「なあハルオミ、お前ここに来てからどこか行ったか?」
「馬鹿言うな。どこにそんな時間あったと思ってるんだ」
「だよな」
「私たちのせいですよね。すみません」
「まだ慣れてなくて。申し訳ありません」
長期に渡る出張任務にも漸く終わりが見え始めて来た。ここに来てから既に10日程が経過していたが、護衛任務とは名ばかりで事実上の通常任務と何も変化は変わらなかった。
極東支部での任務であれば本来は此処までタツミ達が疲弊する事は何も無かった。しかし、ここ本部での任務は必ずしもベテランが配属されている訳ではなく、新型神機使いの研修までもが任務として重なっていた。
「お前達はまだ新人なんだから気にする必要は無いって」
「でも……」
想定外の極度の疲弊の理由はそこにあった。元々新型神機使いの教導は同じ新型神機使いが任務に就くはずだったが、この研修期間中のアラガミの出現率が異様な程に高く、結果的には新型じゃなくても問題無いと判断され、現在に至った。
新システムの導入と同時に教導までやれば、どんな人間であっても精神的にも肉体的にも疲弊するのはある意味当然とも思われていた。
そんな状態の中で、任務から帰投し漸く一息付く事が出来た。
「タツミさんご苦労様でした。そう言えば明日は一日リフレッシュ休暇みたいですよ」
疲れた身体を引きずりながら帰投すると、ちょうどヒバリが聞いたばかりの話をタツミに伝えてくる。これ以上は厳しいとも思える状況の中での休暇宣言は正に有りがたいの一言だった。
「このままならどうなるかと思ったよ。明日はゆっくりと過ごすよ」
「あの……お疲れの所すみませんが実は明日なんですが、ちょっと用事があったので、出来れば一緒に来てもらえると助かるんですが」
何の予定も無かったので、一日寝て過ごそうかと思ったはずのタツミの脳内にヒバリからの全く予想すらしてない話が飛び込んで来た。
何時もならばこちらから誘っても色よい返事が一切無かったにも関わらず、こんな状況の中でまさかヒバリから声をかけられるとは思っていなかったタツミは暫くの間、声をかけられた話の内容が理解できずに佇んでいた。
「やっぱり迷惑ですよね。他の人に…」
「いやいやいや。明日は特に何も予定も無かったし、送り出してくれたあいつらにも土産の一つでもと考えてた所だから、丁度良かったよ」
当初はここまで厳しい内容になるとは誰も予想はしていなかった。極東支部から送り出される時には軽い気持ちでお土産なんて話も出ていたが、実際には想定外のアラガミの出現で、任務が極東並に次々と舞い込んで来る。
個体そのものは極東よりも下のレベルであっても数に押されると、新型と言えど新兵に任せる訳にも行かず、上層部はベテランを中心にした部隊編成をすると同時に率先して任務に就けていた。
その結果、自由となる時間は否応なしに削られていた。
一つのピークが過ぎたのか、漸く落ち着きを見せた所でこれ以上はオーバーワークとばかりに神機使いとオペレーターに休暇が出されていた。
極東支部であれば休暇の際には好きな所へ出かけて食事やショッピングを楽しむ事ができるが、ここは本部。土地勘も無ければ事実上、外部居住区の治安も何も分からない以上、一人で出歩くのはかなり厳しい物でもあった。
ヒバリは気が付いていないが、そもそもお土産を残されたメンバーが期待しているのではなく、単純に外国で一人の行動は恐らく無いだろうとの考えと、少しはタツミとも一緒に居てほしいと本人達は気がついていないが、アリサ達の画策がそこには隠されていた。
「じゃあ、明日はここで待ち合わせって事で良いですか?」
「良いよ。じゃあ10時にここで」
今までの疲労はまるで何も無かったかの様にタツミの心は明日へと向かっていた。いつもであれば周囲に気を配るタツミもヒバリからの誘いの衝撃が強すぎたのか、横に居たはずのハルオミの存在はまるで一切無かった事になるほどだった。
「タツミ、明日はデートか。極東でも付き合ってたのか?」
「違う。色々とアプローチしてたけど、時間が中々合わなくてな。お前こそ明日はどうするんだ?」
「俺か?俺は色々とやる事があるんだよ。ま、楽しんできな。建前は護衛だから変にハメはずすと後々面倒な事になるぞ」
「経験者は語るか。ま、こっちも買い物とかやる事あるから時間なんてあっと言う間だよ」
ハルオミはそう言うも、既に気持ちは明日へと向かっているタツミを見ればいかに楽しみなのかが容易を想像出来ていた。特に今回の編成はタツミの負担が大きすぎるのは現場の人間ならば周知の事実。
牽制しながらも使える者は使おうとする上層部の考えはが透けて見えるのは今更だった。
「言葉と表情があってないぞ。束の間の休息だ。楽しむ時は楽しんだ方がいいだろう」
明日へと期待を寄せて、その日は珍しく最低限度の事だけを終わらせ早めに休息を取る事にした。
「これで全部?皆結構色んな物頼んでたんだな」
「中々極東から出る事が無いですからね。私も十分過ぎる位に楽しんでますよ」
色々と頼まれていた買い物にも漸く目処が立ち、時間の関係もあって食事をする事になった。極東支部の頃には何度か誘う事はあったが、結果的にはその希望が叶った事は無かった。
