神を喰らいし者と影   作:無為の極

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外伝16話 (第63話)緊急

 アリサが走り去ってから20分が経過し、いくら何でも遅すぎるのではと思ったアネットはアリサの端末に連絡を入れ、状況を確認する事にした。

 暫くの間コールするものの、一向に出る気配は無い。まさかとは思いながらも荷物は運送業者に託し、アリサの向かった方向へと走り出した。

 時間から考えればいくらゴッドイーターと言えど街中を早く走る事は不可能に近く、またこの人ごみでは捜索するのは困難とも思えていた矢先だった。

 

 

「アリサさん!何処ですか!返事して下さい!」

 

 周囲を見回した先で、いつも見慣れているアリサの帽子がそこに落ちていた。路地を曲がった所の為に人影は無く、そこには人間の気配を感じる事が出来なかった。

 

 

「ヒバリさん。緊急でお願いしたいんですが、アリサさんの現在位置情報を確認してもらえませんか?」

 

「アネットさん。アリサさんが、どうかしたんですか?」

 

「先ほど女性の叫び声の様な物が聞こえたので、アリサさんが現場と思われる場所に向かったんですが……ここには帽子が落ちていたのと、携帯端末を呼び出しても連絡が付かないんです」

 

「分かりました。直ぐに捜します」

 

 連絡先の向こうでヒバリが息をのんだ様子が端末越しても直ぐに分かった。連絡が取れず現在地は不明であれば考えられる事は限られてくる。恐らくは何らかのトラブルに巻き込まれた事だけが容易に理解出来ていた。

 焦るアネットの声を尻目に、ヒバリは可能性があると思われる事を信じ、ひたすらアリサの居場所の特定を急ぐ。このままではと最悪の事態も予想しながら解析を続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒバリちゃんどうかしたの?」

 

 ミッションの合間に休憩がてらタツミはロビーまで来ていた。ここ最近の組織だった襲撃の為に第2、第3部隊は常時緊張を強いられ結果としてギリギリの状態を維持させられる形となっていた。

 何時もであれば大型種がやってくる事が多かったが、ここ数日は大型の討伐任務が無い代わりに小型種を主導とした頻繁な出動要請に少なからずとも疲労感を覚えていた。

 このままだと近い将来ミッションそのものが困難になるのではとのそんな考えから癒しを求め、タツミはヒバリの顔を見にロビーへと足を運んでいた。

 

 

「タツミさん実は……」

 

「ヒバリちゃん直ぐにツバキ教官に連絡だ!」

 

「ツバキ教官!緊急事態です!」

 

 当初は何時もの通りの様子だったはずのタツミの表情がヒバリからの報告でみるみる内に変わると同時に自分の通信端末から緊急事態発生とばかりにツバキへと報告を急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで全員が集まったな。ではこれから緊急ブリーフィングを執り行う。既に知っての通りだが、本日休暇中にアリサが行方不明となった。現場には帽子以外の物は何もなく、恐らくは何者かに攫われた可能性がある。

 なお、今より緊急特化条項を発動する。今回の件に関しては守秘義務が各々発生するので情報の取り扱いには十分に気を付ける様に」

 

 タツミからの通信は瞬く間に榊博士と無明にも伝わると同時に、部隊長でもあるエイジにも伝えられた。

 緊迫した空気の中ツバキの厳しい声が支部長室の中に響き、呼ばれた人間は嫌が応にも緊張感が高まっていく。既にアリサの失踪から既に3時間が過ぎ去ろうとしていた。

 

 

「今回の事案に関してだが、現在地の特定は出来なかったが、途中までは確認している。ここからは推定なので明確な事は言えないが、今回の拉致の背後にはおそらく何らかの組織的な集団がいる可能性が高く、今後の状況と現在の状況を照らし合わせ捜索、及び奪還に関しては少数で執り行う。

 なお人選についてはこちらで選定する為に、呼ばれた人間は30分後に再度ここに来る様に以上!各自持ち場に戻れ」

 

 ツバキの厳しい声と共に今後予想される事はある程度想像できるが、相手は不明の状態での戦闘はいくら歴戦のゴッドイーターと言えど容易ではない。時間の経過と共に最悪の事態だけが呼ばれた全員の脳裏を横切る。それほどまでに事態は切迫していた。

 全員が一旦持ち場へと戻るが、その場には戻る事も無くエイジだけが残っていた。

 

 

「兄様、今回のアリサの件ですが、志願させてください」

 

「気持ちは分かるが、今回の事案は恐らく今までの中でも厳しい物になる。これはまだ推測の域を出ていないが、ここ最近各支部でも色々と拉致被害が頻繁に出ている。フェンリルとしてはこの事実を認めるつもりは無いが、既に何人かの神機使いまでもがその被害に合っている。今回の件についても恐らくはそれが原因の一端を担っている可能性が高い。それでも行くのか?」

 

「いかなる事実があろうとも、気持ちは変わりません。これは部隊長としてではなく、一人の神機使いとしての判断です」

 

「覚悟はあるんだな。今回の任務は恐らくフェンリルが隠蔽している以上、何らかの暗部に足を突っ込む事になるのと同時に、敵はアラガミだけではない可能性が高い。その手を血で染める覚悟が出来ているんだな?」

