神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第46話 終章

「これで本当に終わったのか」

 

「みたいだね」

 

 

 コウタの呟きとも感想とも取れない一言にエイジが何とか返事をしたものの、一体これが何だったのかは理解出来なかった。

 時間の無さから何も聞かず、言われるがままの結果だった。

 

 誰もが唐突に始まり、唐突に終わった事で放心状態となり、これ以上の事は思考回路が追い付かない状況となっている。そんな中での無明の一言で、全員の意識が元に戻る。

 

 

「お前達、何を勝手に終わった事にしてるんだ。まだやる事があるから直ぐに戻るぞ」

 

 

 その一言で、これから何をするのか全員が理解し、急いでアナグラに戻った。第1部隊が帰投した時にはまだロビーに人は殆どいない。出入口で待っていたのはツバキだけで、あとは現状の少ない人数でのアラガミ討伐に出向いていた筈だった。

 まずは報告とばかりに無明達とそこで別れ、榊達は急ぎラボへと走る。

 

 

「みなさん、お帰りなさい」

 

 ヒバリの明るい表情と声で、第1部隊が何をしてきたのかがその場に居る全員が理解しているのが直ぐに分かった。

 選択に迫られ苦悩の表情を浮かべ、時には後悔に苛まれていたはずの空気が一転して日常に戻ったかの様な錯覚さえ覚える。そんな空気がエイジ達を包んでいた。

 

 

「お疲れさん。どうやら上手く行ったみたいだな」

 

そこには悲壮感が漂った当時のタツミの顔は無く、大一番の仕事に対してのねぎらいが込められた笑顔があった。そんな明るい声に、それぞれが返事をしていた。

 

 

「おう、タツミもご苦労さん」

 

 何も考えず、リンドウが気安く返事をした時だった。今までの歓迎ムードが一転して怪しい空気へと変わる。

 最初に気が付いたのはヒバリだった。あまりにも気軽に声をかけた事で反応が追い付かず、一瞬間が空いてから改めて驚きの声を上げた。

 

 

「えっ?……リンドウさん!何でそこに居るんですか!」

 

 ヒバリが驚くのも無理は無かった。あのミッションでリンドウはMIAからKIAに移行されると言われていたが、今回のゴタゴタでいつの間にかそんな話もなく、気が付けばどこかへ散歩して帰って来たかの様にも思えた程に気軽過ぎた。

 

 

「あれ?俺ってひょっとして死んでた事になってるのか?」

 

 

 リンドウの生還に関しては既に第1部隊と一部の人間が知っていた為に、これが当たり前過ぎて、誰も疑問すら湧かなかった。

 確かにあの後は色々と目まぐるしく動きがあり過ぎた為に全員が失念していた。

 本来であればツバキか榊が公表すべき事だったが、余りにも大きすぎた緊急事態が影響したのか、今回の件で公表する事を忘れていた事が全ての原因だった。

 

 驚いたのはヒバリだけではない。そこにいたタツミやカノンでさえも声を出す事を忘れ、普段は冷静なはずのジーナでさえもが驚愕の表情だった。

 

 

「言っておくが、足はちゃんとついてるから安心しろ」

 

 

 その一言でロビーには違った空気が流れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで元に戻るはずだけど、恐らくは身体に馴染むのに時間がかかるだろうね」

 

「今回はかなり危険な賭けではありましたが、結果的には元通りになると良いですが」

 

 エイジ達と出入口で別れ、シオの身体に再びコアを埋め込む事に榊と無明は成功した。

 本来であれば一度コアを抜かれたアラガミはそのまま形を維持できず霧散するが、元々特異点でもあったシオの身体は霧散する事は無く、再びコアを元に戻す事に成功していた。

 

 

「これからが大変だな。まずはどこから手を付ければ良いのか考えたくもない」

 

