神を喰らいし者と影   作:無為の極

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外伝27話 (第74話)異文化体験

「おーいアリサ。もうだいじょうぶか?起きてるか?」

 

 

 エイジとの気持ちが通じ合った最初の朝を迎えた相手はエイジではなくシオだった。

 相変わらず勢いよく襖を開き、元気一杯の笑顔で起こしに来ていた。時間は分からないが外はかなり明るく、恐らくはそれなりの時間が経過している事だけが理解出来ていた。

 

 

「シオちゃんおはようございます」

 

「おはよーアリサ。もう朝食が出来るから来てくれってエイジが言ってたぞ」

 

「着替えたら直ぐに行きますと伝えておいて下さい」

 

「りょーかーい。みんな待ってるから早く来てな」

 

 トタトタと足音を立てながらシオは機嫌よくエイジ達がいる部屋へと歩く音を尻目に、アリサは今まで来ていた寝間着から、部屋着とも言える浴衣に着替え直していた。

 以前にも来た際に思った事だが、この屋敷では意外と洋服を着ている人が少なく、恐らくはアナグラから来た人位しか見た事が無かった。現にシオもここでは浴衣を着ている。前回初めて来た際にも着替えは浴衣が用意されている事から、ここではこれが平時の服だとは感じていた。

 ここに運ばれた際には今まで来ていた服はボロボロだったので着替えさせられていた事は間違いないが、その後来ていた服に関してはどうしたのだろうか?そんな事を考えながら浴衣の帯を締めなおし、寝間着から浴衣へと着替えていた。しかし、ここでよく考えれば重大な事をアリサは見落としていた。

 

 

『運ばれた際に、一体誰が私を着替えさせたのだろうか?』

 

 

 目を覚ましてからは色んな事が一度に置き過ぎた結果、盲点とも言える部分を見落としていた。しかしながら、今更そんな事を考えた所で時間は戻らない。ならば行ったついでに確認すれば良いだけとばかりに、アリサはうろ覚えながらに着替えて皆の所へと急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはようございます」

 

 挨拶と共に襖を開ければ、そこには何故かリンドウとソーマ、コウタがエイジ達と一緒に座っていた。昨日の時点ではリンドウは居たが、ソーマとコウタは居なかった。

 後で聞いた話だが、今回の事件に関しては緊急特化条項によって同じ部隊の人間でさえも詳細については知らされていない。にも関わらず、何故ここに2人が居るのか今のアリサには疑問しか出てこなかった。

 

 

「アリサ、元気そうだね」

 

「元気そうでなによりだ」

 

 何も知れされていないのか、それとも知らされた結果なのかは分からないが、二人の表情を見る限りではある程度の事は知っていると判断する事が出来た。表面上の言葉ではなく安心した様子がうかがえる程には言葉の端から感じる事が出来ていた。

 このメンバーはアリサが最初から一緒に戦ってきたメンバーである以上、ある程度の気心は知る事が出来る。そう考えアリサは空いている席へと座った。

 

 

「皆さんのおかげです。もう身体の状態は良くなってきているので、あと数日はここで過ごして原隊復帰出来そうです」

 

「ここに居るとアナグラには戻れなくなりそうだろう?」

 

 経験者は語るのか、それとも当時の事を思い出しているのか、リンドウも一時保護された際にはここで数日間過ごしていた。あの時点では既にサクヤが居たものの、やはりその時の様子はここで顔合わせした際の頃を思い出させていた。

 

 

「リンドウさんほどじゃありませんから大丈夫です」

 

「手厳しいなアリサは。ま、無理はするな精神的な疲労は簡単には癒される事はないからな。休むのもある意味仕事のうちだ」

 

「わかりました。ところで何しにここに来たんですか?」

 

 先ほどのシオの台詞からも自分達以外にだれかが居る事は理解していたが、まさかこのメンバーがここに居るとは想定していなかった。特に変な事を言われた訳ではないが、何となくだが皆の表情を見る限り、アリサには嫌な予感だけがしていた。

 

 

「哨戒任務が終わったついでに、アリサの様子見がてらメシ食いに来たんだよ」

 

 リンドウからの何の配慮も遠慮も無い言葉にアリサはやっぱりかと、らしいとの気持ちが存在していた。しかし、このメンバーでの食事なんて今までに殆ど無かった事を思い出したのか、折角だからとの気持ちを持って食事をする事にした。

 

 

「おまたせ。シオ、手伝ってくれる?」

 

 朝食の準備はエイジがしたらしく、お盆の上には色々と食事の準備がされたであろう物が乗っている。シオもお盆から茶碗を各々の前に置きながら全員の前に準備し、一緒に食べる事にした。

