神を喰らいし者と影   作:無為の極

73 / 278
外伝26話 (第73話)共通の思い

「アリサ、起きてる?」

 

 アリサの腕から点滴が外れ、ゴッドイーターの身体能力が発揮されたかの様な勢いでアリサの体調は急激に良くなっていた。本来であれば回復には時間がかかるかと思われていたが、点滴に何か投与されていたのだろうか、その結果アリサは劇的な回復を見せていた。

 エイジの声に一度は着ている浴衣の襟をチェックし、改めて返事をする。そこには穏やかな表情をしたエイジが入って来ていた。

 

 

「もうすっかり良くなったみたいです。皆は帰ったんですか?」

 

「今はリンドウさんとツバキ教官位かな。まだ兄様と話しているよ」

 

 

 辺りは日も落ち、夜の帳がハッキリと分かる程に薄暗くなった部屋の照明の為にエイジはアリサの部屋を訪れていた。本来であればアリサ自身が出来る事だが、部屋にはそれらしいスイッチが無い事を思い出したのか、エイジは照明の確認がてらの様子見でもあった。

 

 

「もう点滴はいらなそうだね。明日からは軽めの食事を出すから、しっかり食べると良いよ。何か必要物があれば持ってくるけど、大丈夫?」

 

「私は大丈夫です。ただ……少し身体の事もあるので、シャワーを浴びたいです」

 

「だったら、確認しておくよ。温泉もあるから短時間なら大丈夫だと思うよ。お湯につかれば少しは違うだろうから」

 

 オラクル細胞の影響なのか、完全では無いにしろアリサ自身は既に大丈夫だと思ってはいたが、あまりにもエイジが心配するので敢えて大丈夫だと言う事は無かった。

 今までの経験の中でここまで心配された事は自身が招いた結果とは言え、極東に来て以来殆ど無かった。そんな事もあってか今は少しだけエイジの優しさに甘える事にした。

 

 

「あの……」

 

 先ほどはシオの乱入により、結果的にはそのまま終わったがアリサの中で少しだけ不可解な事があった。感応現象は誰かの意識が一方的に来る訳ではない。むしろ状況によってはお互いの内容が瞬時に交換されるので、アリサ自身の事だけではなく、同じ様にエイジの記憶もアリサに流れ込んでいた。

 

 

「どうしたの?」

 

「感応現象の事なんですが、一瞬だけエイジの記憶も私に流れて来たんです。ほんの一瞬ですけど…」

 

「何が見えたの?」

 

「少しだけでしたが、子供の頃のエイジが見えました」

 

「じゃあ、アリサには分かったんだね」

 

「…はい」

 

 エイジに限った話では無い物の、この時代の中でお互いに触れられてほしくない記憶の一つや二つは誰にでもあった。それに関してはエイジであっても例外ではない。

 本来であれば外部居住区とは言え、フェンリルの保護下に置かれているのが当然と思われていたが、アリサが見た記憶にはそんな場面は一度も無かった。恐らくはこの時代にはまさかと思う可能性が一番低い、もしくは考えたくない行為がそこにはあった。

 

 

「毎回アリサの記憶を見るのは不公平だからね。良いよ。多分見たのは子供の頃に両親が殺された事でしょ?」

 

「ええ。そうです」

 

 アリサが見た場面はまさにエイジが指摘した通りの場面だった。この時代ではアラガミに食われた結果、両親が共にいなくなる事は割とよくある話だった。しかしながら、エイジが体験したのはアラガミでは無く同じ人間に殺されていた場面だった。

 

 アラガミ防壁が無い場所では常に死と隣り合わせの中で何とか生きて行くのが精一杯の状況の中で、配給も無く僅かな食糧を手に生き延びる事が当たり前の世界だった。そんな中でその僅かな食糧の為に一部の人間に殺害され、その集団から放り出された所をエイジは無明に保護されていた。その後は厳しい鍛錬を続けた結果が現在に至っていた。

 エイジ自身も記憶はしているが、この事実を口にしたいと思った事は一度もなく、アリサ自身は知らなかったが、エイジがこの話をするのはアリサが初めての相手だった。

 

 

「なんで、エイジがそんなに強いのか何となく分かりました」

 

「別に強いなんて思ったことは一度も無いよ。ただ、後悔しながらの人生なんて御免だからと、今日しかないと覚悟して努力した結果だよ」

 

「私が思った以上の内容だったので驚きました」

 

「この話は誰も知らないから、内緒だよ」

 

「そうだったんですか!でも良かったんですか私に話して?」

 

「アリサだったから話しても良いのかと思ってね。アリサの過去ばかり知るのもあれだし」

 

 自分で話した言葉に何故か顔を若干赤らめながら自分の感情を持て余し、明かりを付けに来た事を思い出したのか、薄暗くて助かったとばかりに腰を上げようとした時だった。

 

