神を喰らいし者と影   作:無為の極

60 / 278
外伝13話 (第60話)幸福

「そうなんだ。で、何時頃なのかはまだなんだよな?」

 

「兄様からは近日中とだけ聞いてるけど、日程はまだ不明だね」

 

「何にせよ、良い事に変わらないしな。ソーマもそう思うだろ?」

 

「そんな事俺に一々聞くな。まだ戦闘中なんだ。これ以上の話は全部討伐してからにしろ」

 

 今回は珍しく3人のミッションとなった。最近のミッションではこのメンバーでの出動は珍しく、出発前に話されたリンドウの事が話題のメインとなった。

 本来であればいかなるアラガミの討伐であっても、ここまで話をする事は無いが、ここ最近の中では内容な明るいニュースに若干浮足立っていた。事実、表だっての動きは殆ど見られないものの、アナグラの女性陣はサクヤが着るであろうウエディングドレスの事や自身の服の話題で話がまとまり、男性陣はさほど関心が薄いのか、それとも何も考えてもいないのかそれ程でも無かった。

 

 

「やっぱりこれなんか良いと思いませんか?」

 

「でもサクヤさんならこっちの方が良いと思いますよ」

 

 ミッションから帰ると何時もであれば割と静かなはずのロビーに違った形の喧騒にあふれていた。アリサとカノンはサクヤのドレス選びに余念が無いのか、さっきからずっと写真を見ている。既にどれ程の時間が経過したのか、2人の周りにはウエディング以外にカクテルドレスの写真まで散乱していた。

 

 

「あのさ、なんでアリサがサクヤさんのドレス選んでるんだ?」

 

「コウタには関係ありません。女の子の憧れなんですからこんな時位は色々と見たいんです!」

 

 アリサに何気に聞いた言葉に対し、コウタへの言葉は辛辣な物だった。男からすればそれほど大事だとは思っていないのか、事実リンドウもそれに関してはどちらかと言えば消極的だった。

 

 

「コウタ。こう言うのは花嫁が主役だからそれ以上の事は何も言わない方が良いよ」

 

 冷たい言葉を浴びせられたコウタにフォローとばかりにエイジが話す。既にコウタの事は眼中にないのか、先ほど同様に写真を見たまま話しが止まる事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後、2人の結婚式はおごそかにも盛大に取り行われていた。

 当初こそ2人とも遠慮している部分があった物の、アナグラの全職員の総意とばかりに説得する事となりあっと言う間に色んな物が用意される事となった。

 本来であれば任務放棄はあってはならない事でもあったが、現在の所はトップが不在の為に誰も止める事が出来ず、元々無明が用意していた事もあって色んな物が一気に進んで行った。

 女性陣の強い要望もあって、ウエディングドレスも短期間のうちに誰もが納得出来る様なデザインの物が仕上がると同時に、それに対する様にリンドウが着るであろうタキシードまでもが同じように作られていた。

 ここまでであればよくある内容だったが、これ以外に大きなサプライズがあった。本来であればこの時代に大量の生花を用意する事は困難にも近く、また市場に出回っている物があったとしても、それはかなり高価な代物だった。それ故にお祝い事等があれば生花ではなく造花が一般的だったが、これもまた大量に用意されていた。

 

 会場に関しても、当初はアナグラ内部での話もあったが、せっかくの晴れの舞台にそれは有り得ないと、女性陣から猛反発が起こった。その結果、式は外部居住区の内部で執り行う事となった。

 当初は万が一の可能性も憂慮していたが、結果的には憂慮は杞憂に終わり式は滞りなく終了する事となった。

 

 

「これで一段落だな」

 

「よくも、ここまで短時間であそこまで用意出来たものだな」

 

「あれは、元々あった物だったからな。単に手配先を変更しただけで特別何かを用意した訳ではない。あえて言うなら2人の服装位だな」

 

「だが、普通は短時間で用意出来る物でもあるまい」

 

「だから、ちょっとだけお願いしたんだよ。あいつらには言ってないが、実は今回の件は広報部も一枚噛んでるからな。だからこそこんな短時間での製作が可能だったんだよ」

 

 いくら何でも今回の準備期間は常識的に考えれば有り得ない程の早さで実現してた。 ドレスはともかく、一からデザインを起こして1週間もかかっていないのはある意味脅威とも思われていたが、今回の舞台裏を聞いて納得できる部分もあった。

 しかもここで広報部が一枚噛んでる事は誰にも知らされていない事もあり、会場は色々と盛り上がって居る様にも見えた。

 この後は聞かなくても撮影会が始まる事位はツバキも容易に想像出来ていたが、めでたい席の関係上これ以上の事は口に出す事を避けた。

 

 

「当主、うたはどうだった?よかったか?」

 

「シオもご苦労さん。中々良かったぞ。練習したかいがあったな」

 

「そうか。何だかむねがあたたかくなった気がするぞ。なんだかいいな」

 

「それが喜びの感情なんだ。これからもそんな気持ちで一杯になると良いな」

 

 シオの頭を撫でながら話す今の無明はまるで、わが子を褒めるのと同時に教育を施している様にも見えた。

 屋敷にいる住人は本来、外部居住区から漏れた人間を保護し、ある程度の状態になれば独立してく事が圧倒的に多かった。その中にはエイジやナオヤも含まれている。今回も式の途中でシオの讃美歌が響き、より一層雰囲気が作られていた。

