神を喰らいし者と影   作:無為の極

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第31話 決戦

「リンドウの腕輪反応からようやく場所の特定が出来た。今の所はターゲットとなるアラガミに移動する兆候は見られない。事前情報でも伝えたが恐らくは通常の個体よりも強力になっている。油断する事は無いと思うが心してかかれ。いいか、全員必ず生きて帰ってこい」

 

「了解」

 

 

 腕輪の反応から居場所の特定がされ、あとは討伐するだけとなった。

 榊からの発言と今までの行動パターンから、知能が極めて高く個体そのものも力強い事が想定されていた。

 ここで時間をかける事で他の場所へ移動されることを嫌い、素早くヘリに乗り込み現地へと向かった。

 

 

「いよいよね」

 

「そうだな」

 

 

 サクヤだけではなく、ソーマまでもがいつも以上に気合が入り、これからの戦いが激戦となる事が予想されていた。

 リンドウの腕輪反応も然る事ながら、接触禁忌種は伊達に指定されていない。

 

 今まで以上に苦戦する事までも織り込む可能性が高い以上、気合を入れないと逆にこちらが全滅する可能性が出てくる。

 そう考えると、他のメンバーまでもが誰かに言われるまでもなく、いつも以上に真剣な表情を作っていた。

 

 そんな中で、一人アリサだけが少し浮かない顔をしていた。前回の際にも今回のアラガミの名前と姿が公表され、その様子をエイジは見ていた。

 

 過去の事も考えれば、それはある意味仕方ないのかもしれない。だからと言って、浮かない顔のアリサをそのままにしておくほど薄情でもなかった。

 

 

「やっぱり、緊張してる?」

 

「してないと言えば嘘になるかもしれません。もちろん、あの個体が両親を補喰したとは思ってもいませんが記憶には残っていますので、ひょっとしたら他の皆に迷惑をかけるかと思うと……」

 

「迷惑だなんて誰も思わないよ。毎回討伐していればそのうち感覚が麻痺するかもしれないけど、戦うのは機械じゃなくて人間なんだ。調子の良い時もあれば悪い時もある。自分一人で何とか出来るなんて思ってないから。

 サクヤさんにしても、リンドウさんの事があるからあそこまで真剣になれるのかもしれない。それを踏まえて今ここに居るんだ。頼りないかもしれないけど隊長の自分を頼ってくれれば良いよ。

 いざとなったらアリサを守るから心配しなくても大丈夫だよ」

 

 

 戦場に迷いを持ち込めば些細な懸念すら生死に影響する。初任務から今に至るまでの経験がそれを物語っていた。

 一般隊員であればそこまで気にする事も無いのかもしれないが、今はエイジが第1部隊の隊長として任務に就いている。

 

アラガミを討伐するのは当然の事だが、それ以上に隊員の命を預かるのは隊長としての最低限の責務でもあった。

 

 

「わかりました。いざって時には遠慮なく頼ります。覚悟しておいて下さいね」

 

「了解。そうならないように最善は尽くすよ」

 

 

 今の些細な一言で、アリサの気持ちにも若干ながらにゆとりが出始めた。後はこの状態をいかに維持して戦場に乗り込むのかだけを優先する為に、エイジは考える事を優先した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツバキ教官、緊急事態です。不特定多数のアラガミがアナグラに向かって移動しています。このままではあと30分程でここまで到達します」

 

 

 第1部隊が出発してから15分後、一番最初に気が付いたのはオペレーターの竹田ヒバリだった。

 アラガミは性質上、他の個体と行動にする事は殆ど無く今回の様な団体行動をとる事はまずあり得ないとまで思われていた。

 にも関わらず今回の様なケースは極めて稀なケースでもあり、その対策に遅れが生じた。

 

 しかも、個別ではなく不特定多数と言えば完全に想定外のレベル。先ほど出た第一部隊を再度召集するには時間が経ち過ぎていた。

 このままでは既存の部隊だけで防衛する事になり、当然外部居住区の住民の避難や他の部隊の出撃も手配しなければ、被害は甚大とも言える状態だった。

 