 溜息交じりにツバキが発した言葉はこの後に予想されるであろう事後処理の事で一杯だった。

 ただでさえ真黒な上層部が一転してテロ認定をした事で、今後の処理に関しての新たな支部長の選出、そして今後は極東支部への風当たりを考慮するれば、懸念材料はあっても明るい材料は何一つ無かった。

 しかし、今は終末捕喰を防ぐ事が出来た事だけで良しとし、今後の対応については考えない事に一人決めていた。

 

 終末捕喰は最終的には不発に終わった。今回の経緯についてはフェンリルからの公式発表が待たれたが、実際にはフェンリル上層部の混乱と共に様々な憶測が流れ、世間に対しては沈黙を貫く意外に他無かった。

 

 一時期はマスコミの報道がされた物の、報道規制により噂は次第に沈静化され、気が付けばこれ以上知る術は何も無かった。

 それと同時に極東支部の沿岸に建設中だったエイジス島の崩落事故のみが小さく報道され、そこには元支部長のヨハネス・フォン・シックザールの死亡のみがひっそりと載せられていた。

 

 チケットを所持し、飛び立ったはずのメンバーもアナグラへと戻り出した頃、各自に微妙な空気が流れていたが、それ以上に事実上KIA認定されていたリンドウが何故か普通に居た事に驚きを隠す事ができず、確執はうやむやの内に消えて行った。

 

 ようやく日常が戻りだし、ゴッドイーター達も通常活動に励みだした。今回の件では極東支部全体に緘口令が敷かれ、それ以上の事を話す人間も居なくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リンドウさんの復帰と、任務の成功を祝してかんぱーい」

 

 

 コウタの声と共に大きな任務の達成と全員が落ち着いた事もあり、ささやかながらに打ち上げパーティーが行われていた。

 終末捕喰が行われてからの1週間はツバキが予想した通り慌ただしい物となった。情報操作と隠蔽、挙句の果てには緘口令を発動し事態の鎮静化が図られた。

 しかしながら現場の空気だけではなく、何となくでも何か大事になっているのでは?との疑念から極東支部に度々連絡が入る物の、全てを封鎖できたのは奇跡にも等しかった。

 ツバキだけではなく、榊や無明までもが対応し現場が一時期回らなかった事は記憶に新しい。

 唯一助かったのはこの1週間の間、世界中からアラガミの反応が察知されなかった事だけだった。

 

 本来ならば、この後は警戒するのが通常だが、ここまで事務方が麻痺している事に漸く目処がたった事から、ささやかながらも打ち上げを開催する事となった。

 一度は袂を分けたと言っても本来は各々が何の為に戦っているのか、その価値観だけが違っただけと判断し、内部でも最早何も起こる事は無かった。

 大きな計画は頓挫したものの、アラガミの脅威は何も変わらない。

 少しだけ先の未来に希望を残し、今は騒ぐ事に専念するのが先決とばかりに騒いだ。

 

 打ち上げの為に用意された料理はあっと言う間に食い尽くされ、追加で作るも追い付かない程の勢いで食べ、どこからか用意された酒もとにかく飲んでいる。

 未成年組は大人しくジュースだが、大人組は酔いつぶれた人間も出始めていた。

 そんな光景を無明は離れた所から見、自分のやって来た事、これからやるべき事は何なのか、そんな事を考えながら一人静かに酒を飲んでいた。

 

 

「無明、なぜここに?あの輪の中に入らないのか?」

 

「ツバキさんか。俺は今回の事で色々と考えさせられるばかりで、あそこまで騒ぐ気持ちはあまり無いのかもしれない」

 

 一人、気配も虚ろに遠くから見ていた事に気が付いたのか、グラスを持ったツバキが歩いて来た。遠くではまだバカ騒ぎが続いているのがよく見える。

 ツバキもあの喧噪から少し離れたいと思っての行動でもあった。

 

 

「あとから聞いたが、薄氷を踏む程の状態だったらしいな」

 

