神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第37話 休息

 部屋に通され、開口一番のリンドウの声に、ようやく本人だと確認するのに一瞬だけ時間を要した。特に技術班の2人はリンドウの事は何も聞かされていない為に、呆然とした表情のまま驚きを隠す事は出来なかった。

 

 一度はアラガミに襲われ行方不明となり、回収された神機を見れば、どう考えてもアラガミ化からは免れない。これが今のゴッドイーター達の常識でもあり、紛れも無い事実だった。

 しかし、目の前にいるリンドウはアラガミ化はしておらず、以前に比べれば不自然な一部を除いて何も変わらないままだった。

 

 

「話は姉上とサクヤから聞いた。エイジ、今まで済まないな。これからも部隊の面倒を頼んだぞ」

 

「僕はリンドウさんの代理だから、この後は交代します」

 

 当初、部隊長としての指名があった際にエイジは今回の措置はあくまでもリンドウの代理であって、自分はそれまでだと考えていた。

 今回も行方不明だったリンドウが生存している以上、エイジとしては隊長職を続けるつもりがどこにも無い。漸く肩の荷が下りたと考えていた矢先だった。

 

 

「いや、それは出来ない。まだ非公式ではあるが、俺は今の時点でアナグラに戻る事は出来ない。一番の理由はこれだ」

 

 しかし、リンドウの口から出た言葉は肯定では無く、否定だった。

 そう言いながら、リンドウは自分の右腕を見せる。腕には異様な雰囲気を纏いながら包帯がしっかりと巻かれている。一瞬だけためらいはしたが、それを丁寧に外しながら皆に見せた。

 

 

「リンドウさん。それって!」

 

 異様なリンドウの右腕はアラガミ化したままだった。真っ黒な腕には人間とは思えない様な突起物が生え、また手も人間ではなく鋭い爪を持ったアラガミの様にも見える。そんな異形な腕を見たコウタはただ驚く事しか出来なかった。

 

 

「まあ、落ち着けコウタ。これは今回のアラガミ化を阻止した代償だ。今の所はデータを取ってはいるが、今後はどうなるのか経過観察中だ。暫くは此処に居る事になるから、それまではまだアナグラでは口外は厳禁だ。姉上はそう言ってなかったか?」

 

 リンドウの言った事はツバキだけではく、榊や無明からも厳しく言われていた。もちろん、今更そんな事は言われなくても全員が理解している。

 それを踏まえてリンドウは再び確認する様に言った。

 

 包帯を外したリンドウの右腕は禍々しい空気を纏い、まるでいつでもアラガミ化するかの様な異様な雰囲気があった。

 これでは確かにアナグラに伝えた所で色々と懸念される事が多くなる。そうなれば今以上に信頼性を損なう危険性があった。

 

 

「これが安全だと分かればアナグラに戻るさ。まあ、アナグラよりもここの方が環境は良いから、戻りたくない気持ちも無い事は無いがな」

 

 そんなリンドウの何気ないその一言にコウタが反応した。

 

 

「以前にリンドウさんが言ってた事ってここの事だったんですね。エイジ、なんでもっと早く言ってくれなかったんだよ?」

 

「いや。特に聞かれてないし、ここの所在は極東支部にも公開してないから、おいそれと言う訳にはいかなかったんだよ」

 

「いや、でもここはすげーよ。ソーマもそう思うだろう?」

 

「一々こっちに振るな。確かに驚きはしたが、秘匿なのはそれなりに理由があるんだろう」

 

「詳しい事は分からないが、無明がそうしてるのは意味があるんだろうな?所でお前たちの後ろであの2人は何してるんだ?」

 

 リンドウとの再会でナオヤとリッカの存在を失念していた。慌てて振り返ると、2人で何かを話している様にも見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へ~ここがナオヤの家なの?」

 

「そんな所だ。いつもここから通っているけど」

 

「なんか凄いね君は。色々と分からない事が多かったけど、ようやく納得できたよ」

 

