外伝1話 (第47話)招集
「私が本部に行くんですか?」
唐突に呼ばれ、たった今ツバキから告げられた話にヒバリは困惑していた。
あの終末捕喰の騒ぎから時間が経過し、漸く落ち着きを取り戻しだした頃だった。今では既に日常に戻り、何事も無く平穏に過ぎて行くはずと思われた矢先の事だった。
「突然で済まないが、今回の件は以前から打診されていたんだが、偶々別件の用があって本部に行く事になった関係上、一度に済ます方が良いだろうと榊博士と相談した結果だ。日程は後日知らせるが、そのつもりでいてくれ」
現在の所は後任の支部長に関して未だ決まっておらず、現状は榊博士が支部長代理としての業務が行われていた。
通常であれば、支部長が出張で本部や他の支部に行くことはあっても、現場の人間が容易く行く事は無い。もちろん、オペレーターでもあるヒバリもその件に関しては十分すぎる位に熟知している為に、今回の出張には驚きを隠す事は出来なかった。
「…あの、行くのは私だけでしょうか?」
「今回の同行者か?それなら決まっているから安心しろ」
「そうですか。分かりました。では準備だけはしておきます」
「面倒かもしれないが頼んだぞ」
それ以上の事は何も聞くことも出来ず、たった今聞かされた事の情報整理をするだけでヒバリは混乱しながらも、ロビーに向かって足を運んでいた。
「あれ?ヒバリどこに行ってたの?」
「ちょっと榊博士に呼ばれて」
「今度はどんな無茶振りされたの?」
他人の不幸?を喜んで居る様にも見えるが、リッカの性格を考えると意地悪ではなく、今度は一体何を聞いてきたのだろうか?単に暇つぶしにも聞こえるレベルなのは今更だった。
「無茶振りはないけど、本部に行ってくれって」
「……本部?なんでまた?」
「詳しい事は分からないけど、近日中だって事位で」
「なんだろうね?榊博士なら分からないでもないけど、なんでヒバリなんだろ?」
「さぁ?私にもさっぱり」
二人でそんな些細な話をしていたが、ここはロビー。色んな職員やゴッドイーター達が自然と集まる所で話をしているので、聞く気は無くても内容は断片的に聞こえてくる。
ただでさえ雑多な状態で人の出入りが激しいとは言え、そこにヒバリとリッカが話している雰囲気は悪い物では無く、他からも何気に視線だけは感じる事が出来る。
話の内容も秘匿が条件ではないので、2人もあえて気にせずに話していた。
「ヒバリちゃん。任務終わったよ」
緊急で出動していたタツミが任務を終えてロビーへ帰ると偶然にも2人が話してる所に出くわしていた。
「あっ。タツミさんおかえりなさい。任務ご苦労様でした」
まるで何事も無かったの様に、元の業務に戻り帰投後の手続きに入った。手元の操作に意識を奪われ、タツミの表情が若干険しい事にヒバリは気が付かなかった。
「タツミさん。手続きがかん……」
「ヒバリちゃん。さっきそこで聞いたんだけど、本部に行くって本当なの?」
何時にもなく真剣な表情でタツミはヒバリを問い詰めるも、先ほどのリッカとのやり取りの事だと判断した事で気軽に答えたが、何故かタツミの表情は冴えないままだった。
「日程は決まってないみたいですけど、ある程度は」
「それって誰から聞いたの?」
「ツバキ教官ですよ」
ヒバリからそう言われ、タツミは押し黙ったかと思いきや、突然エレベーターへと走りだしどこかへ行ってしまった。
先ほどの会話の中で変な所は一切何もなく、言われたことをあるがまま話したかと思った矢先の行動。それが何なのかヒバリには何を考えていたのか理解できないと思った所へリッカからの一言があった。
「ひょっとして、タツミさん何か勘違いしてるんじゃない?」
「何をです?」
横で聞いてたリッカは客観的にヒバリに話す。先ほどの会話から察するに帰投中に誰かから本部に行く事を耳にし、恐らくはその確認をしにツバキ教官の所へ走ったのでは?と推測できた。
「ツバキ教官!大森タツミ入ります」
「何だ騒々しい。どうしたタツミ?」
「いえ、ツバキ教官にお尋ねしたい事があります」
「なんだ?」
「先程、ロビーにて竹田ヒバリ嬢から本部へ行くとの話がありましたが、その話は本当でありますか?」
軍隊さながらに畏まった言い方のタツミを見て内心面白いと思いつつも、今言われた事に対して何が聞きたいのかツバキには理解できた。
おそらくは先ほどの本部の件だろう事位は直ぐに理解できるも、少しの出張に対して、どうしてそうまで慌てる意味があるのか理解する事が出来なかった。
「無理に畏まるな。で、何が言いたいんだ?」
ツバキとしても内心は面白いと思いながらも真剣な表情のタツミが何をどうしたいのか、やんわりと問いただす。
「あのヒバリちゃんは本部に行くって事は異動なんですか?」
「誰がそんな事を言ってた?」
「誰って、周りから聞いたので詳しくは分からないんですが」