 

「私もエイジの事が知れて嬉しかったです。だって……」

 

 アリサはこの後何を言おうとしていたのか一瞬だけ戸惑った。こんな所でまさかそんな話が出来るなんて思っても居なかった。

 今は薄暗い部屋の中には二人だけしかいない。しかも立ち上がって照明をつければ、エイジはこのまま去って行くだろう事は容易に想像できていた。その為にエイジはここに来ていたのだから。

 果たしてこんな時に話をしても良いのか、先ほどの感応現象の光景でエイジには敢えて言わなかったが、子供の頃以外の事も実は見えていた。原因は分からないが、心臓の鼓動がやけに大きく感じる。言葉の端を飲み込み少しばかりの沈黙が場を支配していた。

 

 そんなアリサの葛藤を察知したのか、エイジも何か言いたげだったのかは分からないが、浮いた腰を落としたのか改めて立ち去る事は無い事だけは理解できていた。

 ここからどうしようと悩んだ所で改めてエイジの手がアリサの頭を撫でていた。撫でられた頭から感じる物は単に同情なんかでは無い事が感じる。アリサにはそうとしか思えなかったし、それ以外に思いたくなかった。

 今のエイジはどんな表情をしているのだろうか?そんな疑問と共に、この自分の中に湧き上がる感情がエイジもそうなのか希望も込めて確かめたいと改めてエイジの顔を見た。

 

 

「アリサ」

 

 たった一言だけだったが、その言葉に同情ではなく、愛情がこもっている事だけは理解したと同時にエイジに優しく抱きしめられた。この時点でエイジが何をどう考えての行動なのかアリサには知る由も無かった。

 しかし、抱きしめられる事で自分自身が嫌だと覆う気持ちは微塵も無く、大車に囚われてからのトラウマに対する感情が少しづつ和らいでいる気がしていた。

 暖かい気持ちで溢れている事だけは理解する事が出来る。抱きしめられている為にエイジの顔がかなり近い。お互いの目が合った瞬間アリサは目を瞑っていた。

 その瞬間、唇には柔らかな感触と共にじんわりとした暖かさが伝わる。時間にすれば僅かな時間なのかもしれないが今のアリサのは十分だった。

 

 

「アリサ、好きだ。ずっとそばに居てほしい」

 

「順番が逆ですよ。エイジ、私もです」

 

 薄暗い中でのキスはお互いの顔の表情を少しばかり隠す効果があった。お互い照れる事も少しはあったのかもしれないが、アリサはまだ療養中。それ以上の事は何も出来ないし、するつもりも無かった。

 これ以上はここに居るのは何かと拙い気がしながらもその場に留まっていた。幸福は与えられるだけでは無く与える事でお互いが感じられる事が出来る。今の二人にはそう感じ取られていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろ戻るよ」

 

 此処に居たい気持ちはあるものの、これ以上ここに居れば間違いなくリンドウから何か言われる事を推測し、名残惜しい気持ちを後にエイジは立ち去って行った。

 残されたアリサも時間の経過と共に徐々に先ほどの行為に対して意識しだしたのか、ぬくもりを感じた唇を触り一人布団の上で枕に抱き付き足をバタつかせながら顔を赤くし、嬉しさ半分、恥ずかしさ半分のまま気持ちを落ち着かせようとしていた。

 ここにヒバリやリッカが居なくて良かった。二人には申し訳ないが、今のアリサにはそんな気持ちで一杯だった。

 

 

 

 一方、アリサの知らない所でエイジも同じく動揺を隠しきれずにいた。最初に頭を撫でた時にはそこまで考えた上での行動では無かった。ただ、あの時に感じたのはこのままだとアリサが居なくなるのではとの思いと同時に、潤んだ目を見てから自然と出た行動だった。

 入隊当初から今に至るまでに完全に過去との決別が出来た訳ではない。当事者はエイジ自身が手をかけた以上、悪化する可能性は無いが、それでも簡単にトラウマが克服出来るなんて楽観はしていない。そんな思いが不意に溢れた結果でもあった。

 今のエイジには後悔の気持ちは何も無い。このまま徐々にでもトラウマが消え去って欲しいと考えながらも、到着までに気を引き締め直そうと人知れず歩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アリサの具合はどうだった?」

 

「いえ、特に問題は無いですが、シャワーを浴びたいとの事でしたので、お風呂についてだけは教えておきました」

 

「そうか。まあ、短時間なら大丈夫だろう。手配だけはしておく。それと食事だが、暫くはお前も休暇ならアリサへの準備だけはしておいてくれ。屋敷の人間に負担をかける訳には行かないからな」

 

「分かりました」

 

 アリサの状況報告をしている所で、リンドウが何か言いたげな事があったのかエイジの顔を見ていた。当初はまた何か言われるかと心の中で身構えたが、その表情は真面目そのものである以上、何か確認事項があるのかと思い、素直に確認する事にした。