「そうか?気が付いたらここに居た様な感じだから、特に何も思わないけどな 」

 

「いやいや、かなり贅沢だよ。さっきから色んな所見ているけど、中々こんな家はないよ」

 

「とりあえず今日から2日で服を作るから、詳しい事はまた後で説明するから」

 

 

 第1部隊の面々とは違い、2人はシオの服を製作する事を命じられている。

 期限が切られている以上、後は時間との戦い。ゆっくりと休む暇もなく作業に取り掛かる事にした。

 

 久しぶりの対面もあってか、全員で話をする機会が今まで一度も無かった影響なのか、気が付けば時間は既に昼を少し過ぎた頃、扉が開くと共に、先ほど案内した女性が再び声をかけた。

 

 

「みなさん、昼食の用意がしてありますので広間に来てくださいね」

 

「もうメシの時間か。なあエイジ、昼食って何か食えるの?」

 

「そこまでは行ってみないと分からないよ。そうだ、アリサは箸って使えた?」

 

「完璧ではありませんが、何とか使えますので大丈夫だと思います」

 

 一行は何が出るのか分からないまま指定された場所に行くと、そこには既に人数分の食事が用意されていた。

 アナグラでは簡単に栄養が取れる様なメニューしかないが、ここでは明らかに栄養以外の見栄えがしっかりとあり、普段では見る事も殆ど無いような見事な和食の御膳が食事として出されていた。

 

 

「なんだこれ。初めて見たぞ。エイジお前普段からこんな良い物食べてるのか?」

 

「普段はここまで豪華な物は出ないよ。精々簡単に食べられる物だけで、基本は自分達で作る事が殆どだよ」

 

「ねえリンドウ、あなたも目覚めてから常にこんな食事なの?」

 

「いや、ここまでの物は見てない。ところでお姉さん、これは一体?」

 

 

 元々ここに住んでいたエイジや、最近になってここに居るリンドウでさえもここまでの料理を見たことは一度も無かった。

 厳密に言えば、客人が来た場合にのみ出されるので、住んでいる者は実際に目にする事は殆ど無かった。

 

 

「当主からの伝言です。お会いになられたのですから、これ位のもてなしはするとの事です」

 

 今回の事に当たっての無明からのちょっとしたサプライズとなった。普段は見る事が殆ど無い位の料理に皆はそれぞれの席に座るが、何故かアリサだけが浮かない顔をしている。

 

 

「どうしたの?体調でも悪くした?」

 

「いえ、先ほどの箸の件ですが、少し使いこなす自信が無いので、どうしたものかと」

 

「そんなに難しい食材は……ああ、きっとこれか」

 

 エイジが見たのは緑の色をした豆腐だった。アリサがロシアから来て一番苦労したのがアラガミの討伐任務では無く、日々の食事。

 

 ロシアとは違い、極東ではナイフやフォークではなく箸を使っての食事の為に、最初のうちはかなり練習しながら食べていたが、ここ最近になってからは漸くちょっとした物を掴める様になっていた。

 しかし、箸をつけた豆腐は持ち上げた瞬間から崩れ落ちる。豆腐は意外と高度だと判断したのか少し戸惑いの表情を見せていた。

 

 

「スプーンを使えばいいよ。そこに茶碗蒸しが置いてあるから、それを使って食べると良いよ」

 

「茶碗蒸しってなんですか?」

 

「簡単に言えば出汁を使った甘くないプリンの事だよ」

 

「そんな不思議な食べ物が極東にはあるんですね。初めて見ました」

 

「とにかく食べよう。それからだよ」

 

 そんな会話をしていると、服の製作に取り掛かっていた2人もやってきた。2人も同じような反応をしていたのを察してか、エイジが説明をし始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんなに旨い食事なんて初めて食べたよ。今まで生きて来た甲斐があったよ」

 

「コウタは大げさなんだよ。ソーマはどうだった?」

 

「俺もあんな食事を食べた事は今までにない。初めて食べたが良い物だな」

 

