題ないよ」

 

「じゃあ、現地集合って事でヨロシク」

 

 あれは何か企んでるなと思いながらも、下手にツッコミを入れれば自分にも何かしらの被害が出ると判断したのか、そこには一切触れずに素早くナオヤは端末に向かって連絡を入れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱりエイジがいる間はメシの事を考える必要が無いから気楽だよ」

 

「コウタみたいな事言わずに自分でやれよ」

 

 来客があるからと連絡を受けたエイジは、せっかくだからと割と手間のかかる料理を選んでいた。自分が食べるだけなら事前に調理した物で済ますが、今は休暇中の為に時間だけはある。

 ならばと、これを気に色んな物を試しながらも持て成す準備だけはしっかりと行っていた。当初、誰が来るのか分からずじまいに加えて、自分も今はここの一員だからと浴衣姿のアリサが出迎えた先には、帰って来たナオヤだけではなく、そこにはリッカとヒバリも一緒に居た。

 

 

「エイジ、これってこの前の埋め合わせのつもりなの?」

 

「そのつもりだけど」

 

 何とも言い難い様な表情を見せたリッカがあの時エイジに言ったのはフルコースの料理だったはず。しかし、目の前に出された物を見れば明らかに会席料理とも言える品々だった。

 

 アナグラとは違い、屋敷の厨房には食材の利用に関しての制限はあまりない。任務達成と同時に久しぶりに作るからと気合を入れ過ぎた結果がこうだった。

 

「埋め合わせって?」

 

「ちょっとだけエイジに借りがあっただけだよ」

 

 リッカはヒバリにそう言いながらも、改めて出された料理を見ていた。

 確かに東西のカテゴリーを条件を付けなかった以上、会席料理も間違いではない。少し損した様な気分になったが、その味は恐らく外部居住区の高級店で食べるよりも間違いなく上等な物に違いなかった。

 

 

「でも私まで良かったんですか?」

 

「ああ、今更一人増えた所で大した手間はかからないからヒバリさんも気にしなくて良いよ」

 

 彩も豊かな八寸を横に置き、その隣には野菜の蒸し物や魚のあえ物、その脇には魚のつみれを使った椀物、メインには天麩羅が置かれ、ここはどこの旅館だと言わんばかりに机の上一杯に置かれている。横に座っていたアリサは朝のメニューを思い出し、こうまで違う物が作れるのかと驚きを隠せなかった。

 食事をしながらアナグラの状況や他にも色んな事に会話が弾み、食事の後はリッカ達女性陣はこれから女子の時間とばかりに3人で行動する事になった。

 

 

「あのさ、今晩ここに泊まっても良いよね?」

 

 今思い出したかの様に、リッカは振り向きざまにナオヤに話かける。同じ年代の女子が泊まって良いなんて聞かれれば本来ならば動揺するが、生憎ここは屋敷であると同時に来客用の部屋も離れもある以上、驚く様なイベントは一切起こる事はない。言い出したリッカもそれは百も承知だった。

 

 

「来客の予定は無いから大丈夫だよ」

 

「は~。そこは、挙動不審になりながら返事をする所じゃないの?」

 

 企みが不発に終わったのか、それとも単にからかいたかったのかは分からないが、リッカの発言はさも当然とばかりに簡単にスルーされていた。あまりにあっけらかんとしたナオヤの言葉は、まるで何が言いたいんだとばかりに言っている様にも聞こえる。それが何んだと返事をされた事があまり面白くなかった。

 

 

「俺の部屋に来るなら違ったかもな」

 

 ニヤリと笑い、そのままそっくり返されれば、言葉に詰まり顔を真っ赤にしたリッカは何もそれ以上何も言えなかった。赤面した顔が雄弁に語る。

 反撃は成功したとばかりにナオヤは自室へと戻った。

 

 

「じゃあ、浴衣用意しておくよ。2人共同じ物で良いよね?」

 

 まるで従業員かの様な段取りにリッカとヒバリは驚くが、そもそも予定らしい予定は組んでいないので、このままここに泊まっても何も困る事は無かった。普段から来る機会が無いからだけで無く、アナグラでは中々話しにくい事が幾つもある。

 であれば他には聞こえない様にアリサの部屋が良いとばかりに今晩の宿泊先が決定した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえアリサ、ひょっとしてエイジと何かあった?」

