神を喰らいし者と影   作:無為の極

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外伝15話 (第62話)忍び寄る脅威

 2人の研修が少しづつこなれて行くと同時に、極東支部では未だ気が付いた者がいないのか、ここ数日の間にミッションの件数が急激に伸びていた。

 当初は研修がしやすいとばかりに討伐をこなしていたが、最近ではその数が異常とも思えるレベルにまで膨れ上がり、新人を中心に疲労だけが徐々に蓄積され始めていた。どんな訓練された人間であっても、休息も無しにこのままの状態が続くようであれば、近いうちに大規模ミッションが発注された場合に被害そのものが甚大になる可能性が予測され、その解消とばかりにローテーションで休息を入れる様に指示が出されていた。

 

 

「ちょっと最近の出撃数はおかしくないか?」

 

「以前にもこんな事があったけど、今回は当時よりも輪をかけて酷いかもね。今はまだ何とか凌げているけど、ここで厳しい物が発注されれば被害がそろそろ出てくる可能性が高いだろうね」

 

「だよな。今は他のチームのメンバーと出てるけど、動きに精彩が無くなりつつあるのが分かるから、この辺りで手を打つ必要があるかもね」

 

 エイジとコウタが漸く一息入れる事が出来たのは、時間が既に夕方近くに差し掛かり周りも漸く落ち着きを見せ始める頃だった。今回はあえてそんな話をしているが、確かにここ数日のミッションには今までにない様な行動パターンのアラガミが増え始め、体力だけではなく精神的にも徐々に疲弊しているのが実感出来ていた。

 だからと言って何もしない訳にも行かず、結果的には複数のミッションをこなしてるのは第1部隊のメンバーが中心だった。

 

 

「任務お疲れ様でしたエイジさん。すみませんが榊博士が呼んでいますのでラボまでお願いします」

 

 疲れた体に鞭を打って、漸くラボに着くと、そこにはツバキと無明、タツミまでもが部屋の中に居た。表情は総じて暗く、この時点で良くない話になる事だけはエイジにも理解できていた。

 

 

「疲れている所すまないね。今回君たちに来てもらったのは、ここ数日に間に起きたミッション件数とその内容なんだ。当初は気が付くのが遅れたので気にもしていなかったが、統計を取ると意外と面白い事が分かってね。それで君たちに来てもらったって訳だよ」

 

 榊の言う通り当初は気にも留めていなかったが、ここ数日の間に決定的に何かが起きている事が判明していた。一番の理由がアラガミの動きが鮮やか過ぎているのか、攻撃方法と撤退の速度が今ままでには無い動きのパターンだった事が判明していた。

 以前、リンドウの神機を体内に入れたままのディアウス・ピターを想像していたが、その当時でさえもここまでの動きを見せる事は無く、今回はそれ以上に洗練されていた。

 そんなパターンを色んな角度から見た結果として榊は一つの仮説を立て、またそれを立証すると同時にある程度の確信と思われる物に突き当たっていた。

 

 

「今回の行動パターンに関しては、ある仮説を立てていてね。その結果なんだが、正直な所僕としては当初有り得ないと判断したんだ。しかし、仮説を立て検証すると一つの可能性が極めて高く、また今回の件については今後考えられる可能性も示しているんだ」

 

 普段であれば、ここまで改まった言い方をする事は無い。そんな事を知っているからこそ発言の方法に全員の心は最悪の事態を想定しながらも凍り付く寸前だった。

 

 

「今回の連続した襲撃なんだけど、おそらくは作為的な物だと仮定すると全部の可能性が一気にクリアになるんだよ。ただ、今の所アラガミをどうやって操作しているのかは判断できないけど、今ままでの行動パターンはまるで一つの軍隊の様にも見えない事は無いね。旧時代にも動物を使って一つの部隊を考えた事があるらしいけど実用的とは言えず、結局は日の目を浴びる事は無かったみたいだね。こんな時に言うのも何だけど実に興味深いよ」

 

 

 誰もがまさかと思う反面、可能性を捨てきる事が出来なかった事実でもあった。

 仮にある程度アラガミの行動をコントロールできるとなれば、戦局は一気に悪化し最終的には全滅の可能性も含まれていた。

 仮説の段階である以上、それが事実かどうかの検証は不可能であるものの、これ以上長引く様であれば他の支部からの増援を依頼した所で結果は何も変わらない事になる。

 ましてやアラガミはコアの剥離が終わればやがて霧散し、その場所には何も残らない。ある意味検証は不可能とも思われていた。

 

 

