神を喰らいし者と影   作:無為の極

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外伝24話 (第71話)心情

 ツクヨミには苦戦を強いられたが、姿形を変貌させていた大車はまるで何の障害も無かったかの様にあっさりと斬捨てる事で戦闘が終了していた。リンドウはその結果に対して驚きを隠せず、無明は今までの成果が出たのだと仮面越しでもエイジの成長を理解していた。

 これで今回の一連の作戦全てが終わる。残すはアリサを救出するだけとなっていた。

 

 

「その先にアリサがいるはずだ。後は回収のヘリを30分後に回す。それまでに撤退の準備をしておくんだ」

 

「了解した」

 

 ツバキも漸く終わったと感じる程に安堵の声が通信機越しに聞こえていた。しかし、今の時点でアリサの容体は不明のまま。拉致からそれなりに時間が経過している事実が無くなる事はない。その為にも無明たちはアリサの囚われている部屋へと急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 遠くで何かが聞こえてる。時折聞こえる大きなこの音が発する物が一体何なのか?大車はどうなったのか?虚ろな状況ながらにアリサは思考を止める事は出来ないでいた。一度思考を止めれば次に自我を持つ事が出来る保証はどこにも無い。そんな最悪の未来だけは迎えたくない一心での意思表示だった。

 遠くで何かが聞こえている。今のアリサにはそれを感じるのが精一杯だった。

 

 

「くそっ!」

 

 エイジは今までの戦いが嘘だったかのようにアリサの部屋へと急いでいた。拉致から潜入の実行までに時間が経過しているのと同時に、ここへ来るまでに多数の戦いを繰り広げた関係で既に時間の概念は何も無かった。

 無明やリンドウは知らないが、大車のアリサへの執着が強い事はこのメンバーの中でエイジが一番良く理解している。これまでの時間の経過と共に大車が何もしていないはずがない。エイジは走りながらも確固たる自信があった。

 その背景がある為に今は一刻も早くアリサの元へと走り続けた。

 

 

「アリサ!大丈夫か!」

 

 開く時間すら惜しいとばかりにスライドするドアを蹴り飛ばし強引に扉を開ける。エイジの目に飛び込んで来たのは手足を拘束され、何か処置を施されていたのか衰弱しきったアリサの姿がそこにあった。

 

 

「落ち着けエイジ。まずこの拘束具を外してからだ。リンドウ、周囲に何か無いか探してくれ。薬物の可能性もある」

 

「ああ」

 

 少し遅れて無明たちが部屋に届くと同時に現状の確認を優先させていた。この時点で脅威となる物は何一つ無いが、万が一の事も考え周囲の状況を確認する。この場には既に敵対する気配は何も感じられなかった。

 

 

「大車がどんな処置をしたかはここでは分からんが、衰弱している以上、直ぐに処置する必要がある。帰投の連絡はしてある。エイジ、アリサを抱えて脱出するんだ」

 

「分かりました兄様」

 

 持っていた刀で手足のワイヤーを素早く切り裂き、アリサを横抱きにして抱えた瞬間だった。エイジの中で突如、何かの映像が見えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえアリサ、これからは同じ部隊なんだから仲良くしましょ」

 

「仲良くも何もあなたが勝手に付き纏ってるんじゃないですか」

 

「嫌だなアリサは。そんな風に私の事を見てたの?何だかショック」

 

 この風景をエイジは見た事が無かった。横抱きにした瞬間、感応現象が発生する事でアリサの記憶の断片が出て来た事を唐突に理解していた。

 以前の様な両親が目の前で捕喰されたシーンではなく、この時点ではロシア時代の事だとだけ理解出来た。アリサと話しているのは同じ年齢の女性なのか、右腕にはゴッドイーターの証でもある赤い腕輪が装着されている。この時のアリサの表情は当時の事に比べれば明るくなっているのが直ぐに理解できた。

 口では嫌がって居る様にも見えたが、表情はおだやかな笑顔がのぞいていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「このままじゃ二人ともやられる。私はここで時間を稼ぐから、アリサは応援を呼んで来て!」