「あれが極東のおもてなしって事なんですか?ロシアではあんな食事を食べる事は無かったので感動しました」

 

 もてなされた食事を堪能し、ようやく落ち着き始めた頃に何気に話した事がこれからの事態を大きくする。

 

 

「エイジ、この後どうするんだ?」

 

「この後はとりあえずアナグラに帰る予定だよ。外泊申請は出してないからね。ナオヤはどうするんだ?」

 

「服の事があるから、今日は泊まり込んだ方が早いからそのままの予定だな」

 

「で、リッカはどうするつもりだ?」

 

 

 全員で食べたので、そこにはナオヤとリッカも一緒に居た。

 今日はリンドウの件があった為に、今後の予定は何も考えておらず、申請を出していないのでこのままアナグラに戻る予定だった。

 しかし、先ほどの会話の中でナオヤはリッカと服の製作でここに居る。ナオヤにとっては自宅だが、リッカにとっては外泊となる。

 

 

「あ、あたし?あたしはどうしよう?」

 

「ゲスト用の部屋があるからそれ使ったらどうだ?後で用意しておくから」

 

「……へっ?って良いの?そんな簡単に決めちゃって?」

 

「そんな事よくあることだし、気にする必要ないさ」

 

「い、いや。でも、その……」

 

 突然の事にリッカの思考はフリーズし、状況の把握が出来ないままだった。何も考えていない上に、いきなりここで泊まる事は全くの想定外。

 これ以上の判断な何も出来ないままとなった。

 

 

「ナオヤ、いきなりそんな事言ったら混乱するよ。とりあえず落ち着いて考えたらどう?こっちも聞きたい事がいくつかあったから一旦時間を開けたら?」

 

 

 何気に放った一言だが、ナオヤは自分の発言に最初は気が付かなかったが、徐々に今の発言に対して理解すると、とんでもない事を口走った事を自覚し、そのまま固まっていた。

 

 

「おまえら何してんだ?エイジ、暇なら温泉にでも入るか?お前まだ体痛むんだろ?」

 

 お互いの固まった空気を壊すかの様にリンドウが間に入って来た事で、漸く止まった時間が動き出した。

 今の状態であれば最前の手だったが、内容に関しては些か強引とも取れた。

 

 

「今の時間も使えるらしいからな。コウタ、ソーマ、お前たちも行くぞ」

 

「リンドウさん。ここって温泉があるんですか?」

 

「おう、あるぞ。中々気持ち良い湯だったぞ」

 

 そこに食いついたのは意外にもリッカだった。

 アナグラ内部には人数の関係上、大量の水を利用する事は極めて困難な関係でシャワー設備しかない。

 外部居住区であれば各家庭には小さいながらも湯船はあるが、温泉となれば話は大きく変わる。

 今の状況になってからは旅に出る事も出来ず、新たに旅行に行く事も無くなった関係上、極めて珍しい物となっていた。

 

 最初からアナグラに居たソーマやロシアから来たアリサにとっては未知の物でもあると同時に、外部居住区に居るコウタやリッカにとっても今までに入る事は殆ど無い代物だった。

 

 

「こんな時位は裸の付き合いも良いだろ」

 

「アリサ、私達も行かない?中々こんな機会は無いわよ」

 

「私も良いんですか?でも、何も用意してませんよ」

 

「それなら大丈夫よ。そんな事まで気にする必要は要らないわよ」

 

そう言いながらリンドウは自分の家の様に先に歩き、サクヤもそれについて行くかの様に温泉へと足を運び出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




「あの、サクヤさん。何かで隠した方が良いんじゃないですか?」

「そう?アリサは一緒に誰かとお風呂とか入った事は無かったの?」

 脱衣所で服を脱いだまでは良かったが、問題なのはその後だった。アリサもこれまでお風呂に入った事は何度かあったが、それはあくまでも水着が着用するのが前提での話。
 既にサクヤは浴衣を脱いで何も身に纏う事無くそのまま湯船へと向かっているが、アリサの心情としては何も着ないままでの入浴にはかなりの抵抗があった。