「榊博士の可能性については否定できない。しかし、今の時点で最悪の事を考えていても何も始まらん以上は最悪の事態の回避、そして可能性を潰す事を先決とする他ない。

 ただ、現状は小型種と中型種に限定されている様にも見えるのが唯一の救いだろう。その小型種を狙って大型種の個体が来る可能性は否定できない。各自それを頭に入れておいてくれ」

 

 これ以上の事は士気にも関わる事となるのであれば、これ以上の追及は必要ない。あとはいかに鼓舞させる事で普段のパフォーマンスを発揮させる事に重点を置く以外に手は無かった。しかし、この状態を良しとはせず、独自に調査する必要性も出ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アネットさん、今日は久しぶりに休みが取れたので外部居住区へショッピングに出かけませんか?」

 

 連続した襲撃も一段落を迎え、ここで一旦休憩を入れて気力と体力の充実を図るとばかりに、ローテーションで各自が休みを取る事になった。普段であれば一人でショッピングに行く事もあるが、ここ数日の連戦の影響からか、ほかのメンバーとのタイミングも合わなかった事から、アネットはアリサからショッピングへの誘いを受けていた。

 

 

「そうですね。特にやるべき事もありませんから、一緒に行きます」

 

 同年代のメンバーであればヒバリやリッカが真っ先に上がるが、今回は期間限定での研修で来ていたアネットと出る事で今までの雰囲気を変えるのと同時にアリサなりに、ここまで激戦になるとは想定していなかったアネットのフォローとばかりに色んな所を出歩いていた。

 普段はアナグラに籠る事が多く、余程の時間にゆとりが無い限りアナグラから離れる事は無かったが、今回厳重な警戒中にも関わらず、今後の事を踏まえての休息なので、緊急出動の可能性は皆無でもあった。

 久しぶりの休暇は想像以上に心を解放する事に大きく貢献し、当初は他のメンバーには申し訳ない気持ちで一杯だったはずが、気が付けば完全にその気持ちが消え去り、結果としてはリフレッシュに大きな成果を果たす事となった。

 

 人間万事塞翁が馬。ここ極東には古くから言われていた故事成語が未だに多数存在している。

 

 戦いに慣れているベテランとは言え、常時神経を張りつめている事は無く、どこかで必ず安定を求める為に時として周囲への警戒が無い事が起きる。戦時中ならばともかく、外部居住区の中ではその傾向がより一層顕著になっていた。

 色んな場所でのショッピングを楽しみ、休憩とばかりに近くにあったカフェに入った時だった。ここぞとばかりに色んな物を買い込んだ2人は出されたコーヒーを口に、買い物した内容やアナグラでは中々言いにくい事をここぞとばかりに話そうとした時だった。

 

 

「あの、アリサさん。さっき何か声が聞こえませんでしたか?」

 

「声ですか?いえ、特には聞こえな……」

 

 アネットからの申し出に改めて周囲の状況を探るかの様に見回していた。当初は気のせいだろうと思っては見た物の、アネットの表情からあまりにも真剣な事が読み取れ、改めて周囲状況を窺った先で僅かに聞こえたのは女性の悲鳴。ゴッドイーター故に気がついたが、恐らくは誰も気が付かないのかもしれない程の声。

 声の主は分からないが、どう聞いても女性の叫び声の様な物が微かに聞こえていた。

 

 

「アネットさん。僅かですけど女性の叫び声らしい物が消えたので、少し様子を見て来ます。すみませんが荷物を見て貰っていても良いですか?」

 

「えっ?アリサさんどこへ行くんですか?」

 

 アネットにそう言い残し、声の元へとアリサは急いで走り出した。

 ここ数日の連戦のブリーフィングの中で、些細ともとも取れる様な話が少しだけ出ていた事を思い出していた。

 ここ数日の間に起こった外部居住区での住人の失踪。今なお原因は不明で一人も戻っていない状況から、アナグラでも対応に追われていた。

 失踪の原因と状況が不明であるのは少なからずとも警戒をする要因でもあった。

 そもそもフェンリルがゴッドイーターに求める物は対アラガミの剣としての機能であって、決して外部居住区の治安維持を目的とはしていない。そんな前提の中で居住区に関する事案は内部での自警団に一任する形を取っていた。

 旧時代であれば犯罪を取り締まる組織があったが、アラガミ出現以降は犯罪を犯す前に自身が食われる可能性が高く、また犯罪が完全に無い訳ではないが数字だけ見ればゼロに近いレベルでもあった。

 統計上の関係もあり、他の支部でも自警団を組織する事によって内部の治安維持に貢献していた。

 

 

「まさかとは思うんですが、念の為に確認しないと」

 

 そう呟きながら現場と思われし場所に着いた途端、背後から何者かによってアリサの意識は奪われていた。この時点で確認する術は何処にも無い。人知れずアリサはこのば場から連れ去られていた。

 

 

 

 

 


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