 

「それじゃオレーシャが!」

 

「今は無線も通じないから支部には連絡出来ない。ましてや私がこの状態じゃアリサに迷惑がかかるから」

 

「でも…」

 

「でもじゃない。応援が来るまでの時間位は何とか稼げるから、今はとにかく急いで。早く!」

 

 オレーシャと名乗る女性とアリサは一体のアラガミと対峙していた。急遽乱入してきたのは大型種のヴァジュラ。オレーシャと名乗った女性はどうやら足を負傷しているのか右足を庇っている様にも見えていた。

 確かに言葉通りであれば2人が逃げるよりも、この場に誰かが残った方が生存率が高いのは間違い無かった。先ほどの映像から時間はかなり経過しているようなのか、少しだけあどけなさは消えている。恐らくはそうだろうと推測が出来ていた。

 

 極東でもよくあるケースなのは想定外のアラガミが戦場に出没した場合だった。乱入された場合、真っ先にやるべき事は冷静になる事。そうすれば自ずと次の行動は何が求められるのかが判断出来る。混乱をきたしたままでは仮に部隊が残っていたとしても、それは単なる烏合の衆でしかない事実があった。

 新人から中堅レベルだと最悪の事態を招く可能性がある事はエイジも知っていた。事実、オープンチャンネルによる応援要請で何度も出動していた身としてはこの場面の結果は見るまでも無く理解していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんでオレーシャが」

 

「アリサ。気持ちは分かるがあの状態では誰が言っても間に合わない。これは仕方ない事なんだ」

 

「オレーシャはそれを知った上で私に言ったとでも言うんですか?」

 

「残酷かもしれないが、そう考えるのが自然だろう。足を負傷した状態での撤退戦は余程の力量が必要なんだ。客観的事実として言えば、今のアリサでは力不足と言わざるを得ない」

 

「なんで私が……」

 

「アリサ、それがオレーシャの願いであれば、その願いを全うするのが約束じゃないのか?それじゃオレーシャが何の為にアリサに指示を出したのか分からなくなる」

 

「私はオレーシャを見殺しに……」

 

 この光景が何を示すのか今の時点では判断する事が出来なかった。しかし、これがあの惨劇の後のトラウマとなっている事だけは何となく理解出来た。そう考えていた途端に現実へと意識が急速に戻されていた。

 

 

「どうした?何かあったのか?」

 

「いえ、何も無いんですが今アリサの過去が急に頭の中に」

 

「感応現象が発生したんだな。その件は戻ってからだ。今はアリサの事だけ考えておけ」

 

「なんだ。アリサを抱いた感触に浸ってたんじゃないのか。その辺りは帰ってからお兄さん詳細を聞きたいな」

 

「茶化すなリンドウ。そろそろ到着するぞ」

 

「へいへい」

 

「ツバキさん。これで作戦は完了した。アリサは衰弱しているが、命に別状は無いだろう。本来ならばアナグラにと言いたい所だが、他の影響を考えれば屋敷で保護の方が無難だろう」

 

「そうだな…緊急特化条項はまだ解除していないのであれば仕方ない。榊博士にはその旨伝えておこう。このまま下手に騒がれる位ならマシだろうな」

 

 ツバキの手配したヘリに乗り込み、ここで本当の意味での奪還作戦が幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アリサ君の容体はどうなんだい?」

 

「到着時に衰弱はしてましたが、それ以外の部分で薬物等の成分は発見されていません。今は点滴を打ちながら安静にしてますが、今後の影響を考えると数日は様子見と言ったところでしょう」

 

「そうかい。君が言うならそうしてくれるとありがたいね」

 

 奪還の結果は瞬時に関係者に伝えられ、全員が安堵する事になった。帰投直後にいくつかの検査はしたものの、脱水症状に近い以外は薬物チェックでも問題は無く目覚めるのは時間の問題とも言える状況だった。

 既に帰投直後の喧騒から外れると同時に緊急特化条項は解除されている。アリサは屋敷の内部で療養している事だけが一部の関係者にだけ告げられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どこかで歌が聞こえる。この声は一体どこからなんだろう。私は確か大車に……