 

「待ってください。軌道が少しづつズレて行きます。しかしこれは……」

 

 

 何時もであれば冷静にオペレートするはずのヒバリも突然の出来事に戸惑いを隠せず黙ってしまった。

 今しがたアナグラに来襲するはずのアラガミの大群が少しづつ方向転換し始めた。しかし、その沈黙を傍で見ていたツバキは違和感しかない。

 今の状況を確認しているのがヒバリだけである以上、その後の報告を待つより無かった。

 

 

「ヒバリ、黙っていては分からん。一体どうなっている!」

 

「す、すみません。恐らくはこの方向から予測されるのは、先ほど出撃した第1部隊の戦場に一致します。詳細な時間は今の所不明ですが、恐らくは1時間程度かと思われます」

 

 

 アナグラに直接の被害は無くても、今度は第1部隊が出撃した戦場となれば現地の対応如何で最悪の事態を迎える可能性も出てくる。

 本来であれば、1ミッションで4人が本来の状態だが、今回はリンドウの腕輪と今までに無いアラガミの出撃で特例として5人が出ている。

かと言って今更引き返すことも出来ず、このまま見ているだけでは命運が風前の灯である事に変わりなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第1部隊を乗せたヘリが現地に到着すると同時に天候が一気に荒れだした。それは偶然なのかアラガミの力なのかは分からないものの、決して良いと判断出来る物では無かった。

 

 

「事前の情報では、プリティヴィ・マータ1体とディアウス・ピター1体だけど、ここから見ている分には間違いないけど、異常な個体だから注意は必要だろうね。

 同時に対応すれば色々と不具合も出て来る可能性があるから、毎度のごとく各個撃破で行くよ。戦闘音にはそこまで敏感じゃないはずだから一気にプリティヴィ・マータから、次はディアウス・ピターの順番で行くよ。ってアナグラからの通信だ」

 

 

 これから討伐を開始するにあたってのブリーフィング中に通信機から驚愕の一言が来た。どうやらこの現場に不特定多数のアラガミが向い、およそ1時間程で到着するとの連絡だった。

 

 ただでさえ異常種と言う名のイレギュラーに追加で不特定多数のアラガミとなれば、余程スピーディーに殲滅しないと命の危険にさらされる。

 その前に一気に殲滅する事に重点が置かれた。

 

 

「一気に行くよ!」

 

「了解」

 

 

 

 時間との戦いである以上、目の前のプリティヴィ・マータに時間をかける訳には行かなかった。

 前回同様に時間をかけずに討伐するには大火力で一気に殲滅するのが有効である以上、部位破壊もしつつ一気に襲い掛かる戦法を取った。

 

 本来であれば時間をかけて確実に攻めるが、生憎と事前情報で時間に制限がある以上、ゆとりを持った討伐は出来ない。

 であれば、一気呵成とばかりに手段を問わずに襲い掛かった。

 

 プリティヴィ・マータは目標を補足すると同時に大きな体で台地を揺るがすかの如く突進するも、一斉射撃で動きを封じ、怯んだ隙にソーマのチャージクラッシュが叩きつける様に炸裂した。

 

 ただでさえ視界を奪われ身動きが出来ない所での強烈な一撃は、たった一発の攻撃で胴体の一部が結合崩壊を起こす。

 一度崩壊した部分は簡単には治る事は無く、大きな弱点を作ると同時に今度はエイジが顔面に向かって強烈な一撃を叩きこむ。

 流石に一度の攻撃で部位破壊はされないものの、多量の銃撃を浴び刀身からの攻撃が当たるとプリティヴィ・マータは一気に怯んだ。

 

 

「このまま一気にいくぞ」

 

 

 

 エイジの声に呼応するかの様な動きと弱点を集中的に狙った結果、プリティヴィ・マータは通常の7割ほどの時間で霧散していた。

 

 

「ここからが本番だ。どこにいるかはまだハッキリと分からないから警戒を怠らない様に」

 