 一部の人間は知っているとは言え、アナグラ内部の人間が全員知っている訳ではない。ただ、無明との会話の場面を見る事で誰も疑問に思う者はいなかった。例外としては人気が出ていたシオの歌声を録音出来た広報部の人間が喜んでいた事は誰も知らない。

 

 

「しかしながら、神を喰らう者が神に捧げるのは、ある意味シュールな場面とも言えるな」

 

「この辺りは旧時代からの名残だから雰囲気は必要だろう。それに、これが最後だとは考えたくも無いのが本当の所だからこそ、今回はあえて広報部に連絡を入れたのが本音だな。

 ゴッドイーターと言えど一人の人間だ。今回の様に悩む事も喜ぶ事も一般人と何も変わらない。だからこそもっと理解してほしい物でもあるがな」

 

 そんなやり取りをしているうちに、リンドウ達はブーケトスの準備に取り掛かっていた。受け取った者は次の花嫁になれる。そんなジンクスは今現在も生きていた。

 遠目で見れば既に何人もの女性陣が今か今かと待ち構えているのが見えていた。願わくば今回だけの話ではなく、ここから先に続く者があればと願いながら2人で眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リンドウさん、サクヤさん。結婚おめでとうございま~す」

 

 ここは自分がとばかりにコウタが乾杯の音頭を取り、披露宴は終始穏やかな時間を過ごしていた。式の段階で広報部の人間が来ている事は、前回密着取材を受けた人間は皆知っていた。

 しかしながら、今回は気取る事もなく、単純にお祝いの兼ね合いも広報の一部として画像媒体のみ使用する為に、参加者はいつも通りに過ごしていた。

 

 何時もであればそれなりにしっかりとした食事をしているアナグラのスタッフも、今回用意された料理にはある意味驚きを覚える物が多々あった。食糧事情は他とは比べ物にならない位に良いとは言っても、そこは最終的な料理を作る力量にかかってくる為に、素材は良くても味まではと言った物が多かった。

 しかし今回に関してはそんな事は全くなく、この場にいる一部の人間以外はこのレベルの料理がどれだけの物なのか知る事は無かった。

 普段から支給されている物と同じ食材を利用した物とは思えず、そこに居た全員がしっかりと味わっていた。

 

 

「この料理って誰が作ったんですかね?」

 

 小皿に取ったオードブルを口に運ぶと同時にアリサは驚いていた。ここ最近になってエイジの料理を口にする機会が多々あったが、それよりも深い味わいはただ驚く事しか出来なかった。

 

 

「これは多分、兄様が監修して屋敷の人が作っているんだと思うよ。こんな料理は流石に作れないよ」

 

「エイジでも難しいんですか?」

 

「頑張って時間をかければ出来るとは思うけど、素材と調理のレベルは僕には無理かもね」

 

「じゃあ、いつか同じじゃなくても良いので作ってくれますか?」

 

「良いよ。時間がある時にチャレンジしてみるよ」

 

「2人で随分仲良く何話しているの?」

 

 アリサと話している背後からリッカの弾んだ声が聞こえてきた。どうやら先ほどのブーケトスからテンションが上がりっぱなしなのが容易に分かった。このブーケトスはアリサも参加していたが、肝心のブーケを結果的に受け取ったのは参加していないソーマとなり、周りからひんしゅくを大いに買っていた。

 ソーマ自身苦々しく思っていても既に受け取った物を放棄する事も出来す、結果的にはシオに渡す事で、またもや周囲から生暖かい目で見られていた。

 

 

「この料理の話だよ。流石にこのレベルは無理かもね」

 

「エイジでも無理な物があるんだね」

 

「料理人じゃないからね。精々が趣味の料理に毛が生えた程度のレベルだから、ここからこのレベルを目指すのは無理があるよ」

 

「それは私に対する宣戦布告って事で良いかな?」

 

 この時点で、いくつかの地雷を踏みぬいた事を確認したエイジは助けを求める様にアリサを見たが、残念ながらアリサも該当したらしく味方ではなく敵に回っていた。

 いくらエイジでもここまで背後に般若の顔が浮かんでいる様な二人を相手にする事は無理とばかりに早々に白旗を上げる事を決め、機嫌を直してもらう方向に切り替えていた。

 

 

「今度、何か埋め合わせするから、ここは一つ」

 

 手を合わせ謝罪の意を込めると、漸く機嫌が直ったのかそれともこんな所でと思い直したのか二人は元に戻ったが、残念ながら表情だけ見れば残念ながら目は笑っていない。それを見たエイジは背中に嫌な汗をかいていた。

 機嫌を窺いながらそっと2人を見ると、何だか悪巧みしている様にも見える。いつものエイジであればそんな事に敏感に察知するが、現状ではその様子を窺う事は困難とも思えた。

 

 

「ここは一つ、食事でも驕ってもらおうかな。もちろんフルコース料理で」

 

 リッカの悪い笑みがエイジを見るも、そんな程度であればと思った矢先にアリサからの要望がエイジの顔を引きつらせる事になった。

 

 

「悪いと思うならエイジから、何か私に合うプレゼントを一つください」

 

「……了解しました」

 

 

 

 この答えは誰も教えてはくれない。何気ない一言だったが、この時点ではこの先の未来を見通せる者は誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。