 

 この時点で、相手が一体何なのかは榊もツバキも予想していた。しかし、その前提が有り得ないとの考えに囚われ、その事実から目をそらしている事に変わりない。

 ただでさえ、原因不明のアラガミの襲撃をも凌ぐ必要性がある以上、余剰戦力は既に存在していない。そこには厳しい現実だけが待ち受けている可能性が極めて高かった。

 

 

「おい、無明。いくら何でもエイジを連れて行くのは」

 

「ツバキさん。ここは本人の意見を尊重したいと考えている。恐らくは教団が何らかの形で関与している可能性が否定できない以上、アリサの安否は保証できない」

 

「ツバキ君、君の言いたい事は理解できるが、アリサ君はまだ数少ない新型神機使いである以上、早急な対処を必要としているのは間違いない。ここは無明君の言う事を一番と考えようじゃないか」

 

「ですが博士。いくら何でも2人だけでは」

 

「それなら姉上。俺も行くから心配するな」

 

 この緊迫した中で姉上と呼ぶ人間はアナグラには一人しかいない。ツバキが振り返ると、そこには去ったはずのリンドウの姿があった。

 

 

「リンドウ、おまえはこれから産まれてくる子供を抱き上げるのに、その手が血で染められた状態で後悔は無いのか?」

 

「あのな、俺は今ここにいる事そのものが奇跡だと思っている。あの時お前に助けられてなかったら俺はこの場に居ない。だからこそ、お前に恩義も感じているし何かあった時には力になりたいとも思っている。それだけじゃ不満か?」

 

「あの事は恩義に感じる必要性は何も無いと言ったはずだ。今回の事案は間違いなくアラガミだけではない。恐らくは人間も対象になる。万が一の事があった場合、お前に人を斬る事が出来るのか?

 間違いなく殺意を向けられた時に動けないのであれば足手まといになるだけじゃない。ここに居るメンバーの影響も考えろ」

 

 この時点でリンドウを説得する事は恐らく不可能だと思いながらも、なお思い直す様に説得を続ける。ゴッドイーターはアラガミに対峙しても人間の悪意に対する存在ではない。そんな事はリンドウも理解している事は誰にでも分かっていた。

 にも関わらず、この場で食い下がる以上、無明には打つ手が無かった。

 

 

「これ以上の説得は無理のようだな。ここから先は死地に向かうのと同じだ。怯んだ瞬間にその命は簡単に無くなる可能性がある。ゴッドイーターだから大丈夫なんて理論は通用しないぞ」

 

「そんな事は分かっているさ。足は引っ張らないから安心しろ」

 

「これから一旦装備を整えて出発する。ツバキさんには現地のナビゲートを頼む」

 

「場所は分かっているのか?」

 

「直前まで反応があった場所から推測すると、おそらく本拠地はエイジス島だ。ただ、あそこは地下施設で居住できる様な配置になっているはずだから、恐らくはその中のどこかにあるのだろう。後は現地で確認しながら対応する事になる」

 

「だからナビゲートか。分かった、こちらも図面の手配と準備にとりかかる」

 

 ここでのやり取りが全て終わり、これから潜入任務が開始される事になった。

 本来であればアナグラからの直通の通路があったが、崩落と同時にその通路は完全に塞がれ現状はヘリかボートでしか行く事は出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここから先は俺が前線で索敵しながら進攻する。規模はまだ不明だが、教団であろうがテロ集団であろうがアラガミよりも人間の方が攻撃してくる可能性は高い。それだけは頭に入れておいてくれ」

 

「了解」

 

「ツバキさん。聞こえるか?今から任務を開始する。ナビゲートを頼む」

 

「分かった。何が出てくるか分からない以上無理はするなよ」

 

 岸壁から這い登り、通気口とも言える場所から問題なく潜入に成功した。通常の討伐であればアラガミとの遭遇の可能性もあるが、通気口はアラガミが侵入するには狭く、人間がやっとは入れいる程のスペースしか無かった。

 気配を殺しながら少しづつ歩いていた先には、当然とも言える様に、銃器を携えた兵士と思われる一団がそこに存在していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは一体どこ?確かさっきまでカフェの所に居たはずじゃあ」

 

 攫われてから漸く目を覚ましたアリサは一面を見渡すと、見た事も無い景色がそこには広がっていた。

 直前までアネットとカフェで話をしていたが、叫び声と共に向かった先から記憶の糸がプッツリと切れていた。

 時間と共に徐々に記憶は蘇るが、肝心の部分から先が何も分からない以上、今の状況を確認する事を先決とばかりに気配を探っていた。本来であれば直ぐにでも脱出を考えるが、あいにくと手足には太いワイヤーで拘束されているので身動きを取る事が出来ない。

 この時点での逃亡は不可能だと半ば諦めが入ったかのように舌打ちをした。

 

 

「やあ、アリサ。暫く見ない間に随分と綺麗になった様だね。嬉しいよ」

 

 この声を聞いてアリサは苦々しい気分と共に表情が強張っていた。声の主は確認しなくても直ぐに分かる。夢ならば直ぐに覚めてほしいと願わずにはいられなかった。

 

 

 

 


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