 

 お湯につかり、一息入れた途端に何も考えていなかったアリサは、にやけた表情をしたリッカの質問の意図が分からず、返事に困っていた。誤魔化す事も考えたが生憎とリッカはその考えを読んだのか、アリサから聞き出すまでは離すつもりはないらしく、浴槽の中での距離を徐々に詰め寄ってくる。

 

 

「ど、どうしたんですか急に?」

 

「何となくなんだけど、いつもと2人の空気が違う様な気がしてたんだけど、何かあったのかなぁなんてね」

 

「リッカさんもやっぱりそう思いました?」

 

 そんなやり取りをしていると、ヒバリまでもがお湯につかりながら会話に参入してきた。その眼はまるで、いじりがいのある何か面白い物を見つけた様にも思え、無意識のうちにアリサは心の中で身構えていた。

 

 

「最初はあれっ?て思ったけど、何となく距離感が近いと言うか親密な感じと言うか、何となくそんな空気がある様に見えたけど」

 

 ここでの会話は戦場で培った経験や勘が働く事は残念ながら何も無かった。アリサは気にしていなかったが、他から見れば簡単に分かるらしい。

 改めて勘の鋭いリッカからどうやって回避するのかを考えながらの会話を心掛けていた。まさかこんな所であの時の出来事を話す訳にも行かず、思い出を大事にしたいと考え、この局面を打破すべく話題をそらす選択をした。

 

 

「シオちゃんだってエイジとは距離感が近いみたいですよ」

 

「シオちゃんはどちらかと言えばソーマじゃないの?あの懐き方は尋常じゃない位だからエイジとは違うよ」

 

 選択肢は残念ながら間違っていたようだった。そんなアリサの思いを無視したのか、なおも追撃とばかりに他の方位からアリサへの攻撃が続く。

 

 

「この素晴らしい兵器でエイジにせまっちゃった?」

 

 リッカの手がアリサの豊な双丘に伸びるが、これは素早く腕でガードする事で回避に成功していた。

 

 

「あの任務の前と比べたら、確実に何かが変わってました。やっぱり同じ一つ屋根の下に居たので何かあったと考えるのが妥当かと」

 

「まさかとは思うけど…ひょっとして、やっちゃった?」

 

「まだやってません!」

 

「ヒバリさん。聞きました?まだですって」

 

「きっとアリサさんの中では予定があるんですよ」

 

 これ以上の会話は危険以外の何物でもなかった。既に何かを話しているのか、意識はアリサから離れている。このチャンスを活かすべく、アリサは行動を開始していた。

 

 

「これ以上はのぼせると拙いので、私はこれで出ますから」

 

 リッカの攻撃を凌いだ結果、ヒバリの攻撃が直撃していた。あまりのピンポイントな攻撃と真剣そのものとも言えるヒバリの表情に、これ以上は危険と判断し戦略的撤退とばかりに温泉から出る事で難を逃れる事に成功していた。

 

 しかし、アリサはこの時リッカ達の表情を見逃していた。逃げた先は檻の中である事に気が付くのはここから少しだけ先の話だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 逃げたはずの先には、まさかここに泊まって行くとは想定していなかったのか、冷静に考えれば、脱衣所に浴衣が置いてあった事に気が付かなかったアリサは、うかつにも肝心な部分を見落としていた。既に3組の布団が敷かれている。一つはアリサのだが、残りの二つは紛れも無くリッカとヒバリの物だった。

 

 これを見たアリサは既に逃げ場は無いと悟り、結局の所はエイジとのキスした話を言わざるを得ない状況に追い込まれながらも、反撃とばかりにヒバリにはタツミとの、リッカにはナオヤとの話をする事で寝る時間すら忘れての恋バナによって夜は更けて行った。

 

 アリサだけではなく、リッカやヒバリもこんな事をするなんて事は想像していなかったのか、楽しい時間はあっと言う間に過ぎ去って行った。

 

 

「いや~昨日は楽しかった」

 

「また、機会があればやりたいですね」

 

「何だか私だけ辱められた気がします」

 

 朝の様相は三者三様ではあったものの、これもまた違う意味での気持ちの切り替えになるのではと朝食を取った所で二人は帰路に着く事になった。

 

 

 


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