当初は何か拙い事が起きるとなどと予想していたものの、2週間を過ぎる頃にはこの生活にも慣れ始め、今では平時と何ら変わりなく過ごす事が出来ていた。
取材陣としては日常を撮るとは言った物の、討伐そのものはどこにでもある様な小型種が殆どで、その映像は撮れた物の、それ以外の内容が極めてどこにでもある平凡な内容でしかなかった。
元々何か特別な事を期待しながら撮影や取材をしている訳ではないので、これはある意味当然とは言えるが、やはり広報としてはこれほど面白くない取材とも言えた。
しかしながらここは極東支部。必ず何かが起こるのも最早定番と化していた。
「おおっ。見た事ない人がいるぞ。だれだ?」
何気に事件は起きないかと物騒な事を思いながら取材をしていたスタッフに今まで見た事も無い人が声をかけていた。見た目は12~15歳位の少女だが、全身が真っ白とも言える存在。
見た目は完全に美少女とも言えるが、何故か口調はその見た目にはそぐわず、かなりフレンドリーとも言えた。
「本部から来た広報部の者です。あなたは?」
「シオだよ。今日は博士に用事があって来たぞ。どうかしたのか?」
アナグラのロビーは一般人も割と気軽に入る事が出来る事もあり、常時人が途切れる事は殆どない。しかしながら、このシオがまさかこのタイミングで来るのはあまりにも想定外すぎた。
現在は極東支部の中でも最大の秘匿事項でもあるのがシオの存在。偶にアナグラには来るが、それはあくまでも定期検診の為であってそれ以外の要件でアナグラに来る事は殆ど無い。
本来であれば、元アラガミ、特異点とも言える存在ではあったが、救出の際に特異点としての能力はすべて奪われ、現在は人間と何ら変わらない生活を送る事が出来ていた。
もちろん、極東支部の全員が知っている訳ではなく、ごく一部の人間のみがこの事実を知っているに過ぎなかった。
「ソーマさん。すみませんがシオちゃんに取材の方が何か話しかけています。至急ロビー迄お願いします」
《分かった。直ぐにそっちに向かう》
シオにすれば見知らぬ人間が居るので何気に話しかけているが、その状況を見て一番焦ったのはヒバリだった。当初シオの事は遠まわしに紹介されたが、常時ロビーに居る関係上、内容を把握しないで内部を案内するのは問題が発生するとの見解から事実を伝えられていた。
「シオちゃんね。今はここの人達の取材をしてるんだ」
「取材って美味しいものなのか?何だか凄いな」
「取材は美味しくはないけど、ここの人達の事を世界に教える為に来てるんだ」
「そっか。じゃあ、シオもなに………」
これ以上何かを口走らせると何が飛び出るか考えたくもない状況を考えヒバリは現在アナグラに居るはずのソーマに慌てて連絡を取った。何かしている様でもあったが、シオの一言で通信は直ぐに切れ、慌てて走ってくるソーマがそのままシオを抱えてエレベータへと消え去った。
突如として現れ、シオをそのまま攫って行くソーマをアナグラでは暖かい目で見守り、まるで何も無かったかの様な空気に包まれていた。
「……あの先ほどの方は?」
「彼女の大事な方です」
「そうですか……」
何気に話していたシオに対して、取材陣は呆気には取られていた物の、気を取り直して今の少女は何ものなのか誰に確認すれば良いのかを思案しだした。広報の仕事はあくまでも親近感を持ってもらう為に取材をいているが、それとは別で新人募集の案件も同時に受けていた。
当初は何か適当にポスターでも作る事を考えていた物の、シオを見たスタッフが何かを思いついたかの様な表情で今後の事も踏まえて交渉する事になった。
あくまでも今回の事案は人材募集の為にちょっとしたCM撮りを要望するも、本来であれば極東支部の極秘中の極秘とまで言わしめる存在でもあるシオを、何も考えずに世間に公表する事は色んな意味で危険な事に変わりない。気軽に話したはずの担当者が想定外とも言える様な表情で苦悶する榊博士とツバキの表情を見ていた。
「あの、何か問題でも?」
恐らくはこのアナグラの中でもこんな表情の2人を見る機会は恐らく今後有り得ないとも言える程でもあった。
「僕の一存では決めかねる案件だね。少し相談したい事があるから、返事は明日で構わないかい?」
「こちらとしては時間の制約がありますが、早い返事であれば異存はありません」
「なら、明日にでも改めて返事をしよう。何だかすまないね」
「いえ、こちらも無理を承知で言ってますので、その件につきましては理解しています」
何気ないやり取りではあったが、ひょっとしたら今回の気軽な提案は何か途轍もない提案だったのだろうかとまで思わせる程に支部長室の空気は重かった。
当然そこには色んな思惑が隠されているだろう事は予想出来るも、外部の人間である以上ここから先に詮索は出来ない。とにかく今は時間が解決するであろう事を考え、このまま取材は終了する事となった。
「ま、そんな経緯で今に至るんだが実際にはどうなんだい?」