「今までそんな経験が無かったので……」

「別に女同士なんだし、気にする必要は無いんじゃない?それとも初めてはエイジと一緒の方が良かったかしら?」

「べ、別にそんなんじゃないですから。それよりどうしてここでエイジの名前が出るんですか」

そう言いながらもアリサの顔には少しだけ赤みが差していた。特に意識している訳ではないが、なんだかんだと一緒に行動する事も多く、当時の状況下でのエイジの言動はアリサにとってはかけがえの無い物でもある。
 まさかサクヤがそんな事を言うとは思ってなかったのか、アリサは珍しく動揺していた。


「何となくよ。さあ、入りましょ。そうそう、先に身体を洗ってからよ。それと湯船にタオルを入れるのも禁止だからね」

「何だか難しいですね」

「そんなに気にしなくても良いわよ」

サクヤに言われた通りにアリサは行動に移す。綺麗になった所でゆっくりと浸かるお湯が今まで疲弊した様な感覚を癒す様にも思えていた。


「サクヤさん。リンドウさんが見つかって良かったです。私……私…どうすれば良いのかって……そればかり考えて…いました」

お湯に浸かった事でリラックスしたからなのか、それともこんな雰囲気がそうさせたのか、アリサはサクヤにこれまでの心情を吐露していた。

 リンドウの原因を作ったのは間違い無くアリサ自身。これまでも捜索任務の為に部隊が派兵されてはその結果に常に落胆していた。
 しかし、ここに来た瞬間そのすべてが一気に解決された事と、リンドウが何時もと変わらない状況だった事がアリサの感情を揺さぶっていた。


「良いのよ。確かにリンドウの右腕はああなっていたけど、元気に生きてるんならそれでも良いと思ってるのよ。実際には私だって散々心配している時に本人がこんな所でのんびりしてるんだから」

 アリサの言葉にサクヤもまた自分の気持ちをアリサに伝えていた。
 失踪してから時間が経過すれば生存率は格段に下がるのは神機使いの常識でしかない。にも関わらず何時もの飄々とした雰囲気で出迎えられた瞬間、サクヤの中ではそれだけで十分だと言う気持ちしか無かった。


「でも、でも……私はリンドウさんにも…謝りたいんです」

「あの人の事なら大丈夫よ。アリサ達がここに来る前にもそんな事言ってたから。生きていればそれだけで勲章物だってね」

湯船の中にポタポタと落ちる涙がアリサの現状でもあった。見た目には分からなくてもその心情は本人にしか分からない。今はただサクヤの言葉だけが浴室に響いていた。









「ここって凄い作りしてますね。一体どうなってるんです?」

「ここは未公認の施設だ。事実この場所を知っているのは俺以外では榊博士と姉上、支部長位だな。詳しい事は分からないが、ここの事は基本的には秘匿されている。お前達もアナグラでは口にするなよ」

コウタは初めて見る施設ばかりだからか、今は周囲を見渡していた。ここはコウタが知っている極東支部の施設のどれにも当てはまらない。ある意味ではここは別世界なのかと思う程だった。


「コウタ。そんな事一々気にする必要は無いだろ。それよりもリンドウ、お前はなんで生きのびる事が出来たんだ?」

「正直、俺にも分からん。実際には意識も朦朧としていたのは事実だ。で、何となく覚えているのは無明にここに連れて来られた位だな」

ソーマはリンドウが長期にわたって自我を保ったまま生存していた事に衝撃を覚えていた。ソーマの体内にあるP73偏食因子とは違いP53偏食因子は常時特定のオラクル細胞の摂取が必要となる。本来であればアラガミ化するのが当然ではあるが、目の前にいるリンドウが平然としている事に違和感があった。


「詳しい事は覚えてないが、確か何かの薬剤を撃ち込まれた記憶があったな。何でもそれは全員が必ず効く事は無いらしい。変化が無ければ俺はそれで終わりだったよ」

リンドウの言葉に誰もが口を開く事は出来なかった。



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