 用意された中で、アリサの物だけが他とは違い、なぜか茶碗ではなく土鍋になっている。アリサ以外のメンバーは中身を予想しているので突っ込む事も無く改めて目の前の食事に手を出していた。

 

 

「やっぱりエイジのメシは旨いな」

 

「コウタもたまにはまともな物食べたら?」

 

「まあ、そうなんだけど人に作ってもらった方が旨く感じるじゃん」

 

 和気あいあいとした空気の中で食べる食事は一人で食べるよりも美味しく感じられていた。事実、無言で食べているはずのソーマの横でシオがソーマの玉子焼きを横取りし、それを頬張りながら話をしている。

 リンドウも会話の前に、まずは腹ごしらえとばかりに食べる中で味噌汁をすすりながら焼き魚をつつき、ご飯を食べている。そんな当たり前だと思える中でアリサが一人疑問を持ちながら土鍋の中身を見ていた。

 

 

「とりあえず消化の良い物と思ってお粥作ったけど、口に合わなかった?」

 

「お粥は美味しいんですが、一つ気になる物が入ってるんですが、この赤い物は何のジャムですか?」

 

 アリサの一言で、皆がお粥の入った土鍋を見ていた。ここ極東では古くから伝わる保存食だが、アリサは今まで見た事が無く赤い色から推測するに、ジャムか何かだと思いながらも箸はつけていない。

 この場で知らないのはアリサだけで、皆はそれが何であるのかは知っていた。

 

 

「アリサ、女は度胸だ。取敢えず食べれば分かる」

 

「リンドウさんはこれが何なのかは知ってるんですよね?」

 

 何となくだが、面白い物が見れるかの様な爽やかな中に胡散臭さが同居した表情をしているリンドウに警戒しながらも、エイジの作る物に間違いは無いとばかりに一気にそれを口の中に入れた。

そしてその後直ぐに激しく後悔する事になり、それが皆の爆笑を誘う事になる。

 

 

「……アリサ、大丈夫?」

 

 エイジの心配気な声は果たして届いているのだろうか?この場で用意された物は極東に伝わる梅干。しかも、蜂蜜を使って付け込んだ物では無く、古くから伝わる手法で作られた物である為に、そこに甘さは全くない。

 純粋に梅酢と塩、赤紫蘇で作られた一品だった。人間誰しも想定した味と違った場合、間違いなくその味わいは大きく異なる。アリサは当初何かのジャムだと判断していた。

 どんなジャムであっても基本は砂糖を使う以上、どんな味でも甘いと思っていたが、梅干はその対極とも言える塩と酢が原材料として使用されている。その結果アリサの口の中は想定外の味わいに混乱していた。

 本来であれば口から直ぐに出すが、こんな状況下で出す事は出来ない。何よりも同じような物をシオが満足そうに食べている事からこのまま吐き出す事は無理だと瞬時に判断したのか、涙目にも構わずそのまま無理矢理飲み込む事にした。

 

 

「リンドウさん。知っててこれ勧めたんですよね?」

 

 酸っぱさから逃れる様にお茶を飲んだアリサの顔を見て、皆が状況を察したのか笑顔は直ぐに消え去っていた。しかし、勧めた張本人でもあるリンドウはアリサに対して意にも介さずそのまま話を続けた。

 

 

「いやな。この屋敷は極東地域の前身でもある、まだ日本と呼ばれた頃の伝統文化を割と継承している所があるから、折角ここに療養してるならその文化に触れるのも悪くはないだろう?少なくとも俺の知ってる限りじゃ、こんな事が体験できるのは極東ではここだけだ。食事だけじゃなく、今来ている浴衣もその流れなんだよ」

 

 初めてここに来た際に、温泉に初めて入りその後浴衣を着た事を思い出していた。その当時でさえ異文化に触れた事を嬉しく思い、今となっては良い思い出になりつつある。

 確かに横に座っているエイジもここでは洋服ではなく着流しとも言えるスタイルが多く、またそれが十分すぎる程に似合っていた。

 

 

「それは…そうですけど。それならそうと、これはこんな味だと言ってくれても良かったじゃないですか!エイジも知ってて言わないのはどうかと思います!」

 

 当初はエイジも梅干の事は言うつもりだった。この極東でも苦手としている人は少なくないので、知らないのであればなおさら説明する必要があると考えていた。しかし、アリサの様子とリンドウの表情からこのままの方が良いのではと、結果は何となく分かっていたがアリサがどんな反応をするのかを楽しんでいる事もあり、敢えて何も言わなかった。

 

 

「でもさ、シオだって梅干食べてるから大丈夫だろ?」

 

「ちょっとコウタ、あなたはどうなんですか。これ食べる事出来るんですよね!」

 