今回の様に護衛に近い状態とは言え、まさか一緒に食事まで出来るとはタツミも全く考えていなかったのか、表情は何時もの様にしているも内心は動揺していた。
事実、当初ヒバリから誘われた際に伝えたはずの土産は結果的には何も買わず、ヒバリとのショッピングを楽しんでいる様にも見えた。
海外に出た故の解放感からなのか、単純に荷物持ちとして誘われているのかタツミに推し量る事は出来なかったが、目の前にいるヒバリの顔を見ていると、それ以上考えるのは無駄とばかりに今いる状態を楽しむことに決めた。
「そう言えば、かなりの連戦でしたが、極東とはやっぱり違うんですか?」
「う~ん。本来なら比べるのはどうかと思うんだけど、アラガミの単純な強さなら極東が一番かもね。ほら、一緒に任務に出てた真壁ハルオミっているだろ?あいつは元々極東の所属だったんだけど、各地に異動してるから他の状況を良く知っててさ、この地域のアラガミと他の地域を比べてたんだけど、結局の所は極東が一番って事になってね。今まで比べる対象が無かったから気にもしてなかったんだけど、改めて見ているとなるほどって思えてたかな」
「私も来た当初は色々と見られている感じでしたけど、最近は馴染んで来たのか他の支部の方とも話はしますよ」
「良いよな~。こっちは新人やベテラン関係なく組まされてるから、馴染む頃には違うメンバーとの入れ替えも多くてね。でもここに来るとやっぱり極東からって事で最初は結構見られる事が多かったかな」
「それは私たちの所でも話が出てましたよ。最初は『旧型なのに』なんて話でしたけど、最近では違う目で見られている事が多いですよ」
「違う目?それってどう言う事?」
この時初めてヒバリはタツミに対して口に出すのが憚られる思いを感じた。確かに来た当初の会話は旧型のくせになんて意味合いの会話も直接ではないが聞き及んでいた。しかし、想定外のアラガミが出始める頃から評価は徐々に変わっていた。
元々強固な個体と戦っていたタツミにとって、本部周辺のアラガミは総じて強さをあまり感じず、むしろ新兵が初めて実戦で戦うレベルなのではと思う部分が多々あった。
本部周辺では連戦とは言っても精々が中型種のコンゴウ程度で、今までの中で大型種の遭遇は全く無かった。
むしろ戦闘よりも新人と組まされた際の精神的な疲労の色が濃かった。
「ヒバリちゃん、どうしたの?」
「いえ、何でもありませんよ」
「なら良いけど。で、違う目って何?ちょっと気になるんだけど?」
「タツミさんは知らなくても良い事です」
タツミへの評判が大きく変わった一因はひとえにその戦闘力の高さに起因していた。オペレーターの場合、新システムに移行して一番の変更点は各自のパラメーターが目視出来る点だった。
今までは状況に対しては大よその事しか戦闘中は分からなかったが、今回からは現在の状況や各自の現状までもが数値化されている。その結果、タツミのパラメーターは他の支部の人間と比べた場合に圧倒的に分かりやすかった。
単純に言えば何の変化も起こらない。それはほぼ無傷で戦闘をこなしている事の証左でもあった。
この時代は旧時代と決定的に異なる点が一つだけある。それは生存能力の高さと、その戦闘力が命に直結する以上、歴戦の猛者には他には無い魅力があった。本来であれば神機使いが退役するには大きく分けて三つしかない。
一つは任期を全うし退役するか、何らかの要因で戦う事が出来ずに退役するか、戦闘中の死亡により退役のどれかだった。当然オペレーターはそのデータも加味した上で戦場でのサポートをする事になる為に、今までのコンバットログを見ればどんな人間なのか簡単に把握出来ていた。
本来ならば神機使いもその事は知っているはずだが、現実にはそこまで他人のデータに関心を寄せる物は少なく、見た所でどうしようも無いのが本当の所でもあった。
簡単に分かると言う事は、違う言い方をすれば相手の事が良く分かった状態で判断できる為に、こちらが一々悩む必要性が全くない。ましてや今回の様な各支部から派遣されている状態であれば、突出した戦力でもあるタツミは色んな所で自然と比べられ、好意の目を向ける人間も少なくなかった。
元々が極東のヒバリにとっては今回の戦績は今更な感じもあったが、ちょっとした休憩時間のオペレーターの会話の中にタツミの話が徐々に出始めている事は本来であれば良い事のはずが、ヒバリにとっては無意識の内でも面白くは無かった。
そんな所で今回の休暇は渡りに船とも言える状態でもあり、この気持ちが一体何なのか確認するべくタツミを誘う事にした。
もちろん、ヒバリがそんな事を考えているとはタツミ本人が知る由もなかった。
「漸く来たよ。ここのパスタは旨いね。この味を極東でも味わえると良いな」
「エイジさんに一度頼んでみたらどうですか?案外と簡単に作りそうですけど」
「言ってみる価値はありそうだ」
2人の和やかな時間はそう長くは続かない。タツミの携帯端末が何かの警報の様に突如としてけたたましく鳴り響いた。