 

 

 意識が徐々に浮かび上がるかの様な感覚と共にどこからか綺麗な歌声が聞こえてくる。記憶の混乱とは一切関係ないとばかりに染みる様に聞こえる歌に、アリサは漸く目を覚ました。

 

 

「ここは?一体どこ?」

 

「ここは屋敷の離れだよ。おはようアリサ。目覚めはどう?」

 

 誰も居ないと思い呟いた一言から返事が返ってくるとは思わず、声の方向へ顔を向けるとそこにはエイジの姿があった。

 

 

「…えっと……」

 

 この時点でアリサは軽く混乱していた。意識が途切れ途切れになっている事は自覚しているのでその記憶を少しづつ繋いでいく。全てが繋がる事で漸く事態の結果を理解する事が出来た。

 

 

「あの…エイジが助けてくれたんですか?」

 

「正確には兄様とリンドウさんと3人だよ」

 

「そうですか。あの…ありがとうございます」

 

 記憶もおぼろげながらも助かった安堵感と記憶が定かでは無かった部分からくる不安でアリサの心情は混乱の極みとなっていた。一旦は落ち着こうと顔を下に向けた瞬間、両目から不意に涙がこぼれていた。

 

 

「あの、私…私……」

 

「ひょっとしてオレーシャの事?」

 

 エイジの何気に一言にアリサの身体は僅かにビクついた。エイジには一度も話した事がないロシア支部での事実。しかもトラウマとなる様な内容だった事を思い出すよりも唐突にエイジの口から言われた事に驚きを隠せず、涙がその影響で突然止まっていた。

 一体どこからその情報を入手したのだろうか?アリサは色んな可能性を考えるも、心当たりが無い。それ以上考えた所で無意味だと思い始めた際に、改めてエイジから語られた。

 

 

「実はアリサを運ぶ際に感応現象が発生してね。その時に見えたんだ」

 

「……そうでしたか」

 

「ねえアリサ。本当に自分が悪いと思っていたの?」

 

「いえ、そんな事は思っていません。ただ…ただ…あの時何でなのって思ったんです」

 

 エイジは色々と一気に聞きたい事もあったが、病み上がりのアリサには酷だとばかりに、ゆっくりと会話を進めその先を促す。自身の中に燻ってる思いを軽くするならばいっそのこと吐き出した方が結果的には良い方向へと向かう事をエイジは知っていた。

 アリサもそんな雰囲気を読み取ったのか、ロシア時代を思い出すようにゆっくりと話始めた。

 

 

「エイジは見て気が付いたかもしれませんが、実はロシア時代の事なんです……」

 

 過去に何があったのかをゆっくりと時間をかけながら話出していた。当時何があったのか、そしてその結果としてトラウマになった出来事。そしてそれを大車につけこまれた事。

 今のアリサに取って苦しくも思い出したくない部分までもが話の内容として出ていた。苦しみに歪む表情を見たエイジは一旦は止めるも、アリサはそれを拒否しそのまま思いの丈をただひたすらに話していた。

 

 

「そっか……辛かったね」

 

 何も口を挟む事無く、時間をかけて話を聞いてくれたエイジからはただ一言だけ言われ、不意に頭を撫でられた矢先だった。

 

 

「エイジ!……おー!アリサ目覚めたんだな!そっか、よかったな。じゃあ、とうしゅの所へ言いに行ってくるぞ」

 

 突如部屋にやって来たかと思いきや、スパーンと勢いよく襖を開き第一声をあげたのはシオだった。ずっとアリサの元にいたエイジを呼びに来たが、目覚めていたアリサを見たからなのか、その報告とばかりに走り去っていた。

 突然の出来事に二人は固まっていたが、今の状況を実感した途端、アリサの頭の上にあった手を慌ててひっこめ顔を赤くしながらも一言だけアリサに告げ、その場を離れていた。

 

 

「ありがとうエイジ」

 

 そのアリサの表情を見た者はそこには誰も居なかった。

 

 


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