「厳密に言えば、シオの本来の姿を知っているのは我々だけで、他の人間は何も知らない筈です。以前に確認した際には本部の人間にすらその存在は伝えていなかった事は確認できていますので最悪の事態は避ける事は可能でしょう。あとは本人の口から何も言わなければが大前提ですが」
「ちょっと待て、何でそこまで知ってるんだ?」
「諜報活動の一環だ。ツバキさんが気にする必要は無い」
当時のやりとりに関しては恐らくは亡くなったヨハネス前支部長が極秘でやり取りをしているはずの情報を何故か無明が知っていた事に驚きを隠せなかった。
本来の任務と言われればそれ以上の事は何も言えず、今は今後どうするかの対応策を考える事しか出来なかった。
今の情報を前提に考えれば、このままシオを公表してもその正体まで色々と探る事は事実上不可能とも思われている。
そもそも極東支部外秘が簡単に漏れる事は有り得ない。そう考え今後の事を検討する事に決めていた。
「とりあえずは首に鈴をつける訳ではないが、誰かお目付け役は必要だろう。それが無いのであれば今回の話は受ける事は出来ないのは確かだ」
「となると、メンバーは決まってくるね」
「仕方ない。あいつらを全員呼ぶしかなさそうだな」
これ以上の対策を考えるのは机上の空論とばかりに、今後の可能性とその対応を考えれば人選はほぼ決まっていた。しかしながら、他の事をしていたとしても襲ってくるアラガミには何の関係も無く、今後はその任務に応じた対策を取るしかない。
まずは誰にするのかを考えつつも呼ばれた人間が来るのを待つより他無かった。
「兄様、用件はなんですか?」
「実は今回の取材と同時進行で人材募集のCM撮りが今回の中に組み込まれている。色んな方向から検討していた際に、先方からシオの打診があった。
しかしながらシオの存在はおいそれと公表する訳には行かないが、他に情報が漏れる可能性は無いと判断した為に出演してもらう事にした」
「それって、いくらなんでも難しくないですか?」
「アリサ君、良い質問だね。本題はそこなんだよ。シオの存在を公表するのは構わないが、本来の姿を披露する訳には行かないんだよ。だから今回はお目付け役として君たちの誰かにシオのマネージャーとして同行してほしいんだ」
そこまで言われて全員が理解した。
シオの性格から考えると本人に悪気は無くても、うっかりと何か問題発言があった場合にフォローを入れる必要があった。
極東支部内ならまだしも、相手は本部の広報部である以上、何かが起きれば即情報が上に行く。かと言って、頑なに拒否をしようものならそれ相応の突っ込んだ生臭い話になり兼ねない。
火のない所に煙は立たぬ様にするには今回の件を了承し、何事も大事にならない様にやる以外の何物でも無かった。
今回の人選に関しては当時からの状況をよく知っていて、かついざとなった場合にはフォローが出来る事が前提となっている。
本来であればここにリッカとナオヤもいるはずだが、今はそれ所ではなく結果的に第1部隊の面々に委ねる事となった。
「マネージャーなら、もう決まりでいいんじゃない?」
「ですね。態々今から考えるなんて不必要でしょうし」
「適正はともかく、これは仕方ないかな。まあ、頑張ってソーマ」
「お前ら、何で俺になるんだ。フォローなんて俺には出来ん。サクヤかアリサなら同性だからやれるだろうが?」
「今更何を言ってるんですか。私たちの中で一番良く知っているのはソーマですよ。同性だからって私やサクヤさんでは務まりませんよ」
呆れたような声でアリサから言われ、、簡単に頷ける道理は何処にも無かった。
言われなくてもシオに一番近いのは自分だと言う事はソーマ自身が誰よりも分かっている。今回の密着取材も本来であれば断りたかった本当の部分は、万が一自分の過去の事が表に出て来た時に何が起こるのか自分でも理解の範疇を超えている事でもあった。
以前の自分であれば中傷されても自分が何も言わなければそれで済んだが、今の状況では確実に極東支部や同じメンバーにまで被害が及ぶ事に恐怖感を持っている事も自覚しているが故の答えでもあった。
それはソーマがシオとの今までのやり取りの中で少しづつ生まれた感情でもあった。そんなささやかながらでも悪くない雰囲気を壊したいとは微塵にも思っていない。
そんな葛藤が自身の中にあった。
「ソーマ、お前の考えている事は理解できるが今回のそれは杞憂にしか過ぎない。あくまでもシオがメインとなるが、万が一の事だけ考えての人選だ。それ以上気にする必要性はないぞ。お前との付き合いはまだ小さかった頃からだ。そんな事は今更だ」
考えている事が読まれたのかとツバキを見るが、その眼は優しさに溢れそれ以上の事は気にする必要は無いとまで言われている様でもあった。
そこまで言われれば、それ以上の事は何も言えず、先が思いやられるのは間違い無い事だけが予想されていた。
「まあ、難しい事考えた所で仕方ないから出来る限りやればそれで済む話だろ。なんだ怖気づいたのか?」
「馬鹿か。そんな事なんて考えてない。皆がそう言うから引き受けるだけだ」
リンドウからのフォローとも言えない様な発言はあった物の、その言葉にはツバキ同様優しさが含まれていた。