 助け舟を出したはずが、その船はどうやら泥舟だったのか、コウタの表情が一気に変わる。このメンバーに中でアリサは知らなかったが、コウタは梅干を苦手としていた。

 

 

「コウタはうめぼしキライなんだよな。食べてること見たことないぞ」

 

 ここに来てシオの追い打ちがコウタの首を絞める。アリサの手には土鍋に入った物では無く、他の容器に入って居る丸々とした大粒の梅干があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 嫌がるコウタの口に入るだけ梅干を突っ込み、漸くアリサも溜飲が下りたのか、再びお粥を口にしている。席の向こうではコウタが必至でご飯とお茶を口にしながら酸っぱさと戦っていたが、それを指摘し笑う物はこの場には誰も居なかった。

 

 

「まあ、アリサもその位にしたら?一応クエン酸を含んだアルカリ食品だから疲労回復の効果も期待できるし、これは保存食としても優秀なんだよ。何だかんだと長期保存が利くから便利なんだよ」

 

「でもそれ位の説明はあっても……」

 

「そうだ。梅干があれなら、もう一つ面白い物があるよ。最近になって漸く作る事に成功したんだ」

 

 頬をふくらますアリサをなだめ、エイジは思い出したかの様に厨房へ足を運んでいた。今回の件から再び他のメンバーを見るが、何も知らされていないのか全員がキョトンとした表情をしている。

 唯一、コウタだけが先ほどの影響からまだダメージが抜けないのか疲れた表情をしていた。今度は何が出てくるのかと、そんな事を考えていると今度は小鉢に入った何かが人数分お盆に乗せてある。この時点で知っているのは恐らくエイジだけだろう。何かを察知したのか、ソーマも何となく嫌な顔をしている。

 

 

「これ、苦労したんだよね。これもある意味極東ならではの食べ物だよ」

 

 この時代では見る可能性は皆無とも言える食べ物。見れば何かの豆が糸を引き、何となくだが独特な臭いがしている。知らない人間が見れば、それは確実に腐っているのではと勘違いする事間違い無しの代物だった。

 

 

「なあエイジ、この豆は腐ってるのか?」

 

「なに言ってるんですかリンドウさん。これは腐ってるんじゃなくて発酵してるんですよ。だってこれ納豆ですよ?」

 

「めちゃめちゃ糸引いてるけど、それ大丈夫なんだよな?」

 

 若干引き攣った様な表情を見せながら、まさかこれを食べるなんて言わないよなとコウタが目で訴えるも、エイジはそれを見事にスルーし何事も無かったかの様に話を続けていた。

 

 

「ああ、これに薬味としてネギと醤油で混ぜて食べると美味しいよ。本当は生卵も良いけど生食はダメって人もいるだろうからね」

 

 あまりにもあっけらかんと言われると、それ以上の反論をする事は誰にも出来ない。一通りの説明が終わったからなのか、エイジは薬味を混ぜて何も考えずにそのまま食べていた。糸を引いているそれは、明らかに見た目からして美味しそうには見えなかった。

 それに続くかの様に興味津々だったシオが口にし、その後無理矢理勧められたソーマが口にしていた。

 

 

「すまん。俺は無理そうだ」

 

「好き嫌いなんてリンドウさんらしくないですよ。これは古くから伝わる製法で作ったんで大丈夫ですよ」

 

 これにはリンドウも顔を顰めながら食べる事を拒否していた。無理やり食べさせられていたソーマは気のせいか顔が青ざめている。恐らくそんな表情を見たのは初恋ジュースを飲んで以来だろう。

 それを見たアリサは意趣返しとばかりに笑顔でリンドウに詰め寄った。

 

 

「リンドウさん。異文化体験って大事ですよ」

 

 そこには悪い笑顔をしたアリサが背後に阿修羅を背負っていた。そんな風景を見ていたエイジは平和で何よりだが、これを理解されるのは難しいのだろうかと一人今後の改良に向けて食べていた。

 

 

「いや。俺はもう腹が一杯だから……」

 

「まぁ、そう言わずに。遠慮なんてらしくないですよ」

 

 結果的には無理矢理食べたものの、匂いが気になるのか糸を引く食感が嫌なのか、リンドウは何も言わなかった。意外な事に梅干がダメだったコウタは恐る恐る食べていたが、結局は平気で食べ、残す所はアリサのみとなった。

 

 

 

 

 

 

 

「………これは食べ物ではありません。きっとアラガミが進化した物です」

 

 

 これを機に第1部隊では納豆の話題はタブーとなっていた。そしてこの気持ちをアナグラにいる連中にも味わせてやりたい。そんな気持ちがここに居た人間全てに何となく芽生えていた。

 

 

 


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