「リンドウから聞いたか。あれはセカンド・ベストとは言ったが実際にはかなり成功率の低い賭けだった。きっかけは例のディアウス・ピターのコアとリンドウの神機のコアだ。

 あいつらには説明はしなかったが、今回の撃ち込んだコアは疑似的な特異点としての機能のみ有する物だ。幾ら化学が進化した所で人間が人工的に人間をつくる事は理論上は可能でも、その思考までを作る事は出来ない。今回やったのは、単に誘導出来るレベルの物を使っただけだ」

 

「そうか……」

 

「まあ、今となってはツバキさんが気に病む事は何もない。何かが起こるとは予想していたが、あそこまでとは思わなかった」

 

「今更だが、お前にはお礼を言いたいんだ。リンドウが行方不明になってから発見まで正直助からないとまで思っていた。でも、お前が見つけてくれてあの最終決戦でも色々とやってくれた事に関して私はお前にどうすれば良いのか正直分からない」

 

「あれに関しては、見つけたのは偶然だ。意識を回復したのもリンドウ自身の力であって俺は何もしていない」

 

「だが……」

 

「それ以上は良いさ。またこうやって任務に就くことも出来る。この極東支部も現状はまだまだ混沌としてるし、本部はともかく他の支部からは色々な非公式ルートで問い合わせは未だに来ている。これ以上は言う必要はない」

 

「それでは私の気持ちが」

 

「だから言っただろ?身体で返してもらうって。それ以上は何もない」

 

「そうだったな」

 

 今まで思いつめた様な表情だったツバキも漸く落ち着きを取り戻したのか徐々に冷静になってきた。あの輪の中にいるのはこれから何かを託す事ができるのだろうか?それとも何も変わらないのだろうか?現時点での未来は誰にも分からない。

 これ以上野暮な事は何も言わず、静かに2人で飲んでいた。

 

 

「そう言えば、シオはあの後どうしたんだ?あれから何の音沙汰も聞かないが?」

 

「シオはあの後暫くしてから元に戻ったよ。ただ、特異点としての機能は既に失われていた。これからの事は細かく経過観察する必要があるから屋敷に住まわせるつもりだ」

 

「他の人間には言ってあるのか?」

 

「まだ何も言ってない。実はあの後、細かく解析したが特異点の消失と共にオラクル細胞が退化した様に活動を休止している。見た目は以前のままだが、中身はアラガミと人間の中間レベルになっている。その影響もあるのか以前とは反応が大幅に違っているのが確認されている」

 

「どう言う事だ?」

 

「まだ仮説だが、一旦ノヴァに吸収された時に特異点としてのアラガミの部分はそのままノヴァに残し、人格を形成できる部分だけが取り出しに成功したって所だ。あとは経過観察しだいだが、おそらくはソーマに近い状態で落ち着く可能性が高い。今は食事に関してもアラガミを食べる事は全く無い。人間と同じ食事で偏食因子を取り込める。使い古された言葉だが、簡単に言えば奇跡だ」

 

「そうか。シオの事を聞いた時には驚いたが、まさかこんな結末とはな。で今はどうしてるんだ?」

 

「ああ、それなら」

 

「とうしゅ~。もう行って良いのか?」

 

 ツバキとの会話を遮る様にシオが現れた。コアが取られる前とは見た目は何も変わっていないが、何となく雰囲気が変わっていた。ツバキは第1部隊のメンバー程一緒に見ていた時間は少ないが、それでも事前に聞いてたせいか、目の前のシオから出る雰囲気は確かにあの時とは違っていた事だけは分かった。

 

 

「ああ、良いぞ。ただし、ソーマ達には何も言ってないから驚かすならチャンスは今だけだ」

 

「りょうか~い。じゃあ行ってくるね」

 

 

 シオが走って行ったのを見届けていたのは今後の未来に何か希望を感じずにはいられなかったのだろう。あの後シオの回復の間に榊が無明に発言した言葉。『アラガミとの共存』の架け橋になる様な存在であってほしい。

 無明はそう願わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




これで第壱部は完了となります。
次回より外伝を開始しますので、これからも宜しくお願いします。


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