タツミはがヒバリに対してご執心なのはこのアナグラに居る人間であれば誰もが知っていた。知っていたからこそ面白おかしく話たのか、それとも単に噂の域を超えてはいなくても取敢えずタツミにはと、配慮されたのかは誰にも分からなかった。
ツバキもそんなタツミの心情は分かっている物の、そこまで慌てて動くほどでも無いと判断しながらも、まずは目の前のある物の事態の修復が先決とばかりにヒバリに伝えた事をタツミに伝えた。
「…早とちりだったんですね。大変失礼しました」
「お前の事だからそうだとは思ったが、部隊長ならもう少し情報整理してから判断しろ。戦場なら死んでるぞ」
何気に酷い言われ方をしたが、今は詳細を確認し安心しきっているので多少の小言は耳には入るが、脳には入らない。一先ずは安心とばかりに胸をなでおろす事となった。
しかし、安心したと同時に疑問も出てくる。今までにこんなケースは殆ど無く、何故今頃なのかタツミは不思議に感じていた。
「一つだけ質問なんですが、何で今更そんな事が?」
「これ以上は機密になるから詳しくは言えんが、お前も知っての通り今回の事件は上層部にも大きな反動が出ている。公式に認めてはいないが、上層部の人事の刷新と当時に非公式に事態の収束と結束を固める意図が強い。それが今回の趣旨だ」
「タツミ君、今回の出張に関してだけど、メンバーはほぼ決まっているんだが、あと1席だけどうしようかと考えていてね。この件については本部行きに関しては問題ないが、内容の公表は控えてもらう事になるよ」
榊から改めて念を押されるも、基本的にはヒバリが異動しないのであれば、タツミにとってはそれ以上の関心は無かった。
しかし日程から考えれば移動を考え約2週間程の長期になる。その期間は顔が見れない事が残念にしか思えなかった。
「でもさ、ここに来て落ち着いて来たから少しは羽を伸ばしたいよな」
「そんな事言っても、どこもアラガミがいるから無駄にも思えますけど」
「そんな事は分かってるけど、山とか海とか行きたいじゃん」
「コウタはそればっかりですね。少しはエイジを見習って任務に励んだらどうですか?」
何気にコウタの放った一言から、よもやアリサから反撃される要素はどこにも無かったはずの些細な一言に旗色は徐々に悪くなりだしていた。
「でも、ここ最近は激務だったからね。まさかアラガミが居ないと思ったら急にレベルが上がってたから、少しは考えたいかもね」
「やっぱりエイジもそう思いますか?やっぱり心のゆとりは必要ですよね」
「ちょっとアリサ、何その手のひら返し」
タツミが改めてロビーに戻ると、第1部隊のメンバーが休みについて話していた。
確かにあの後現れたアラガミは通常種よりも変異種が多く、防衛としてもかなり厳しい戦線だった事が思い出されていた。
いくら任務とは言え、毎回これではやがて疲労も蓄積するのは目に見えている。タツミ自身もそこは休息が必要だとは思っていた。
そんな中での今回の長期出張は自分には関係ないとは言え、仮に行けるのであれば気分転換位にはなるのかと思案しつつも会話の中に混じる事にした。
「第1部隊は良いな。休みの相談か?」
「そんなつもりじゃないんですけどね。最近激務が急に続いて少し疲れが出てると言った方が正解ですかね」
「わりいわりい。そんなつもりじゃなかったんだけどな。確かに最近は厳しい任務が続いたから仕方ないか。どこに行くにも神機は必須だからな。そんなんじゃ休んだ気にはならないんだろうな」
《第1部隊長、第2部隊長は支部長室まで来てください》
館内放送がロビーに鳴り響く。普段ならば支部長室に呼ばれる事は殆どない。仮に呼ばれても精々がラボ止まりだった。
にも関わらず今回は珍しく支部長室へ呼ばれる事になった。
「やあ、急にすまないね。今回呼出したのは長期出張の件なんだ。タツミ君には少し話したんだが、今回極東支部から数人が本部へ行く事になってね。その都合で君達を呼んだんだよ」
「出張ですか?どうしてまた急に?」
「今回の件についてだが、実は本部の方で色々と問題があってね。例の終末捕喰の関係で色々と不具合が生じた事もあったんで、その対策も兼ねて極東支部や他の有力な支部との打ち合わせが入ってるんだよ。勿論、それ以外にも今後の事で色々とやる事が多くてね。その為に何人かのチームで派遣する事になったんだよ」
「博士、それと僕達との関係は何ですか?」
「今回呼んだのは、その件なんだ。実は今回のメンバーと言っても、行くのは全員で3人+1人の計4人なんだが、1人は護衛になるんだ。そこで君たちのどちらかお願いしたいんだ」
「はぁ。護衛ですか…」
タツミは先ほどの話の内容を聞いていたので理解が早かったが、エイジは今一つ理解していない。しかも長期ともなればその間のアナグラの戦力の低下は免れない。その部分を勘案した妥協点がそこにあった。