 

 

「リンドウさん。どうかしたんですか?」

 

「いやな、さっき無明と話をした際にお前の話が出たんだが、あの大車と戦った時に何か見えなかったか?」

 

「見えなかったですか……そう言えば兄様に聞きたい事があります。バーストモードに入った時や集中力が高まった際に白い線の様な物が見えるんですが、あれは一体何なんですか?」

 

「それか……便宜上は心眼と呼んでいるが、あれは極端な話をすればあの線の通りに刃を立てればその通りに致命傷を与える事を意味する。線の入り方は急所を捉えている事が多いから、恐らくはそうなんだろう」

 

 今までの経験からある程度予測はしていたが、改めて無明の口からその話を聞き確信した所で、不意にリンドウが思った事を口に出していた。

 

 

「なあ無明、さっきの話を聞いて思ったんだが、それって凄い話じゃねえのか?」

 

「リンドウ、あれは誰にでも見える訳ではないんだ。ある程度の修練と知識が無意識の内に発動するものだから、寝て起きたら使えるなんて代物じゃない」

 

「やっぱりか~。使えるなら便利だと思ったんだがな」

 

 どうやらエイジがアリサの所へ言っていた際に戦闘時の動きが変わった事を感じ、まずはエイジに確認すべく戻って来た所で聞くつもりだったのだろう。確かにあれが常時利用出来るのであれば、今以上にアラガミの討伐が楽に出来ると考える事も出来る。そんな希望を持って無明に確認した結果、まさかの利用不可の返事だった。

 話だけ聞けば恐らくは一朝一夕で習得出来る様な技術ではなく、日々の積み重ねの結果が現れた物だと判断できた。

 

 

「何だリンドウ。そんなにその技術が必要なのか?」

 

「そんな事は無いが、あれば便利だろ?」

 

「ならば簡単だ。リンドウ、お前も今日からその習得の為に訓練するしかないな」

 

 リンドウはこの場にツバキがこの場に居た事を忘れていた。

 あまつさえ無い物ねだりの技術の話が出た結果、今以上の努力が必要となり、それの積み重ねと言われればツバキとしても密かに極東支部でのカリキュラムに導入するのは悪くないと感じていた。今以上の技術があれば、今後の殉職者の数は少なくなると考えたのか、ツバキは真剣に検討し始めていた。

 

 

「あの~姉上。まさかとは思うんですが……」

 

「なんだリンドウ、よく分かったな。言い出したお前も取得したいのだろう?」

 

「いや、そんなつもりでは……」

 

 戦場では頼もしいリンドウもこの場においては既に敵地の真っただ中とも言える状況である事を理解していた。仮に訓練のプログラムが導入され、その理由が自分だと発覚すれば、早晩誰かに恨まれる。その為に全力で話題の修正によって、この場からの逃亡を図る事に決めた。

 

 

「ちょっと用事を思い出したから。俺はそろそろお暇するよ」

 

「そうだな。明日は早朝から哨戒任務だ。ソーマとコウタには伝えてあるから心してかかれ」

 

「……了解しました。姉上」

 

 リンドウは心休まる時間はもう残されていないと判断したのか、この場から撤収する事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えば、大車のデータベースなんだが改めて調べたが、肝心の部分のデータが抜き取られていたが、何か心当たりはないか?」

 

「あの研究は狂気とも言えるが、人体実験の結果に関しては非人道的と言われても内容に関してはまっとうな物だから、研究者からすれば恐らくは喉から手が出るほどの内容だ。

 詳しくは分からないが、今までの事から考えれば一人で出来る内容ではない。いくらテロ組織が関与していたとしても、あの手の実験内容を理解できるとは思えん。となれば……多分、本部絡みだろうな」

 

「幾らなんでも話が飛躍しすぎだろう。まさかそんな……」

 

 無明の飛躍した発言に、ツバキは思わず絶句しそうになっていた。既にヨハネスの事件で一度は関係者を排除したにも関わらず、まだあれから時間はそう経っていない。そんな事実にツバキは思わずこめかみを押さえていた。

 

 

「ツバキさんも知っての通りだが、本部とは言え一枚岩ではない。いくら排除した所で徐々に権力に取り付けれる事はある意味自然なのかもしれない。今はここに火の粉が飛んでこないが、いつどこから飛んでくるのかは予測できない以上、警戒するに越したことはない」

 

 本来であれば考えすぎだと思うが、事実上層部の状況を一番知っている人間が身近に要れば信憑性は段違いとなるのはある意味当然の事だった。今後の事も踏まえればやるべき事はまだ山積されている。

 そう考えると今の体制か早急に変える事が先決となるのは決定事項でもあった。前途はまだ多難である事は二人とも口には出さなかった。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。