 

 今更言う必要は無かったが、今回のディアウス・ピターは明らかに異常進化した個体である以上、警戒を怠る事は無い。しかしながら、警戒をする意味合いでエイジが改めて声に出した。

 

 周りを警戒しながら歩くと、どこからともなく地響きを起こすかの様な獣の咆哮が聞こえる。

 声の主は言わずもがなディアウス・ピター。

 今、改めて決戦の火蓋が切って落とされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どんな動物であったとしても、顔は間違いなく生物にとっての弱点である以上、アラガミだとしても例外にはならない。

 4人が一斉射撃をし、その隙にソーマの攻撃を喰らわせるのが一番の高効率な戦い方だった。

 

 本来であれば、常にワンパターンな攻撃はどこかでひっくり返されると被害も甚大になりやすく、命の危険性までもが高まってくる。それを回避する為には動きを止めた所での攻撃が結果的には保険代わりとなった。

 今回も例に漏れず物陰から奇襲をかけて一気に突入するはずだった。

 

 一斉射撃をした瞬間に辺りは砂埃が舞い、一時的に視界の確保が困難となる。その隙に生じてソーマの攻撃が当たるはずだった。

 

 強烈な一撃を見舞ったはずのソーマが砂埃から吹き飛ばされ、エイジ達の元に飛ばされる。

 今までにこんなケースは一度もなかった。しかし、ここで呆然と立ち尽くせば格好の的になる。

 その為に思考は止めず、原因でもある方向を向いた。砂埃が消え去る前に飛び出したのはニヤリと笑う凶悪な顔。

 まるで先ほどの一斉射撃のダメージが無いかの様な振る舞いでそれは現れた。

 

 同種を捕喰したそのアラガミは本来の姿こそそのままだったが、よく見れば体は一回り大きく、先ほどのソーマを吹き飛ばした事から推測されるように力も恐らくは強くなっている。

 まるで地響きを起こすかの様な咆哮で威嚇してきた。

 

「ソーマ、大丈夫か?」

 

「ああ、ダメージ思った程ではないが力は強烈だ。油断するとやられるぞ」

 

「固まると的になるから、全方位から攻撃できる様に散開だ」

 

 

 吹き飛ばされてきたソーマは攻撃が当たる瞬間に何とかダメージを軽減するかの様な動きで被害を最少限度に留める事に成功した。

 しかし過去の例から見てソーマを吹き飛ばす事が出来るのは大型種の極一部。

 そこから判断できる事は、大型種以上の力を持ち、従来の個体並の俊敏さを持ったアラガミだった。

 

 エイジの指示で全員が固まらず、各方位から一気に責め立てる。ディアウス・ピターは当初こそ反応出来なかったが、想定された知能の高さから、今までの行動を学び作戦通りに遂行すのは困難になっていた。

 

 本来であれば遠距離型は接近戦には向かない。

 近接型の様な盾は備わっておらず、防御と言う概念は無い。

 その結果として対峙している距離が近すぎると回避が間に合わず、結果的には被害は大きくなる。そんな事も見越したのか、ディアウス・ピターはコウタに向かって5発の雷球を連続して放った。

 

 従来であれば回避できる程だが、放たれたそれはまたしても想定を上回る速度と威力でコウタを吹き飛ばし、追撃をかけるかの様に大きな体で空中に向かって跳躍した。

 このままでは次に来る攻撃は電撃を放つ強烈な一撃。先ほどの攻撃はコウタの行動に制限をかける事に成功したのか、まるで図ったかの様に淀みなく一連の流れを示していた。

 

 

「コウタ!」

 

 このままではコウタの命も危うくなる。そんな事を考えると同時にエイジもディアウス・ピターに向かって最短で跳躍を開始した。飛び出した直後ではなく、落下に関しては翼が無い以上、重力に引かれた状態で落下する事しか出来ない。

 その瞬間はいかな生物とて無防備になる瞬間を狙い済まして足先を斬り付けた。

 

 今までそんな攻撃も防いできたディアウス・ピターはバランスを崩し目標から大きくそれて着地する。

 エイジの間一髪の動きを見せる事でコウタの危機は回避された。

 

「すまないエイジ」

 

「コウタ、大丈夫なら援護してくれ。先ほどの攻撃で前足に今までの中で唯一まともに攻撃が入った。恐らくはそこが弱いのこもしれない。サクヤさんも前足を狙撃してください」

 

 

 アサルトで攻撃すれば威力はあるが精密な射撃は難しい。しかし、ライフルであれば一撃の威力は高くなくても精密な射撃は出来る。そう考えると同時に他の2人にも指示を飛ばす。

 

「アリサとソーマは隙を見てバーストモードに!その間はこちらが攻撃を引き付ける!」

 

 

 従来の攻撃を繰り返すより、バーストモードになった状態での攻撃は今まで以上の力を秘めている。どんな戦闘でも隙があれば捕喰し、高い攻撃力を使っていた。

 

 

「エイジ!これを使ってください!」

 

 

 アリサからのリンクバーストでエイジの攻撃力が一段と大きくなった。

 動きも然ることながら攻撃の強化の恩恵はこの戦いに於いては大きなアドバンテージとなる。

 3人が集中力を切らす事無く高い攻撃を繰り返す事でディアウス・ピターは徐々に弱りだした。

 

 

「これでどうだ!」

 

 

 裂帛の気合と共に、ディアウス・ピターの前足が切り落とされ、今回初めて大きく怯んだ様に見えた。

 その隙に3人は一気に捕喰の為に襲い掛かる。このまま一気に仕留める。そう考え近づいた矢先だった。

 ディアウス・ピターの咆哮と共に周りにバチバチと音をたてながら大きな雷が見える。それは天鎚の前触れだった。

 気が付いた時には既に3人は神機の大きな顎を開き捕喰寸前だった。この状態で気が付くときには既に遅く、ここからの回避は不可能だった。

 

 本来であれば気が付けたであろう攻撃だが、今回は時間の制限と言う目に見えない心理的制限が課せられる事で、いつもの様な冷静な判断が若干でもされていなかった。

 事前情報を聞かなければこの攻撃を受ける事は無かった。

 

 今回の戦闘において誰もが気が付いていない焦りに囚われ、可能性を甘く見積もった結果だった。

 一番大きな隙が出来た所での一撃により3人はその場を動く事が出来ず、ディアウス・ピターの強烈な一撃を喰らう。

 その際にアリサとソーマは壁に激突し、エイジは空中へと放り出される。先ほどの攻撃を今度はエイジが受ける番となった。

 

 今まで以上に高い知能を持ったアラガミはある意味で、かなり厄介な部類に入る。

 獣の本能と知能でより確実に獲物をしとめようと狡猾な攻撃で追い詰める。

 しかしながら、こちらもただじっと見ている訳ではなく、サクヤといコウタの援護射撃でエイジに対する注意を逸らす事に成功した。

 時間にして恐らくは1.2秒の時間だが、この時間でエイジは反撃に出る。

 まだ体が痺れれている為に、精密射撃までは無理でも、弾幕を張る事は出来る。

 空中で器用に反転すると同時に、マントに向かって一気に撃ち付けた。恐らくは体の中で一番位固いであろうマントはまだびくともしない。

 このまま落下すれば不利になる事が容易に想像できる以上、ここである程度の形を作りたかった。

 

 起死回生の一撃として渡されたアラガミバレットをマントに向かって撃ち付け、そのまま重力に任せて落下した。

 従来の神機の銃撃よりも威力が強いアラガミバレットの効果で、マントまでもが結合崩壊を起こし、この戦いにようやく終わりが見え始めた。

 

 壁に激突した2人が戦線復帰し、ここで終わらせる事を心に決め、一気にケリをつけようとした際に、見たくない物が視界の端に映った。

 

 

 ディアウス・ピターの討伐に時間がかかり過ぎた。この一言が今後のすべてを物語っていた。

 

 

 

 

 

 

 


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